小田広子 †
1948(昭和23)年6月20日生まれ(『週刊新潮』1956年7月10日号 p55)。
当時は兵庫県尼崎市潮江ウリウ(「瓜生」とも。現在の潮江1丁目の一部)在住。下坂部小学校に通う1年生であった。
家族構成は会社員の母M子さん(当時45)・長兄(当時26)・長姉(当時24)・次姉・三姉・次兄・広子さん。
広子さんは末っ子の四女で六人きょうだいの七人家族。父親は事件の数年前に死去(『神戸新聞』1956年2月、『週刊現代』1963年８月22日号など)。
1956年(昭和31年)1月24日午前10時過ぎに「遊びに行く」と言って自宅を出たまま行方不明になる。
失踪当日、一年生は二部授業であり昼過ぎから授業が始まるため、ランドセルに教科書を詰めて登校の時間を待つ途中の出来事であった
(光文社『少女』1957年5月号 p165)。
広子ちゃんの身長は115�僉�失踪当時の服装は、ウールの赤いオーバー、白の毛糸セーター、赤(えんじ色)のズボン、
白足袋、赤ズック靴。顔は面長で目は大きめ、まつげが長い。頭髪は肩までのばし後ろで束ねていた。
事件発生から十日後に公開捜査へ †
当時の神戸新聞によると、当日の目撃者は近所の5〜6才の幼児だけだったという。
また、広子ちゃんがいなくなってから約十日後に公開捜査を始めており、新聞に掲載されたのは翌月の2月4日であった。
この日の午前9時、尼崎市長の陣頭指揮で失業対策事業の人夫30人を動員して自宅周辺にある三本の暗渠のドブさらいをしたが、
水底は50センチ以上も泥が溜まっており、なかなか作業がはかどらずこの日は何も見つからなかったという。
母M子さんは広子ちゃんについて「遠出を嫌がる性質なので、どこかで生きているような気がしてなりません」と語っている。
一方下坂部小学校は緊急職員会議を開き、尼崎教職員組合を通じ日教組などに応援を求め、全国的に広子ちゃんの捜索をすることになった。
また同校の育友会は広子ちゃんの顔写真200枚をコピーして人相書とともに市や県の育友会に配布。
2月6日には母M子さん、百貨店勤務の長姉、育友会の関係者や下坂部小学校の教職員らが尼崎駅北・南口、立花駅北口、大阪駅中央玄関口・同西口の計五か所で
顔写真を貼ったプラカードを立てて駅の乗降客や通行人にメガホンで呼びかけ捜査の協力を求めた。
そのような中、尼崎駅での呼びかけで「薄給で何もできませんが…」と名前を告げずに現金100円を差し出す者が現れたり、
広子ちゃん宅には全国の見知らぬ人や児童生徒から慰めと励ましの手紙が続々と届くなど温かい支援が多くあった。
また、9日にはある航空会社から広子ちゃんの捜索に協力したいと申し入れがあり、15日9時から一時間の間阪神全域に顔写真入りのビラをまくという。
さらに10日には尼崎署へ岸和田市の古物商が人命救助犬を伴い、協力したいと申し出た。この犬は警察犬としての能力を持っているという。
早速広子ちゃんの自宅から彼女の足袋をかがせたところ、自宅〜キリンビール尼崎工場(現・あまがさきキューズモール)〜市営バス潮江停留所〜久保田鉄工神崎工場(現・クボタ本社阪神事務所)〜国鉄尼崎駅構内の線を辿った。これは同署の足取り調査と一致しており、また失踪当日の1月24日午後2時15分頃潮江停留所前で広子ちゃんを見たとの目撃証言もあったという。
当時の署長は「犬の足取りを見るとだいたい自宅を中心として日ごろの通学区域内を歩いており、全然信頼性のないものでもない」と語っている。
複数の目撃証言 †
※いずれも神戸新聞に掲載されていた情報である。
��2月5日午前11時10分頃に大阪地下鉄で広子ちゃんによく似た少女を連れた34〜35歳くらいの男がおり、難波駅で下車していた。
女の子は赤い着物を着て橙色の羽織を着ており頭に節分につける髷の上にふさ四つをつけていた。男は面長色白で薄茶のオーバーを着ていたが一見朝鮮人風だったという。
��2月14日午後８時頃、国鉄大阪駅中央出口付近で広子ちゃんそっくりの女の子を連れた労働者風の男が国鉄城東線に乗っていった。
男は50歳くらい、黒オーバーに無精ひげを生やしたずんぐり太った労働者風で、女の子は二重まぶたで広子ちゃんと顔つきが似ており、赤い上着にカーキ色のズボン、ズック靴を身に着けていた。
��2月12日頃、大阪浪速区大国町で遍路姿の二人組とすれ違った。一人は65歳くらいの老婆、もう一人は10歳くらいの少女で、いずれも白い布で頬冠りして菅笠を被っていた。
少女と老婆の様子を窺うと親子の関係ではないように見え、その少女が広子ちゃんに思えて仕方がないという。なおこの情報は布施市立第四中学校(現・東大阪市立布施中学校)の父兄が2月24日に尼崎市教育委員会に投書したものである。
三度にわたる怪文書(いたずらの可能性も含む) †
一枚目は2月6日午後、広子ちゃんの通う下坂部小学校に「尼崎市杭瀬 塩一夫」なる人物から乱雑な鉛筆書きの葉書が届く。
この葉書には尼崎郵便局の6日午前8〜12時の消印があり、大金を要求する脅迫めいた内容が書かれていた。
「広子は元気でいるから安心してください。広子は家に帰ることがいやといっている。
おれは広子と二人きりでいる。返してほしいなら金を十万円持ってこい(以下略)」
二枚目は2月7日の朝、今度は広子ちゃんの母親宛てに差出人は「神戸私書箱XXX(三桁の番号)」。
神戸灘郵便局の午前8時〜正午の消印があり、便箋で「広子ちゃん事件に関係あり」とも書かれていた。
「これは貴女と私だけの話だ。貴女の子供さん広子ちゃんは健在である。
お子さまを借りたのはわれわれの仕事を手伝ってもらいたかったためでした。
しかし世間がやかましいから2月7日神戸のどこかへ捨てるだろう。ぜひ見つけてください。
ついては条件がある。多くは言わない。食費だけでも二千円ほど送れ。私書箱XXX」
この2通について尼崎東署はいたずらの線が高いと見てるが、一つの手がかりとして重視しているという。
三枚目は2月10日の朝、またも広子ちゃんの自宅宛てに「今宮の原口げん二」なる人物の葉書が届く。
この葉書は9日大阪天王寺郵便局午前8〜12時の消印で、長文のカタカナ交じりのかなり具体的な内容であった。
(※カッコ内は投稿者注)
「広子ちゃんを誘かいされて気の毒に思います。私は今宮のバタ屋(廃品回収業)です。
このごろ仲間の者の様子がおかしいので昨日(8日)夜、私は仲間の家のところへ話に行くと十二歳の娘のみっちゃんのほか
六、七歳の見知らぬ女の子がいた。(彼は)親類の子と言っていたが、一昨日(7日)のこと、西隣のおかみさんの話によると、
”(あの子は)十日ほど前、(彼が)新世界から連れてきたと言っており、(女の子は)毎晩十二時ごろになるとしくしく泣いている”と言っており、
(女の子は)広子ちゃんかもしれないので、私はあなたとお話ししたい。私も戦争で男の子を亡くし親の気持ちはよくわかる。
危険なようだったら巡査を連れてきてください。十一日午後一時市電今宮停留所でお待ちします。
原口げん二」
この葉書が届いた翌日11日、尼崎東署捜査隊は母親M子さんと長兄を同行し、大阪西成署の応援で指定されていた午後1時前から
南海電鉄今宮戎(いまみやえびす)駅を中心に計五か所の張り込みを行い、同駅のプラットホームで約一時間待ったが投書の主は現れなかった。
事件から7年後、広子さんらしき？少女がみつかる †
※『週刊現代』1963(昭和38)年8月22日号「誘拐された″広子ちゃん″が現れたとき」の特集記事より要約。
1963年7月初め、兵庫県警察捜査一課はある古物商から「大阪に七年前に失踪した尼崎の広子ちゃんにそっくりの子がいる」との情報を得る。
彼の話では大阪市西成区の朝日館というドヤ街に住むＳさんという女性の養女のＴ子さん(当時14歳)が広子ちゃんに瓜二つだという。
刑事たちが手配写真を持ってＴ子さん会ってみたところ、顔つきが実によく似ており、ほぼ広子ちゃんに間違いないだろうとの意見も出たという。
7月19日に母Ｍ子さんと長兄の妻が刑事の立ち合いでＴ子さんと対面する。Ｍ子さんは涙を浮かべながら三十分ほど話し合ったが結論は
「似ているような気もしないではないが広子ではない」というものだった。
「私は六人も子供を育てましたから、一人ひとりについて身体のすみずみまで知っています。
Ｔ子さんを見てピンと来るものがない。体形も、頭髪も、眉毛も、鼻も、耳も、目も、みんな広子とは違います。
はっきりとした証拠さえあればどんな境遇になっていても引き取るつもりでしたが、あの子は広子ではありませんでした。」
また、T子さんの血液型はO型であり、広子ちゃんの血液型は不明であったが、母、父とともにO型なので広子ちゃんもO型であるということでT子さんと一致していた。
ところが尼崎警察署が広子ちゃんの書き残した画用紙から指紋を検出したところ、T子さんの指紋とは一致しなかったという。
一方T子さんは週刊現代のインタビューによると、尼崎という地名は全く知らず、物心ついたときから養母のSさんと各地を転々としていたという。
彼女は8歳より前の記憶が無いといい、また偶然にも広子ちゃん失踪の日付の1月24日が誕生日だとSさんに教えられたという。
広子ちゃんの写真を見たときはドキッとしたとも語っており、
「自分の小さいころやと思うて。ウチの写真やないとしても世間にはよう似た人があるもんやと思いますわ」と困惑した様子だったという。
さらに8月2日にはT子さんの母親と名乗り出た当時39歳の女性が神戸から尼崎署に現れ、
「名前も同じT子です。もしあのT子なら頭に禿があるはずです」と特徴を述べた。
T子さんは恥じらいつつ左頭頂部を差し出すと、こぶし大の禿が認められ、年齢も血液型も一致。
その母親はT子さんが3歳のときに複雑な家庭事情で手放したといい、こうしてT子さん親子の対面が叶った。
結局広子ちゃん探しは振り出しに戻ったが、尼崎から転居して大阪府池田市に住む母親のM子さんは、
「きっとどこかで元気に生きていてくれると思います。広子は誘拐のショックで記憶喪失でもしていない限り、
きっと尼崎のキリンビールのそばへ帰ってくるはずですよ。
もうあきらめただろうなんて言われると、腹が立ちますよ。夜中に靴の音など聞くと、ああ、広子かな、なんて思うんですよ。」
兵庫県警捜査一課は「この捜査はこれで打ち切るが、また新しい情報が入れば活動する。」とコメントしている。
2025年2月現在、親類による失踪宣告の届け出はなされていない。
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