鹿嶋には何があるのか †
鹿嶋、神栖には、茨城県下最大どころか
日本屈指の規模を誇る臨海工業地帯があります。
そこには１６０社を超える企業が集積しているそうです。
鹿嶋の臨海工業地帯は
単に規模が大きいだけではなく
他の工業地域といささか違った特徴を持っており
また独特の経緯をたどって作られています。
いまから５０年前の１９６０年。
鉄道も通らず、道路も整備されず
しかし半農半漁の静かな土地だった鹿嶋は
突然にして「工場適地」として、名前が挙げられます。
首都圏近郊の工業地帯は既に過密を極めており
新規に工業地帯を造成するとしたとき
そのような広大な用地は
もはや鹿嶋以外にない、とされていたからです。
ところが、鹿嶋に工業地帯をつくることは
これまでの工業地帯造成とは、少し意味が違いました。
これまでは、都市のなかに工業地帯をつくる。
という手法を取っていましたが
鹿嶋の場合は、工業地帯をつくって、その周辺の都市をつくる。
という順番だったからです。
鹿嶋に工業地帯を造り、周辺に都市を整備することは
人々を貧困から解放し
（そもそも鹿島開発のキャッチフレーズは「貧困からの解放」である）
都市的な生活スタイルを享受することであると
当時の茨城県知事（岩上二郎）は、本気で信じていました。
しかも、都市のなかに工業地帯をつくることではなく
工業地帯を作って、その周辺に都市を整備し
都市と工業と農業の共存を目指す。という日本で最初の試みです。
このようにして作られた場所は
日本では鹿嶋ぐらいではないでしょうか。
ある意味において、鹿嶋の都市建設は
官僚や茨城県当局
もしくはコンビナート企業、住民たちの
高い理想の上に成り立った場所、日本の工業地帯造成
都市計画行政の挑戦場、とも言えます。
ちなみに、１９６０年代当時
鹿嶋、神栖、波崎の総人口は３万人程度。
これを１９７０年代には
３０万人にしようと言う計画でした。
わずか１０年ちょっとで人口を１０倍に増やす。
やはりこれはものすごい計画でした。
開発は世紀のドラマと言われた †
そういった「シムシティ」もビックリの
壮大な都市建設ストーリーですが
それによって、人生を大きく変えられたのは鹿嶋に住んでいる人々でした。
彼らのうち、少なくない数の人は
そもそも農業をやって、漁業をやって
そこそこに食い
佐原や銚子に出て買い物をし、たまに神宮を訪れる…
なんていう生活を
果たして「貧困」だと感じていたのかどうか。という問題があります。
これは地域開発において、共通して問われるところですが
やはり鹿嶋においても同じことで
黒沢町長を筆頭にした「愛町運動」、「開発反対運動」に
その疑問が集約されていきます。
その一方で、開発の計画は着々と進んでおり
鹿嶋、神栖、波崎など
開発対象地域とされた地区は、おおよそ10,000haありましたが
そのうちの約4,000haを工業用地、公共施設用地とし
住民たちから買収するものとされていました。
いま住金の工場がある光や国末。
神栖の神之池周辺など、コンビナート群が現存している場所です。
しかし、そのまま4000haを買収したのでは
たまたまそこに土地を持っている人のみが買収の対象となり
それ以外の人は
開発に土地を提供しないことになるので、それは不公平であると
考えられていました。
そこで鹿島開発では、対象10,000haに土地を持つ全ての人は
土地の４割を開発に提供することとなり
（県当局が買収すると言うことです）
工業関係用地の4000haに住んでいた人は
残りの６割分の権利をもって、別な代替地に移転する。
という絵が書かれました。
このときの代替地が
大野原であり、平井丘であり、須賀であり…。様々あります。
この誰もが４割の土地を開発に提供し
６割分の土地で暮らすことを
「６：４方式」と当時、言ったようです。
詳しい話は、別項に書きたいと思いますが
このときに４割の土地提供者を
「開発対象地域に土地を持っている者」としたことで
鹿嶋は混乱に包まれます。
つまり、鹿嶋の住民でなくとも
土地を持ってさえいれば
その土地の４割分を、県が買収してくれるということです。
これを事前に聞きつけていた東京や千葉の土地ブローカーが
大挙して鹿嶋に踏み入り
ロクに事情も知らない住民たちから
バンバンと土地を買い始めるのです。
住民たちにしてみれば、土地はもともと
単なる農地であり、林地であり、荒れ地であり
これまで値すらつけたことがないような
「当たり前の物」「そこにあるもの」「生活・生産の手段」
に過ぎませんでした。
それを目の色を変えたブローカーたちが
大金を積み上げて買っていくので
人によっては、生活そのものが狂ってしまうのです。
当時の鹿嶋の土地は
こうしたブローカーの暗躍もあり
どんどんと地価が上昇していくのですが
大野原の一等地であれば、数年で１０倍、あるいは１００倍。
その他の土地でも
片っ端からブローカーが買い上げていったと言いますから
いまでは全く想像もできない話です。
この状況のなかで、反対運動も下火となり、潰され
開発は不可避のものである、というムードが決定的となります。
ブローカーとしては
例え、鹿嶋の住民に１０００万円という大金を渡して
土地を買ったとしても
県当局が買収に来る頃に、その土地は５０００万にも、１億にも
なっていたわけですから
そのうちの４割だけでも買収してくれれば
充分にもとは取れるのです。
そして、残りの６割を使って、また転売や、新しい商売を始められます。
住民のほうも
流れが掴めてくると、いろいろと考え始めます。
どの段階でブローカー、あるいは県に土地を売れば良いのか
タイミングを計ったり
親や兄弟、近所の間で、土地を巡った騒動が頻出するようになります。
こうした状況を「資本主義の楽園」として
ややアイロニカルに描いたのが
ベニー・デスワルトの記録映画「鹿島パラダイス」です。
しかし当然ながら、この状況は
本当はパラダイスでも何でもありませんでした。
一方では、未だに粘り強く工業開発に反対し
強制収容にあっても
強固に土地を守ろうとする人々がいたり
急ピッチで進む巨大工業地帯の開発は、炭坑等から流れてきた
大量の労働者たちを引き寄せ
茨城新聞が「鹿島番外地」と書くような
不穏な状況が出来上がったりと
重層的で、急激な社会環境の変化を巻き起こします。
この頃、鹿嶋は暴力団汚染地区の指定を受けています。
また、土地を売って大金を手にした人々は
一時こそ、その生活に酔っていたものの
そもそも生産手段たる土地を、金融資産として売却したことの痛みを
ジワジワと実感させられる羽目になります。
土地の売却と、生産手段の消失は
農民にとって表裏一体の物です。
ですが、６割の代替地をもらうと言うものの
営農は単純に言えば
土地が広ければ広いほど生産性が高くなり
いくら地価が高い土地であっても、６割に減っては
以前の生産性は保てません。
真面目に農業をやろうとしたところで、誰しもが
続けられたわけではないのです。
６０年代後半から７０年代にかけて
鹿嶋の人々は急速に「離農」していきます。
そうせざるを得なかったのです。
農民が土地を捨てて、地縁・血縁を捨てて
遊び狂ってしまった…
と言われることさえありますが
こうした急激な社会環境の変化があり、また営農継続さえも
ままならない状況だったことを考慮すると
彼らに対して批判を連ねるだけでは不十分なのです。
企業社会の誕生 †
１９６９年。
開発の要と言われた住友金属工業が、いよいよ操業します。
既にほとんどの家屋は取り壊され
まっさらな工業用地は出来上がっていましたが
ここに７０年代の前半頃まで、立て続けにコンビナート関連企業が
立地していきます。
コンビナートの立地にあたり
各地の炭坑から集まってきたような労働者に代わり
首都圏や関西圏から
多くの人々が「新住民」として鹿嶋に流入してきました。
彼らは住友金属工業の正社員であり
鹿嶋に「歴史を作る」と意気込んで、この地を踏みました。
（住友金属鹿嶋、労働組合資料より）
その一方で、土地を企業に明け渡し
代替地での生活を続けていたのは「旧住民」と言われる地元の人々。
彼らが主に顔を合わせるところは
学校、あるいは子どもを通じた行事ということになりますが
些細な生活習慣や、生活欲求の違いから
両者はしばしば対立したとも言われます。
冠婚葬祭についての考え方の違いもあったようで
その辺りは柳町光男監督（潮来出身）の
映画『さらば愛しき大地』に描かれていますし
鹿島町史には、時間にこだわらない、ルーズな
「鹿島時間」は新住民を苛立たせた、とあります。
こうした状況を察知していた鹿嶋行政サイドでは
「新旧住民の融和」として
サッカーを通じた交流会を頻繁に開いたり
鹿嶋の伝統芸能を新住民に体験してもらったり
また、ハコモノとしては
各地域ごとに立派なコミュニティセンターを建設してみたりと
大いに配慮した歴史が伺えます。
良きに悪しきにつけ、鹿嶋の街は
主には新住民の側の欲求に忠実に、発展していくことになります。
東京や大阪での暮らしが長い彼らにとって
「発展しつつある鹿嶋」は未だ不十分で
工場以外は何も無いところ、としか映らなかったようです。
病院が少ない、夜まで開いてるスーパーが無い、ボーリング場が無い
教育施設がぜんぜん充実していない…
このような欲求に答える形で
鹿嶋の街は徐々に発展していくのです。
（とりわけ清真学園が開校した経緯などは、まさにそれです）
もちろん、弊害が無いわけではありません。
スーパーマーケットの件で言えば
農業を辞めて、代替地で小さな商店を経営していた
「旧住民」が大きな影響を受けることになります。
自分たちのところの商品の売値と、隣に出来たスーパーの卸値が一緒。
などということが起こるものですから
これではやっていけません。
この頃から、鹿嶋の小売業店舗における床面積が一気に増大し
個店の数は横ばい、もしくは減少へと向かっていきます。
離農し、転業した旧住民たちは
都市構造の変化によっても、やはりその道を断たれるのです。
あるいは鹿島町史によれば
畜業を営んでいた家に対し
「臭い、気持ち悪い」といった苦情が寄せられ
結局のところ、商売を辞めざるを得なくなったという
エピソードがあります。
これも都市化の１つの弊害と言って、差し支えは無いでしょう。
都市化とともに。あるいは、都市化以上のスピードで進んだのは
鹿嶋の企業社会化です。
企業城下町と言ってしまっては、やや語弊があるかもしれませんが
住友金属を中心とした企業社会の文化が
町全体に影響を及ぼすようになります。
沼尾や高天原には
住友金属系の団地が立ち並び、その他にも各所に社宅が整備されます。
そこでは新住民、旧住民という枠を１つ超えた
企業城下町の団地群、社宅群、という独特のコミュニティが
形成されていきます。
彼らは毎朝、車に乗って
住金の四方のゲートから鉄の扉をくぐり
１日働いては
また同じ時間に、ゲートをくぐって家へ帰ります。
こうした企業城下町的な景観、行動様式、思想の流入は
牧歌的であった鹿嶋の農村社会を
決定的に変えていきます。
茨城大学の地域総合研究所の調査によれば
鹿嶋の町長選挙、町議会選挙においても
職場単位、団地単位での「暗黙の投票」が行われていたことが
明らかにされています。
加えて、企業社会の誕生は
新住民の側だけを動員して作られていたわけではありません。
旧住民の側も、確実にそこに取り込まれていきます。
鹿島開発においては、さまざまな前段があると言われていますが
その１つはわずかな農業と漁業でしか生計を立てられない
「貧乏な」鹿嶋の人々を
近代的な工場や、都市に出来た事務所などで雇用し
彼らの生活を改善するということが言われていました。
それは開発の方便でしか無く
二重にも三重にも失礼な話でしかないのですが
当の住友金属にしても、工場が出来れば
約束通りに、地元の人々を雇用するしかなかったのです。
ところが、相応に専門知識が必要な製鉄業であり
地元の高校を出た若者やあるいはついこの間まで
農民をやっていた「おとっつあん」たちは
首都圏や関西圏からやってきた「正社員」と
同じ条件で働かせるわけにはいきません。
地元の人たちは決まって、長時間の工場交代勤務を強いられたり
正社員では絶対にやりたがらないような
危険な仕事ばかりを任されたり
人によっては、誰でも絶対に勤まるような検査業務に
（とは言え、１つミスをすると大事故になる）
配属され、惰性と過度の緊張というアンバランスな労働を強いられます。
住友金属工業鹿島は、非常に労災事故が少ないとされていますが
実際のところ、７０年代から８０年代にかけて
腕や足を失ったり、死にいたった労働者のほとんどは
正規の社員ではなく、いまでいう契約社員であったり、期間工と言われる
人たちばかりでした。
つまりは地元の人たちであったり、外から出稼ぎにきたような
若者たちばかりです。
労働組合資料では、その死者の数を挙げながらも
正社員の死傷者のみを取り上げて「労災事故が少ない」としています。
鹿嶋コンビナートの労働については
中岡哲郎の『コンビナートの労働と社会』に詳しく描写されており
鹿嶋に訪れた企業社会や、労働者の暮らしについては
地元で保育園を運営する関沢紀氏の
『鉄を喰う男たち』や『鹿島からの報告』に詳細な記述があります。
ところが、では鹿島の人々は
単純にコンビナート企業に搾取されていたのか？と言えば
話はそうも簡単ではないようです。
先述の関沢紀氏によれば、地元の人たちが気持ち悪いほどに
企業社会に取り込まれていく、あるいは順応していく様子が
うっすらと描かれているからです。
怪我をした労働者たちは
「職場で怪我をした」と言うと会社に迷惑をかけるので
家で転んだと言ったり
腕を失った労働者が考えていたことは
やはり「会社に申し訳ない」であった、という趣旨のことが書かれています。
このあたりから非常に複雑な鹿島社会の変容を
読み取ることが出来ます。
もともとは、個々が農民、漁民、あるいは小さな個店の店主として
彼らは貧しいかもしれないけど
誰にも支配されず、地縁や血縁、そして自然にのみ
忠実に生きていました。
ところが、土地を失い、コンビナートが進出し、都市化が進んでくると
鹿島の人々は、誰かに支配されなければ
そこで生きられなくなってしまったのではないでしょうか。
それは言い換えると、かつての自営主が
コンビナート企業に「頭を下げて」就職させていただくことであり
怪我をしても「会社に申し訳ない」と考えてしまうことの悲劇です。
これはもはや、地域社会の変容というよりは
個々の生き方の問題になってきます。
コンビナート企業の進出は
鹿島の財政をいくらか潤わせ（これも次章で否定するのですが…）
一応のところ、市民の所得水準も向上させたと言われていますが
それと引き換えに
人々はもはや「個」としては生きられず
コンビナート関連企業に、否応無しに吸収されてしまったのではないかと
わたしは見ています。
これについては、まとめの部分でもう１度、触れましょう。
鹿島開発はなぜ、「世紀の開発ドラマ」とまで呼ばれたのか。
それはこの開発には夢があったからではないでしょうか。
鹿島における巨大開発は
農地の金融資産化であるとか、工業社会化など
しばしばそのマイナス面が話題に挙げられますし
わたしが書いている文章も、そんな雰囲気を醸し出すものです。
が、少なくとも「理念」の段階、「青写真」の段階では
やはりそこに夢があったのではないでしょうか。
陸の孤島と言われた鹿島に、日本最大の掘り込み港をつくり
工業地帯を整備し
その周辺に都市と、美しい田園地帯を配置する。
確かに、これ自体は
ほとんど夢のような話であり
そこに挑戦した政治家や官僚は、相応のプライドを持っていたのだろうと
さえ思えるものです。
しかし、現実にはどうだったのか。
鹿島開発の夢の部分、理念の部分から
徐々に都市や、田園地帯の理想は消えていき
結局のところ、工業開発のみが
「鹿島開発の遺産」となってしまったのではないか。
やはり、そう言わざるを得ないのです。
前述したように、鹿島開発では
工場進出地帯に土地を持っていた光や国末の人たちだけでなく
基本的には、町の土地所有者の全員が
「４割の土地」を提供し
それでもって工業地帯と、都市施設をつくることとされていました。
したがって、鹿島開発とは
単なる工業地帯の整備ではなく、鹿島という場所そのものを
いったんガラガラポンにして
もう１度、作り直すような計画なのです。
そこで重要なのは、都市計画です。
どのように市街地を整備し、公共施設を配置し
住民の代替地はどうするのか。
これらを１から考え直すような作業です。
１９６０年以前の鹿島を思えば
「都市計画」というものが
実体を持って行政に登場してきたのは
１９６０年以降ではないかと思われます。
計画ではまず、鹿島臨海工業都市開発マスタープランに従い
工業地帯がどこに整備されるかが決められ
そこへ向けての、産業道路の整備が最優先されました。
続いて、工場進出によって生まれる
移転者に対しての代替地、農業用地を整備し
それから市街地を区画整理などの手法によって
段階的に整備していき
住宅地の道路や下水道など、生活基盤を盤石にするものとされていました。
鹿島開発が行われる前
いかにいまの鹿島の都市基盤、生活基盤が脆弱であるかを
繰り返し詠い
それで開発に突き進んだわけですから
これらが整備されることは、いわば「開発の見返り」として
住民は当たり前のように信じていたのです。
ところが、以下に述べる３つの状況・理由により
行政サイドが描いた都市像は
ほとんど破綻して行きます。
いまの鹿島の都市景観を語る上でも、大いに関係がありそうです。
�‥效呂龍睛算饂魂�
（思想の崩壊）
開発による影響の最たるものに、土地の金融資産化があります。
もともとは生活手段、生産手段だった土地が
開発バブルにより、金融資産に化けてしまったのです。
都市計画像としては、無秩序な土地の利用を抑制し
均整の取れた、キレイな街を
イメージするところですが
土地バブル下にあっては、そうも言っていられません。
農地がどんどん貸屋や、遊興施設（パブや居酒屋含む）に成り代わり
そして事業が破綻しては荒れ地と化し
また、持ち主が変わっては転用されていく…。
市場の原理によって、土地利用が変容していく状況です。
１９６８年の新都市計画法では
市街地を「市街化区域」と「市街化調整区域」に分けて
線引きを行うものとされました。
調整区域では
現在の田畑や、現況の土地利用を維持し
無秩序な市街化を「意図的に阻止」しようという政策です。
鹿島町もこれに倣い
市街化調整区域の土地利用を抑制しようとするのですが
たまたまか、理由があってか
工業地帯に土地を提供した人たちの「代替地」というのは
ほとんどが決まって
この市街化調整区域にあったのが問題でした。
一方で、開発にほとんど土地を提供しなかったとされる
宮中あたりは
もちろん市街化区域に入っています。
調整区域に入れられてしまっては
土地を転用することも出来ず、地価も大幅に下がってしまう運命にあります。
それは「開発に協力した」と自認する
調整区域の住民にとっては、とうてい、承服できる話ではないのです。
これらの事情から、地元の政治家などを通じて
毎回のように「どこまでを調整区域として線引きするか」が
議会の話題として出され
（議会議事録より）
目指すべき都市像、あるべき市域とは異なった
線引きが行われてしまいました。
仕方の無いことかもしれませんが
みんなでいい場所をつくろうという
都市計画の理念よりも
金融資産としての土地を「いかに活かすか」が元農民たちの
率直な意見だったのかも知れません。
行政もそれを押し切ることが出来ませんでした。
これを都市計画の思想の崩壊、と見ます。
�▲灰鵐咼福璽箸呂△譴鼻⊃邑�が増えない仕組み
（前提の崩壊）
コンビナートと言うのは
資本集約型の装置産業であり
（要するにカネと装置さえあれば運用できる）
労働集約型ではないので
それほど、地元の雇用に貢献しなかったと
当時の論文などには書かれています。
しかし、住友金属やその他の企業の正社員が
こぞって鹿島工業地帯で働くことになったので
それなりの「新住民」がいたはずです。
鹿島開発は、明らかにその「新住民」を計算に入れた人口想定で動いており
また、�，能劼戮浸坡慌酋莪茲寮瀋蠅�
３０万人都市をつくる、という前提があってこそなのです。
ところが、結論から言うと
鹿島や神栖には思ったほどの「新住民」は来ませんでした。
理由は、鹿島や神栖の地価の高さにあります。
開発バブルに沸く
鹿島や神栖では、あまりにも土地の値段が高く
ホイホイと外から移住するには荷が重過ぎたのです。
また、いかに少しづつ都市化が進んでいるとは言え
もともとが何も無かった陸の孤島ですから
何かと生活に不便するという判断があったようです。
逆に、この頃に急激に人口を増やしたのは
工業用地の提供に
直接は関与していない潮来や小見川でした。
新住民たちは、比較的に都市化が進んでいた
潮来や小見川に住居を構え
コンビナートに通勤しては、仕事を終えて
鹿島や神栖にはお金を落とさずに、そのまま帰って行きます。
コンビナート誘致町村ではなく
その周辺に効果が及ぶ、というのは
当初とは異なった予想であり
こうした状況は茨城県当局も認めています。
これを都市計画の前提の崩壊、と見ます。
��鹿島や神栖は、本当に開発で儲かったのか
（手段の崩壊）
鹿島や神栖には
いまも多くの固定資産税と、法人市民税が入ります。
（市民税のほうは年によってかなり上下がある）
したがって、コンビナートがあるおかげで
金持ち自治体であると思われています。
実際に、地方交付税交付金をもらっていない時期もあったようですから
確かにお金はあったのかもしれません。
しかし、工業用地は
実は「茨城県」の所有になっており
企業が進出して、土地を売り渡したとしても
鹿島や神栖の町には、直接収入が入りません。
また、法人税などは国税と言うことで
これも直接、入っては来ません。
正確に算出することは難しいのですが
鹿島町の職員自身が、当時の資料でまとめていたように
開発によって潤った度合いは
実は地元よりも、茨城県、国のほうが大きいと言うことになります。
こうした事情は都市計画にも
大きく関係してきます。
土地を茨城県が持っていた関係で
企業を誘致し、土地を売り渡すという作業。
いわば「工業地帯の造成」は
ほとんどが茨城県職員の仕事ということになります。
では、鹿島町の職員の仕事は何か？
というと
代替地の準備や、都市基盤、生活基盤の整備など
主には「工業地帯の周りに都市を造ること」だったのです。
これは明確な役割分担です。
しかし、簡単に都市を造ると言いますが
多少の固定資産税が入ったと言え
あるいは多少、予想よりは人口増が少なかったとは言え
巨大開発でガラガラポンになった街を
再整備するのはとてもお金がかかることです。
そして、実は工業地帯を整備することよりも
大事で、難しい仕事はこっちだったのです。
当時の議会議事録などを読むと
鹿島町の職員が、本当に苦労しながら（毎回、議員に怒られながら）
都市基盤、生活基盤の整備に励んでいた様子が伺えます。
急激に進む工業都市化に追いつくべく
いまある財政規模のなかで
都市の基盤を整えていく。
これは到底、無理な話であり
立派なコンビナートの周りに、脆弱な都市基盤がかろうじて張り付く。
という状況は、必然と言えます。
これを都市計画の手段の崩壊、とみます。
開発収束宣言 †
鹿島開発に収束宣言が出されたのは
１９８４年です。
県の職員が土地買収を始めたのが１９６４年ですから
およそ２０年間の激動が終わったのです。
何を持って開発収束か？
というのは、本当に微妙な問題ですが
とりあえず工業地帯の造成には一定の目処がつき
それに対しての収束ということでしょう。
鹿島より後に計画された
むつ小川原や苫小牧での工業地帯建設は
事業そのものが破綻してしまい
住民から土地を買い上げたものの
さっぱり工業地帯造成は進みませんでした。
（むつ小川原にいたっては原発がやってくることになる）
それらを考えたとき
鹿島での開発は成功だった。という見方があるのは確かです。
ところが、都市計画の章でさんざん述べてきたように
もともとの鹿島開発の目的は
「工業地帯」を整備することによって
周辺に「都市」をつくり、「田園地帯」を貼り付ける。ことでした。
が、工業地帯しか出来ないうちに
収束宣言が出されたと言うのは
鹿島開発の本当の目的が何であったのか？
それを証明するような話ではないでしょうか。
やや時代は前後しますが
開発によって、大きな影響を受けたのは
大人たちばかりではありませんでした。
土地を売って大金を手にした農民が、とつぜん豪邸を建てたり
薬物中毒になってしまう様子は
柳町光男氏の「さらば愛しき大地」に詳しいのですが
子どもたちもまた、そういった社会の変容を
敏感に感じ取っていたのかもしれません。
当時、鹿島や神栖と言えば
「よくわからないけど特殊なところ」
「何があってもおかしくないところ」
「農民がカネに狂ったところ」
「ともかく危険なところ」
という誇張されたイメージがあり、それがそのまま
新聞記事にもなっていたようです。
（全国紙などは特に。鹿嶋市中央図書館の資料室が詳しい）
それによると、鹿島の小学校の前には
雨の日になると
たくさんのタクシーが列を作っていたとか
中学生が空き家でたむろして
クスリを使っているだとか
清真学園の生徒を、神宮に引っ張っていってリンチを加えたとか…
鹿島の中学に赴任する新任教師が
本気で怯えているとか。
あったのか無かったのか
よくわからないような記述が、報道や書籍などに出てきます。
最たるは神栖の中学校で
女子生徒３人が、手をつないで飛び降りをした…
などという事件もあったようです。
（媒体は未確認。調べます。）
もしかすると、工業地帯が作られたことで
開発は終わったのかもしれません。
しかし、都市や生活基盤の整備は
不十分なままに取り残され
人々の生活や、心も、大きく変わってしまったと
言わざるを得ないのではないでしょうか。
それは単純に１９６０年代から８０年代に入り
日本人の価値観やスタイルが変わったというだけの話ではなく
やはり巨大開発がもたらした
ある種の影響力、激動だと言ったほうがいいでしょう。
恐らく８０年代当時 †
開発は終わった…
もしくは、終わる…
という漠然とした雰囲気があったでしょう。
この２０年の激動は何だったのか？
あれだけの大変なことがあり、世紀の開発ドラマと言われ
夢を持ったり、失望したり…
その他、いろいろ、あったでしょう。
しかし、そうやって作り上げたものは
あのコンビナートだけであり
結局、鹿島の町並みは
それ以上に発展すること無く、取り残されてしまいました。
何かが違う、本当にこんなものを求めていたのか。
３０万人都市はどうしたんだろう。
都市の賑わいはどうしたんだろう。
若者たちは、子どもたちは、どうして輝かないんだろう。
こんな無機質な場所を求めていたのか。
これでは、本当にタダの
臨海工業地帯ではないか！
失礼な予測ではありますが
後に鹿島アントラーズが登場してくる経緯と併せて考えると
恐らくこのような
「漠然とした不安、不満」が
開発収束後の鹿島を覆っていたことは、そうズレた予測ではないと
思うのです。
なぜ彼らは0.0001%に賭けたのか †
このあたりになってくると、わたしなどよりも
現地の方々が圧倒的に詳しいと思うのですが
鹿島をＪリーグに加盟させるか否か。
当時の川淵氏は鹿島の立候補を受けて
「99.9999%ありえない」
と言い
それに対して、鹿島側の担当者は
「じゃあ、0.0001%あるんですね」
と切り返したそうです。
そこからスタジアム用地を買収し、巨大なスタジアムをつくり
しかもジーコらかつてのスターを呼び寄せ
優勝までしてしまう…。
確かにその過程は奇跡のようなものであり
地域密着というJの理念にも
鹿島が最も合致している気がするのです。
（これは『サッカーの社会学』に掲載がある）
アントラーズは「当たり」でした。
さまざまに地域活性化の手法が言われていますが
ここまであからさまに「当たり」と言えるものを
わたしは他に知りません。
しかも、宝くじのような一時的な当たりではなく
永久に湧き出る、キレイな湧き水を見つけたような
そういう「当たり」です。
これに鹿島の多くの人たちは熱狂し
スタジアムでは「カシマ」、「カシマ」とわが町の名前を
連呼するようになったのです。
住友金属としても
これが社員の福利厚生だとすれば、申し分がありません。
もともと
「若い社員が鹿島に赴任してもすぐに辞めてしまう」
「鹿島には工場以外に遊ぶところが何も無い」
と言っていた住金ですが
（参照動画より）
アントラーズの「当たり」はこれらを一気に解決し得るものでした。
また、地元の若者たちも
自らアントラーズの応援団となり
自発的にクラブや応援を盛り上げました。
どこか暗い、工業地帯としてのイメージしかなかった鹿島は
いまや「サッカーの街」として知られ
工業都市として知っている人は、むしろ少数となったのかもしれません。
しかし、１９８０年代まで
延々と述べてきた鹿島開発の経緯や、鹿島が抱えていた困難な問題を
思い起こしてみると
別な疑問もまた、浮かぶのです。
彼らはなぜ、0.001%に賭ける必要があったのか？
彼らは何を、0.001%に託したのか？
と疑問を置き換えることが出来ます。
これはあまりにも意地悪な見方でしょうか。
この場合の「彼ら」とは
鹿島行政のことでもありますし、茨城県のことでもありますし
住友金属のことでもあると言えます。
「彼ら」が0.0001%にこだわり
意地でもアントラーズを成功させたかったのはなぜか？
鹿島開発の矛盾や、開発後の不安、不満を
全く別の手段で持って
相殺してしまうためだったのではないか…と。
そうまで言っては、あまりにも意地悪でしょうか。
わたしなりに考える鹿島開発の矛盾とは
都市計画の崩壊によるものです。
工業地帯を整備し、その周辺に都市を整備する。
それが上に述べたような
さまざまな原因から、崩れて行き
鹿島の都市は、いまでも、開発中なのか、開発が終わったのか
何だかよく分からないまま
取り残されている場所が数多くあります。
段階的に進めてきた神宮駅周辺
鉢形の周辺、平井中学周辺、平井南部などの区画整理は
本当に充分な計画を持ったもので
計画通りの整備が行われたのでしょうか。
（平井東部はまた別の問題であり、別項で書きます）
もちろん、それらに関連する
生活道路、生活基盤整備も、決して万全とは言えません。
この間の選挙でもそうですが
未だに鹿島の政治家は
「鹿島は遅れている」
「このままでは取り残される」
などと言いながら、立候補をして、演説やチラシ配りをしています。
ところが、それは５０年前も同じだったのではないかと
わたしは思わずにいられませんでした。
５０年前、鹿島を貧困から解放するということで
全国に例のない巨大開発が行われました。
住民たちは自らの土地を手放し、全く新しい生活も始まり
大転換を迫られました。
工場の公害もありましたが
開発の理念は、工業地帯を整備して、その周辺に都市と田園をつくる
ということでした。
そうすれば「鹿島はよくなる」「大きな都市になる」はずでした。
それが、なぜいまになって
３０万都市どころか
「このままでは取り残される」とまで言われる窮状であり
無秩序で、まばらな都市基盤しか
ここには残っていない。
開発以後の鹿島の歴史を通読したとき
その点に対する疑問が、とうぜん沸いてくるのです。
鹿島開発の総括は何もなされていなくて
いまもまだ、矛盾は矛盾として
そのまま取り残されているのではないか。
という疑問です。
しかし、始めから
全く矛盾や疑問が、総括されなかったわけではないのです。
少なくとも８０年代、９０年代の初頭までは
そういったことが
議会（議事録）や、市民会議（議事録）に掲載されていました。
開発が終わったこの場所を
いかに再構築するか。いかに生きるか。
という問題は、アントラーズの成功と反比例するようにして
だんだんと萎んでいったのです。
そうしているうちに
最近では「鹿島開発は成功であった」という声が
どうも定説となってきた気配を感じます。
７０年代、８０年代に
そんなことを言っていた大学論文やルポは
むしろ少数でした。
そしていま、７０年代、８０年代に抱えていた
開発の矛盾は
ほとんど解決されていません。
ところがなぜか「開発は成功だった」と言います。
なぜ、そうなったのか。
それはアントラーズの誕生と成功が
「鹿島開発のフィナーレ」として
利用されてしまったからではないでしょうか。
さまざまな矛盾を放置したままに
全く別の手段で事態の収束、目先を変えにかかる…。
そしてアントラーズをもってして
「開発そのものが成功であった」と言い切ってしまうのです。
アントラーズに対して
それほど思い入れが強くないわたしだからこそ
このような穿った見方になってしまうのかもしれませんが
何もアントラーズを否定しているわけではないのです。
0.0001%に賭けるという不自然さが
どうしても気になったのです。
それを感じたとき、鹿島に調査に入ることを
決めました。
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