果ての世界


果ての世界
ぐっち君 作

この世界は平和だ。
天を見上げながら、僕は思った。
この“天”の、ずっと上では戦いが続いている。
どこに行っても争いは絶えない。
誰も争いなど望むはずが無いのに……。

この世界は最下層の世界だ。
文化も、文明も何一つ上の世界に勝ってはいない。
平和と言う点でのみ誇れる、そんな場所。
これ以上“地”に落ちることも無ければ、
“天”を越える方法も無い。
ただ、僕の頭上には空が広がり、背の高い草の生い茂った草原が続いている。
緑と青。
この場所に、それ以外の色はほとんど無い。
綺麗な場所だ、僕は思った。
この墓を除いたらの話だが。

この草原のいたるところに、墓がある。
上の世界から落ちてきた者の墓だ。
それを見るたびに僕は吐き気がする。

「終わったか?」
何処からともなくおじさんが現れた。
いつも、フラッと現れたかと思うと、また消えていく。
おじさんだけではない。
この最下層の世界の誰もがそうだ。
全員が何かを探していたのだ。
自分に足りない何かを探していた。
もっとも、この最下層の世界で出来ることは限られているのだが……
それでも足りないものを探して、人は探し続けていた。

“天”から落ちてきた兵士の墓にする穴は既に作り終えていた。
「うん。もう出来てる」
僕はスコップを土の山にさした。
おじさんは微笑んで
「それじゃあ、休憩にしよう」とだけ言った。
「うん。じゃあ、この人を埋めてからにするよ。
あんまり地面の上においておくのも可哀想だし……」
僕は、“天”から落ちてきた人を見つめながら言った。
おじさんは分かったと呟き、草原の中に消えていった。

おじさんは嫌だと思わないのだろうか。
この世界について。
何もかも未熟で、墓だけのこの世界を。


――天を越える方法はない。
いわば、隔離された世界。
地上の牢獄。


僕は、息絶えた金髪の兵士を一瞥した。
その時、彼の汚れた手に何かが握られているのを見た。
天を再び見上げた。
落ちたときに叩きつけられたはずなのに、兵士はそれを落とさずに硬く握っている。
僕はゆっくりと、それを男の手から引き離した。


――天を越える方法はない。
それは、あくまでもこの世界の文明力では、と言う話だ。


取り出してみるとそれはスイッチだった。
全く壊れていない。
それどころか、汚れてすらいない。
兵士の手で血だらけになってもおかしくないのに……。
どうして、この兵士はスイッチを、大事なものかのように握っていたのだろう?
そもそも、このスイッチは一体……?

おかしなところばかりのスイッチ。

このことを考えれば考えるほど新たな疑問が思い浮かんでくる。
この男は“天”から落ちてきた。
何かの方法で。
どうやって?


まさか、このスイッチが世界を行き来する“鍵”なのだろうか。
考えるうちにドキドキが強まってきた。
突然、おとぎ話に迷いこんだみたいだ。
僕は深呼吸をした。
とにかく落ち着こう。
冷静に考えてみるんだ。
これを押すのはそれからでも遅くは無い。
僕は再び周りを見回した。


――天を越える方法はない。
だが、上の世界の文明力なら。
この男の持ち物を使ってなら。
それはきっと可能なことなのだろう。


墓しか増えないこの世界から抜け出せるのか?
このスイッチを押すことで何かが変わるのか?
とにかく、押してみないことには何も分かりはしないだろう……。
冷静に考えたところで、僕の考えは変わりはしなかった。
果たして、これが冷静とは言えるのかは別として。
僕は、辺りを見回した。
誰もこのスイッチの存在に気が付いていないだろうな。
いや、なにも隠すことなどない。
けれど……。

手が震える。
何が起こるかわからない不安と期待。
汗が手を湿らせている。
片手はぐっと握り、片手の上にはスイッチが乗っている。
この墓ばかりの世界。
見捨てられた世界。
そうだ。
僕はこの世界から抜け出すのだ。
もっと、上の世界に。

このスイッチは天を越えるものだ。
僕はいつの間にかそう信じきっていた。



震える手をグッと握りなおした。
原色の青空。鮮やかな緑。そして、墓。
しっかりと目に焼き付けて、目をつぶる。

僕は、そうっと、しかし力強くスイッチを押した。


あとがき
とりあえず、『記憶』の世界観を基にしました。
最下層の世界の物語のいっぺんで。
ぶっちゃけ、『記憶』とつながる要素が少ないですが……それは、ほかの人に(滝汗)

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2006年3月11日公開
(基本作品決定以前に投稿された作品)
©2006 月見里