人物紹介 / 少帝


少帝

霊帝と何皇后の間に生まれた子で後漢の第13代皇帝。本名は劉弁。
「少帝」とは幼くして廃位された皇帝という意味で、正式な諡号ではない。
(一般的には諱と併せて「少帝弁」として知られている)

弟・献帝に比べて劣るとされており、何皇后から生まれた子でありながら霊帝から皇太子と認められていなかったり、
董卓を前に毅然とした態度を貫く弟と対象的に怯えるばかりという描写もされるが、
そもそもが伯父・何進の傀儡であるため統治の実力は未知数である。

演義系の創作では献帝こと劉協の聡明さを引き立てるためか、宦官誅殺事件の際に張譲に伴われて脱出、
そして董卓率いる西涼軍に遭遇するのだが、一貫して泣きじゃくるばかりで状況を説明する事も出来ないという描写が多い。
(「爆風三国志 我王の乱」「曹操孟徳正伝」など、曲がりなりにも成人男子として描かれる作品でもそうした描写)
1990年以前の判の横山光輝版「三国志」においては、董卓に「ブタ殺しの血が流れる」などと酷評されている。
(後の判では差別表現を避けるため「何進の血が流れる」に修正されている。)

廃位後は弘農王に封じられるが、董卓が長安へ遷都するにあたり身柄を反董卓連合軍に攫われ擁立されることを懸念すると、
董卓の命を受けた李儒によって毒殺されている。