計算論的ソシオンモデルのシミュレーション


PSyQ

水谷聡秀
小杉考司
藤澤隆史

1 問題

本研究*1では、人間関係の相互作用だけから、個人間の好悪の関係がどのように変化するのかを、コンピュータ・シミュレーションで模索する。はじめに、本研究で構築するモデルはどういった側面に焦点をあてるのかを示すために、人にたいする心情や荷重とはどのようなものか、そして、人にたいする好悪変容に影響する要因にはなにがあるのかについて簡単に述べる。さいごに、個人間の好悪の関係がどのように変化するのかを、「並列転移」と「同期更新」、「3人」の設定によるシミュレーションで模索する。

1.1 心情と荷重

Heider(1958)は人がある対象にたいして感じる感じ方、あるいはそれに対して評価する仕方を心情(sentiment)という語で表現している。彼によると、対象というのは人であってもよいし、人でなくてもよいとしている。彼は、心情という語をもちいて、ある対象にたいする、喜びや悲しみといった情動のような一時的なものではなく、持続的な態度のようなものについて言及している。また、ソシオンモデルを構築している研究者ら(木村,1995;藤澤,1997;雨宮,2001b)*2は、Heiderのいう心情のほか、評価、態度、役割などの、人が対象との関係を持つために必要な概念を荷重という語で抽象的に表現している。

斉藤(1981)は、対象が人である場合における心情*3には、「愛情−憎悪」と「優越−劣等」の2次元があるとし、「愛情」と「憎悪」、「優越」、「劣等」、その組み合わせによる「慈愛」と「恐怖」、「軽蔑」、「尊敬」の8つに分類して円環状に整理している。中田・田中(1973)は、日本人(大学生男女)の感情について因子分析したところ、「激励・親しみ-疎遠・怨念」と「甘え・依存」、「優越感−劣等感」、「憐憫−妬み」の4因子がえられ、それらの感情を「親和−疎遠」と「支配−服従」の2次元の空間上に対応づけている。

このように、いくつかの種類の心情があると考えられるが*4、Heiderは、大まかに心情をポジティブ(愛情や好き)とネガティブ(憎悪や嫌い)として扱って、POXモデルを提唱した。また、雨宮(2001a)は、SD法における情緒的な意味と、顔の表情、感情の次元分析にいずれにおいても「プラス-マイナス」の評価の次元が主要な次元であることを確認している。以上のことから、本研究においては、斉藤の「愛情−憎悪」に、中里・田中の「親しみ−疎遠」に相当する、それより広くとらえた「好き−嫌い」の荷重に着目して*5、好悪変容のモデル構築をおこなう。

1.2 好悪変容の個人的特性の要因

好悪変容のモデルの構築のためには、人の人にたいする好悪はどのような要因で変化するのかについて検討する必要がある。ひとつには、相手の個人的特性の要因がある。Anderson(1968)はアメリカ人(大学生男女)にとって好意のもてる個人的特性について基準表を作成している。この要因が働くと、たとえば、ある人にとって好意のもてる容貌や好意、性格などが相手に備わっておれば、その人は相手にたいして好意を抱くことになるだろう。この要因は重要であると考えられるが、人間関係の相互作用についてのモデルを構築するので、この要因をモデルに組み込まない。

1.3 好悪変容の二者関係の要因

もうひとつには、人間関係の相互作用の要因がある。その要因で検討すべきことには、「自分から相手への好悪」は「相手から自分への好悪」に影響されるという二者関係の要因がある。Heider(1958)は、好悪の心情関係は対称的だとはかぎらないが、対称的になる傾向があると主張している。はじめは、自分p*6は相手oを好きでなくても、相手oから好かれると、自分pは相手oにたいして好きになる傾向があり、逆に、相手oから嫌われると相手oにたいして嫌いになる傾向がある。彼は、このことが、自分pが自分自身pを好くと仮定すれば、「1.4 好悪変容の三者関係の要因」であげるpとo、xのうち、xをpだととらえた三者関係の要因から導かれると考えた。

この考えを支持するために行われた実験ではないが、好悪の心情関係が対称的になることを支持する実験がある。Anderson & Linder(1961)は、はじめから好かれている場合と、はじめから嫌われている場合などいくつかの条件で、「自分から相手への好悪」が「相手から自分への好悪」の影響について実験的に検討している。彼らは、好かれている場合には、相手にたいして好きになり、嫌われている場合には、自分が相手にたいして嫌うことになることを示している。

1.4 好悪変容の三者関係の要因

それから、「自分から相手への好悪」は「自分と他者との好悪」と「相手とその他者との好悪」との関連に影響される三者関係の要因がある。Heider(1958)は、個人の認識レベルのなかで、自分pと相手o、他者xのあいだにある3つの関係について次のように述べている。好きの関係が3つあるときと、好きの関係が1つで嫌いの関係が2つあるときに、それら3つの関係がバランス状態(後述する)であると考え、また、3つの関係に、そうではない関係があるときには、いずれかの関係が変化することになり、それら3つの関係がバランス状態になる関係に向かうと考えた。この要因が働くと、たとえば、自分pは、pの好きな人の好きな人にたいして好きになり、pの好きな人の嫌いな人にたいして嫌いになる。

彼によると、心情のバランス状態とは、実体のあいだの諸関係が調和的に適合しているような状況を意味しており、変化に向かうような圧力が存在しない状態であることが基本的な仮定であるとされた。また、そうではない状態をインバランスな状態と呼んでいる。

Jordan(1953)は、Heiderの実証的な研究として、インバランスな状態よりもバランス状態を、人が好むことを実験的に示している。また、Kogan & Tagiuri(1958)は、実際場面における人と人との好悪の関係ではならないことも多いが、個人の認識レベルにおいては人と人との好悪がバランス状態になっていることを示した。


1.5 好悪変容のモデル化

人の人にたいする好悪を変化させる要因として以上のようにいくつかある。本研究では、相手の個人的特性の要因については考えず、人間関係の相互作用の要因だけから、人と人との好悪の相互作用だけから考える。そのようにするのは、相互作用だけからなにがいえるのかを目的にするからである。好悪変容のモデルを構築する際に、Heider(1958)のPOXモデルをとりいれ、ソシオンモデルを参考にする。二者関係の要因のモデル化には、ソシオンモデルの対称化ルールを用いることにする。相手oと自分pとの関係には、互いに好きか互いに嫌いである(対称的な)とくには、バランス状態だと考えられ、そうではない(非対称的な)ときには、対称的な関係に向かうと考えられている。三者関係の要因のモデル化には、HeiderのPOXモデルを取り入れることにし、ソシオンモデルの転移の考え方を用いることにする。このようなモデル化の詳細については「2 好悪変容のモデルの構築」で述べる。

Heiderは、個人の認識における3人のあいだの好きと嫌いの変容について、ある人と他の人は互いに好きか嫌いかで考えることができ(非対称性は考えず)、好きと嫌いには大きさを考えずに(符号のみで)、全体のバランス状態を維持する、三者関係の要因から考えた。それにたいして、Hunter(1978)は、実際場面における多人数の間の好きと嫌いの時系列的な変化について、連続値で考えて、三者関係の要因から考えた。彼は、微分方程式をつかって、好悪の変化を算出しており、おもに、人のネットワークの構造によって引き起こされる状態について論じている。

1.6 本研究の目的

本研究では、実際場面における3人の好きと嫌いの変容について、対称的な状態を想定せず、好悪の荷重の変化がおきる要因として、連続値で、三者関係の要因と二者関係の要因から考えた。2つの要因をとりいれると、人と人との好悪の関係に、時間の経過とともに複雑な変化を引き起こす。われわれは、好悪の相互作用を具体的に定式化すれば、好きと嫌いの時系列的な変化をコンピュータ・シミュレーションで観察できる。本研究の目的は、Heider(1958)やソシオンモデルを参考にしながら、以上のように、人間関係の相互作用の要因だけからモデルを構築することと、シミュレーションされたモデルの振る舞いを体系的にまとめること、そこから、現実世界の現象と対応できる仮説的な知見を導きだすことである。

2 好悪変容のモデルの構築

2.1 変数の設定

人は人にたいしてどのくらい好きかとか嫌いかなどがあるため、好きか嫌いかを、離散値として対応づけるより連続値として対応づけると、変数の設定はより現実に近くなると考えられる。そこで、好悪の荷重を量的変数にして、「個人iから個人jへの好悪の度合い」をWijという変数にした。Wijは実際場面の荷重でもあり、個人の認識における荷重だと考えることができる。ただし、Wijを、個人iの認識している荷重Wiijだとするなら、Wiijはほかの個人の認識における荷重と一致していること(Wiij=Wjij=Wkij)が前提である。また、Wijの値に対応する現象としてつぎの3つがある。

  • Wij > 0 :個人iが個人jにたいして好きな状態
  • Wij = 0 :個人iが個人jにたいして好きでも嫌いでもない状態
  • Wij < 0 :個人iが個人jにたいして嫌いな状態

Wijの値が大きくなると好きの度合いが大きくなり、その値が小さくなれば好きでも嫌いでもない状態になっている。

また、任意の時点tのWijをWij(t)として、次の時点t+1のWijをWij(t+1)としてあらわした。また、Wijの任意の時点tから次の時点t+1への変化量をWijとしてあらわした。

2.2 個人iから個人jへの荷重の更新


2.3 個人iから個人jへの荷重の変化量

2.4 二者関係による変化量

2.5 三者関係による変化量

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*1 本研究の一部は、第8回YSP研究会において「計算論的グループダイナミクス理論に向けて」(小杉,2001)の一環として、「ソシオン理論における三者関係のシミュレーション」(水谷,2001)が発表されたものである。
*2 木村・藤澤・雨宮(1990)や、藤澤・雨宮・木村(1991)、雨宮・木村・藤澤(1993)は、人間関係をニューラルネットワーク(Rumelhert & McClellan?,etc,1986など)のアナロジーとしてとらえ、ソシオンモデルを現在も構築しつづけており、人間関係における荷重の相互作用から創発されるマクロ的な社会現象について、コンピュータ・シミュレーションをつかって論じている。モデルの構築やその振る舞いを確認して論じるだけでなく、モデルの実証的な研究として、社会的情緒の質問紙研究(櫻木・藤沢,1995)や、家族の質問紙研究(石盛・開原・藤澤,1999)カルトと家族との問題についての事例研究(木村・渡邊,2001)などがおこなわれている。
*3 斉藤(1981)は、喜びや怒りなどのように急激に生じて短時間でおわる比較的強い感情に対して「情緒」という語をつかっており、ある特定の人にたいして常にいだいている比較的持続的な感情にたいして「感情傾向(sentiment)」という語をつかっている。また、彼のいう「感情傾向」には、愛憎や自尊などがあるが、それらは評価の意味合いを含んでいる。たとえば、ある人にたいして、良い評価をあたえているが愛情を感じないこともあるが、愛情を感じているが良い評価をあたえていないというのは不自然である。通常、ある人にたいして愛情を感じるなら良い評価をあたえる。Heiderは「sentiment」という語をつかって比較的持続的な感情や評価について論じている。以上のことから、斉藤はHeiderの「sentiment」とほぼおなじ意味でつかっていると考えてよいだろう。また大橋(1978)はHeiderの「sentiment」を「心情」と和訳しており、斉藤はそれを「感情傾向」と和訳していることから考えても、斉藤はHeiderの「sentiment」とほぼおなじ意味で使っていると考えられる。そこで、2人の「sentiment」を「心情」の用語で統一した。
*4 ほかには、ソシオンモデルの実証的な研究のひとつとして、石盛・開原・藤澤(1999)は、家族成員間の役割や感情的側面、力関係の状態について因子分析したところ、「思いやり」と「親子関係」、「性役割」の3因子がえられた。彼らは「思いやり」の因子は人と人との関係をもつための感情的側面を含んでおり、「親子関係」の因子は人と人との関係をもつための力関係を含んでいるとした。
*5 石盛・開原・藤澤(1999)は、ソシオンモデルにおける荷重を想定して、役割や感情的側面、力関係などのさまざまな概念を取り入れている。そのため、筆者らの「好き‐嫌い」の荷重は、ある条件つきで、彼らの「思いやり」の因子と同じ意味である。その条件とは、家族成員間という関係をのぞくことであり、さまざまな状況における人間関係も想定しているということである。
*6 Heider(1958)は、pを知覚する者という意味で用いており、oとxをpの知覚した者や対象という意味で用いている。