513 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:45:13 ID:qpks0TvZ0
全力で虐めてみました。
途中までですが…
>>333の続き
517 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:46:20 ID:qpks0TvZ0
亜子は走っていた。走るしかなかった。
過去の記憶と、先程の無残なエヴァンジェリンと、
ネギの朗らかな笑顔が脳裏に繰り返し現われては赤い液体で塗りつぶされ、
血の海に押し流されたと思いきや、血塗れの彼らが手を伸ばして亜子の脚をつかもうとする。
腹の傷から内臓をあふれ出した幼い自分がいた。
テラテラとピンク色に輝く腸は数十�僂發呂澆世靴董�
幼い亜子は呆然とした表情を浮かべながら今の亜子を見つめていた。
なんとか内臓を腹の中に押し戻そうと幼い亜子は苦闘していたが、
今の亜子に気付くと、パクパクと口を開けて助けを求めた。
言葉はなく、血にまみれた小さな手が亜子の方にのばされる。
亜子は声にならない悲鳴を上げて逃げ出した。
下半身が自分の意志とは違う別の生き物のようだ。
ラジコンを操縦するような感覚で足を動かしたが、ちょっとしたつまずきで盛大に転んでしまう。
それでも亜子は前へ、前へと進んだ。後など怖くて振り返れなかった。
四つんばいになって過去から逃げようとした。膝がすりむけ、
小石や砂利が肉をえぐってもその痛みが気にならないほどに亜子は怯えていた。
518 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:47:37 ID:qpks0TvZ0
そんな彼女の足首に衝撃が走った。
前へ進めない。ふりほどこうと足首をメチャメチャに上下させたが、
足首をつかむモノは梃子でも動かせそうにない。
亜子は恐々とふりかえり、次の瞬間、完全に腰を抜かした。
彼女のマスターが…･･･エヴァンジェリンが亜子をつかんでいた。
「お願い……。助けて……」
エヴァンジェリンは今にも消えそうな声で亜子に語りかけた。
雨の日に見捨てられた子猫の鳴き声のようだった。
そこには吸血鬼の真祖の威厳は欠片もなかった。
拷問され、ボロボロになった哀れな少女がいるだけだった。
だが、亜子は躊躇した。御主人様を助けなければ…と云う思いと、
少女の身体中から溢れだす血液への生理的嫌悪が対立して亜子の動きを封じた。
亜子の舌はわなわなと震えるばかりで声にならない。
そもそも、言葉を選択する言語中枢そのものが過負荷に陥っていたのだ。
パクパクと口を開閉するだけの亜子に、エヴァンジェリンの蒼眼から涙がこぼれおちる。
細い眉が悲しみの形に歪む。それを見た亜子の中で、嫌悪やトラウマより、
主人への忠誠心が勝ちそうになった。腰を抜かした状態から起き上がり、
赤ん坊のようにハイハイしながらだが、エヴァンジェリンに近寄って髪をそっと撫でた。
「お腹が……お腹が痛いの……」
亜子がようやく会えた母親でもあるかのように、エヴァンジェリンは泣きながら訴える。
「どこが痛いの？」と亜子は少女のお腹をさすってやろうと腰まで伸びた金髪をどけ・・・
……何か、柔らかいものをつかむ。鼻まで多少の距離があるにもかかわらず、
ムッとするほどの生臭さ。何より皮膚から伝わるぬめり感と柔らかさ。
520 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:49:15 ID:qpks0TvZ0
「ひっ、ひぎいいいいいいいぃぃぃい」
亜子はエヴァンジェリンの腹から溢れた内臓をつかんでいた。
涙も鼻水も涎も垂らして亜子はあとずさった。
「おねえちゃん……ひどい……ひどいよ……」
そう云って顔を上げた少女は既にエヴァンジェリンではなかった。
長い金髪は、いつのまにか、ややクセのある色素の薄い髪に変化していた。
髪の下にある人面は、鏡で見慣れた亜子の顔だった。
涎を垂らしながら後ずさりする亜子は、ドン、と何かにぶつかった。
壁かと思った。思おうとした。
お願い、神様。これが壁だったら、二度と悪いことはしません。
「やあ、どうしたんですか？ 亜子さん」
見上げた亜子の視界に、彼女の担任である少年先生の笑顔があった。
亜子は理解した。この世で一番恐ろしいのは、悪意ではなく、「純粋」であることなのだ。
子供は天使だという。確かにそうだ。なぜなら、子供は「悪」という概念を理解していない。
「善悪」もなく、ただ自分のやりたいことをやる。そこに躊躇はない。
事実、ネギは躊躇しなかった。
エヴァンジェリンに対してすら遠慮ないのだから、亜子に対してならなおさら……。
521 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:52:23 ID:qpks0TvZ0
「いやあああああああっっ、こないで！！ こないでぇぇぇ！！」
裏返った声で亜子は絶叫した。
「酷いですよ、亜子さん。藪から棒に悲鳴をあげて。
僕は迷子になったエヴァンジェリンさんを連れ戻しにきただけです。
ああ、もちろん亜子さんもですよ。
だって亜子さんとエヴァンジェリンさんは主従でしょ？
主人の看病はもちろん、時は一緒に喜びも痛みもわかちあって……」
奇跡が起きた。亜子はネギの言葉が続いていたにも関わらず、
途中で逃げ出すことに成功したのだ。
やった……！
亜子の精神は限界に達していたにも関わらず、小さくガッツポーズをつくった。
それが甘かったことを思い知らされたのは３秒後。
亜子の背後から追いかけてくる気配がある。
522 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:53:29 ID:qpks0TvZ0
『亜子さん、一緒に遊びましょう』
『おねえちゃん……』
『熱い……。死んじゃう……。助けて……』
ネギの、エヴァンジェリンの、そして幼い自分の声が追いすがってくる。
亜子はひたすらに駆けた。わけのわからない悲鳴をあげながら走った。
本棚の迷路も古ぼけた螺旋階段を上ったことも覚えていなかった。
「あうっ」
何かにつまづいて亜子は空中を舞った。頭から床に突っ込んだ。
幸いにも、地面は石ではなく、絨毯でおおわれていたので、
頬に多少のすり傷を負っただけで済んだ。
周囲の学生や職員は、地下から出てくるなり、足元の本に蹴つまずいて
派手に転がった少女に唖然としている。
亜子は図書館第一層にいた。光の世界に戻ってきたのだ。
「あなた、大丈夫？」
近くにいた女子高校生が、親切にも亜子に駆け寄って抱え起こした。
「あっ、ひゃい？ ひぃ、ひ…」
目、鼻、口のあらゆる器官からあらゆる液体を垂れ流す亜子に、
助け起こした女子高生はびっくりしたが、すぐに気を取り直すと、
ハンカチで亜子の顔を丁寧に拭いた。
その優しい仕草に、亜子の精神はようやく落ち着きを取り戻す。
524 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:54:36 ID:qpks0TvZ0
「あ、あの、すみません……」
「どうしたの、こんなに慌てて」
女子高生は言葉を切った。
亜子は女子高生の顔が蒼白になるのを見た。
音を立てて血の気が引いていった。
どうしたんですか、と亜子の方から尋ねることは怖くて出来なかった。
もっとも、２秒を待たずして、相手の方からつきつけられたのだが。
「あなたの制服、血だらけじゃない！」
亜子が気がつくと、そこは女子トイレだった。
タイル張りの真新しいトイレで、窓の外に広がる光景から、
ここが図書館の女子トイレであることがわかった。
なぜ自分がここにいるのか、亜子はおぼろげながら思い出した。
女子高生に制服の血染みを指摘された瞬間、彼女を無言で突き飛ばした。
そして、唖然とする周囲の視線を置き去りに、逃げるようにして…
…いや、文字通りトイレに逃げ込んだのだ。
亜子は夢遊病者のようにおぼつかない足取りで洗面台の前に立った。
かたく目を瞑った。「夢であってください」と神様にお願いした。
３００回ほど神様に願をかけた後、亜子は目をそっと開いた。
右肩から左脇腹にかけて、制服は褐色の染みで覆われていた。
鼻をつく鉄の匂いは隠しようもなく立ち上って、亜子に現実をつきつけた。
その瞬間、亜子は嘔吐した。
525 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:55:50 ID:qpks0TvZ0
胃の中の内容物を全て洗面台にぶちまけても、なお吐き気は止まらなかった。
胃酸のすえたような匂いがトイレ全体を覆い尽くして鉄臭を消すまで、
亜子は嘔吐を続けた。だから、トイレの扉が開いて、
釘宮円が入ってきたことに気づかなかった。たまたま図書館で
宿題を片付けていた釘宮は、亜子の奇声を聞きつけて二階から降りてきた。
そこで亜子が女子高生を突き飛ばしてトイレに駆け込んだのを見ていたのだ。
「和泉……」
名前が呼ばれた瞬間、亜子は南国の猿そっくりの奇声をあげて釘宮に飛びかかった。
目を血走らせながら「お前が、御主人様を、御主人様を…」とうわ言を上げて
円の襟首をしめあげた。吸血鬼の馬鹿力によって、釘宮の爪先は
既にタイルから離れている。円は亜子をふりほどこうとしたが、無駄な努力だった。
「く、くるしい……！ 亜子……私よ！ 円よ！！」
「えっ……ネギ先生じゃない…。
あなた、円？」
526 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:57:34 ID:qpks0TvZ0
肉食獣のように細かった瞳孔が人間のそれに戻った。
亜子の腕から力が抜けて、円は座りこんだ。
胃液の匂いが充満しているとはいえ、空気は空気だ。
肺一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。
亜子が「ごめんなさい」を連呼しながら円の傍にしゃがみこんだ。
その顔を円は思いっきり平手打ちする。小気味の良い音。
思いもよらぬ攻撃に、亜子は尻餅をついて呆然と攻撃者を見上げた。
「いきなり首を絞めるなんて、あんた何考えてるのよ！！
私を殺す気！？ あんた私に恨みでもあるの！？」
亜子は放心状態で円の顔を見つめるだけで、何の返答もしなかった。
その態度は、円に（何よ、気味が悪いじゃない）と云う思いを引き起こした。
それは結果的に頭に血が上った彼女の冷却剤となり、
少しばかり状況を冷静に見つめる余裕を与えた。
そうなれば、亜子の異常な状態に気付くのに、さして長い時間はかからなかった。
「あんた、それ…。大怪我じゃない！」
527 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:58:49 ID:qpks0TvZ0
制服にベットリと血が付着していれば、誰だって当人が大怪我をしていると思う。
返り血、と云う発想が出ないのもこの平和な国なら当たり前のことだ。
先程の亜子の行動を咎めるよりも先に手当てが必要。
円の身体は自然に動いて、傷を確かめるために亜子の制服を脱がせた。
「あれ？ 傷、ない……」
どんなに酷い怪我か…と覚悟していた円は、亜子の肌に
傷一つないのに意表をつかれた。「どういうこと、説明して！」と亜子の肩を揺さぶる。
もう少し円の想像力が豊かだったならば
『もしかして亜子が人を殺してきて、これはその返り血なのかも…』
と云う結論に思い至り、この場を逃げ出していたかもしれない。
だが、円はさほど疑い深くもなかった。
若く、溌剌として、思いやりがある、どこにでもいる女子中学生だった。
しかし、未来を知る者がいたとしたら、
『円がここから逃げ出していた方が、円にとっても亜子にとっても幸せでだった』
と結論づけるに違いない。
ともかく、円は亜子に事情を聞くことにした。
528 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 15:59:41 ID:qpks0TvZ0
亜子の言葉は支離滅裂で、全てを正確に理解することはできなかったが、
亜子の大切な人が大変なことになっているらしい…という大筋だけはつかめた。
この状態でこれ以上聞き出すのは難しいと思った円は、
とりあえず部屋に帰ることにした。もちろん亜子を放置しておくわけにはいかない。
自分のブレザーを亜子に渡し、血に汚れた亜子のは畳んで脇に挟む。
ふらふらする亜子に肩を貸しながら、円はトイレを出た。
訝しげな視線を向けてくる職員達には
「ちょっと貧血で…。さっきのは心配ありませんから」などと適当にごまかした。
既に太陽は西の空に大きく傾いていた。
亜子に肩を貸しながら円は話すタイミングを見計らっていたが、
通りに人通りがないのを確認して、亜子に前々から気になっていたことを切り出した。
「ねぇ、亜子。あんた、木乃香達に虐められているんじゃない？」
529 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:00:57 ID:qpks0TvZ0
亜子は返事をしなかったが、円は構わず続けた。
「最近、うちのクラス、なんだかおかしいもの。
昔の明日菜は直情決行だけど他人を傷つけるようなことはしなかったし、
本屋は誰かを糾弾するようなことは言わなかったし、
木乃香は人前で大袈裟に同情なんか求めるような子じゃなかった。
なのに、今は『私がやられたから』ってことで、誰かを傷つけてる。
客観的に見ればさ、まき絵、朝倉、古菲、みんな木乃香達に虐められてたでしょ？
今度は、あんたの番ってわけ？」
「……そうかもしれない」
力無い亜子の呟きに、円は（やっぱり）と内心で頷いていた。
「何があったの？ 私でよければ、話してみて」
「ごめん、円。それだけは、言えない。私の大切な人に迷惑がかかるから…」
「そう…」
「ほんとうに、ごめん…」
亜子の声は震えていた。
つられて円の気持ちも自由落下しそうになった。
この空気はまずいなぁ。どうやったら入れ替えられるかな…。
そうだ。彼の名前を出せば。円は自分の思いつきに満足して、つとめて明るい声を出した。
530 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:01:51 ID:qpks0TvZ0
「いいの。気にしないで。
私はただの生徒だから、解決できないこともあるしね。
だったらさ、亜子。ネギ先生なら…」
「あいつの名前は出さないで！！」
絶叫が通りにずらりと並ぶ木々の幹さえ揺らし、夕陽に赤く染まった光景に消えて行く。
円は唖然として亜子の顔をながめた。亜子は唇を噛みしめて円を睨んだ。
だが、瞳に強い光が浮かんでいたのは数秒のこと。
光が消えるや否や、亜子は震え出した。
涙がとめどなくあふれ、ペタリとアスファルトの上に座りこんでしまう。
「もう、やだぁ…。やだよぅ……」
幼子そのものと化し、声を上げて泣く亜子。
暫く無表情に彼女を見下ろしていた円は、やがて苦笑を浮かべた。
しかたがないか、亜子だものね。円は膝を折ると、亜子を抱きしめた。
「いやなこと、たくさんあったんだね。
喋らなくていい。喋らなくていいから、今は泣いて、泣きなさい」
亜子は焦点の合わない瞳で円の顔を見た。
彼女の腕がおずおずと円の背に回される。
円が一つ頷くと、亜子は円の肩口に顔をつっぷして泣きじゃくった。
532 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:03:35 ID:qpks0TvZ0
「つまらないですね」
姉妹のように支えあって小さくなる円と亜子の姿を見ていた者がいる。
宮崎のどか。彼女は小さく舌打ちした。隠れてアーティファクトを出していたのだが、
それを使わずとも、２人がどんな思いなのかは理解できた。それ故に無性に腹が立った。
「和泉さんのおかげで、今日は機嫌が悪いです」
わざと口に出したが、それがやつあたりであることは、言った自分が一番良く理解している。
彼女の心に波を立たせているのは、亜子ではなく、今も図書館の地下室で
悲鳴をあげているであろう金髪の少女と、悲鳴をあげさせている少年の態度だ。
「ネギ先生はどうしてあんなババアがお気に入りなんでしょう。
私の方がずっと若くて綺麗なのに…」
のどかのアーティファクト……他者の心がページに浮かび出る『本』……を使えば
ネギの心はわかる。だが、仮契約段階での能力は「他者の心の表層を読むこと」のみで、
ネギの心の全てを把握することは出来ない。
ネギの真意は、のどかの『本』では探れない深層に眠っているのだから。
だからこそ、のどかはネギと本契約をしたい。
本契約をすれば、自分の読心能力は完全に開花して、他者の全てを読みとることが出来る。
そうなれば、誰かの考えに傷つけられることはなくなる。
友が何を考えているかで思い悩むこともなくなる。
愛しい人の心変わりに怯えることもない。
533 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:04:39 ID:qpks0TvZ0
（ああ、私、ネギ先生に会えて良かった……）
のどかは両腕の中でずっしりと重い『本』を、
まるでネギ自身であるかのように抱きしめた。この『本』のおかげで、
のどかは被食者から捕食者への転身を果たした。
かつて気弱だった少女は、『本』を与えてくれたネギに感謝し、
尚一層の愛情を抱く。そして願わくば、相手も自分の愛に応えて欲しいと思う。
自分と同じだけの愛を注いで欲しいと思う。
その為には、ネギの心を自分から逸らす存在は抹殺しなければならない。
のどかは意識を現実に引き戻した。
同時に、腹立たしい気分も戻ってきた。
『傷つける』ことであるとはいえ、エヴァンジェリンがネギの興味の対象であることは事実だ。
つまり、ネギが自分に向けるべき心の何パーセントかが確実に喪われている、と云うことだ。
許せない。
のどかは１人呟いた。これは罪だ。そして罪は償わなければならない。
さしあたっては、和泉亜子に払って貰おう。
『主人の恥は従者の恥』と云うではないか。
『恥』を『罪』に置き換えても同じことだろう。
のどかは携帯を取り出して、誰かと相談をはじめた。
534 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:05:45 ID:qpks0TvZ0
広大な麻帆良学園の一画に麻帆良神社はあった。
社に付随する住居の中に巫女服姿の若い女性がいた。
浅黒い肌と目鼻立ちのはっきりした顔つきは、どこから判断しても日本人ではない。
日本人ではないが、美人であることには間違いない。
彼女は携帯電話で何事かを相談していたが、2、3の質問をすると、通話を切り上げた。
そして箪笥の引き出しから短冊状の紙を取り出すと、墨で文字を書いた。
さほど複雑な紋様ではない。
１分もしないうちに書き上げ「ふぅ」と息をはいた。
ちょうどそこに声をかける者があった。
「龍宮殿」
若い女性の声だ。龍宮は建物の外に視線を移動して、長身の女性がいるのを認めた。
彼女は自分の名を呼んだ相手を良く知っている。
「長瀬か。どうした、こんなところまで。立ち話もなんだ。上がれ。茶でも出そう」
「いや、たいした用事ではござらん。ここで良いでござる」
535 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:06:41 ID:qpks0TvZ0
巫女であるクラスメイトの誘いを、長瀬楓はややぶっきらぼうな口調で断った。
龍宮は気分を害した様子もなく縁側まで進んでくると、楓の用件を尋ねた。
「龍宮殿。これは拙者の願いでござる。
…木乃香殿に協力するのを、やめてもらえぬか」
「断る」
龍宮は楓の言葉が終わらぬうちにそっけなく告げた。
妥協の余地など一片もない、有無を言わさぬ強さだ。
普段いかなることにも動じない楓の長身が僅かに揺れた。
「なぜで、ござるか」
「理由を説明せねばならんのか？」
無表情だった龍宮の眉が歪んだ。
「お前は甲賀中忍ではないのか？
忍者ならば傭兵のこともわかるだろう。契約は絶対だ。仕事に好き嫌いもない。
金を貰っている以上、私は私の全能力をもって任務を果たす。それだけのことだ」
「しかし、クラスメイトを傷つけても…！」
「だからどうしたと云うのだ？」
龍宮は不愉快そうに反論すると、今度は冷笑を唇の端に浮かべる。
537 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:08:09 ID:qpks0TvZ0
「長瀬。お前、クラス３Ａの連中に情でも移ったんじゃないのか？
お前と寝起きを共にしている鳴滝姉妹や、古菲。あいつらの姿に同情でもしたのか？」
言葉につまる楓を龍宮は無言で見つめる。
暫く２人は睨みあった。先に視線を外したのは、龍宮だった。
「甘くなったな、楓。忍者としては失格だ。人間としては知らんが」
「龍宮……」
溜息と共に吐きだされた最後の言葉に、楓は最後のチャンスを見出す。
「拙者は、古菲のような悲しい末路を見るのは、もう嫌でござる。
龍宮殿、お主の力を貸して欲しいでござる」
「無理だ」
龍宮は、先程とは違って、疲れたように首を振った。
「私は、近衛学園長から『近衛木乃香の護衛。
並びに木乃香の命には従うこと』を条件に入学し、同時に給料も貰っている。
同時に木乃香の行状についても逐一報告している。一昨年、昨年、そして昨日、とな」
「まさか」
「近衛学園長も、この事態は了解済みということだ。
楓、学園上層部に訴えるのはやめろ。学園長に揉み潰されるがオチだ。
それだけで済むなら良いがな。
いっておくが、長瀬。私は鳴滝姉妹を慰める役目は御免こうむる」
そう言い残すと、龍宮はついと巫女服を翻して立ち去った。
後には言い返す言葉も失った楓が立ち竦んでいた。
538 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:09:04 ID:qpks0TvZ0
龍宮と楓の会話から３日後のこと。
窓の外では爽やかな風が吹いているというのに、
クラス３Ａは湿った重苦しい雰囲気につつまれていた。
女子生徒達は仲の良いグループでかたまり、ガヤガヤと声高く噂話に興じている。
予鈴まであと１０分。ガラッと扉が開いて、和泉亜子が入ってきた。
すると、教室は水を打ったように静まり返った。亜子に声をかける者は誰もいない。
亜子が唇をかみしめながら席につくと、それを待っていたかのように、生徒達はヒソヒソと語り合った。
亜子は何も言わず、うつむいて自分の机を見つめていた。
机はマジックによる悪戯書きで真っ黒になっていた。
暫くして担任のネギが入ってきた。
彼の顔も、大半のクラスメイト同様、重く沈んでいる。
挨拶もそこそこに、ネギは悲しいニュースを切り出した。
539 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:10:09 ID:qpks0TvZ0
「もうみなさんも知っているかもしれませんが…。
釘宮さんが怪我をしました。警察によれば事件性ではなく、
『カマイタチ』によるものだそうですが…。
ともかく、釘宮さんは脇腹に怪我をして入院中です」
クラスのあちこちで呻き声があがった。
隣の席の者と視線をかわしたり、小声で語りあったりする。
ざわめきが抑えられなくなりそうになった時、教壇のネギが「パン」と手を叩いた。
皆、あっけに取られてネギに視線を戻した。
「心配しないでください。
怪我といっても、たいしたものではないそうです。
一週間もあれば戻ってこられるそうですから」
今度のざわめきは安堵の吐息だった。
楓は、思わず龍宮の顔を見つめた。すまし顔をしていた龍宮は、楓の視線に気付くと
「文句ないだろう、楓？」と云わんばかりに見つめかえし、すぐに明後日の方向に顔を向けた。
540 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:12:26 ID:qpks0TvZ0
一方、教壇では皆の反応を満足そうに見守っていたネギが、
急に暗い顔となって顔を落とした。目ざとい委員長が気付いてネギに理由を正すと、
ネギはゆっくりと顔を上げた。気丈な委員長が椅子にへたりこむほど、彼の顔は無表情だった。
皆は自然に視線を動かし……和泉亜子に行きついた。
「亜子さん」
ネギは静かに語りかけた。
「釘宮さんが怪我をした時、あなたは一緒だったそうですね」
「う、うん」
「それで、あなたは何をしていたのですか？
あなたは保健委員でしょう？ 手当てをすることはもちろん、
友達の助けを呼びにいくことぐらいしたらどうですか？
まさか１１９を知らなかった？ 携帯電話もなかった？ 公衆電話はすぐ傍にあったそうですが」
「ち、ちがうねん！ う、ウチは、ウチは……！！」
「何が違うんですか。釘宮さんを助けたのは、たまたま通りかかった生徒です。
その時、あなたは何をしていたのですか？
部屋に帰ってくるなり、脇目もふらずに布団をかぶっていた…なんて証言もありますけど。
お昼寝ですか？ 優雅ですね」
『うそ…』
『友達見捨てたの？ 亜子と円って仲良かったのに』
『円、可哀想』『最低……』
クラスメイト達のざわめきに、亜子は突然立ち上がると「違うねん！！」と叫んだ。
541 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:13:33 ID:qpks0TvZ0
「だって、だって、円のお腹にパックリ傷口があいて、血が、血が、一杯……！！」
「だから部屋に帰ってお昼寝すか」
「私にも傷がある！ お腹に傷があるねん！！」
「それと釘宮さんの助けも呼ばずに帰ったことと、何の関係が？」
ネギの言葉は決定打となった。
時間が止まったとしたら、このような状況になるのだろう。
誰１人として口を聞かない。誰の息もしない。誰かが静寂を破るのを待っている。
「ふぅ」と息を吐いたのは、やはりネギだった。
「もういいです。和泉さん、座りなさい。
後で別の人を保健委員にしましょう」
亜子は灰の残りかすとなって真っ白だった。
熱病に浮かされたように
「わたし、御主人様も見捨てて、まどかも、まどかも、御主人様……」などと
うめく亜子に声をかける者など、誰もいなかった。そのうち呟きがわずらわしくなったのか、
委員長が亜子にカバンを持たせて無理矢理追い出した。亜子は抵抗せず、幽霊のように消えた。
542 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:14:34 ID:qpks0TvZ0
「うまくいきましたね」
宮崎のどかは、亜子の無残な姿に、会心の笑みを浮かべた。
木乃香と明日菜も気付き、ニヤリと笑う。
最初はほんのちょっとした悪戯だった。
亜子が流れ出る血液にトラウマを持っているようなので、
円の脇腹を切り裂いてみたのだ。狙撃者は、龍宮。
魔力を秘めた呪札でカマイタチを起こし、円の腹を斬ったのである。
のどか達の当初の意図は、亜子に過去を思い出させて悲鳴を上げさせるだけだったが、
まさが円を見捨てて逃亡し、夢の世界に逃避するとは思っていなかった。
これは期待以上の行動だった。
あとはメールで事件のあらましを報道するだけ。
罪悪感と周囲の人々の冷たい視線のおかげで、亜子は完全に精神崩壊を起こしている。
亜子が昔の快活な笑顔を取り戻すことはないだろう。
よしんば学校に通えても、釘宮が戻ってきたとしたら、その時はどうなるのか。
「楽しみやなぁ。せっちゃんにも見せてやりたいわぁ」
木乃香が呑気そうに云った。
543 名前：135[sage] 投稿日：2005/08/09(火) 16:15:23 ID:qpks0TvZ0
以上です。
楓と龍宮の呼びかけが違ったりするのは、
脳内修正よろしくお願いします＿|￣|○
全力で虐めて疲れました…。
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