人物紹介 / 劉封


劉封

劉備の養子ながら、荊州失陥の責の一端を負わされ、その劉備に処刑されてしまう悲運の武将。

正史では劉禅生誕前に子のない劉備が後継者候補として、演義では劉禅生誕後にその器量に惚れ込んで養子にしたとされる。
成長後は将として劉備に付き従い、益州攻略の時期から本格的に活躍。
勇猛であったと言われ、実際に武功もその評に見合うもの。
具体的には
・入蜀戦では諸葛亮や張飛らと共に援軍として参加し「行く先々で戦い、その全てに勝利を収めた」と言われる。
・漢中の戦いでは劉備直下の前線部隊指揮官として、曹操から名指しで敵意を向けられる活躍。
・上庸攻撃にあたり漢水を船で下るという、姜維ですら断念した危険なルートで侵攻。見事攻略を果たす。
もちろん張飛・劉備・孟達など歴戦の将の指揮あってのことだが、それでも20代前半としては十分すぎる活躍である。

その彼の運命が狂うのは樊城の戦い。
関羽からの援軍申請を兵の動揺を理由に断るが、結果として関羽が敗死してしまう。
そのまま荊州を失陥し、さらに孟達の裏切りもあり自身の任地だった上庸も失う。
やむなく蜀に敗走したが、劉備に敗戦の責を負わされ、処刑される事となる。

しかし当時の劉封の任務は、上庸の占領・維持であって、それを優先して援軍を出せないというのはまっとうな判断といえる。
まして上庸は関羽が攻略中の樊城と、劉備のいる漢中を繋ぐ重要拠点であり、それを維持している事自体が関羽への援軍といえる。
上庸を失陥したのも関羽敗死後、というよりも、関羽が敗死したために孤立してしまっての敗北であり、
前線指揮官として敗北したのは事実とはいえ、劉封が反逆や命令違反をしたというわけでも無い。
むしろ、孟達や麋芳ら裏切りが続出する中でも誘いを蹴っており、劉備への忠誠心については疑いようは無い。

しかし合理的には問題なくとも、政治的にはあまりにも迂闊だった。
理由はどうあれ、結果的には「関羽に援軍を送らず死なせた」という、最悪とも言える結果を招いている。
加えて、この戦に携わった武将はほぼ全員が敗死か降伏しており、帰還出来た上級指揮官は劉封ぐらいである。
本来であればこのような敗北の場合は叱責、悪くて降格といった処分が妥当な所なのだが、
劉封は劉備に収まらない怒りの矛先を向けられ、荊州失陥、ひいては関羽の死に関する責任を負わされる形で処刑となってしまう。
一方で史書で劉備が処刑後に後悔したと言われるなど、関羽敗死という大きすぎる衝撃の犠牲者とされている。

あるいは一説によると、処刑の黒幕は諸葛亮と言われる。
劉封は次期皇帝である劉禅の義兄にあたり、実戦経験豊富で武功多く将才もある。
そのため、もし生きていれば劉備亡き後、劉禅の後見人として軍の統括を任されたのではと言われている。
実際に魏の曹真など、皇帝の親族が後見人として軍を統括する事例は多い。
しかし諸葛亮と劉封は折り合いが悪く、内政を任されている諸葛亮と、軍を任される劉封で対立する可能性があった。
そのため、蜀内部の安定の為に事前に劉封を除くように進言したというものである。
諸葛亮は劉封を勇猛すぎるから処刑するようにと進言しているが、その裏にはこうした意図があったのかもしれない。

そうだとすれば劉封の処刑は政治事情であり、そうした自分の立場を理解していなかった故の処刑とも言える。
陳寿の評でもズバリ、「嫌疑をかけられる立場に追い詰められているにも拘らず、その対策を全く立てようとしなかった。その身の破滅は当然である」と酷評されている。
また民間伝承でも、劉備の子でありながら関羽信仰の裏返しで(孟達・麋芳ほどではないが)イマイチな人気。
一方で教養のある上流階級層が読む書物では「忠臣」と呼ばれる(前述の通り援軍申請拒否は合理的には取りたてて攻める要素ではなく、むしろ裏切りの誘いを蹴って劉備への忠誠を貫いた点が評価される)など、評価が一定していない。

いずれにせよ武将としては優秀ではあったが、立場への無頓着さゆえに、不遇を被ることになってしまった武将である。
劉備が養子とするほど好んだ剛胆で気骨ある性分が、関羽や孔明にも媚びぬ剛直さとなって己の破滅を招いたとすれば、あまりに皮肉な最期と言わざるを得ない。
この悲惨な結末の伏線なのか、演義では関羽が「阿斗様がいるのに養子を取れば、きっと兄者も彼も不幸になる」と劉備を諫める一幕がある。

ゲーム『三國志孔明伝』ではコンシューマ版限定だが、彼は処刑されないで済む可能性がある。
条件としてはホウ統生存で孔明達が援軍となる「麦城の戦い」で、関羽を生存させることである。
史実通り劉封は処刑されかかるが、孔明の口添えで処刑を免れ、官位を剥奪され平民として生活する事を許される。
その後、孔明が謀反を起こすルートに進んだ場合、劉封の処刑を回避していれば成都侵攻戦の際に援軍として加勢し、仲間になってくれる。
その後の孔明の辿る結末も考えると、あまり報われた扱いではないのだが…

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