1989 / 03 / 07 松岡伸矢(当時4歳、男)徳島・美馬郡貞光町


松岡伸矢

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前日3月6日、両親と共に徳島県小松島市で祖母の葬式に出席。その夜は親戚宅で就寝。
翌朝起きて8時15分頃、父・姉・弟・従姉妹と親戚宅前を数分間散歩に出かける。
散歩を終えて親戚宅に帰宅後、伸矢君が「まだ散歩したい」とせがんだため、
父親は、抱いていた二男を、一度母親に預けようとその場(石階段)を離れた。
伸矢君が玄関から入ってこなかったので、父は抱いていた弟を家の中の母親に渡し、
すぐに玄関先に出てみたが、そこにいたはずの伸矢君はいなくなっていた。
この、わずか40秒たらずの間に何が起こったのか?

すぐに家族で辺りを手分けして探し、昼過ぎには警察に通報し、警察犬も出動。
警察・消防・地元市民による大規模な山狩りもしたが全くの消息不明。

3月15日頃、夜親戚宅にいる母親宛に徳島弁の女性から不審な電話があった。
伸矢君の姉が通う幼稚園の、ナカハラマリコなる園児の母親を名乗る女で、
「いつ茨城に帰ってくるんですか?」というような内容だったという。
後日、幼稚園に確認してみるも、そのような名前の園児も保護者も確認できなかった。
13年間50回を超えるテレビ出演で情報提供を求め、自宅の電話番号も公表した。父親の正伸さんは探しに行く時間を作るため会社勤めから自営業に切り替えた。 目撃証言は多くよせられ、信憑性の高いものもあった。それらは全国津々浦々で目撃されていた。 1990月4月 徳島の主婦 「市内で伸矢くんを見た。まず間違いない」 この連絡は正伸さんの家に直接入り、すぐにその人物と会って、その後、徳島県警本部に証言に出ていた子供の人物特定を依頼した。 しかし、そのあと本部から連絡はなく、正伸さんが電話を入れると、担当の警部は「私の父が亡くなり、バタバタしていましたので…」と言った。

90年頃の目撃情報「山形米沢市にあるデパートの前で、テレビで見た伸矢くんとそっくりの男の子をみた」 この証言を聞き、正伸さんは米沢市に向かい、デパート周辺でビラ配りをしたところ、「この子なら上杉公園で見た」という情報を得ることができた。この証言の主婦によると、公園内の売店にいたということだが、その先はわからなかった。

91年頃の目撃情報「四国霊場88ヶ所の第21番目の『太竜寺』で白装束に身を包んだ5〜6歳の少年を連れた親子連れを目撃した。子供に付き添っていた男女は普通の身なりで、子供の両親にしては年が離れすぎていた」 圭子さんがこの証言を聞いて、87、8番目の寺でその3人の姿を待ちつづけたが、とうとう現れなかった。

97年OLの「横浜の地下鉄で見た」という目撃情報 この証言によれば、帰宅途中のOLが、電車の横に坐った少年が「鳥肌のたつほど、伸矢くんに似ていた」と言い、少年については「苦労しているようで、身なりも良くなく、手首に巻いてある包帯から傷が見えたので気になった」という。心配になったOLは少年に声をかけ「おじさんにいじめられる」という話を聞いている。OLは「困ったことがあったら、お姉さんに電話して」と電話番号を渡し、その後1度だけ電話があったが、手がかりにはならなかった。

98年中国地方にあるレンタルビデオ店店員の証言 「手首に傷のある男の子で、現在の伸矢くんの想像写真にそっくりの少年が、『タイタニック』のポスターを買っていった。少年は店の出入り口付近で、まるで監視しているかのように立っているヤクザ風の男に『タイタニック』のポストカードを見せ、これでいいの?といった感じで確認した後、レジに来た」応対した店員はすぐに店長に報告、店長は表通りに2人の姿を捜しに走って行ったが、すでにその姿はなく、警察に通報したという。

時期不明 北海道の倶知安町に住む老人 「伸矢くんと名乗る子供を内地(本州)からもらってきたという人を知っている」 。これも決め手にならなかった。

また平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で
伸矢君によく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃したという情報もあった。
日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。 圭子さんによると伸矢くんが大きくなり、ひとりで電車に乗り帰ってきた日にかかってきた電話だった。

北朝鮮による拉致問題に取り組む「特定失踪者問題調査会」は2005年6月27日、
「拉致された可能性を否定できない」として、1989年に貞光町(当時、現つるぎ町)の
親せき宅を訪れていた際に行方不明となった茨城県牛久市の幼稚園児松岡伸矢ちゃんら
3人の氏名や失踪の経緯などを公表した。

本事件は2005年9月16日放送のスーパーフライデー 「人はなぜ突然消えた!?“ザ・神隠し”ナゾの失踪者を追え!!」 で取り上げられた。

2012年9月15日に県立県民文化センター(水戸市千波町)で開かれた北朝鮮による拉致問題の早期解決を訴える集会で両親は「どんな手尽くしてでも助け出したい」と語り、伸矢くんの救出を諦めていない。
父、正伸さんは「“神隠し"という言葉に悩まされた」。 「神隠しは実際にある」などという識者の言葉に憤りを感じ、「(失踪したのは)社会問題であり、オカルトではない」と訴えてきた。 50回を超えるテレビ出演で情報提供を求め、「似た子を見た」などと全国から目撃情報が寄せられたが、伸矢さんにたどり着く情報はなかった。 正伸さんは「世界中の方の情報が頼り。情報の発信と収集の繰り返ししかないと思っている」と強調する。

失踪から2カ月後、母、圭子さんは「僕は大丈夫だよ、好かれるようにしているからね」という伸矢さんの声を聞いたという。
「あ、伸矢君だなって。不安な気持ちのときに聞こえてきた。必死で訴えてきたんだな」と振り返る。
2012年現在は保育士として働く傍ら、畑で野菜を育てており、「伸矢君は芋掘りが好きだから、秋になったら、させてあげたい」と毎年、祈りを込めてサツマイモを植えている。
電車の乗り継ぎを両親よりも覚えているなど、しっかりとした性格だった伸矢くんに圭子さんは「どこにいてもあの子は頑張れると信頼しており、帰ってきたら、よく頑張ったね、さすが私の子だねって言ってあげたい」と話している。

本事件は桐野夏生の小説『柔らかな頬』のモデルとなった。

北朝鮮が突如発表した拉致問題の再調査を行う特別調査委員会の解体から一夜明けた2016年2月13日に父親の正伸さんは「調査委員会の解体というが、これまでちゃんと調査してきたのかすら疑わしい」と冷静に受け止め、今回の発表について「一歩後退ではあるが、あまり失うものはない。政府には動じずに毅然(きぜん)と(拉致被害者の救出を)要求してほしい」とも語った。特別調査委員会については「そもそもお願いして調査してもらうというのには無理があった。制裁を強めて北朝鮮が本当に調査せざるを得ない状況にするしかないのではないか」と述べた。

2018年1月31日にTBSテレビ「緊急!公開大捜索 '18春」で紹介された記憶喪失の男性「和田竜人」さん(推定年齢25歳)が当人の可能性があり、DNA鑑定が行われたが一致しなかった。
しかし、父親の正伸さんは「テレビを見たが、顔が似ていないので別人だと思った」と話し、正伸さんはDNA鑑定で別人だったことを伝えられると、フェイスブックで「諦めずに長男をこの腕に抱くその日まで前向きに歩んでまいりたいと思います」とコメントすることを忘れなかった。
これまでもさまざまな情報に接してきた両親は「きっと会えると信じて生きてきた」と長年の思いを語った。
電車やパズルが好きで、自宅の住所や電話番号も覚えていた伸矢ちゃんに圭子さんは「賢い子で、しっかりしていた」と話す。
失踪後は、緊急の連絡に備えて家を空けないようにし、遊びに行くことも少なくなった。圭子さんは「あの子がいないのに楽しいことをしちゃいけないと思った」と目に涙を浮かべる。
家庭菜園に1人でいるときは「忘れてないよ」「元気にしてる?」と伸矢ちゃんに話しかけるといい、数年前に始めた保育士の仕事は「資格を持っていたが、ずっと避けていた。同年代の子供を見るのがつらくて…」と振り返った。
手掛かりは依然見つからないが、圭子さんは「あの子が帰ってきたら『お帰り』と言ってあげられるように元気でいようと思っている」とほほ笑んだ。

つるぎ警察署
1981〜1990

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