JOLT氏『ゾイド∞2on2 第3話 蒼き瞳の戦乙女』


 女性は、タイプこそ違えども、二人とも美女と言って差し障りのない容姿を していた。  金髪をポニーにまとめた女性は、背が高くスタイルもグラマラス。  小柄でスレンダーなのは、艶やかな黒髪をなびかせた女性。  共通しているのは、蒼い瞳。  一瞬見とれた男二人に、黒髪の女性が声をかけてきた。 「アノ、アナタたちが、ワタシたちの相手だったですカ?シロゥさんとクロゥ さんですカ?」  イントネーションのずれた発音だが、容姿にふさわしい美声が紡がれた。  シロウはドギマギしつつも、なんとか声を絞り出す。 「う、うん。オレがシロウだけど……。君がルカさん?」  黒髪の女性は、え?と言いたげな、キョトンとした顔をする。  その時、隠れるようにしていた金髪の女性が、顔だけをおずおずと出した。 「あ、あの……。わ、私がルカです……。い、妹が、ルーシアです……」  消えそうなか細い声ではあるが、こちらも容姿にふさわしい声である。  しかも、正確なイントネーションの日本語。 「へ?」  今度は、シロウがきょとんとした表情をしてしまった。 「ほう、君らは姉妹なのか。道理でコンビネーションが素晴らしいわけだ」  感心したようなクロウの呟きに、ルカは真っ赤になってルーシアの背中に隠 れてしまう。 「モウ、ルカ姉さん!……ホントに内気なのですカら!」  ルーシアは首だけ振り返りながら、ルカに怒ったような呆れたような表情を 見せる。 「だ、だって……、初対面の男の人と……、め、目の前で話すなんて……」  ますます縮こまってルーシアの背中に隠れるルカ。 「そんなのですカら、彼氏の一人も出来ないですヨ」 「……それ、……ルーシアちゃんも人の事言えないと思うのだけど……」

「あ、あう……。大きなオ世話なのですヨ!」  夕陽が差し込むゲーセンで、姉妹のやりとりは続く。  『天然会話系漫才』、関西人の90%は無意識に習得しているスキルである。  シロウとクロウは女性二人の、容姿からくるイメージと性格のギャップに呆 然となるばかり。  そのうち、視線に気がついたのか、ルーシアが頬を少し赤らめながら二人に 向き直り、コホンと軽い咳払いの後、口を開いた。 「失礼しましたです。ワタシ、ルーシアと言いますのです。こちらガ、一応姉 のルカ姉さんなのです」 「一応って、ひどい言い方だと思う……」  ルカが、か細い声で突っ込むが、ルーシアは無視して話を進めるようだ。 「ちなみに、ハンドルじゃないですヨ。ホントの名前なのです」 「へえ。じゃあ、ハーフなんだ、君たちは」 「そです。オ父さんがカナダの人なのです」  ルーシアが、我が意を得たりと、にっこりと笑う。 「しかし、見事な腕前だった。まさか、女性とは思わなかったな」  しかし、クロウの言葉にルーシアの表情が豹変した。 「オンナのコはゲーム弱いって思ってるですカ!?」 「い、いや……」 「いつも、そうなのですヨ!オトコの人っテ!」  かなり本気で怒っているルーシアに、クロウはタジタジになってしまう。 「ごめんね。クロウは悪気があったわけじゃないんだ」  ルーシアの剣幕にも動揺する気配もなく、のほほんとシロウが口を挟む。 「ただ、表現の仕方が悪かっただけなんだよ」 「おい、フォローになってないぞ」  クロウが苦笑いするが、シロウはのほほんと無視を決め込んで続けた。 「オレは、正直、君たちが強さに相応しい美しさで嬉しいな」  その言葉に、ルーシアの頬がほんのり、ルカの顔は真っ赤に染まる。

「オ世辞で誤魔化すつもりなのですカ?」 「……*#$%&……」 「そんな事ないよ。ねえ、クロウ?」 「ああ、こいつはお世辞など言わない。常にストレートなヤツだ」 「で、ストレートじゃないクロウだと「『蒼き瞳の戦乙女』とでも表現するの だろうね」 「勝手に推測するんじゃない」 「違うのかい?」 「……当たらずとも、遠からずだ」  クロウは悔しそうな表情を見せる。  よっぽど、シロウに思考を読まれたのが屈辱だったのだろう。 「アオキヒトミっテ、Blue Eyesですよネ?……イクサオトメ?」 「……ルーシアちゃん、Valkyrieって意味……」 「Valkyrie of Blue Eyes!」  ルーシアが満面の笑みを浮かべる。 「とっても、Coolなのです!クロゥさん、ありがとですヨ!」  ルーシアは飛び跳ねながら、クロウの手を握って上下に振り回す。 「……ルーシアちゃん、まさかと思うけど……」 「ワタシたちのチームネーム、決定なのですヨ!」  嬉しそうに飛び続けるルーシアを見て、がっくりと肩を落とすルカ。 「は、恥ずかしいよぉ、そんな名前……」  しかし、ルーシアはルカの気絶しそうな囁きなど耳に届いていなかった。 「ところで、クロウ?」 「ん?どうした?」  ようやくルーシアから開放されたクロウが、まだ飛び回っている様子を呆れ たように見ながら生返事を返す。 「どうせ、裏の意味もあるんだよね?アンタのことだし」 「だから、人の思考を読むなっての」

「分かるんだからしょうがないよ。で、どんな皮肉?」  ぐ、と詰まるクロウだったが、声を潜めて口を開く。 「……死をもたらす、容赦のない戦士。それが戦乙女の正体」 「なるほどね、確かにあの二人にピッタリだと思うよ」  二人の戦乙女に聞かれたらただでは済まない、そんなネーミングであった。

 ようやく落ち着いたルーシアが、シロウに向き直る。 「あ、そいえば対戦初めてってホントですカ?」 「うん。なんなら、データ見せようか?」  言うが早いか、シロウはカードをベンダーに通した。  手馴れた動作で、戦績を表示させる。 「0勝0敗1分……、ホントに初めてだったのですネ」 「うん。まあ、CPUは結構やってたけどね」 「でも、それダケでは間合いは掴めないと思うのですけド?」  そこに、クロウが口を挟む。 「俺たちは、対戦をよく見学していたからな。見取り稽古ってやつだ」 「なるほどです。それなら、納得なのですヨ」  うんうんと頷くルーシアに、ルカがボソっと呟く。 「……ルーシアちゃん、見取り稽古の意味分かってるの?」 「え、エーと……。じ、実はヨク分かってないのです」  恥ずかしそうに呟くルーシアに、シロウとクロウは思わず吹き出してしまう。 「も、モウ!そんなに笑わないで下さいですヨ!」 「ごめんごめん。自信たっぷりに納得されてたからさ」 「悪い悪い。ひさしぶりにツボに入ってしまった」  謝りながらも、まったく笑いを止めようとしない二人。  真っ赤な頬を膨らませるルーシア。  その表情は、年齢よりも幼い、少女の様な可愛らしさ。  ほんの少し、シロウは心拍数が上がったような気がした。

「……ところで、お、お二人のチーム名は?……」  相変わらずルーシアの後ろだが、ルカが聞き取れる声で問いかけてくる。 「ああ、わかりやすい名前だよ。ほら」  ベンダーの画面には『The Rebersi』と表示されている。 「……リバーシ。オ、オセロですよね?」 「それは、日本だけの呼び名だ。パルボックスの登録商標だな」  クロウが横から口を挟む。 「……パルボックス?」 「元はツクダオリジナル。バンダイ傘下に入ってワクイと統合して社名変更」 「……あ、ルービックキューブとかブタミントン作ったところ……ですか?」 「ああ、そうだが。君らの世代で、よくそんな物知っているもんだな」  感心したようなクロウの台詞に、ルカは顔を上げて微笑む。 「……母が、好きですから。まだ自宅にあるはずですよ」 「ほう。まあ、まだ生産はしているようだけどな」 「本当ですか。それなら、買い換えるとか言い出しそうですね」 「そんなにマニアなのか、君らの母親は……」 「それが縁で、父と出会ったそうですから」  微笑ましいといった感じの笑顔を浮かべるルカに、クロウも微笑む。  そこへ、ニヤニヤとした笑いを浮かべたルーシアが割り込んだ。 「ルカ姉さん、チャンと話できてるですネ、初対面の男性なのニ」  確かに、ルカは知らず知らずのうちにルーシアの背中から出ていた。  さらに、クロウを見上げるように、顔を合わせて会話している。  これは、本人にとって衝撃的な事だと言えた。 「!……あ、あ……」  自然なルカは、忌まわしき封印のように消滅してしまう。  また、ルーシアの背中に隠れて真っ赤な顔でうつむくのみ。 「あらら、意識させちゃったみたいですネ」  ルーシアは、呆れたようにルカを見下ろす。

「それなら、余計な事言わなきゃいいのに」 「あ、あう……」  冷静なシロウの突っ込みに、ぐうの音も出なくなるルーシア。  そんな中、誤魔化すように、何かを流すようにクロウが口を開いた。 「ああ、ルカさん。ちなみに俺たちも、パイロットネームは本名だからな」 「……そ、そう、そうなんです、か……」  クロウは、懐から取り出したParmにタッチペンで『九郎』『司朗』と 書き込み、女性二人に画面を見せた。 「俺は、父親が源義経のファンでな。長男なのに九郎とつけられた」 「オレは、朗らかを司るって意味らしいよ。爺ちゃんが命名したらしいけど」 「ワタシはカッコいいと思うのですヨ、二人の名前。響きがイイのです」  ルーシアが、本心からと証明するように満面の笑みを浮かべる。 「わ、私も……」  ルカも、消えそうな声で同意する。 「……あ、あの、ち、ちょっと、それお借りしてもいいですか?」  ルカが、ルーシアの後ろから、おずおずと手を差し出す。 「ん?ああ、かまわんよ」  クロウは1歩踏み出し、ルカにParmを差し出した。  Parmを受け取るとき、ほんの少し二人の手が触れる。  その瞬間、静電気が起こったようにルカの手が離れ、Parmが落下した。 「あ!」  ルーシアが飛びつくようにParmを握り直すが、体勢が前のめりになる。 「おっとっと!」  シロウが、咄嗟にルーシアの肩をつかんで引き寄せた。 「大丈夫かい?」 「ハ、ハイ。アリガトです」  驚きの表情を見せたルーシアだが、シロウの落ち着いた声で笑顔に変わる。  その表情を見て、シロウも安堵の笑みを見せた。

「ほほう、シロウ君もなかなかやるではないかね」  意地の悪い笑みを浮かべたクロウが二人を見やる。 「へえ、珍しいね。クロウが人を誉めるなんてさ」 「いやいや、なかなかできるものではない」  一泊置いて、クロウはさらに意地の悪い笑みを強めた。 「大衆の中で抱き合うなどという、大胆な行動はな」  確かに、シロウはルーシアを胸に抱き寄せた格好になっていた。 「あ、あうあう!」  慌てて、シロウの胸から離れるルーシア。 「あのねえ、純粋な救助活動をそういう言いかたで茶化すのはどうなの?」  心底呆れた表情を見せるシロウだが、頬は少し赤い。 「ね、姉さん。ハイ、これ」 「ごめんね、ルーシアちゃん……私のせいで……」  差し出されたParmを受け取ったルカが、すまなさそうに俯く。 「……その言い方は、シロゥさんが下心あったみたいニ聞こえるですヨ」  ルカの天然発言に、ルーシアの表情が和らぐ。 「それに、悪いのはヘンな事言ったクロゥさんなのですかラ」 「そうそう、その通り」  ルーシアとシロウの言葉にルカがクスッと笑い、クロウが苦い表情を見せる。 「まったく、息の合ったことで」 「さっき、抱き合った仲だからね」  クロウの苦し紛れの言葉にも、シロウは余裕の表情で切り返す。 「モウ!シロウさんもヘンな事言わないでクダサイですヨ!」 「はは、ごめんごめん。それよりルカさん、Parmで何するの?」  その言葉に、ルカは操作していたParmを差し出す。  その画面には『流香』と表示されていた。 「……これが、私の名前です……」  画面を覗きこんだ二人は、納得の表情を見せる。

「ほう、流れる香りか。いい名前だな」 「うん。ルカさんに相応しい名前だと思うよ」 「……あ、ありがとう、ございます……」  ルカは、真っ赤になりながらも嬉しそうな笑顔を見せる。 「いいですよネ、ルカ姉さんハ」  ルーシアは拗ねたような呟きをもらす。 「ん、どういうこと?」  シロウの疑問に答えるように、ルカがParmを操作し、二人に見せる。  『流香』と共に表示されたのは『瑠詩亜』。 「これが、ルーシアさんの名前なのか?」  クロウの問い、というか確認に、ルカはこくんとうなずく。 「暴走族みたいナ名前で、ヘンな名前でしょウ?」  沈んだルーシアの声に、シロウが優しく答える。 「いい名前だと思うよ、オレは」 「エ?」 「亜、つまり普通とはちょっと違う、瑠璃色の詩。神秘的じゃないかな?」 「す、すごいですヨ」 「どう言うこと?」 「……姉さんの、名前の意味を言い当てた人、は、初めて……」  姉妹は、心底驚いた表情を見せる。 「こいつは、趣味で小説書いて、HPに載せたりしているからな。表現力が 豊かなのさ」 「クロウの嫌がらせ発言のボキャブラリーには負けるけどね」 「お前も、大概だと思うぞ」  二人のやり取りに、姉妹は笑顔を見せる。 「シロゥさん、小説書いてるですカ?」 「うん。まあ、趣味だけの代物だけどね」 「読んでみたいのです。URL教えて欲しいですヨ」

「うん、いいよ」 「ちょっと待ってくださいですヨ」  ルーシアが差し出した可愛らしいメモ帳に、シロウは携帯から呼び出したU RLを書き留める。 「あ、ケイタイに送ってもらえば良かったですネ」 「初対面の男性にメルアド教えるのは、良くないと思うよ」 「シロゥさんなら、いいですヨ」  屈託のない笑顔であっさりと言われ、シロウの心拍数が少し上がる。  何か言いたげなクロウを視線で押さえ、シロウは口を開く。 「まあ、HPにオレたちのPCのメルアドなら載ってるから」 「じゃ、読んだら感想送るですヨ」  発言を押さえられたクロウが、ここぞとばかりに口を挟む。 「さて、読者も増えたのだから、続き早く書け。常連がうるさいのでな」 「わーってるよ、管理人様」 「え、クロウさんのHPなのですカ?」 「ああ。元々は、俺がオンラインゲームの身内専用掲示板を置いただけだっ たんだがね。コンテンツが無いのは問題なので、俺が依頼した」 「あれは、強引に強制した、と言わないのかなあ」 「気にするな。今では、そのゲームもしていないから、お前の小説しかネタが ない。よって、アクセス数はお前にかかっている。だから書け」 「……ど、どういう内容、なのですか?」 「そのゲームの体験談を脚色した、日記風の小説だよ。そうだなあ、ドタバタ ファンタジーと言えばいいのかな?」 「ゾイドの小説は、書かないのですカ?」 「うーん、まあ、書いてもいいけどね。とりあえずは、今のをケリつけないと」 「それは、いい事を聞いた。次は、ゾイドの小説を書け」 「あー、うかつな発言しちゃったかな」 「あはは、期待してますですヨ」

「……姉さん、そろそろ……」  ルカの言葉に、時計を見たルーシアが表情を曇らせる。 「あ、モウこんな時間なのですネ。ごめんなさいです、帰らないト」 「そっか。また、対戦しようね」 「ハイ!それでは、またなのですヨ」 「……それでは、失礼します……」  姉妹は、駐車場へと急ぎ足で去っていった。 「いいコたちだね」 「なんだ、ホレたか?」 「……また、そう言うことを言う」  内心、ルーシアに好感を感じてはいたシロウは、多少だが動揺する。  だが、クロウの発言は、深く考えてのものではなかったようだ。 「気にするな。それより、まだやっていくか?」  クロウは、さらりと話題を流し、対戦台を見やる。  対戦台はさらに賑わいを見せているようだ。 「ああ、そうだね。オレたち強いみたいだし」 「何をいまさら。そうでなければ、組んでないだろうが」 「強いだけで組んでいるのかい?」 「……言わずとも分かることを、わざわざ聞くな」  どこか照れたようなクロウに、シロウは晴れやかな笑顔を向ける。 「そうだね。じゃ、戦場へと戻りますか!」  二人は並んで、ちょうど空いたシートへと向かう。

 その日、『The Rebersi』は30連勝を上げた。  最後は、乱入者がいなくなりCPUクリアーで幕を閉じる。  わずか一日で、その名前は確実に戦士たちに刻まれた。  しかし、これすらも序章に過ぎない。  物語の次なる幕は1週間後の夜。  獲物を狙う狼が、獅子を待ちうけていた……。