SS / ネギ / 1



321 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:03:38 ID:QZe4vBhb0
んじゃ、過疎ってきた所でコソリと長編投下。
すみません、あんまり残酷じゃありません。
ちょっとだけエロかもしれません。

322 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:05:25 ID:QZe4vBhb0
ナギ・スプリングフィールド。
サウザンドマスターの異名を持つ、英雄。
最強の魔法使い。
そして、僕の父さん。

父さんが行方不明になってから10年の月日が流れた。
僕は父さんと再び会うために立派な魔法使い…ミニステル・マギステルを目指している。
ミニステル・マギステルになれば、姿を消している父さんも会いにきてくれるかもしれない。
そうでなくても、父さんと再会した時に胸をはって
「僕は父さんの名に恥じぬ魔法使いになりました」と言えるようになりたい。

だけど。
僕は越えることの出来ない壁にぶつかった。
壁の正体。
それは、僕が逃れられない血の宿命だった。
僕は、ネギ・スプリングフィールド。父さん、ナギの息子だ。
僕は父さんの息子であることを誇りに思うが、反面、血は僕の足を縛りつける鎖にもなる。
僕と会う魔法世界の人々は、僕を僕としては決して見ない。僕はネギである前に、父さんの息子だった。

初対面の人はこう云う。
「おお、君がサウザンドマスターの息子かね。君に会えて嬉しいよ」
「あら、あなたがネギ君? お父さんにそっくりね。よろしくね」
彼らは僕に会えて嬉しいんじゃない。
高名な英雄の息子に会えたことが喜ばしいのだ。

323 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:07:06 ID:QZe4vBhb0
僕がどんなに勉強をして好成績をとっても、
血のにじむような努力をして高度な魔法を習得しても、
「あの子はサウザンドマスターの息子だからね。あれぐらい出来て当然よ」
と云う反応が返ってくる。僕の成績が悪かったり、魔法の習得が平均よりも遅れたりすると、
「サウザンドマスターの息子のくせに情けない」と云われる。

何度喉元までこみ上げた言葉を飲み込んだことか。
何度くやしさにシーツを噛みしめて夜を過ごしたことか。
何度握り締めた拳骨を相手の顎に叩きつけたい衝動を抑えたことか。

だが、僕は奴らの鼻を明かした。魔法学校を首席で、しかも飛び級で卒業した。
ウェールズ魔法学校の歴史に永くとどめられるであろう記録だ。僕は証明したのだ。
ネギ・スプリングフィールドはナギ・スプリングフィールドの名に恥じぬ魔法使いであることを。
自信を取り戻した僕は、また父さんのことを無邪気に追い求めることにした。

順風満帆の言葉を現実にして、僕は人生の新たな段階に進んだ。
ミニステル・マギステルへの段階の一貫として、教育実習生として、極東へ赴いた。
異国の地で、さらに年上の女子学生を教えなければならない事態に不安は一杯だったが、
父さんの名を汚さないためにも、僕は一生懸命に毎日を過ごした。
結果、生徒達とも信頼関係を築くことに成功した。与えられた課題はクリアしている。
僕はミニステル・マギステルへの道を順調に登っていることに、深い満足を覚えた。
僕の鼻はピノキオが裸足で逃げ出すほど高かったに違いない。
ああ、そのとおりだ。僕は井の中で全てを知った気になっていた蛙だった。

324 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:08:23 ID:QZe4vBhb0
そのことを教えてくれたのは、彼女だった。

「お前の親父にかけられた呪いのおかげで、私は大迷惑なんだよ! 
 この糞ったれな呪いを解く為にも、ナギの血縁者であるお前の血が必要なんだ。
 悪いが、死ぬまで血を吸わせてもらうぞ」

そう云って首筋につきたてられた彼女の牙の感触を、
僕は今でも鮮明に思い出すことが出来る。無条件に鳥肌が立つ。
死が間近にあるという絶望、生命が吸われていく恐怖、そして…。

さらさらした金髪の、甘い香り。引き離そうともがいた時につかんだ彼女の腕の、
びっくりするほど小さく、華奢で、それでいて芯に暖かさを持つ肌の感触の快さ。

彼女は、吸血鬼の真祖だ。
人間を餌とする至高の存在。
太陽も銀も十字架も克服した不死の「鬼」。
歩く災厄。でも、見た目はただの可愛い女の子。

僕は彼女と戦って、或いは彼女の実力を目の当たりにして、彼女の強さに圧倒された。
日頃自負する「私は最強の魔法使いだからな」と云う言葉は、冗談でもハッタリでもない。
彼女は最強だった。僕など足元にも及ばないほどに。
だから、彼女の口から「お前の親父は私と同じぐらい強かったぞ」などと云われた瞬間、
僕は彼女が何を云っているかわからなかった。その時は素直に
「やっぱり父さんって凄かったんですね」などと受け流せたけれど、
血は時間の経過と共に温度を低下させ、やがて凍りついた。
僕の顔色が悪くなっていくのに気が付いた彼女が
慌てて薬箱を取りにいったような気がしたけれど、正確には覚えていない。

325 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:09:59 ID:QZe4vBhb0
それからも、彼女は父さんの武勇談を話してくれた。
父さんに会ったこともない人が伝聞を頼りに書いた物語……脚色された
英雄物語を読むのではなく、実際に父さんの傍にいた彼女から聞く話からは、
父さんの生き生きとした本当の姿が伝わってきた。
皮肉なことに、ありのままの父さんを知るにつれて、僕は父さんとの差を知った。
認識したと云うより、思い知らされた。

父さんは13歳の時に魔法大戦に参戦し、そして戦争の行方を決めた。
それ故にサウザンドマスターの名で呼ばれる英雄になった。
2年後、戦争が終結する原因となった一大決戦で父さんの力はピークに達し、
以後行方不明になるまでの十数年間、彼の力は衰えを知らなかったと云う。

あと5年。
5年の歳月が流れると、僕は15歳。英雄になった時の父さんと同じ年齢だ。
では、あと5年で15歳の父さんを越えられるだろうか?
越えられるのは無理としても、父さんのレベルにまで近づけるのだろうか?

そんなの無理に決まっている。
吸血鬼の真祖である彼女とやりあえるようになるなんて、僕には想像もつかない。
僕は彼女に弟子入りして毎日魔法の修行に励んでいたが、
相当手加減して貰わないと、訓練にすらならなかった。

「父さんが10歳の時は、どのぐらいの強さだったんだろうか?」

327 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:11:22 ID:QZe4vBhb0
ふりむけば、僕によく似た背格好の少年がいた。
ゆったりとしたローブに身をつつみ、自分の身長よりも高い杖を悠然と抱いている。
フードから覗く顔は、僕が鏡でよく見る顔そっくりだが、メガネをかけていないし、
第一雰囲気が違う。悪戯を企む子供のように無邪気で好奇心が溢れ、
それでいて、目の奥に底知れぬ光を湛えている。

父さんは、僕とは違う。

学校でひたすら課題をこなし、先生に云われるがままに勉強に励んでいた僕。
おしきせの教育を嫌い、魔法学校を中退し、世界を放浪しながら
己を鍛え上げていった父さん。決められたレールの上を進んできた者と、
レールを外れる意志を持つと同時に自ら人生を切り開いていく力を持つ者。

どちらが本当に強いかなどと、聞かなくたってわかる。

父さんは本物の英雄だ。天才と呼ばれるのも頷ける。
実際、父さんは天才なのだろう。そして、秀才は天才に追いつくことは決してないのだ。
サリエリは、モーツァルトにはかなわない。モーツァルトの天才を知ることは出来ても、
モーツァルトになることは出来ないのだ。

もちろん、僕と父さんは違う人間なのだから、能力も性質も違う。成長した環境も違う。
同列に並べるのは間違いだ。たとえ魔法使いであることで父さんに遠く及ばなくても、
僕が僕であることに問題はない。

しかし、ずっと父さんに肩を並べる魔法使いになることを目指してきた僕には、
彼との力の差を認識することは、世界が足元から崩壊するに等しい大事件だった。

328 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:12:43 ID:QZe4vBhb0
多分、僕がもう少し年上だったら、僕は立ち直れただろう。
別の道を行けただろう。『魔法使い』と一口にいっても、
軍人から村役人までを「国から給料を貰っているから」と云う理由で
『公務員』と乱暴にまとめるようなもので、「どんな魔法使いであるか」は人それぞれ、
千差万別だ。魔法を通して世界を研究する賢者もいれば、
魔法生物の保護に人生をかける者、魔法使い相手の商売で成功する者もいる。

魔法使いであることに限界を感じたのなら、普通の人間として生きていくことも出来る
僕を「ナギの息子」ではなく、1人の少年「ネギ」として受け止めてくれる人も、
麻帆良学園に来てから沢山できた。嬉しい誤算だ。
異性として僕に好意を抱き、そして告白してくれた女の子もいた。
彼らに囲まれて生きていけば、本当に楽しい日々が送れるだろう。
事実、父さんにはどうあがいても手が届かないと認識してから、
僕は魔法の修行を何かと理由をつけて休むようになった。

「ネギ先生、早かったですか? こんな時間に待ち合わせしちゃって」
「いいえ。今日はのどかさんと色々な所を回りたいですから」

僕は休日を明日菜さん達と一緒に過ごすのが普通だが、今日は2人きりだった。
宮崎のどか、と云う、内気だが可愛い少女が僕の傍にいた。
のどかさんの親友であり、僕の友人である綾瀬夕映に
「たまにはデートでもするです」と押し出されたらしい。
僕のことを意識している異性と買い物をしたり映画を見に行ったりすることは、
魔法の修行に明け暮れていた僕にとって新鮮そのものの経験だった。
ふとしたことで手が触れ合ってしまうと、お互い真っ赤になって距離を取ったりする。

329 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:13:31 ID:QZe4vBhb0
楽しい。
沈んでいた僕は久しぶりに弾んだ気分になった。
だが、闇はどこに潜んでいるかわからない。
いや、光あるが故に闇あり。闇あるが故に光あり。
陽と陰は不可分の関係だ。どこでも噴出してもおかしくない。

のどかさんがアイスクリームを買いに僕の傍を離れた時だ。
僕はベンチに座って彼女を待っていた。ふと思った。
僕の父さんは、僕と同じ歳の時に何をしていたんだろうと。
誰かが耳元で囁いた。

『決まってるじゃないか。魔法の修行に明け暮れていたんだよ。
 お前が呑気に女と遊んでいる間にもな。才能を生かすには努力が必要だ。
 その努力もしないで、お前はナギに追いつくつもりだったのか。身の程しらずめ』

だったら努力をしなきゃ、と僕は考えた。
僕は忍び笑いを漏らした。
本当は腹を抱えて笑い転げたかった。

結局、僕は父さんから逃げられないのだ。
 

330 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:14:54 ID:QZe4vBhb0
だって、僕の人生は父さんに助けられたことから始まっているから。
炎上する村。僕の友達や可愛がってくれた大人達をむしゃむしゃと喰らう悪魔の群れ。
無残にはらわたをぶちまけられた死体。石化して苦しむネカネお姉ちゃん。
目の前に立ち塞がる異形。ふりあげられる拳。

死の瞬間、父さんは現われた。
悪魔達をたった一人で殲滅してしまった。
僕は彼に憧れ、彼を追い求めて生きてきたのだ。
父さんを目指すことを封印して生きていくなんて、出来るわけがなかった。

戻ってきたのどかさんに謝って、僕はデートを切り上げた。
のどかさんの顔は真っ青になって涙を浮かべていたような気がするが、僕はすぐに忘れた。父
さんに追いつく。その目標の前では、麻帆良学園の教師であることも、
女の子達のことも塵芥に等しい存在だ。僕は走って彼女の家に向かった。
ドアを乱暴に叩いた。修行をしなくちゃ、の一念で、一分一秒が惜しかった。
息を切らせた僕の姿を見て、彼女は目を丸くしていた。

「ぼ、ぼーや! なんでお前がここにいるんだ!
お前、今日は宮崎のどかと一緒にいるんじゃなかったのか!?」
「でも、僕はここにいますよ。エヴァンジェリンさん」

エヴァンジェリンさんはしばし絶句していた。
呆れているというより、僕が目の前にいることが信じられない様子だった。5
秒ほど沈黙が続くと、急にエヴァンジェリンさんの頬に赤みがさした。
蒼眼が潤んだような気がした。その正体を確かめる間もなく不意に彼女は身を翻した。
「急に尋ねてきて、お前もアイツ同様勝手なものだな。私にも都合というものがあるんだ」
などと怒った口調で家の中に入って行く。ドアは開け放してある。どう見ても照れ隠しのようだった。

331 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:16:46 ID:QZe4vBhb0
僕は、再び「魔法使いとして、父さんに追いつくこと」に全力を注ぎ込んだ。
だが、一度感じた絶望感を刻服することはなかなか出来なかった。
父さんと僕の差は歴然としている。エヴァンジェリンさんに相談してみると

「ぼーや、それは高望みしすぎだぞ。アイツは天才だ。
 天才を他の奴が真似ても苦しむだけだ。それに、ぼーやはアイツの複製になるつもりか?
 やめたほうがいい。アイツは女を泣かせまくっていたからな。似て貰っても困る…。
 なんだ、その目は。私の個人的感情じゃなくて、一般論的にだな…。
 まぁいい。それより、ぼーやは自分しか出来ないことをした方がいい」と酷く真剣な目で答えてくれた。

「そう言われても……」

僕は途方にくれた。
父さんに追いつくのは無理だから、せめて父さんが無し得なかったことをしよう、と決意しても
「魔法大戦を終わらせた」と云うナギの前では色あせてしまう。それに、父さんと同じじゃ駄目なんだ。
「奴の血を引いているだけあって、たいした奴だ」と頭を撫でられて終わる。

魔法を極めたと云う父さんでさえ、為し得なかったこと。
魔法使いとして、たとえちょっとでも、父さんを越えること。

「父さんが出来なかったことなんて。そんなの、あるのかな」

僕はベッドにもぐりこんでから十数回目の寝返りをうった。
とても大きなベッドで、大人でも10人は寝転べそうだから、
子供の僕と、子供サイズの彼女と2人には大きすぎるかもしれない。

332 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:18:40 ID:QZe4vBhb0
だからこそ、寝返りを頻繁にうっても彼女は目を覚まさないのだが。
僕は彼女の方に顔を向けた。彼女は、右腕を枕にして穏やかな寝息をたてていた。
長い金髪が、星の光で青く染まったシーツの上に黄金の流水を縁取る。
起きている時の気の強さはどこへやら、すやすやと夢の世界に落ちている彼女は、
外見10歳の、可憐な少女に過ぎなかった。
人一倍プライドが高いくせに、彼女は寂しがり屋だ。
そのことを知ってエヴァンジェリンさんを見ると、本当に可愛いと思う。
強さと脆さを併せ持つ彼女の複雑な性格は、傍にいて飽きない。

僕はふと思った。
父さんも、エヴァンジェリンさんの寝顔を知っていたのだろうかと。

「知っているだろうな」

僕は1人呟いた。彼女自身からも、父さんのかつての仲間からも聞いたことだが、
エヴァンジェリンさんと父さんは、一時期共に旅をしていたと云う。
ナギが逃げ、エヴァンジェリンさんが追いかけるという形だったらしいが、
彼女が父さんの膝の上で寝ていたこともあったと云う。
なんだかんだで、仲は良かったらしい。もしかしたら男女の関係を持っていたかもしれない。

333 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:20:18 ID:QZe4vBhb0
「結局、父さんはエヴァンジェリンさんのことも全て知っているというわけか。
 エヴァンジェリンさんの怒った顔も、驚いた顔も、心配そうな顔も、
 真面目な顔も、笑った顔も……。みんな、知って……」

 ああ、そうだ。
 知っているわけない。
 なぜいままで気がつかなかったのだろう。

僕の身体は地震にでもあっているかのように震えだした。
急性の悪寒に似ていた。事実、僕の身体は急速に熱を持ち出した。
震える手で、眠る彼女の頬に手を伸ばした。
覆うように、そっと頬に触れた。

彼女の肌の冷たさはたとえようもなかった。
掌から体内に染み通って脳髄に染み渡る冷たさに脳髄は歓喜した。
それなのに心はますます熱を持った。僕の性格がもうちょっと積極的だったら、
僕は間違いなくオーバーヒート…どころの騒ぎではなく、メルトダウンを起こしていただろう。
その場で彼女を滅茶苦茶にしていたに違いない。実際に行動にうつしかけたのだから。
僕は彼女の細い首筋に手をのばしていた。

334 名前:135[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 12:21:44 ID:QZe4vBhb0
まだだ、まだ。
僕は驚異的自制心を発揮して自分を抑えた。
果物は美味しく実るまで待てと云う。
あせる必要はない。彼女には、僕よりもずっと強い、頼りになる従者が…
…茶々丸さんとチャチャゼロがいる。これから僕がやろうとすることを知ったら、
黙ってはいまい。この2人をエヴァンジェリンさんの傍から遠ざけねばならない。

 僕は、彼女の全てを知る。
 父さんでさえも知らないことを。
 彼女の苦悶に歪んだ顔も、
 絶望に蒼ざめた顔も、
 血も肉も、なにもかも。

「エヴァンジェリンさん……」
 
僕は彼女の頬に口づけをした。
始終僕の心を抑え付けた重い塊は、彼女の全てを知ると決意した瞬間、
嘘のように消え去っていた。空気まで軽やかになったような気がする。
最後に金髪をそっと梳くうと、布団を被った。
僕は夏休みを待ちきれない小学生のように心を躍らせながら、瞼を閉じる。
興奮して眠れそうになかったが、全然苦にはならない。
これからのことを頭の中で思い巡らすだけで、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
隣にエヴァンジェリンさんの存在を感じながら、僕は本当に幸せだった。
僕に背中を向けて立ち去ろうとする父さんが、僕の視線に気付いて立ち止まった。
そんな気がした。