人物紹介 / 歩夫人


歩夫人

歩隲の同族で孫権の側室の一人。大虎・小虎こと孫魯班・魯育の生母でもある。
『建康実録』という史料によると、名は「練師」であったとされる。

元々は美貌を見初められて孫権の側室になった。妃であった徐夫人が廃された後はこの歩夫人が最も寵愛されたという。
嫉妬を知らぬ性格でしばしば他の女性たちを推薦したことから長く大切にされた。
孫権は帝位につくと彼女を皇后に立てようと考えたが、臣下たちは太子・孫登の母である徐夫人を推したため決断できずにいた。
一方で徐夫人が廃された後にその正式な身分はあくまでも側室である、徐夫人の死後も皇后に昇格することはできなかった。嫡母のように庶出の皇子を猶子とし、手許で育てたこともない。そのため、近年は「孫権は歩夫人を皇后にするつもりだったのか」を疑う向きも一部で存在する。
死去してようやく皇后となれたものの、長い期間にわたる皇后問題は後の混乱の一端を担ったとも言われる。

生前に「中宮」を敬称として、恰も皇后を凌駕したように世論で囁かれたが、本当の皇后である潘夫人と比べれば、待遇ともに劣ったのが事実であった。

Menu

最新の20件

2024-05-13 2024-05-12 2024-05-05
  • 人物紹介/歩夫人
2024-04-15 2024-04-05 2024-04-03 2024-04-02 2024-03-25 2024-03-15 2024-03-14 2024-02-22 2024-02-15 2024-02-14 2024-02-13 2024-01-26 2024-01-25 2024-01-19

今日の20件

  • counter: 4632
  • today: 2
  • yesterday: 4
  • online: 12