466 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:37:51 ID:QYmKbKQ80
「ネギ先生、大丈夫ですか!?」
のどかは四肢を無くして瓦礫の中に横たわるネギの元に駆け寄った。
声は悲痛そのもので、頬や襟元に点々と飛び散った血痕と、
数秒前にエヴァンジェリンに対しての行動さえ記憶に無ければ、
まさに想い人の負傷に息も切れよと駆けつけた恋人そのものだ。
のどかは、先程エヴァンジェリンがネギにしていたように、ネギを胸に抱きしめた。
「もう、大丈夫です。
ネギ先生をこんな目に合わせた吸血鬼は、私が退治しました。
次はネギ先生の傷を手当てする番です。はやく木乃香さんに」
「のどかさん」
恐らく、幸せの絶頂にいるのどかに、ネギは言葉を挟んだ。
山奥の秘境で静寂に澄みきった湖のように落ち着いた声だった。
「のどかさんのアーティファクトで、僕の心を読んでください」
「えっ、ね、ネギ先生?」
水を注されたのどかはちょっと不満そうな顔をしたが、
愛しいネギの頼みとあらば、仕方あるまい。
ネギを瓦礫を背もたれにそっと横たえると、
自らのアーティファクトを取り出し、開いた。
467 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:39:05 ID:QYmKbKQ80
「え?」
のどかは『本』から顔を跳ね上げ、ネギの顔を見た。
ネギは教壇に立っているかのような、にこやかな笑顔だ。
信じられない、と云った様子でのどかは『本』に目を落とした。
すぐに顔を上げ、ネギの顔をまじまじと見つめる。穴が開くほど凝視する。
一連の動作を何回か繰り返し、のどかはようやくネギの真意を悟った。
「う、うそでしょう!?
ね、ネギ先生、嘘、嘘だと言ってください!
お願い、お願いします! 嘘だと言ってください!!」
急に慌て出したのどかを、楓は訝しげに見守った。
楓には理由がさっぱりわからない。
ネギやのどかの考えを読めないのだから当然のことだ。
ただ、何かが起ころうとしていることだけはわかる。
楓はネギの言葉を待った。
はたして、ネギは沈黙を破った。
「宮崎さん。
これが、僕の気持ちですよ」
ネギは今までの『のどかさん』と云うファーストネームを使わなかった。
のどかが何かを叫ぼうとしたが、白光を帯びるネギの身体に掻き消される。
「契約、解除」
その言葉が終わるや否や、のどかが開いていた『本』がボロボロと崩れだした。
分厚い丈夫なつくりの表紙も、皮羊紙然としたページも、
砂となってこぼれ落ち、のどかの膝元に小山をつくる。
468 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:40:17 ID:QYmKbKQ80
「い、いやあああああああああああああああああ!!!!」
その絶叫はのどかの喉から漏れたものに違いないが、
果たして誰のものだったのか。読心能力を奪われるのどかの悲鳴、
そして少女の心の弱さを糧に成長していた『本』そのものの絶望だったのかもしれない。
ともかく、のどかは泣きわめきながら、半分ほどの大きさになった本を胸に抱いた。
だが、侵食は止まらない。サラサラと積もる砂の音が、
廃墟と化した図書館を後景にしっとりと響き渡る。
「たった今から、僕とあなたは、単なる先生と生徒です。
友達でも、パートナーでも、まして恋人でもありません。
あとは御随意に」
「……聞こえていないでござるよ、ネギ坊主」
楓は苦笑いを浮かべてネギとのどかの間に視線を行き来させた。
のどかは「本が、本が……!!」と呟きながら、砂をかきあつめている。
なんとか本の形にしようとしているが、砂は自然の摂理に従って、
のどかの両手の間から零れ落ち、風に紛れて飛ばされていった。
楓は放心状態となったのどかを痛ましげに見下ろした。
視線を感じたのか、のどかが楓を見上げた。
いつもの癖で、手が『本』を開く動作をして、もはや相棒が存在しないことに目を見張る。
469 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:41:43 ID:QYmKbKQ80
「う、うそ……。心が、心がわからない……。
楓さん、あなた、何を考えているんですか……?」
「のどか殿。人は人である限り、どんなに親しい相手であっても、
相手の心を全て理解することは叶わぬのでござる。
仮に拙者が『拙者の考えていることは○○でござる』と云っても、
拙者が嘘をついている可能性は残る。
それを確かめる手段は、心を読むしかないでござる。
先刻までののどか殿なら、それが出来たでござる。
もう無理なことでござるが」
「と、ということは……」
「のどか殿は、世界で唯一真実に到達できた人でござった。
それも終わりでござる。これからは、決して真実に手が届くことの無い、
信頼と裏切りの世界で生きていくでござるよ。それが人の世の理でござるからな」
楓はのどかを哀れだと思った。
内気で虐められていたこともある少女が読心能力を手に入れてしまったら、
それに頼るのは自然な成り行きと云えよう。
自分だってのどかと同じ行動を取るだろう。
のどかが能力を多用するあまり他者を虐げるようになったことに、同情の余地は無い。
許せるかどうかもわからない。それでも楓は、のどかを心底『哀れだ』と思った。
だから励まそうと考えて、のどかに笑ってみせた。
だが……
470 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:43:19 ID:QYmKbKQ80
「な、何を考えているんですか!? わ、私に、どんなことをするつもり?」
「のどか殿、落ち着くでござる。拙者はお主を傷つけるつもりは…」
「嘘! 嘘でしょう!? 言葉で甘いことを云って、まさか、仕返し?
仕返し、企んでいるんでしょう! あいつと、吸血鬼と同じことをするの!?
私、私、あんな、の、いや、いやぁぁぁぁぁあ」
のどかは腰を抜かしたままあとずさると、意味不明な言葉をわめき、
何度も転びながら楓の前から走り去った。
顔中を涙と鼻水と涎で汚し、砂と泥まみれになって、無様だった。
恋人も読心能力も失って、ただの内気な少女に戻った宮崎のどかの今後を思って、
楓は暗然たる思いに捕らわれた。のどか達に虐められた犠牲者のことを思えば当然の報いだが、
後味の悪さが舌に残ることは事実だった。
のどかのことを頭から追い出し、楓はネギの元に近寄った。
「随分と酷い有様でござるな、ネギ坊主。
これが戦場なら迷わず楽にするところでござるが、
幸いにもここは麻帆良学園でござる。
近衛木乃香を呼ぶでござるから、今しばらく気を確かに持つでござるよ」
楓は、かつてネギが楓の元で一夜を過ごした時のことを思い出した。
ネギを弟だと思い、共に食を取り、風呂に入り、寝床を共にしたあの日。
出来ることなら、あの日を取り戻したい。
今なら出来るでござるか?
楓はネギの髪を撫で、木乃香を探そうと立ち上がった。
471 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:44:26 ID:QYmKbKQ80
「いいえ、木乃香さんは呼ばないでください」
楓の考えを読んだかのように、ネギは首を振った。
目を見開いた楓にネギは苦しい息の下で告げた。
「僕は助かるつもりなどありません」
「それは、自分がこの事態の責任を取ると云う意味でござるか?
だったら許さないでござる。拙者がネギ坊主を生かすでござる。
生かして責任を取らせるでござる。格好良くは死なせはしない」
「いえ……」
ネギは場違いに頬を染めた。
「エヴァンジェリンさんと……。
彼女と、一緒にいさせて下さい」
楓は振り返り、エヴァンジェリンの亡骸を見た。
うつぶせに倒れた吸血鬼の少女を仰向けにする。
少女は、背後からの一撃に驚愕を張り付かせたまま彫像となっていた。
紺碧の瞳は瞳孔が開いていた。何より冷たかった。氷像の如き肌。
かつて小さな肢体にみなぎっていた生命力は心臓に開いた穴から流れ出て、
二度と温もりを取り戻そうとしない。
472 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:45:42 ID:QYmKbKQ80
「死者に殉ずるつもりでござるか?
死者を弔って生きるという生き方もあると思うでござるが」
「……僕はエヴァンジェリンさんに酷いことをしました。
そのことを謝ることも出来なかった。それに、彼女はずっと1人でした。
彼女は吸血鬼だから地獄行きでしょう。その時こそ、僕は彼女の傍にいたい。
2人一緒なら、どこだって幸せです」
楓は暫く考え込んでいたが、ネギの瞳を覗きこみながら聞いた。
「なら、ネギ坊主。 もしエヴァンジェリン殿が天国に行って、
お主が地獄に落ちたらどうするでござるか?」
「その時は簡単ですよ」
ネギは笑って答えた。
「地獄を征服して、天国に彼女を取り戻しに行くだけです」
楓は泣き笑いともつかぬ顔をして、ネギを抱きしめた。
そしてネギの頬にキスをして、もう一度、強く抱いた。
「ネギ坊主。お主はどこまでも我侭でござるな。
相手の都合も、遺される者のことも考えない。
拙者が、どんな気持ちでお主を見ていたのかも知らないで……」
ネギは小さく「ごめんなさい」と云った。
473 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:46:55 ID:QYmKbKQ80
言葉をつむぐことも難しくなったのか、ネギは血を吐いた。
どす黒い、内臓の血液だった
。楓は、木乃香の治癒魔法で無ければネギは助けられないと判断した。
つまり、木乃香を呼ばなければ、ネギは遠からず死ぬ。
ネギを間接的に殺すことになる。
楓の手はネギの血で汚れることになる。
それでも良い、と楓は思った。
楓は、今度はネギの唇に自分のそれを重ねて、歩み去った。
廃墟と化した図書館島に、ネギとエヴァンジェリンだけが残された。
『……なぜ、残った』
「聞いていなかったんですか? 僕と楓さんの会話を」
ネギの意識にエヴァンジェリンの声が響いた。
消え行くエヴァンジェリンが、最期の力をもって、ネギの心に直接語りかけているのだ。
『ぼーやは近衛木乃香と契約しているのだろう。呼び出せば助かる筈だ』
「そのつもりはない、と何回云ったらわかってくれるのでしょうね」
ネギが苦言混じりに伝えると、エヴァンジェリンは黙った。
474 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:48:06 ID:QYmKbKQ80
『ぼーやは、馬鹿だ』
「ええ、馬鹿です」
『あいつ以上に馬鹿だ』
ネギは黙り、言葉の意味を何度も確かめると、唐突に笑い出した。
理由を問うエヴァンジェリンに、ネギは誇らしげに答えた。
「だって、僕は最期の最期で、父さんを越えられましたよ。
ほかならぬエヴァンジェリンさんに認められて」
『呆れた奴だな。ナギも呆れる奴だったが、ぼーやはそれ以上だ』
「二つ目、ですね。父さんを越えたのは。もっとありませんか?」
長い沈黙の後、答があった。
『……私は、ぼーやを好きだったよ。あいつ以上に』
ネギはじっとエヴァンジェリンの亡骸を見つめた。
そして無くなった四肢を懸命に動かし、血の跡を引きずりながら、彼女の傍に寄り添った。
475 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:48:36 ID:QYmKbKQ80
「エヴァンジェリンさん。最期に、お願いです」
『なんだ、ぼーや』
「僕の、パートナーになってくれますか?
たとえどこへ行こうと、僕と一緒にいてくれますか?」
エヴァンジェリンは小さく頷いた。
冷たくなった唇に、ネギはそっと唇を重ねた。
次の瞬間、エヴァンジェリンの肉体は最初から無かったように消滅する。
心臓を貫いた宝剣が石畳みの上にカランと落ちた。魂が離れたのだ。
その行く先はわからない。天国か、地獄か。
確かなのは、ここではないどこか、と云うことだけだ。
ネギは躊躇しなかった。去り行くエヴァンジェリンを追いかけ、彼女の手を握りしめる。
始まるべくして始まり、終わるべくして終わる物語が、一つ、幕を下ろす。
476 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:49:39 ID:QYmKbKQ80
麻帆良学園の喫茶店で、窓際の席に、少女が2人いた。
向かい合わせとなって紅茶を嗜んでいる。普段着でも制服でもなく、喪服だった。
「良い…と云っては語弊がありますが、胸が熱くなるお葬式でしたね」
「そやなぁ。色んな人が来て、みんな泣いてたものなぁ。
クラス3Aの連中だけやなくて、タカミチやしずな先生も」
「あなたも目を真っ赤にしていましたね」
「夕映はんも、堪えようとして泣いてたやないか」
「お互い様ですね」
「そやな」
綾瀬夕映と近衛木乃香だった。
2人は担任の葬儀に出席した帰りだった。
「あの2人のことは、残念でしたね」
「明日菜と本屋ちゃんのこと? そやね。ネギ君と一番仲良しだったのに、
病院から一歩も出られそうにないものね。皮肉なものやなぁ。
ネギ君をあんな風にしたウチらが、葬儀でも親族みたいに扱われるなんてなぁ」
夕映と木乃香は暫くお互いの考えに沈んだ。
ティーカップをもち上げ、皿に戻す小さな小気味良い音が続いた。
477 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:50:56 ID:QYmKbKQ80
「これで良かったのでしょうか?」
「なんか問題あるえ? すべて計画どおりやないか」
綾瀬夕映がもの憂い様子なのに対して、近衛木乃香は明るくケーキをほおばった。
同居している少年先生が突然の死を遂げたというのに、
悲しむ様子はどこにも無かった。夕映も夕映で、木乃香の様子を嗜める風もない。
ただ己の行状を振り返って事実を確認したと云うだけで、善悪を判断したわけではないのだ。
木乃香は夕映を励ますように、さらにケーキを一口つまんだ。
「本屋ちゃんにネギ君の心を覗かせ、エヴァちゃんに対する殺意を高める。
本屋ちゃんに明日菜とエヴァちゃんを排除させる。
明日菜はともかく、エヴァちゃんを殺せば、
ネギ君が本屋ちゃんをパートナーにしておくはずがない。
かくして契約は解除され、本屋ちゃんは頼みの読心能力を喪って廃人同然……。
明日菜と仲良く精神病院に緊急入院。完璧な計画やないか」
「ええ、まさしく『完璧な計画』です。
計画だけでなく、正に計算通りに事が進行し、予想のままの結末を迎えたのですから。
50年前の戦争とは大違いですね。ああ、ネギ先生の死亡と云うおまけもつきました。
それに不満はありません」
夕映は残り少なくなった紅茶に視線を落とした。
透き通る赤い液体に浮かび上がった顔は能面のように無表情だった。
478 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:53:18 ID:QYmKbKQ80
「結局、私は嫉妬深い女に過ぎなかったのですね。
のどかがネギ先生とつきあうことになった時は、本当に応援しようとしたのです。
でも駄目でした。私は嫉妬を抑えることが出来なかった。
本当の気持ちを押し殺して生きていくなんて、無理でした」
「人間、そんなもんやないか?
いつまでも自分を偽って生きていくなんて、聖人でもない限りできへんものや。
いつかたまったマグマが噴火することになる。手痛いしっぺがえしをくらうんや。
……うちみたいに」
「私は自分に正直になった結果、親友を壊して、愛しい人も殺してしまいましたけれどね。
自分を殺して生きるか、他者の都合などかまわず思いきり生きるか。
難しい問題です。多分、理論だけで考えれば、一生かかっても答えはでないのでしょうね。
もっとも、のどかやエヴァンジェリンさんにネギ先生を渡すぐらいなら、何度だって汚れて構いませんが」
夕映はティーカップを持つ自分の手を見下ろしながら自嘲した。
底に残った紅茶をあおると、夕映は立ち上がった。
「一つ聞かせてください」
「なんや?」
「木乃香さんが皆を壊そうと思ったのは、刹那さんを助けるためですよね。
なぜ私を壊そうとしないのですか?」
木乃香は夕映を静かに見つめていたが、ややあって、柔らかい笑みを浮かべた。
「壊す必要などあらへん。
夕映はんは、もうとっくに壊れてる」
虚をつかれた様子で夕映は立ちすくんだが、木乃香の言葉を否定することはなかった。
「そう、ですね」と呟いた言葉は木乃香の耳に届いたかどうか。
怒っているとも泣き笑いともつかぬ表情をはりつかせると、
夕映は木乃香に背を向け、喫茶店を出ていった。
479 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:54:50 ID:QYmKbKQ80
夕映と別れた木乃香は学生寮の自分の部屋に戻った。
同居人の明日菜とネギを失った部屋は木乃香だけを主人として迎え入れた。
空虚だった。私服を選ぶ気力もなく、木乃香は制服に着替えると、
刹那が入院する病院へ向かった。流石に喪服で病院を訪れるような真似はしたくなかった。
明日菜、のどか、ネギ、エヴァンジェリンと一夜にして4人を壊したことを刹那に報告する。
それが病院を訪れる目的だ。
クラスメイトを壊し続ければ、刹那は元の『せっちゃん』に戻る。
ただその一念をもって木乃香は生きていた。
病室へ入った木乃香はベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
どのようにしてネギ達を壊したのかを、いつものように克明に説明する。
ふと違和感を感じ、木乃香は病室を見渡した。
看護士が掃除をした時に小物を動かしたのだろうか、と思ったが、別段変わった様子もない。
「あれ?」
木乃香は違和感の正体に気が付いた。
ベッドに半身を起した刹那の脇に、病室のロッカーにしまってあった
彼女の愛刀『夕凪』が置かれている。
誰や、せっちゃんの大事なものを勝手にもち出した人は……。
木乃香は憤慨を覚えながら夕凪に手を伸ばし、
その瞬間、刹那の瞳が自分を凝視していることに気が付いた。
480 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:55:47 ID:QYmKbKQ80
「お嬢様……」
「せっちゃん?」
髪を下ろした刹那の瞳は凛とした光を湛えていた。
狂気ではない。刹那は明らかに自意識を取り戻していた。
実際の時間は数秒、だが木乃香にとっては永遠に等しい時間が流れた。
乱打されているはずの鼓動がやけに間延びして聞こえる。
脳内を流れる血液の音さえはっきりと聞こえる。
全身の血が抜け落ちるような感覚を経た後、木乃香の体内で何かが爆発した。
「せっちゃん!!!」
木乃香は刹那に飛びついた。
がむしゃらに刹那の身体を抱きしめ、頬をすりよせ、首筋に唇を這わせた。
「せっちゃん、ごめん、ごめん!!
うちはせっちゃんに酷いことをしたんや!!
せっちゃんに嫌われても仕方ない。でも、うちはせっちゃんが好きや!
せっちゃんのこと、世界の誰よりも大好きや!!
せっちゃんの為なら、うち、なんでもする!!」
「……ごめん、このちゃん」
481 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:56:47 ID:QYmKbKQ80
刹那の返事は意外なものだった。
予想を超えた返答に木乃香が目を見張った瞬間、
トスッ
冷たい何かが木乃香の腹を通り抜けた。決定的な異物感があった。
痛みはなく、木乃香は自分の身体に何が起きているのか、感覚だけでは理解できなかった。
刹那から身体を離し、自分の腹を見下ろして、木乃香は何が起きたのかを悟った。
刹那の愛刀「夕凪」がへその上辺りに沈みこんでいた。
腹の中に煮えたぎった湯を注ぎこまれる感触を覚えた時には、
赤い液体が刀身を伝わって、柄を握り締める刹那の手にかかった。
喉からぎょっとするほど熱く、鉄臭い液体がせり上がり、木乃香の唇から溢れ出した。
「せっ、ちゃん?」
木乃香は目を皿のように見開いて刹那を凝視した。
刹那は冷徹な表情を崩さなかったが、その努力はたいして長い時間は続かなかった。
くしゃりと顔をゆがめると、刹那の瞳から滝のような涙が溢れた。
482 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:57:57 ID:QYmKbKQ80
「ごめん、このちゃん。
うち、身体は動かせなかったけど、ずっとこのちゃんの話を聞いてたんや。
『もうやめて、うちの為に誰かを壊さないで』って叫ぼうとしたけど、身体が動かんかった。
このちゃんが、うちみたいな化け物の為に必死になってくれたことは嬉しいんよ。
でも、ネギ先生も、明日菜さんも、エヴァンジェリンさんも犠牲にして、
うちだけ生き残っても仕方ないんや。ネギ先生達が壊れたのは、うちのせい。
このちゃんのせいじゃない。だから、うち、腹を切ってお詫びしよと思った。
そやないと、ネギ先生達に顔向けできへん」
「……」
「でも、うち、1人で死ぬのはいやや。
ずっと1人闇の中をさまよって、もう、あんなのは嫌や。
このちゃんと離れて黄泉を彷徨うのは嫌や。
だからこのちゃん、うちと死んで欲しいんや」
木乃香は刹那の涙声を黙って聞いていた。
言いようもない感覚が湧きあがって木乃香の脳裏を支配した。
内蔵を貫いた刀の感触も痛覚も、木乃香の心を支配した感情の前に、
嵐の海に浮かべた笹舟のように吹っ飛んだ。木乃香は躊躇せず、刹那の唇を奪った。
木乃香の血と刹那の唾液が入り混じる。刹那は木乃香を引き剥がそうとして、
口胞に侵入する木乃香の舌と血の感触に動きが鈍くなり、やがてされるがままになった。
483 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 00:59:04 ID:QYmKbKQ80
「せっちゃん」
木乃香は刹那の唇についた自分の血をふき取りながら微笑んだ。
「うち、嬉しいんよ。せっちゃんが、うちと一緒に死んでくれるなんて。
それをせっちゃんの方から求めてくれるなんて。
せっちゃんは、ネギ君達に死んでお詫びしたいて云ったね。
でも、うちは全然後悔してへん。だって、ネギ君達を壊したから、
せっちゃんがうちと一緒に死んでくれるつもりになったんやもの」
「このちゃん……」
「せっちゃん。もう、うち、せっちゃんを離さへん。
どこまでも一緒や。ずっと一緒や」
「このちゃん、うちも、うちもや。
刹那はこのちゃんとずうっと一緒や」
言い終わらぬうちに、刹那は木乃香の腹から夕凪を抜き、刀を逆向きにすると、
木乃香もろとも自分の心臓を貫いた。夕凪に串刺しにされる形で、
木乃香は刹那の腕の中に身体を預ける格好となった。
お互いの体温を感じながら、2人はお互いの血が夕凪を通じて一つになるのを感じ取った。
「せっちゃん。うちら、やっと子供の頃の約束、守れるね……」
「うん……。ずっと、友達でいようねって……このちゃん……」
2人は自分達が流した血の海に倒れた。
海は愛を貫いた少女達を母のように迎え入れた。
窓から差し込む陽射しだけが、全てを見つめていた。
昨日までも、そしてこれからも。
484 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 01:02:04 ID:QYmKbKQ80
「ドウシタ、御主人。顔色ヨクナイゾ」
南国の空の下、魔法陣の中心で座禅を組んで瞑想をするエヴァンジェリンに、
チャチャゼロが近寄った。チャチャゼロはお盆を持っていた。
ストローつきのトマトジュースがグラスにたっぷりと注がれている。
「……嫌な夢をみた。いや、夢じゃないな」
チャチャゼロからジュースを受け取ったエヴァンジェリンは、
立ち上がると、一息で赤い液体を飲み干した。
血液ほど美味いものではないが、なんとなく血を飲んでいるという気分には浸れる。
「こことは違う世界の私を見てきた。
誰も幸せになれなかった世界だ」
「御主人モカ?」
エヴァンジェリンは頷こうとして、躊躇した。
腕組みをして考え抜いた挙句、最初とは違う答を出した。
「……いや。あれはあれで、幸せだったのかもしれないな」
「フーン、ソウカ」
チャチャゼロはそれ以上の興味を持たなかった様で、空になったグラスをひったくると、
足早に姿を消した。主人を主人とも思わぬ従者の対応にエヴァンジェリンは苦笑しつつ、
庭先で繰り広げられるネギと茶々丸の組み手修行に視線を移した。
485 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 01:05:01 ID:QYmKbKQ80
「ぼーや、か……」
エヴァンジェリンは万感の想いをこめて呟いた。
殊更誰かに聞かせる意図は無かったのに、なぜかネギが反応して振り向いた。
茶々丸も格闘の手を休めてエヴァンジェリンを見る。
「エヴァンジェリンさーん。そろそろお茶にしませんかぁ?」
嬉しそうに手をふるネギに、エヴァンジェリンは赤面した。
ネギと触れ合った感触が克明に蘇えって心をかき乱し、
我知らずネギの元に駆け寄って「この口が、この口が!」とガクガクと揺さぶる。
茶々丸が慌ててエヴァンジェリンとネギを引き離した。
「マスター。心拍数が上がっていますが、何かあったのですか?」
「うっ、別に、なんでもない!
ぼーやの事なんかこれっぽっちも考えてないからな!!」
『……』
ネギ、カモ、茶々丸はお互いの顔を見合わせた後、笑い出した。
彼らの幸せそうな笑顔が思わずこみあげた涙でぼやける中、
エヴァンジェリンは決意する。あんな未来など、絶対に作るものかと。
「ぼーや。私はな……」
486 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 01:05:24 ID:QYmKbKQ80
それは世界の片隅で起こった小さな出来事。
時の歯車は再び動き出し、新たな歴史が紡がれる。
どんな未来が訪れるのかはわからないけれど、あの世界だけは見たくない。
たとえあの世界の自分は最期に幸せを手に入れたとしても、
この世界の私はあれを幸せだとは認めない。
私は私のやり方で幸せを手に入れてみせる。
エヴァンジェリンは、ナギと、彼の面影を残す少年に誓った。
南洋の風が吹きぬけ、少女は一歩を踏み出す。
fin
488 名前:夢終わる時 後編[] 投稿日:2005/09/03(土) 01:07:18 ID:QYmKbKQ80
ということで、SS完結です。
自分の甘さから、どうしても救いを入れてしまいました。
悪に染まりきれなかったです_| ̄|○
エヴァの魔法は、まんまバーチャロンのエンジェランRTB攻撃からです。
エンジェランを使うと、エヴァもこんな攻撃するのかなlぁ、なんて思います。
おつきあいくださってありがとうございました。