人物紹介 / 張魯


張魯

五斗米道の教祖として知られるが、創始者は祖父の張陵であるため3代目にあたる。
良好な関係を築いていた劉焉が没すると、劉璋には服従せず独立の意思を示し、漢中を勝手に「漢寧」と改名。
激怒した劉璋は張魯の母を処刑、巴西に配下を送り込んだが戦果は挙げられなかった。
善政を布いていたとされる張魯の支配力は、朝廷や権力者ですらも無視できぬものとなり、
朝廷は張魯に鎮民中郎将の位を与え漢寧太守に任じ、その独立・統治を事実上承認。
張陵の代には「米賊」と呼ばれていたという五斗米道を、見事群雄諸侯の一角にまで押し上げた。

本人とは直接関係ない話なのだが、今回イラストを担当したDaisuke Izuka氏はokomeという別名義も持っており、旧三国志大戦においてVer3.5まではこの名称を使っていた。