来生たかお Concert Tour '82 夢の途中…


来生たかお大百科コンサート

解説

しっかりとしたタイトルが付けられた初めてのコンサートツアーで*1、初めてオリジナルアルバム名(『夢の途中』)が冠された。

事前には全国38箇所で行われる旨が告知され*2、5月20日、渋谷公会堂が「締め括り」とする記事の他*3、5月22日、34箇所目の中野サンプラザホールで幕を閉じたとの記事も存在する*4。また、同年の秋から行われたコンサートツアー『来生たかお Concert Tour '82 Much More...』と合わせて100本のコンサートを予定していたが*5、最終的には全国120箇所で行われたとされている*6

夢の途中」「セーラー服と機関銃」がヒットした事もあり、来生はプレッシャーを感じつつも思いを新たにシビアな気持ちで臨み*7、ツアーが終了した際には体重が3キロ減っていたという*8

当初は公演数の多さから不安もあったが、初開催の会場で毎回新鮮な気持ちで歌う事が出来たのと同時に、客入りが多くて嬉しく、あっと言う間に最終日に行き着いた感覚だったので、もっとやりたかったとの感想を述べている*9。東京の会場は観客が静かな為、余計に緊張したが、他所では1曲目から手拍子が起きたり、「夢の途中」では観客がステージ近くに移動したり、総立ちになったりと、戸惑う程の盛り上がりがあったという*10

楽曲

シルエット・ロマンス」はピアノの弾き語りで歌われたが、オリジナルシングル気分は逆光線」収録ヴァージョン(ベストアルバムBIOGRAPHY』収録ヴァージョン)ではあっさりと歌っているので、感情を込めたという*11。「真昼のくらやみ」は来生のギターから始まったが、バックの演奏のチューニングが狂っていたステージがあり、戸惑ったと回顧している*12

その他

バックバンドは「スタートル」の前身となる「Win 9」が務めた。前年のメンバーは5人だったが、松田真人がもう1人のキーボーディストとして初参加した*13。この件に関して来生は、全くピアノの練習をしていない自分は上手く演奏出来ない為、難しい部分は新しいキーボーディストに任せ切りにしたいという「冗談抜きの」本音があったと述べている*14

この頃は楽曲提供の依頼が多く、ツアー先で作ったり、ディレクターが楽屋まで打ち合わせに来たりと、その忙しさは来生えつこをして可愛そうなくらいだったが、そんな中でも結構良い楽曲を書いていた事には感心したと述べている*15。その一方で、ハードスケジュールが祟り、ツアーの最中、当初は耐えていた胸痛が1週間に亘って眠れなくなる程に悪化し、不整脈と診断されて投薬治療を行った事を明かしている*16

ツアー初日である愛知公演の前に鰻の蒲焼きを食べた所、喉に小骨が刺さって焦ったという*17。これは、新幹線での移動中に鰻弁当を食べた際のハプイングで、リハーサル中も痛みで上手く息継ぎが出来なかった為、病院にも行ったが、それでも除去出来ず、仕方なく本番に臨む事になったが、何かの拍子に取れて事なきを得たと明かしている*18

3月の初旬から三重県の合歓の郷で合宿が行われ*19、その期間中である11日、TBS系『ザ・ベストテン』で第7位にランクインした「夢の途中」が同地からの生中継で歌われた。因みに、本ツアー中に2回、風邪を引き掛け、1週間、入浴を控えていたタイミングでの出演だった為、実は体臭が凄かったと明かしている*20。また、ツアー中は喉の乾燥対策の為に、ホテルの床一面に水を撒いていたという*21

また、3月18日の熊本公演では同番組への出演はなかったが、25日の大阪公演では再び生中継があり、ステージ上で観客を前に「夢の途中」を披露した。また、番組の冒頭ではピアノで「車窓」を歌っているシーンも挿入された。

最終日の東京公演には、来生えつこの他、実母、妻、長男が来場した*22。来生の妻はこの頃、急に忙しくなった来生に対して「サラリーマンと結婚すれば良かった」と溢す事があったが*23、来生もツアー中に家族と4、5日も離れると寂しく、毎日、電話を架けたり*24、子供への土産に絵本や電車と車の玩具を購入したりしたという*25

+  グッズ等

各公演

  • 1日目(愛知公演)
    +  ...
  • 34日目(東京公演)
    +  ...

スケジュール

+  ...

出演

  • Vocal, Piano, Electric Guitar:来生たかお/Keyboards, Chorus:松田真人、嶋田陽一/Guitar, Chorus:法田勇虫/Electric Bass, Chorus:杉征夫/Drums:野口明彦

スタッフ

  • 構成:岡崎良郎/演出:角野禎/美術:中沢正(金井大道具)/照明:青柳節朗(オフィス215)/音響:大坪仁信(サウンドマン)/舞台監督:武元大介/舞台補佐:貫田顕勇/マネージャー:丸山好信/制作:堀江芳春/衣装提供:WAY OUT/協力:合歓の郷、WAY OUT

セットリスト

  1. Rainy rainy
    MC
  2. ほんの、ノスタルジー
  3. あなただけGood Night
  4. 夢の途中
    MC
  5. 涙嫌い
    MC
  6. シルエット・ロマンス
  7. 甘い食卓
    MC
  8. 片隅にひとり
  9. 真昼のくらやみ
  10. ハート・ブレイク・ウェイブ
  11. 浅い夢
  12. 美しい女
  13. ジグザグ(酔いどれ天使)
  14. おだやかな構図
    MC
  15. ためいき春秋
  16. 赤毛の隣人
  17. 灼けた夏
  18. さよならのプロフィール
  19. 夢の途中
    MC〜気分は逆光線
  20. Goodbye Day

※19,20:アンコール
※1〜4,7〜10:Electric Guitar/6:Piano Solo/11〜20:Piano

1982.03.25(木)

車窓」が追加(または差し替え)されたと思われる。

1982.05.20(木)


放送

  • FM東京『歌謡バラエティ』(1982.05.26/14:05-15:54)
  • FM東京『歌謡バラエティ』(1982.06.02/14:05-15:54)

関連アルバム

最新の20件

2022-09-30

今日の20件

  • counter: 2320
  • today: 1
  • yesterday: 0
  • online: 3


*1 オフィシャルファンクラブ「来生たかおインフォメーションデスク」の会報『別冊 来生たかお』1999春の号(ベイシック/1999.04.30)
*2 文化放送『さだまさしのセイ!ヤング』(1982.02.20)/NHK-FM『フォーク・ライブ 第一部 来生たかおライブ』(1982.03.07)
*3 『週刊明星』1982年6月10日号“COLOR SCOPE 来生たかお 女性ファンで超満員”(集英社/1982.06.10)
*4 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“特集I 来生たかお”(ブティック社/1982.05.01)|『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*5 NHK-FM『フォーク・ライブ 第一部 来生たかおライブ』(1982.03.07)
*6 『新譜ジャーナル』1983年5月号“来生たかお サウンドにノレばポップスってもんじゃないんです”(自由国民社/1983.05.01)
*7 『新譜ジャーナル』5月号“来生たかお サウンドにノレばポップスってもんじゃないんです”(自由国民社/1983.05.01)
*8 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*9 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*10 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*11 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*12 オフィシャルファンクラブ「TAKAO CLUB」の会報『TAKAO KISUGI Club』 Vol.3(キティ・ミュージック・コーポレーション/1982)
*13 『FMレコパル』“HOT SCRAMBLE クローズアップ 来生たかお”(小学館/1982.02.15)
*14 『KEYBOARD LAND』1982年春号“KEYBOARD LIFE 本当にピアノの音が好きじゃなければ、練習も三日坊主”(リットーミュージック/1982.04.15)
*15 来生たかお Concert Tour '83 ミディアム気分で…』のツアーパンフレット
*16 CanCam?』1983年6月号“CanCam? information MUSIC”(小学館/1983.06.01)
*17 ニッポン放送『テリーとうえちゃんのってけラジオ』(2000.10.13)
*18 オフィシャルファンクラブ「TAKAO CLUB」の会報『égalité』vol.50(ベイシック/1997.04)
*19 『FMレコパル』“HOT SCRAMBLE クローズアップ 来生たかお”(小学館/1982.02.15)
*20 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*21 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*22 ベストアルバムBIOGRAPHY II』の付録「TAKAO KISUGI Club vol.2」
*23 『FMレコパル』“HOT SCRAMBLE クローズアップ 来生たかお”(小学館/1982.02.15)
*24 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*25 『guts』1982年8月号“今やりたいこと―とにかく曲を作りたい”(集英社/1982.08.01)
*26 『シティ情報ふくおか』1982年3月号“PLAYGUIDE”(プランニング秀巧社/1982.02.25)
*27 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*28 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*29 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*30 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*31 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*32 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*33 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*34 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*35 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*36 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*37 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*38 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*39 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*40 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*41 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*42 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*43 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*44 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*45 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*46 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*47 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*48 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*49 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*50 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*51 『週刊明星』1982年6月10日号“COLOR SCOPE 来生たかお 女性ファンで超満員”(集英社/1982.06.10)
*52 34箇所目との記事あり
*53 『月刊歌謡曲』1982年5月特大号“全国コンサート・ショーガイド”(ブティック社/1982.05.01)
*54 『週刊明星』1982年6月10日号“COLOR SCOPE 来生たかお 女性ファンで超満員”(集英社/1982.06.10)