犯罪被害者基本法


刑法改正

犯罪被害者等基本法成立へ 歩み出した『理念法』

 犯罪被害者やその遺族の権利保護を目的とする「犯罪被害者等基本法案」が近く成立する見通しとなった。被害者らは大きな一歩と評価しつつも、今回は「理念法にすぎない」として、今後の具体的な施策に注目している。求められる取り組みとは何か。被害者の声を聞いた。 (社会部・市川隆太)

 基本法案では、「前文」に「被害者等は権利が尊重されてきたと言い難いばかりか、十分な支援を受けられず、社会で孤立することを余儀なくされてきた。直接的被害にとどまらず、副次的な被害に苦しめられてきた」などと明記し、被害者の権利を置き去りにしたことの反省に触れたほか、国・地方自治体・国民それぞれの「責務」にも言及。内閣官房長官を会長とする「犯罪被害者等施策推進会議」を設けて「犯罪被害者等基本計画」を作り、各省庁の実施状況などを監視するとした。

 「十分な支援を受けられず」とのくだりに、「全国犯罪被害者の会」(代表幹事・岡村勲弁護士)幹事の内村和代さん(65)は、深くうなずく。

 一九九七年二月、千葉県内の自宅で夫が何者かに刺され死亡。犯人はいまだ不明だ。当時の捜査員から、つっけんどんな態度も取られるなどし、二重に傷ついたという。

 「犯人が戻ってくるのでは」との恐怖から転居したが、元の自宅は相場の半額程度でしか売れなかった。「事件現場の不動産価格は、よくても相場の六割」という不動産業界の“常識”を聞かされ「他の被害者には経済的負担を負わせたくない。国が補償するように変えたい」と願う。

 「犯罪被害者等給付金制度」も重傷病の被害者への給付期間が三カ月しかないなど不十分といえる。同会幹事の林良平さん(51)は「四カ月目から自費でリハビリする被害者も多く抜本的改善が必要」と話す。

 被害者感情が無視されているとの批判も強い。十八歳だった二男が集団暴行され死亡したという女性は「遺族が直接、刑事裁判に参加できるようにしたい」と訴える。

 ドイツには殺人、誘拐、性犯罪の被害者らが被告人質問や証人尋問できる「公訴参加」制度があるが、法律家からは「刑事手続きを国家刑罰権の行使と位置づけている日本にはなじまない」との指摘も。この女性は「法廷で、息子は殺されても仕方ない人間のように言った被告側弁護士に、『それは違う』と言いたかった」と打ち明けるのだが…。

 「弟を殺した彼と、僕。」(ポプラ社)の著者原田正治さん(57)も「加害者と対話する権利」の確立を願う。

 八三年に、弟が保険金目当ての知人の男に殺害され、男は死刑判決が確定。「罵声(ばせい)を浴びせようと思ったのに、面会を重ねるうち、謝罪されて気持ちが落ち着いてゆく自分に気づいた」。原田さんは法相に「執行を待って」と要望し続けたが、二〇〇一年、死刑は執行された。

 「癒やしてくれる相手を奪われた思い。納得できるまで彼と話したかった。国は『これで、この事件は終わり』と言うのでしょうが、僕にとっては終わっていない。被害者は、とことん無視されていると感じる」と話す。

 事件を忘れたい人。加害者に償い続けさせたい人。「被害者感情」をひとくくりには語れない。政府には「推進会議」委員に被害者、遺族を加えるなど、謙虚に耳を傾ける姿勢が求められている。そして、私たちにも。

■犯罪被害者等基本法案の概要

 《基本理念》すべての犯罪被害者等は個人の尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される▽必要な支援等をとぎれることなく受けることができるよう施策を講ずる。

 《基本的施策》相談・情報提供▽経済的支援(損害賠償請求の援助、給付金支給に関する制度の充実)▽身体的・精神的支援▽生活支援(居住・雇用の安定)▽刑事手続き参加の拡充▽その他(捜査、公判過程での配慮等)