8 2003年11月4日 ザトミフ包囲陣内 白石陣地

 「そこのあんた、攻撃魔法の射線上にいる!早くどいて!」
 「うっさいわね!邪魔しないでよ!」

 魔法少女たちは互いに足を引っ張り合っていた。
 最大の欠点が"まともに戦いができないこと"である彼らにとって、戦闘とは己の実力を知らしめるための舞台でしかない。
 はっきり言えば彼女たちは友人でも無い限り、友軍が何人死のうが関係は無いと思っている。
 死んだ奴は自分たちより劣る奴らに負けた馬鹿ぐらいの認識でしかない。
 もちろん白石内部にも組織としての行動を重視し、編隊行動や一般生徒との連携を第一に考える魔法少女も多い。多種多様なのではあるが、戦場に氾濫しているのは能力こそ高いが使い物にならない者ばかりだったのだ。

 「仲間同士で噛み合ってる。どいつもこいつも・・・」

 舞虎は防御結界を展開しながら低空で戦線を抜け、味方陣地へと辿り着くことに成功した。
 味方の濃密な対空砲火の中に突っ込むのは気が気ではなかったが、掘瀬博士が付けてくれたIFFとやらのおかげで蜂の巣にされずに済んだ。
  
 「間耶は・・・あそこか」

 キューベルを見つけるなり、腐れ縁の戦友が目に入った。
 彼女にしては珍しく後方(と言っても、限りなく前線に近いのではあるが)で指揮官らしく納まっている。
 普通なら間耶は、周囲の制止を振り切っててでも前に出る性格だ。

 それをよく止めたのは常識ある士官か、下っ端の心意気を理解できる指揮官を失いたくない古参の下士官、そして自分の良き理解者がいなくなると困る舞虎だ。
 
 「ベルタ3は引っ張って後退させろ。大事なクルマ無駄にすることはない。シュテッセル4はやられたか?」

 間耶は敵陣を指差し、戦車の車体に地図を載せて取り巻きに指示を与えていた。
 
 「遅れてすまない」
 「おっせぇぞ相棒。寄り道か?」

 着地した舞虎は、微笑して答えた。
 
 「綺麗なお嬢さんと舞踏会さ。状況を」

 間耶は戦況図を出し、舞虎に説明を始めた。
 さすがに、銃弾の飛ぶ最前線までパソコンを持ってくるほど間耶は新しい人間ではない。
 もっとも間耶は、パソコンの起動を待つぐらいなら自分で
 パソコンで戦況を確かめるぐらいならば、自分の足で敵陣に乗り込むぐらいはしてみせる。
 
 「戦車を半分潰されたが、料金所は潰した。ここと・・・ここだ」

 火点を現す○が×で覆われつつあった。白石軍を現す赤い円は一つずつ塗り潰され、緑の稲葉軍が戦線を圧迫している。
 数で稲葉が劣っているとは言え、稲葉軍の練度は今だ高いレベルにあった。
 開戦当初や群青攻勢の時に比べれば大分劣るものの、それでも白石よりは数段上だ。

 「随分優勢だな」
 「でもねぇんだ。こっちは寄せ集め、向こうは馬鹿でも数が多すぎる。上手くやらないと押し潰されちまう」
 「だが・・・ん?何の音だ」

 舞虎が言いかけた時、爆音が辺りに響き渡った。
 角ばったシルエットを見つけて、地上で戦う兵士たちは大歓声を上げた。

 「空軍のお出ましだ!」
 「グスタフに、スツーカもいるぞ!」

 稲葉空軍の主力戦闘機たるBf109G‐6と、スツーカの編隊だ。
 中にはFw190の姿もいくつか見え、十六機を数えた。
 翼下には搭載能力ぎりぎりの爆装が施され、大口径の機関砲が吊り下げられている。

 <<アムゼル1より全機、掃除を開始する。続け。ファルケ隊は援護を頼む>>
 <<了解。アムゼルリーダー、安心して叩してくれ。戦友を見殺しにするな>>
 <<全弾撃ち尽くすまで帰還できない。援護を頼む>>
 
 必死の抵抗を続ける白石軍に対して、稲葉の"破城槌"が打ち込まれていく。
 一斉に急降下したスツーカが一斉にクラスター爆弾を投下し、大量の小爆弾が地表に撒き散らされる。
 歩兵が小爆弾に殺傷される一方、対空火器と戦車はFw190が30mm機関砲でもってスクラップへと変えた。
  
 「いいぞベイビー!もっとやっちまえ!」
 「おやおや・・・もう下校か。殊勝なことだ」

 中指を立てて敵が潰走する様を見届ける間耶の横で、舞虎は双眼鏡を構えていた
 望遠レンズの中では、白石の魔法少女たちが後退するのが見える。
 ヤーボが通常部隊に攻撃を集中している隙に、殿が防御結界を展開して味方を下がらせる。
 
 「上手い奴がいるな」
 「え?」
 「撤退戦上手な奴は優秀なんだぜ?」

 そう言った後、以前通常部隊を叩き続ける空軍機に間耶が横槍を入れた。

 「おいおい!そっちはいいから向こうやれよ!向こう!魔法少女のクソ娘をどうにかしやがれ」
 <<む、無茶言わないでください!自分はまだ経験が・・・>>
 「んだとォ!?てめぇ空軍だろ?天下の空軍パイロットだろうが!」

 魔法少女を叩けないことに歯軋りする間耶は、空軍の回線に割り込む。
 
 <<アムゼル4、2に追従して対地攻撃を続行しろ>>

 電話の向こうで、先ほどの新米パイロットが震える声で命令を受け入れる様子が感じ取れた。
 代わったのは、隊長機だった。

 <<こちらアムゼル1。すまない>>
 「俺も悪く言い過ぎた。謝るよ。ルーキー揃いってのは本当らしいな」
 <<真っ直ぐ飛ぶのも精一杯な連中だ。お嬢さん方の相手は、とてもできん。すまないな>>
 「しょうがねぇ。そういうこともある。無理しないでくれ」

 間耶はそう言って、電話を切った。
 苦々しい様子で、吐き捨てる。
 
 「こちとらマトモに戦争もできねぇガキばっかだぜ。そのうち民族の嵐が起きるかもな」
 「我々も十分ガキだ、間耶。こっちが厳しい時は奴らも厳しいんだ」
 
 白石軍は前面的な後退を始め、寄せ集めの稲葉軍は攻勢に出る。
 パンターにタンクデサントした擲弾兵が逃げる白石兵を追い越して仕留め、空軍野戦師団の突撃砲が陣地を吹き飛ばす。
 勝利のきっかけを作り出した空軍機に、地上からの惜しみない感謝が送られた。

 「感謝するぞ!ルフトバッフェ!」
 「次はもっと早く来やがれ!」

 舞虎が魔道服の調整と再武装を終えている頃には、白石軍は後退を終えつつあった。
 稲葉側も猛烈な追撃を行ってはいるようだが、いかんせん消耗と疲弊が激しい。
 間耶はこれ以上の追撃を即座に停止するよう、各部隊に通達した。

 「全部隊はポイント"コルスン"にて再編成に入れ。これ以上の追撃は禁ずる」
 <<しかし、まだ戦車は残っています!>>
 「てめぇの戦車だけ残ってても仕方ねぇんだ。今すぐ戻れ」
 
 なおも不満そうな戦車中隊長に、間耶は声色を変えて言う。
 
 「女紹介してやるから!」
 <<了解です。できるだけ、胸の大きい奴で頼みます!>>
 「りょーかいむっつりスケベ。とっとと戻って来い」 

 勝利を確信した間耶は煙草を咥えるが、ライターが見当たらなかった。

 「ほれ」
 「あんがと・・・」

 舞虎の差し出したジッポーに煙草の先を向け、火を着ける。

 「体に悪いぞ」
 「うるせぇやい。ああうめぇ」
 「未成年だろうが・・・」

 自ら健康を害する友人に少々呆れた舞虎が空をながめていると、何かが空に打ち上げられた。