5 2003年11月4日 ザトミフ包囲陣内 白石陣地
「寒いねー」
防寒服の少女が手を擦り、その手を焚き火に向けた。
体つきは小柄で、細く華奢だ。
弾薬ケースやドラム缶が詰まれた前線基地の奥に彼女たちはいる。
「しっかし、こっちの歩兵はだらしないわね。弱いにもほどがあるわよ」
「事実弱いからしょーがないよ。魔法使えないんだし」
他にも数名の少女が焚き火の周りでつまらなそうにしていた。
「つっかえないの・・・」
ある者は欠伸をしながら雑誌を読み耽り、ある者は仲良し同士でトランプ遊びに興じていた。
その横を薄汚れた防寒具を纏った兵士―――一般生徒が行軍していくが、その一人たりとも少女らに目を合わせようとはしない。
もし因縁を付けられでもしたら、たちまち少女の呼び出した化け物の胃袋に収まるぐらいしか道が無いからだ。
「六月もこの間も、アタシたちだけでやれば勝てたのに。なーんで時雨会長はあの役立たず連中に花持たせたがるんだろ」
「こっちの会長じゃない。本当の会長は綾香様」
「そうそう!」
彼女たちは皆、白石学園に所属する魔法少女たちだ。
白石軍の中核であり、保有する最強の戦力。
その割には、時折進む兵士たちが浴びせる視線は冷ややかだった。
「何見てんのよ。こっち向かないでよね、気分悪くなるから」
「茜ちゃんひどーい」
「消耗品になーに感情移入してんだかー」
魔法少女と一般生徒の関係は決して良いとは言えなかった。
魔法少女は一般生徒を見下し、一般生徒は魔法少女を妬み羨む。
食事も境遇も何もかも、魔法少女は優遇される。
例え一般生徒が地面の上で寝ていても、魔法少女には専用のベッドと毛布、そして暖かい食事が三食用意されるのだ。
魔法少女は特権階級―――それが白石の足かせであり、弱点。
「ちょっとコーヒー持って来るね」
お下げの少女が立った瞬間、後頭部にロケット弾が突き刺さった。
爆発と同時に砕けた骨の破片と血飛沫が辺りに撒き散らされ、白い雪を染める。
「なっなによ・・・嫌!嫌ァ!」
「頭・・・無いよ!」
首から上を無くした少女は雪中に没し、二度と立ち上がることはなかった。
「狙撃!?」
「敵襲!」
魔法少女たちは口々に呪文を唱え始める。彼らが少女ではなく、兵器として君臨するために必要なことだ。
「グラウバク1、交戦する」
その上空―――鉛色の空から、一つの影が急降下した。
パンツァーシュレックを投げ捨て、銀と黒のローブに身を包み、身の丈ほどあるラティを携えた舞虎だ。
「魔法少女は変身前に始末しろ。名言だな」
ラティの銃口下のグレネードランチャーから榴弾が飛び出し、地面に突っ込んでいく。
突き刺さった榴弾は炸裂し、変身途中の魔法少女を吹き飛ばした。マナに誘爆し、大爆発が起きる。
「掘瀬博士の新製品、とてもいい感じだ」
舞虎が着る魔道服も魔道具も、稲葉で電動狂と呼ばれ偏見と偏愛を一手に引き受ける掘瀬(ほりせ)博士が製作したものだ。
魔道服と魔道具も、元々は稲葉の同盟校である小田原学園の製造したものではあるが、稲葉ではそれを更に改造していた。
「参る!」
浴びせられる銃撃を左手の防御魔道具で防ぎ、結界を展開したまま魔道具を投擲する。
円形の結界を浮かべたそれはブーメランよろしく回転しながら歩兵の群れに突っ込み、数名の白石兵を輪切りにする。
「おっそろしい武器だな・・・これ」
ちゃんと自分の腕に戻ってきた魔道具を見つめて、舞虎は呟いた。
博士にどんな構造だ、と聞いても、彼は『電動だよ』としか答えてはくれなかった。
要するに、この魔道服は魔法を電動で動かすという明らかに無理なやり方で動いているのだ。
それでも実戦に耐えうるあたりは、宇宙一を謳い文句にする開発部の技術の賜物だろう。
「って、なんか焦げ臭いな・・・」
怪訝な表情で舞虎がスーツに鼻を近づけている横で、魔法少女たちは変身を終えていた。
各々の武器を構え、敵に向かってくる。
「行くわよ!みんな!」
「勝手に仕切らないでよ!」
険しい表情に戻った舞虎は、残っている敵を片付けるべく行動を開始した。
舞虎が奇襲を仕掛けて魔法少女を殲滅し、間耶たちがパックフロントを制圧する。それが作戦だった。
魔法少女たちが言い合っている間に舞虎は距離を詰め、肩からクナイを取り出す。
「こいつをくらえ!」
指の間に四本挟み、振り払うように投げる。
肩のクナイが尽きると、更に両太股からクナイを取り出し、投擲する。
「そんなもの・・・結界で!」
「結界にも成形炸薬は効くんだ!」
「なんでよ!?」
「さあな。文系なんだ」
魔法少女が爆発した後、舞虎は次々にクナイを投げた。
これも、開発部が魔道兵向けに作った装備の一つだ。
はっきり言ってなぜ前時代的な武器を今使うのか舞虎にはよくわからないのだが、彼女自身は"そういうこと"として自己完結させることにした。
言ったらキリが無い。
そんなことにいちいち目くじらを立てていたら、魔法少女である自分の存在が危うくなってしまう。
「…ん?」
一通り敵を一掃した頃、突然携帯の振動が胸に伝わり、舞虎は電話に出た。
「よぉマイコゥ。マヤだよ。どうだ調子は?」
「こちらグラウバク1。作戦中はこっちで呼べ。君もだ」
間耶が実名を出して通話したので、舞虎はそれを咎めた。
作戦中に自分の本名を出すのは宜しいことではないと舞虎は思っている。
もし白石の特殊部隊に本校で襲撃されたりしたら、洒落にならない。
舞虎の自分のTACネームであるグラウバク―――灰色の背―――という名前は好きではなかったが。
稲葉にとって完全には信用できない背中という意味だからだ。
「硬いこと言うなよ相棒。今のご時勢、テロが怖くて生活できるかよ」
馬鹿馬鹿しいことではるが、舞虎は間耶の言葉に安心感を覚えた。
彼女は魔法少女であろうと、元白石兵であっても差別はしない。
それが舞虎には嬉しかった。
「こっちは片付けたぞ。敵さんベンチ入りしたままだったからな」
「戦うと冗談言うようになるんだな、マイコゥ。相変わらず面白い性格だぜ」
「私は至って真面目なんだが…」
「そいつは結構。こっちはパックフロントを楽しく攻略中だ。明日には感動のご対面といける」
「案外他愛なかったたな。パンツァー・マヤはご不満か?」
「これぐらいがちょうどいいんだよ。メインディッシュを食ったんなら後はデザートだ。支援、頼むぜ」
「ああ。すぐに行く」
顔についた返り血を拭い、舞虎はまた携帯を開いた。
待ち受け画面には、幼顔の少年と舞虎がにっこりと笑って並んでいる。
「ふふ…可愛いな」
瞳は緩み、頬に赤みが増していく。
もっと画像を見たくて携帯のボタンを押した時、背後から声が聞こえた。
「随分可愛らしい彼氏をお持ちのようだ、君は」
舞虎は鋭い視線を、覗きに向けた。
「デザートを食べ忘れていたようだ」
灰色と白のローブを着込んだ魔女は口元を緩め、おどけてみせる。
「おやおや、メインディッシュは僕なんだけどね」