SS / エヴァと亜子 / 1



103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:15:52 ID:LAVpFDpV0
流れを読まずに投下。
エヴァは前スレあたりにあった、別荘に閉じ込められて
新築体育館の基礎にコンクリート詰めされたという設定。
茶々丸、チャチャゼロは既に解体済みということで。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:17:22 ID:LAVpFDpV0
 待つのは得意だ。
 いや、得意というのは結果論だ。
 正確にいえば「暇な時間を潰すのには慣れた」ということだろう。
 なぜなら私は死ねないのだから。だが、「死ねない」は「決して死なない」ではない。
 私だって死ぬ可能性はある。ただ、生半可な手段では私を殺すことは出来ないだけだ。
 よほどの大威力魔法か特殊魔法か、或いは特殊な器具を使うか。
 いずれにせよ、ただの人間やエクソシストやウィザードごときに私を倒すことは出来ない。
 それでも。
 私はいつか死ぬだろう。
 人間の手にかかって。
『化物を打ち倒すのはいつだって人間だ』
 ああ、確かにその通りだ。
 だが、化物だって、自分を倒してくれる相手は選びたい。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:18:48 ID:LAVpFDpV0
「まさかこんなことになるとはな」
 エヴァンジェリンは幼い顔に歪んだ笑みを浮かべた。
 他者と自分への嘲弄が入り混じっていた。
 一方で、彼女がまとう雰囲気はどこか寂しげだった。
 幼子が、いつも遊んでいた友達達から仲間はずれにされてしまったような印象だった。
 もし第三者が今のエヴァンジェリンを見たら、彼女が吸血鬼であり、
なおかつ数百歳であるなどとは決して信じなかっただろう。
 外見どおり、十歳の白人少女にしか見えなかっただろう。
「私の目も随分と甘くなったものだな」
 そう云ったエヴァンジェリンの蒼眼から涙があふれだし、白磁の頬をつたう。
 数日前、彼女は罵声と嘲笑を浴びせられ、まるで人形のように弄ばれた。
 そして閉ざされた異空間に放置された挙句、誰も知らない地下牢に…
…正確には麻帆良学園に新築された体育館の基礎コンクリートに…封印されたのだ。
 そのことはさして驚くべきことではなかった。
 他者から忌み嫌われ、排除されることは慣れている。
 だが、その他者が、信頼に、心を許し、あまつさえ好意を抱いた者であったとしたら。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:20:59 ID:LAVpFDpV0
「なぜなんだ、ぼーや。
 私が何をしたというんだ……。
 私はお前のことが好きだったのに……」
エヴァンジェリンの精神年齢は幼くても、彼女には事態を認識できるだけの理性はある。
原因は単純なことだ。
ネギは他者であり、他者の心変わりを食い止めることは困難である、と云うことだ。
覆水盆に帰らず。ネギや3Aの連中が自分を嫌うようになったことだけは確実だ。
そして、エヴァンジェリンは己の不幸によよと崩れ落ちているだけの少女ではない。
私は吸血鬼だ。私を忌み嫌うのは仕方ない。排除するのも認めよう。
しかし、裏切りは許さない。殴られた分は殴り返す。
すまんな、ぼーや。私はナザレのイエスほど人間が出来ていないんだ。
どちらかといえばハムラビ法典の方が好みなんだよ。
「それにしても、ぼーやも迂闊だな。
 ここは私の城塞。城塞というものは秘密の脱け穴があるものだ。
別荘に入っている時に敵に襲われた時の対処を用意していないわけがないだろうが。
もっとも、気付いたとしてもどうしようもないが」
エヴァンジェリンは石畳にチョークで線を書きはじめた。
複雑な記号や古代魔法文字を重ねていく。
十分もすると、テニスコートがすっぽりと入るほどの巨大な魔法陣が書きあがった。
彼女は線を踏み消さないように注意しながら、直線と円周と文字が重なった
魔法陣上の数箇所に移動して、ナイフで指先を切ると、自分の血を数滴ずつ垂らしていった。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:23:14 ID:LAVpFDpV0
「これでよし」
血滴を垂らすという行為を5回ほど繰り返すと、エヴァンジェリンは何度か頷いて、
魔法陣の中心に移動した。そして深呼吸して目を閉じると、パンッと大きな音をたてて両手を鳴らした。

その刹那、石畳の下に太陽が出現したと間違えるほど強烈な光が魔法陣から溢れだした。
抜けるように青かった別荘の上空はスイッチをOFFにしたかの如く瞬間的に黒く塗りつぶされた。
同時に空中にも図形や象形文字が浮かび上がり、それらの間に紫電が走るや否や、
別荘の空間そのものが魔法陣の中心に立つエヴァンジェリンに収縮していった。

だしぬけに紫電は四散し、別荘の空間そのものが消滅した。
この空間そのものがエヴァンジェリンの魔力であり、
ネギやクラスメイトが行った行為…エヴァをエヴァの別荘に閉じ込めること…は、
とどのつまり、彼女の体内に彼女を閉じ込めるに似て無意味な行為だったのだ。
「……真っ暗だな」
新築された体育館の基礎のさらに下。漆黒の地中でエヴァンジェリンは呻いた。
魔力が流れ込んだ時の余波で関節が痺れていた。
指一本満足に動かすことは出来そうになかった。
このままでは酸欠で遠からず死ぬはずだ。人間ならば。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:25:24 ID:LAVpFDpV0
残念なことにエヴァンジェリンは人間ではない。
彼女は様々なものに身体を変化させることができる。
普通は蝙蝠に分裂することが多いが、それ以外の生物にも可能だ。
「あのときは酷い目にあった。この私がもうちょっとで食べられるところだった。
 そういえば、あいつはどうしているんだろうな。
 ドイツが降伏して以来、もう何十年も会ってないが」
暗闇の中で笑みを浮かべるや否や、エヴァンジェリンの肉体の輪郭が崩れ落ちた。
黒い液体となって地面に染みこむと、それは無数のムカデやヤスデとなって地中を掘り進んだ。
長い時間が経った。その日その時刻、ネギに頼まれて体育館裏手の倉庫に来た和泉亜子は、
饅頭のように盛り上がった地面に遭遇した。

「な、何やこれ…」

亜子の不幸は、大地が盛り上がる光景に本能が危険を訴えたにも関わらず、
好奇心が本能を押さえつけたことだった。「モグラ、かな?」などと見当違いなことを考えていた。
それが亜子の命取りとなる。地面にポコッと穴が開くや、
ウナギよりも太い胴体を持つムカデやヤスデが無数に飛び出してきたのだ。

「ひっ、ひやっ」

亜子の悲鳴はそこで途絶えた。気絶したからではない。
数匹のムカデがワシャワシャと節くれだった脚を器用に動かして亜子の身体を這い上がり、
彼女の口を覆ってしまったからである。節足動物の冷たいぬめる甲皮と
多足の鍵爪が肌を這い回る感触に、亜子はムカデを払いのけようとした。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:27:19 ID:LAVpFDpV0
「和泉亜子か。ちょうど良い所に来たな」
見知った声が後から響いた。
なのに思い出せない。

 あれ? 彼女はいつまにかクラスからいなくなって…。

亜子の口を覆っていた節足動物は、いつのまにか気持ち良い冷たさの
小さな手に変わっていた。子供の腕だった。これなら払いのけられるかも。
亜子は力を入れた。子供の手は鉄で出来たように動かなかった。
「無理だ、和泉亜子。人間の力では、吸血鬼の力にはかなわない。
 そのことはお前が一番良く知っているはずだ。
 ふん、表層記憶はぼーやに消されたか。
 だが記憶そのものを消せたわけではない。それを思い出させてやろう」

カプッ

首筋に瑞々しい果物にかじりついたような音がした。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:28:28 ID:LAVpFDpV0
痛みはなかった。暖かく、甘い吐息が亜子の皮膚にかかり、それは皮膚から筋肉へ、
内側へ内側へと浸透していく。ちうちうと吸い出されていく血液と共に、
懐かしい存在そのものが亜子を満たしていった。
「和泉亜子」という存在に「エヴァンジェリン」という存在が流れ込み、混じりこみ、
新たな「和泉亜子」が生まれる。それは子供を女の胎内に宿す行為に似て、
ある種の生殖行為だった。いつのまにか亜子の唇から嬌声が漏れていた。

「…マスター」

亜子の唇から一つの言葉が漏れた。
愛しい人の名を呼ぶような艶かしい口調だった。
エヴァンジェリンは満足して亜子の首筋から唇を離した。
亜子の傷口とエヴァンジェリンの犬歯の間を、唾液と血液が名残惜しそうにツツと糸を引いた。
「あ…」
主人の唇が離れたことに亜子が抗議すると、エヴァンジェリンは目を細めて亜子の髪を撫でた。
何度も何度も、幼子を愛撫する母親のように亜子の身体のラインに沿って小さな手を上下する。
再びエヴァンジェリンの下僕となった亜子は、髪から伝わる刺激を堪能すべく、うっとりと瞳を閉じた。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:29:42 ID:LAVpFDpV0
「…いいか、和泉亜子」
 エヴァンジェリンは手の動きを止めずに云った。
「私には茶々丸もチャチャゼロもいない。
 いや、あいつらのことだから、完全に破壊されたということはないだろうが、
 いますぐ私の元に駆けつけられる状態じゃない。だから、暫くの間、私の従者になってもらうぞ」
「喜んで、マスター」
 亜子は嬉しそうに笑った。

「やっぱりよみがえったんですね。安心しました」

背後から聞こえてきた少年の声に、エヴァンジェリンは振り返った。
かつてエヴァが「ぼーや」と呼んで可愛がり、慕った少年先生、
ネギ・スプリングフィールドが父親の形見の杖を構えてそこにいた。
彼は教室で皆に朝の挨拶をするように爽やかな笑顔を浮かべていた。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:32:11 ID:LAVpFDpV0
「ネギ・スプリングフィールド……」
サタンを封じこめたという永久氷河地獄の凍気が、
言葉となってエヴァンジェリンの口から漏れた。
従者である亜子が幼い主人の様相に「ひっ」と小さな悲鳴をあげてすがりついた。
だが、ネギは凍気を正面からふきつけられながらも、
天真爛漫の笑顔を崩さないまま、無造作に突っ立っていた。

「どうした、ぼーや。言葉もないか?」
「別に。あなたはコンクリートで埋めたぐらいでなんとかなるような人じゃないでしょう?
 むしろ、脱出するのにこれだけかかったのが意外なくらいでした」

ネギはニコニコしながらエヴァンジェリンに語りかける。
だが、鷹揚なようで、立ち姿には髪の毛一筋の隙もない。
おそらく遅延呪文も詠唱済みで、エヴァンジェリンや亜子がちょっとでも動きをみせれば、
すかさず攻撃魔法を叩きこめる態勢を取っているに違いない。
或いは、宮崎のどかを伏せて読心させているか。

「一つ聞いておきたい」
「なんでしょう?」
「なぜ私をこんな目に合わせた?
 私のことが嫌いなら……。なぜ私に近づいた?
 なぜ私に弟子入りしようとした? なぜ私を傷つけようとした?」
「あれ? わかりませんか?」
ネギは「意外だ」と言外に云う。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:35:06 ID:LAVpFDpV0
「だって、エヴァンジェリンさんといると楽しいじゃないですか。
 僕の些細な行動にも面白い反応をするし、どんなに虐めてもまっすぐな目をしているし、
 それに……拷問をしても不死身だから死なないし」
「ね、ネギ君、拷問って…」
能面のような無表情でネギの言葉を聞いているエヴァンジェリンとは対照的に、
ぶるぶると震えだしたのは和泉亜子だ。彼女は「もうちょっと大きくなったら
趣味なのになぁ」と好意を抱いていた少年のさらりと流した一言にひどく動揺していた。
「う、嘘やろ? ネギ君、冗談やろ?」
「冗談じゃないですよ、亜子さん。
 あなたがこの場所に居合わせるようにしたのも僕達ですから。
 なぜっ…て顔ですね。だって、エヴァンジェリンさんの目の前で茶々丸さんを壊しても、
 茶々丸さんには痛覚がないからつまらないでしょ?
 拷問するなら、やっぱり痛がって貰わないと。
 亜子さんなら、エヴァンジェリンさんの前で悲鳴を上げてくれるに違いないですからね。
 師匠ったら、『私は悪の魔法使いだ!』っていきがっているのに、情に厚いんです。
 一端従者にした人を見捨てるわけないじゃないですか。
 ふふ、自分の従者が少しずつ肉片にされていくのに、それを見ているだけしかない。
 その時のエヴァンジェリンさんの顔、早く見たいと思いませんか?」
「ひっひっぃぃぃぃ」
亜子は冗談だと笑い飛ばそうとして失敗した。
ネギの顔は雲ひとつ無い青空のように澄み切っていて、
嘘をついている兆候などどこにもなかった。
つまり、ネギは真実を告げている。そのことを理解した瞬間、
亜子は恐怖のあまり腰が抜けてしまった。
ペタリと座りこんだ亜子の下で地面に刺激臭漂う染みが広がっていく。
亜子を支えながら、エヴァンジェリンは奥歯も砕けんばかりに歯を食い縛った。
「…ぼーや」

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:37:50 ID:LAVpFDpV0
「そうそう、その顔です。
 笑っているエヴァンジェリンさんも可愛いですけれど、
 くやしそうにしているのが一番似合うし、僕は好きですよ」

ネギはいつもの満面の笑みを浮かべると、指をパチンと鳴らした。
会話を聞いていた神楽坂明日菜や木乃香達がぞろぞろと現われる。

「エヴァちゃんおひさしぶりやな〜。また会えて、うち、嬉しいわ〜。
 これからエヴァちゃんの身体でたっぷり遊べるものなぁ。
 今回のことはネギ君の発案やけど、うちらも手伝って正解やわ。
 せっちゃんも喜んでくれるで」
「腹パン! 腹パン!」
「あの、逃げない方が良いと思いますよ。龍宮さんが狙ってますから…」

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:39:33 ID:LAVpFDpV0

好き勝手なことを云うネギの取り巻き。
エヴァンジェリンは己の失策を悟った。
和泉亜子を自分の従者にしたことで、逆に行動の自由を失ってしまった。
自分だけ逃げるのは不可能ではないが、そうすれば和泉亜子を木乃香達に
みすみすくれてやることになる。一般人としての亜子ならともかく、
従者としての亜子を見捨てることは、今のエヴァンジェリンには出来なかった。

「これから何日も、何十日も…いえ、何年も楽しませて貰いますから。
 僕は本当に嬉しいですよ、エヴァンジェリンさん」
「茶々丸…」

妹のように自分の腰にすがりつく亜子の背中を撫でてやりながら、
エヴァンジェリンはかつての従者の名前を呼んだ。
時間にして僅か1秒。放心した吸血鬼の少女の頭部に明日菜の剣が振り下ろされ、
峰打ちだったが、魔法障壁を無視した衝撃にエヴァンジェリンの意識は暗転した。
亜子が倒れた自分の身体にすがりつく感覚を最後に、少女は意識を手放した…。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:43:38 ID:LAVpFDpV0
「本当に、ご主人様には手を出さないんですね?」
「そや。亜子はんがうちらの命令に絶対服従なら、
 ネギ君も『エヴァたんを大切にする』つうてる。うちも約束させる。
 その上、亜子はんも学校に通える。全部丸く収まるって寸法や」

顔をこわばらせる亜子と、対照的に春の陽射しのように微笑む木乃香。
コクリと頷いた亜子の肩を、木乃香はポンと叩いて先に教室に入った。
絶対服従の奴隷。しかも、亜子の身体能力は吸血鬼化によって
かなり強化されている。いくら暴力をふるおうとも傷つくことはなく、
また亜子程度の吸血鬼ならば木乃香でも倒せる。

「思わぬ拾いものやな。
 これでまたせっちゃんも喜んでくれるえ…」

いくつかのプランを検討しながら、喜ぶ刹那の顔を想像して、
木乃香の心はネギがエヴァに見せた笑顔のように晴れわたっていた。

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/08/08(月) 15:45:33 ID:LAVpFDpV0
以上です。
エヴァたんはネギにおもちゃにされますが…。
もしかしたら、誰かが助けに来てくれるかも。