317 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:05:29 ID:LAVpFDpV0
>>216は笑えたけど、これじゃエヴァの名誉が
ストップ安なので、妄想SSで名誉回復を…。
>>133の続きです。
318 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:06:56 ID:LAVpFDpV0
「あっ、すみません。
亜子さん、放課後、ちょっとつきあってもらえませんか?」
和泉亜子が振り向くと、宮崎のどかが所在なさげな様子で亜子を見つめていた。
ちょっとうつむき加減だった。表情は長い前髪の下に瞳が隠されていることによって
窺い知ることは出来ない。だが、亜子は既にわかっている。
誰もが「気弱で儚げだ」判断するこの少女は、誰かの後ろに隠れることで、
心底に隠された本性を開放できることを。
それが決して良い属性だけではないことを。
亜子が一瞬押し黙ると、それを誘いに対する拒否と受け取ったのだろう。
のどかは胸に手をあて、いかにも「困った」と云うような反応を見せる。
「あの、亜子さんが来てくれないと、みんなが困ります。
だから、一緒に行きましょう?」
…ウチがいかなかったら、御主人様を酷い目にあわせるくせに。
ウチに命令すれば自分が木乃香達と同類のように思えるから、
あくまでウチの自発的意思にさせようってこと?
この偽善者。アンタよりまだ木乃香や明日菜の方がマシや。
亜子は内心で毒づいたが、自分に拒否する手段がないこともわかっていた。
319 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:08:20 ID:LAVpFDpV0
主人を…自分の血を吸ったエヴァンジェリンを見捨てることは出来ない。
それは厳然たる本能だった。蛾が灯りに惹かれるように、人が異性に惹かれるように、
エヴァンジェリンの名前を出されると、亜子は主人の命を握る者に従わざるをえない。
エヴァンジェリンが亜子の前から連れ去られてから一週間。
木乃香達は亜子を虐めようとはしなかった。
何事もなかったように過ぎて行く学校生活。
数人の生徒達の姿が欠けていることを除けば、
いつものクラス3Aが戻ってきたかに思えた。
何もかもが夢のようだった。首筋に残る小さな噛み跡さえなければ、
亜子は何もかも忘れることが出来たかもしれない。
だが、それも終わりだ。
悪魔はついに現われた。
宮崎のどかの形をとって。
亜子は覚悟を決めて、のどかの後に続いた。
320 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:09:44 ID:LAVpFDpV0
のどかが亜子を連れて行ったのは、図書館島だった。
亜子の身長の3倍はある棚が立ち並ぶ本の森をくぐりぬけ、
2人は地下へと降りて行った。のどかは亜子に、
次のテストではどこが出ると思うのかとか、昨日はどんな本を読んだとか、
なにかと話しかけてきたが、亜子にとっては全てが煩わしいだけで、
ろくな返事もしなかった。それでものどかが気分を害した様子を見せないのは、
よほどこれから楽しいことが待っているからだろう。
亜子にとってはろくでもないことが。
いつしか天井の灯りは蛍光灯からランプに変わっていた。
かび臭く、空気に触れない本が醸し出す皮と紙の香りが亜子の鼻腔をついた。
そこは本の閲覧を目的とした空間ではなく、侵入者を閉じ込める本の迷路だった。
物理的に、そして空気そのものが余人の接近を拒んでいた。
知的好奇心に突き動かされてここまで来た生徒や研究者がいたとしても、
ここで確実に回れ右をするに違いない。
だが、のどかは勝手知ったる我が家でもあるかのように、
迷いのない脚で迷路の先へ先へと進む。
「アンタ、何を隠しているの? ウチにこんな所で何をやらせたいの?」
「もうすぐわかりますよ。でも、安心して下さい。あなたを傷つけるつもりはありませんから」
「……どうだか」
321 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:11:03 ID:LAVpFDpV0
本棚の森を抜け、らせん階段を降り、底が見えないほど巨大な縦穴に
渡された橋をいくつか渡ったところで、のどかの脚が止まった。
そこは図書館ではなく、両側にいくつもの扉が設けられた通路だった。
扉は鋲打ちされた重厚なつくりで、ノックしたぐらいでは音すらしそうになかった。
のどかと亜子の気配に気が付いたのか、扉が重々しい音をたてて開いた。
「おそかったじゃない、本屋」
特徴的なツインテールがはねて、神楽坂明日菜が顔を出した。
明日菜は視線をのどかの後にいた亜子に移すと、表情を崩した。
これから起こるであろうことを想像して笑みがこぼれたのだ。
「ちょうどよかった。和泉さん、あんたの力が必要なの」
「ウチの力?」
「そう。あんた、3Aの保健委員でしょ?」
明日菜は手短にいうと、亜子の腕をつかんだ。
戦車を片手でつかみあげてもおかしくない馬鹿力に亜子は顔をしかめた。
吸血鬼化によって強化された亜子の筋力でなかったら、脱臼していてもおかしくなかった。
ドン、と突き放され、亜子はたたらを踏んで部屋の中に入った。
扉の内側に入った瞬間、首筋に毛虫を落されたような悪寒が走った。
身体から何かの力が抜けていった。
その正体を確かめる間もなく、少年と少女の声が亜子を出向かえた。
322 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:12:18 ID:LAVpFDpV0
「亜子さん。お待ちしていました」
「ちょうどええトコロに来てくれたなあ」
明かりは、壁の所々に作られた燭台で燃える弱々しい蝋燭の光のみで、
石壁の部屋のあちこちに不気味な陰影を作っていた。部屋は8畳ぐらいだが、
天井は低くて圧迫感があった。ヒンヤリとした空気に、黴臭くて、どこか生臭くて……。
亜子は鳥肌が立った。これは、私の嫌いな血の匂い?
亜子が蝋燭を頼りに目をこらすと、部屋のテーブルがあって、
2人の人間が黒い影となっているが見えた。
亜子には影の正体が誰かすぐにわかったし、予想していた人物でもあった。
ネギと木乃香である。
「ええっとですね。実はクラスメイトに怪我人が出ちゃって。
それで亜子さんに手当てして欲しいんです」
「そ、そうなん?」
亜子の額を冷や汗が伝わった。
木乃香が治癒魔法を使えることを知っているネギ、木乃香、明日菜が、
ここに亜子を案内してきた時ののどか同様、朗らかな笑顔を浮かべている。
知らぬは亜子ばかりである。
「…なら、ウチ、包帯とか取ってこなきゃ」
「ここにあるえ?」
木乃香がテーブルの上を箱を指差した。
確かに医療キットだ。亜子の額を垂れる汗がまた一滴加わる。
323 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:13:15 ID:LAVpFDpV0
「で、でも、私の手に負えなかったら…。応援呼んでこなきゃ…」
「木乃香、腹パンしていい?」
逃げ腰の亜子に短気な明日菜が苛立った声を出したが、
木乃香は首を振って明日菜をいさめた。乱暴者の明日菜も木乃香には弱いのか、
しぶしぶと云った表情で引き下がるが、苛立ちを収めたわけではない。
主人の命令如何でいつでも目の前の獲物に飛びかかりそうな猟犬そっくりだ。
「まぁまぁ、明日菜さん。ここで腹パンしたら時間が無駄に経つだけです。
早く治療をすませないと。『火よ、灯れ』」
ネギの指がオーケストラの指揮者を動きを見せると、
弱々しく灯っていた蝋燭が真昼のような光を放った。
一瞬目がくらんだ亜子だが、徐々に目が慣れるにつれて、
部屋の奥に何かがうずくまっているのがわかった。
『それ』が『彼女』であることに気づくのに、長い時間はかからなかった。
「ご、御主人さま!!」
亜子は悲鳴を上げてエヴァンジェリンの元に駆け寄った。
無我夢中で抱き上げていた。
325 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:14:11 ID:LAVpFDpV0
「御主人さま……」
亜子はエヴァンジェリンの変わりように絶句した。
吸血鬼の少女はボロボロだった。普段さっそうと風になびかせていた金髪は
ほつれた古い麻のような感触そのもの。肌は痣と脂汗で汚れ、べとついていた。
知らぬ間に亜子の瞳から涙が溢れ、エヴァンジェリンの汚れた頬に落ちた。
それが刺激となったのか、吸血鬼の少女の蒼眼がゆっくりと開いた。
「和泉亜子か…」
エヴァンジェリンの声は枯れていた。
声帯を傷めているのかもしれない。
その理由を、亜子は意図的に推測しなかった。
「ご、御主人様! 大丈夫ですか!?」
「…あまり…大丈夫じゃ…ないな……」
そう云ってエヴァンジェリンは笑った。
幽かだが、確かに笑った。いつもの皮肉気な微笑みだった。
亜子の目からまた涙があふれ、とまらなくなった。
「どうして御主人様がこんなことに…」
「簡単ですよ」
ネギの声は不気味な地下室が中等部の教室かと勘違いするほど明るい。
326 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:15:14 ID:LAVpFDpV0
「この一週間、ずっと僕達の遊び相手になって貰ってましたから。
もっとも、主に相手をしていたのは僕ですけれど」
「なんでこんな酷いことするねんっ!!
アンタ、それでも人間かっ!!!」
亜子は、ネギが亜子では手も足も出ない強大な魔法使いであることも忘れ、
少年に喰ってかかった。コアラがライオンに挑むようなものかもしれないが。
一方、身の程知らずの挑戦を受けたネギは、小首をかしげて亜子の顔をまじまじと見た。
ネギは亜子がなぜ怒っているのか、本当にわからなかったのだ。
「亜子さんは好きな人がいますか?」
「な!?」
亜子から見れば検討違いの答えに、彼女は返す言葉もない。
ネギは亜子の反応を待っていた。亜子が語るまでまばたきすらしそうにない。
仕方が無い、と亜子はしぶしぶながら答えた。
「…おるねん」
「なら、わかるはずです。好きな相手の全て知りたくないんですか?
好意を抱いた人がどんなものが好きなのか?
好意を抱いた人はどんなことに喜ぶのか、怒るのか?
好意を抱いた人はどんな顔で泣き叫ぶのか?」
「ね、ネギ先生」
ネギは真剣そのものだった。
少年はきちんと背筋を伸ばし、まっすぐな瞳で亜子を見つめていた。
亜子は絶句して、二の句が告げなくなった。
328 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:16:21 ID:LAVpFDpV0
「亜子さん」
のどかが流れを断ち切るように声を上げた。
「エヴァンジェリンさん、血まみれなんですけれど。
早く治療しないと、大変ですよ」
「……えっ? ……血?」
亜子はのどかの指摘で、初めてエヴァンジェリンがどういう状態なのかを理解した。
抱いた時は無我夢中で、少女の状態を確認する余裕がなかったのだ。
「アンタが来るまで、ちょっとやりすぎちゃったかもね」
「でもウチらが来た時点でもう滅茶苦茶やったで。
ネギ君はりきりすぎや。あちこち『何か』が飛びちっちゃって…。
ウチが回復魔法を使わなきゃ原型さえ…」
「あのっ、木乃香さん」
木乃香がポロリと漏らした言葉を亜子は聞いていなかった。
エヴァンジェリンは血塗れだった。腕や脚を中心にパックリと傷口がいくつもあって、
そこから暖かい血が脈を打って流れていた。
石畳みの上には黒く変色した血たまりがあって、鉄分を帯びた独特の匂いをたたえている。
329 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:17:36 ID:LAVpFDpV0
亜子はエヴァンジェリンを支えていた己の手を見た。
生暖かい液体がベトリと付着していた。
赤絵の具のチューブを破いて、中身を手にまんべんなく塗りたくったようだった。
幼い時の記憶が蘇る。鉄味の粘液。
暖かい液体と冷えていく身体。
これほどまでに流れているのかとビックリするほど自分の中から溢れだす血液。
身体の中の海。それが無くなると、私は死ぬ…。
「い、いやぁああああああああああ!!!!」
亜子はエヴァンジェリンを放り出してあとずさった。
二足歩行を維持出来たのは一秒だけで、そこから先は尻持ちをついてあとずさるだけだ。
端的に述べれば、腰が抜けてしまったのだ。
己の死と結びついた死への恐怖とトラウマは何物より強かった。
「アンタ、それでも保健委員? 血ぐらいでオタオタしないでよ」
石壁に阻まれてそれ以上下がれなくなると、亜子はカニそっくりに横に這う。
いつのまにかテーブルについていた明日菜が、頬杖をつきながら
亜子に冷たい視線を送った。もちろん亜子にその言葉は届かない。届くはずもない。
331 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:19:04 ID:LAVpFDpV0
「誰よ、こいつ保健委員に推薦したの。
万一誰かが怪我したらどうするのよ?」
「『亜子はんの血嫌いが治るように』って推薦したの、ウチと明日菜やなかった?」
「…そうだっけ」
流石に決まりが悪そうに、明日菜は髪を弄った。
「まぁいいわ。今は木乃香がいるからね」
「僕だって少しは治癒魔法使えますよ」
「でも、保健委員が血嫌いは問題だと思いますぅ」
トランプゲームに興じながら四人は深刻な「クラス問題」について話し合った。
「やっぱり、亜子には血に慣れて貰わないとね。
今度エヴァちゃんの解剖にも混ぜてあげましょ」
「流石明日菜さん。グッドアイディアです」
「やっぱり、ネギ先生の発音はいつ聞いても惚れ惚れするですぅ」
「あっ、亜子さん逃げ出しちゃいましたね。
主人を見捨てて逃げるなんて、従者の風上にもおけませんね」
壊れたように笑っていた亜子の姿は、いつしか消えていた。
333 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:20:02 ID:LAVpFDpV0
エヴァンジェリンの血の匂いが溜まっていたので、
扉を開けっぱなしにしてたからだ。ネギはちょっと残念そうだったが、
直ぐに気を取り直した様子で、明日菜達とのお喋りに戻った。
「……ぼーや」
だから、エヴァンジェリンが苦しい息の下で呟いた一言は、
誰の耳にも聞こえず、地下室の闇に吸い込まれていった。
334 名前:135[] 投稿日:2005/08/08(月) 23:21:34 ID:LAVpFDpV0
以上です。
亜子の悪寒の正体は、吸血鬼の力を封印する結界です。
エヴァが本当に死にそうになると、
ネギが自分の血を与えて回復させています。
亜子のトラウマの正体はぼかしておきました。
ここまで血にひどいトラウマがあるかは不明ですが…。
ではでは