人物紹介 / 郭皇后


郭皇后

曹叡の妃で、諡号は元。曹叡の諡と併せて明元皇后と呼ばれる。
旧版では曹丕の妃(郭氏)がこの名義で登場しているため紛らわしい。ちなみに郭氏の諡は文徳皇后である。

曹叡が皇帝に即位すると夫人の位を与えられ、皇后となっていた毛氏の寵愛が薄れるとこれに代わって寵愛される。
毛氏が死を賜った後、後任の皇后に就いている。
曹叡が没すると皇太后となるが、明確な政治活動は曹芳廃立後に曹髦を推し、曹據を推す司馬師と真っ向から激突したくらい。
それ以外は司馬懿のクーデターにおいて(皇帝は曹爽らと共に不在のため)旗印にされたり、
司馬氏の専横を憎む曹髦が返り討ちにされた際に「帝は皇太后を害しようとした」と大義名分をこじつけられたりと、
魏の実権を握る司馬氏によって、その権威をいいように利用されるばかりであった。
263年末に死去。魏王朝の滅亡(265年)を見ずに世を去ったことがせめてもの救いだろうか。