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発表の翌年という比較的早い時期に『アウトサイダー』が日本に紹介され、さらに、その訳者が福田恒存だったこともあって、コリン・ウィルソンの著作はさまざまな人々に影響を与えている。古いものとしては、河上徹太郎?の『日本のアウトサイダー』で、日本版アウトサイダーを考察している。特に、初期のCWの印象は日本ではまだ未紹介だったさまざまな作家への言及を含んだ博識のある思想家というものだった。三島由紀夫も書評を書くなど、日本での歓迎振りも大きなものだった。その後も主要著作が紹介されていき、その影響はさまざまな分野に及んでいる。

笠井潔

笠井潔の矢吹駆シリーズも、主人公が現象学的還元の方法を使って謎を解く、という設定がCWの影響を感じさせる。

笠井潔とコリン・ウィルソンの対談は、笠井潔の評論集『秘儀としての文学〜テクストの現象学へ』(作品社1987.6.10刊行)に「至高体験」として収録されている。 笠井潔もまた実存主義的思潮の影響を受けた人物であり、コリン・ウィルソンと同じく殺人やヴァンパイヤーを題材にした小説を発表している。 この対談の中で、コリン・ウィルソンは、自身の新実存主義を第三のロマン主義として位置づけている。コリン・ウィルソンは『アウトサイダー』で、日常意識を超えた高揚した意識状態(後にマスローの用語を借りて、至高体験と呼ばれるようになる意識レベル)を経験した思想家や芸術家が、その状態をキープすることができず、日常生活に倦怠を覚え、自殺や破滅をしてしまう事例を多く描いているが、ロマン主義もまた日常意識を超えた高揚した意識状態を目指したが、その多くは悲惨な結末を迎えた。(ここで、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読んで、心酔した当時の若者が、厭世的自殺を遂げた事例を思い出してもいいだろう。)第二のロマン主義は実存主義であったが、これもまた悲観主義に陥っていた。事物に吐き気を覚えるサルトルの小説『嘔吐』の主人公ロカンタンは、日常を超えるということを知らず、偏狭で不健全な意識状態にある。これに対し、コリン・ウィルソンは健全でオプティミスティツクな第三のロマン主義<新実存主義>を唱えるのである。 自身の<新実存主義>に、マスローの心理学による基礎づけを行い、「至高体験」を目指す哲学として定義づけを行おうとするコリン・ウィルソンに対し、笠井潔は集団的な「至高体験」が存在する可能性に言及しようとする。笠井潔の主著『テロルの現象学〜観念批判論序説』(作品社1984.5.10刊行、ちくま学芸文庫1993.7.7刊行)は、マルクス主義の弁証法的権力によるテロリズムを批判する試みであり、マルクス主義の党派観念を内部から解体するものとして集合観念を位置づける。集合観念とは、観念を浄化する観念であり、笠井はソ連のクロンシュタット弾圧の際の民衆蜂起を例に挙げ、収容所群島を揺り動かす集団的な「至高体験」としての集合観念であるとする。 コリン・ウィルソンは、カール・マルクスは、犯罪者の心性と変わらず、ルサンチマンに由来する憎悪を抱えていたという見解を示し、集団的な「至高体験」の存在可能性については、当初「至高体験」は個人的に到達するものであり、集団的な「至高体験」の存在可能性には否定的であったが、笠井潔の挙げる事例に納得し、その存在可能性を肯定するようになる。 なお、党派観念を内部から解体し、浄化する集合観念という考えについて、笠井潔は『ユートピアの冒険』(毎日新聞社<知における冒険7>1990.5.25刊行)で、ユートピア状態が瞬時に終わる線香花火革命論であると揶揄するようになり、『国家民営化論〜「完全自由社会をめざすアナルコ・キャピタリズム』(カッパサイエンス1995.11.25刊行、後に『国家民営化論〜ラディカルな自由社会を構想する』光文社文庫と改題)では、司法や警察も含め全国家機能を民営分割化させようとするアナルコ・キャピタリズムにシフトしている。(2005.1.1. T.Harada)

荒俣宏

博物学・幻想文学研究で知られる荒俣宏は、コリン・ウィルソンの『ロイガーの復活』早川文庫(第1・2版は、ダンセイニをもじった団精ニ名義、第3版は荒俣宏名義)を翻訳しており、自身の翻訳したクトゥルー神話集『ラブクラフト恐怖の宇宙史』(角川ホラー文庫)にも『ロイガーの復活』を収録している。また、『サイキック』(梶元靖子訳、三笠書房)や『コリン・ウィルソンの「来世体験」』(梶元靖子訳、三笠書房)の監修・解説を行っている。この監修・解説の仕事がきっかけとなり、コリン・ウィルソンと荒俣宏の対談が行われた。その時の記録は、荒俣宏の『神秘学マニア』(集英社文庫)に収録されている。 荒俣宏は、『ロイガーの復活』の解説で、コリン・ウィルソンの『夢見る力』に注目し、そこに「想像力の真正な用いかた」が説かれていることを評価し、現実世界へ積極的に働きかける幻想文学というテーゼを引き出している。(早川文庫版159ページ参照)この現実からの逃避ではなく、現実を変えるファンタジーという考え方に基づき、荒俣宏は、『別世界通信』(ちくま文庫)を書くことになる。ここでは、コリン・ウィルソンが『夢見る力』で言及したディヴィッド・リンゼイの『アルクトゥールスへの旅』の解説も見られ、初期・荒俣宏においてコリン・ウィルソンからの影響が大きかったことが伺える。(2005.1.1. T.Harada)

中沢新一

宗教人類学者の中沢新一は、『知天使(ケルビム)のぶどう酒』(河出文庫)の「IV 電脳神学 オカルティズムの近代」の中で、「SFとオカルティズムは、コリン・ウィルソンの本『SFと神秘主義』のなかにもくわしく語られているように、SFというものが文学のなかに誕生するようになった、その最初の時期から、すでに深いつながりをもっいた。」(P179)と語っている。このようにコリン・ウィルソンのオカルト研究への言及が見られるのは、フィリップ・K・ディックの『ヴァリス』などとともに現代オカルティズムの基本文献となっている証しと考えられる。(2005.1.7 T.Harada)