人物紹介 / 穆皇后


穆皇后

呉懿の妹。本名は呉莧であったと言われている。
人相見から「高貴な身分に登る」と鑑定されたことで、劉焉の三男・劉瑁の妻に迎えられるも、劉瑁が早死したため若くして未亡人となる。
(と言っても劉瑁は曹操が荊州を征した後に平寇将軍に任じられているので、長坂〜赤壁の頃までは生きていたはず)

その後、劉備が劉璋を降して蜀の主になると、群臣の勧めにより劉備と再婚する。
演義では劉永、劉理の母とされるが、史実では劉備との間に子を成したかどうかは不明である。

ちなみに三国志の時代に「穆皇后」の諡号を贈られた人物は複数存在し、
献帝の皇后となった曹節の諡でもある他、晋の中華統一後に司馬懿が宣帝を追号されると張春華も穆皇后の諡を追号されている。

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