編集前ログです。
124 名前:音速の風 プロローグ1:2004/10/15 00:55 ID:mEtnUQv2 三日月が放つ光が差し込む、あるビルの一室に、彼はいた。 「…この計画も、ようやく大詰めですか。長かったような、短かったような…。」 この日、Drは自らが勤める会社の自室で残業していた。その仕事に一区切りがつき、仮眠を取ろうとしていた。 「あとは、彼等からの連絡を待つばかりです。…それまで、一眠りしますか…。」 Drは大きなあくびをひとつして備え付けのベットの中に入った。暖かい毛布に包まれると、視界が だんだんぼやけていく。もう少しで視界の全てが黒く染まろうという所で、けたましい音楽が鳴り 響いた。聞き覚えのある、Dr本人が設定した携帯の着信音だ。電話をかけてきた人物の名は、 「…クレオさんですか。もう少し早く連絡してくれれば気分がよかったものを、まったく…。」 Drは重々しくベッドから抜け、自分のデスクの上にある携帯電話に手を伸ばした。 「…はい、もしもし。…どうしました?」 「あ、Drもしかして寝てた?ごめんな〜。指定されたゲーセンまで来たんだけど、ここは結構レベル 高めだな。中々の腕前の奴が数人いた。まぁ該当者はまだ見つかってないけど…。」
125 名前:音速の風 プロローグ2:2004/10/15 00:55 ID:mEtnUQv2 「そういうことは、調査が全て終わってから連絡してください。見つかっているならいざ知らず、まだ 見つけていないのでしょう?最初の見たままの感想など、私達は求めていないのですから…。」 「あぁ、ごめんごめん。でもね、見つかってはいないけど候補はいたよ。この辺じゃ結構凄腕らしくて、 それなりに有名みたいだ。今は他の奴と対戦してるから何も出来ないけど、これから試験してみるよ。 …で、そいつがまたさ〜。」 電話の向こうで緩んだ声が聞こえた。睡眠を妨害されたDrは少々苛ついた。 「気持ち悪いですね…。その候補者がどうしたんです?まさか、見るに耐えない体脂肪の持ち主 とかですか?生憎、その人専用のシートを作るほどこちらは潤ってませんよ?」 「違う違う、その逆だよ。なんと、女の子!しかも結構可愛い子でさぁ〜。背は小さめでセミロングで しかも強い!ただもうちょっと胸があれば良かったんだけど。…いや、逆にないほうが…。」 「……切ってイイデスカ?」 「あーあーあー!待った待った!ごめんなさいっ!!…まぁ、冗談はさておき、腕の方は見た限り本物だよ。 俺の調査対象の中じゃ一番かもな。期待して損はないよ。」 「ほう…。」 あのクレオにそこまで言わせる人材はそうはいない。今までの彼の調査には、中々どうして当たりが なかった。その理由の一つに、クレオの中の基準が高かったことが上げられる。そのクレオが、期待 してもいいと言ったのだ。Drの機嫌が徐々に直っていく。
126 名前:音速の風 プロローグ3:2004/10/15 00:56 ID:mEtnUQv2 「なるほど、良いでしょう。では、こちらからその彼女の試験データを記録しましょう。登場機体と PNはわかりますか?」 「ああ、わかった。機体はLSだ。…と、そうだ。ここは俺の独断でJAを使わせてもらう。」 「…ん?LXではないんですか?」 通常、クレオの行なう試験ではLXが主流だった。 「…正直な話、少し本気で腕試ししたくなった。彼女のLSと俺のJA、どちらがスピードで勝つか、ね。 もちろん、他の機体を使う気はない。…もう決めたからな。」 クレオの発する声には、すでに闘気が含まれていた。こうなったクレオに何を言っても無駄なことを Drは理解していた。 「構いませんよ。試験方法はあくまで貴方の自由です。…ただし、あくまで試験です。本気でかかって 行かぬよう頼みますよ。貴方の本気をそんなところで披露するわけにはいかないのですから。」 「保証は、出来ないな。すべては彼女次第だ。最も、彼女がもし、俺に本気を出させる程の乗り手なら 即合格だろうけどね。」 「…確かに、ね。で、PNは?」 「ああ、そうだったな。PNは…ん?決着がついたみたいだ。ごめん、Dr。あとで連絡する。」 「…は?いや、PNがわからなければデータの取りようが…。」 「俺がこれから対戦するやつのをやればいいだろ?…じゃあな。」 その言葉を最後に、電話は切れてしまった。 「…仕方ないですね。店員に連絡してビデオでも録っておいてもらいましょうか。」 Drは携帯に番号を打ち始めた。どうやら今夜はまだまだ眠れそうになかった…。 動き続ける計画…。その真相は徐々に紐解かれていく。彼等の戦いの歴史を通して…。
164 名前:音速の風 一話前編:2004/10/19 00:49 ID:lFhPo/pU 私は、ここにいるから。 ずっと待ってるから。 だから、早く戻ってきて…。 「へぇ、これは中々。いい盛況ぶりだ。」 クレオの訪れた店は、ちょうど対戦が盛んな時間帯だったのか、少し人だかりが出来るくらいの 盛り上がりを見せていた。 「……ふむ。レベルは低くは無さそうだな。とりあえず、少し見学してみるか。」 クレオは人ごみの中に入り、対戦を傍観することにした。そこで行なわれていた対戦は、決して 下手ではないのだが、クレオの求めるほどの強さを持つ者はいなかった。少々落胆するクレオだが、 ふと、あることに気付いた。 「…? なんとなくだが、スピード重視の機体が多いような…?」 そこでプレイしている者のほとんどがCW、LSなど、火力よりもスピードを重視した機体を使っていたのだ。 GOやPKに偏っている店舗ならよく見かけたが、このタイプを見たのはクレオも初めてだった。 「そりゃあ、当然だよ。ここの最強のゾイド乗りの機体がLSだからな。みんなそれに憧れてスピード系 に乗ってるのさ。それを知らないってことは、あんた遠征者?」 後ろからいきなり声をかけられたクレオが振り向くと、一人の男が立っていた。どうやら地元のプレイヤー のようだ。 「ああ、まあね。えっと…。」 「名前? 俺のPNはフィル。よろしくw」 フィルと名乗る男が敬礼のようなポーズを取る。クレオも何故かそれに習って敬礼する。 「俺のPNはクレオだ。…で、その最強のゾイド乗りって? 今いるの?」 「いいや、もうそろそろ来る時間帯なんだけどね。さっき家には帰って来てたみたいだから、多分来るよ。」 「何でそんな事まで知ってるんだ?」 「家が近所の幼馴染ってやつ。このゲーム教えたのは俺なんだけど、すぐに追い抜かされちまった。」 フィルは手を左右に広げて肩をすくめた。ボディ・ランゲージが多い人間のようだ。
165 名前:音速の風 一話中編:2004/10/19 00:50 ID:lFhPo/pU 「ふーん…。…そいつに期待ってとこかな…?」 「ん? 何?」 「いや、何でもない。」 フィルが訝しげな顔を見せつつ入り口の方を見ると、赤い傘が目に映った。 「あ、来たみたいだ。」 黒めのジーパンにジャケットというラフな出で立ちで来店したフィルの幼馴染は、髪の長い背の小さな女の子だった。 「…え?女?」 「ああ、言ってなかったな。女ってだけでも希少価値だが、腕の方も向かうところ敵なし。ここのゲーセン 最強とまで言われてるんだ。おーい、こっちだ!」 呼ばれた女が走り寄って来る。周囲の目線が一点に集中する。 「もう、大声で呼ばないでっていつも言ってるでしょ!まったく…。」 彼女は少し怒ったように睨み付ける。しかし、クレオの存在に気付いた途端、急に表情を引き締めた。 「えっと、どちら様?」 「ああ、この人?遠征者だってさ。」 「…クレオだ。よろしくな。」 クレオは少し気取って手を差し出す。フィルの視線が少し痛かったが、気にしていないようだ。 「あ、はい。よろしくw」 女の子は笑顔で手を握り返した。 「私のPNはアルファベットでYUMIです。」 「ユミちゃん…ね。可愛くて強いなんて、理想的な人間だね。」 フィルの視線が一層強まる。 「ふふっ、どうもw」 笑顔でクレオのお世辞をかわすユミ。しかし、その顔は一瞬にして真剣なものに変わった。 「…どうしたの?」 クレオが気になって聞いてみた。
166 名前:音速の風 一話後編:2004/10/19 00:51 ID:lFhPo/pU 「…ちょっと、失礼します。」 ユミは踵を返し、ゾイドの箇対に歩み寄っていった。見ると、初心者と思われる青年が、つい先ほど 来たばかりと思われるGOに狩られていた。 「…よく気付いたな、彼女。後ろを向いていたのに…。」 「あいつ、すっげぇ耳がいいんだ。たぶん、初心者が少し弱気な発言をしたか、GOの方が 馬鹿にしたみたいに笑ったんじゃないかな?」 ちなみに、クレオにそれは聞こえなかった。解説をしているフィル自身も、同じのようだ。 「だから、アイツの悪口は言わない方がいいよ。すぐにばれちまうから。」 フィルがふざけて笑う。相槌を打って笑うクレオだが、意識は既に彼女が乱入したGOとの試合に 向いていた。すでに、画面は対戦ステージを映し出していた。 「ちょうどいいから、見ておけば? ユミの強さに腰抜かすかも、だけどね。」 そう言い、フィルも箇体に近づいていった。 「もちろん、そのつもりさ。」 クレオもそれに続いた。 「へへっ。手加減しないよ?お嬢ちゃん。」 中年の男が下品に笑い、ユミを見た。 「どうぞ。私も手加減するつもりはないですから。…狩り士は叩き潰すのみです。」 ゾイドの咆哮が試合開始を告げる。 「けっ! 生意気な小娘だ。…まぁいい。俺のGOが負ける訳がねぇ。速攻で終わらせてやるさ。」 GOが走り出した。 「それはこっちの台詞です。私の目の前で下品な行為をしたこと、後悔させてあげます!」 ユミのLSが、バルカンを撒きながら走り出した。 彼女のLSが巻き起こす風に、男はただただ恐怖することとなる。 その風は目に映ることなく獲物を引き裂く……。
196 名前:音速の風 二話前編:2004/10/21 00:41 ID:PdlYnHuI LSとGOの対戦マップはマリネリス遺跡だった。 LSは開始直後に段差を登り、横に連続でステップしながらバルカンを撃ちはじめた。 「何だぁ?動かし方がわからないのか?こりゃあ楽勝だな!」 GOも段差に登り、LSの着地にレーザーを重ねた。 「……」 レーザーが放たれたことを確認したユミはレバーを後ろに入れた。 バックステップしたLSは段差を滑り落ち、レーザーはLSの頭上すれすれを通過していった。 「ちぃ!外したか!」 GOは尚も前進する。しかし、LSはピクリとも動かずにバルカンを撃ち続けている。GOはそれを気にせず 前進する。 「…はっ!バルカンしか撃てないのか!?悪いが、これしきのダメージ、すぐに返せるんだよ!」 GOが一気に間合いを詰めてきた。近距離にまで詰め寄ろうとしているが、LSは一向に動く気配を 見せない。 「…そろそろ、かな…」 ユミが小さく呟いた。GOとLSの距離がさらに近づく。 「すぐに終わらせてやるよ、お嬢ちゃん。まずは、1回寝てもらおうかぁ!」 GOがショックカノンとミサイルを放った。男はこの後、これを回避しようとするLSにたいしてキャノン を当てるつもりだった。 「…ワン、ツー、スリー!」 急にカウントを口ずさんだユミは、スリーの掛け声と共にLSをジャンプさせた。GOの放った攻撃が虚しく空を切る。 「よくかわした!だが、これはかわせまい!!」 男はトリガーを引いた。それと同時に、GOの目の前で緑色の煙が巻き起こり、閃光がほとばしった。
197 名前:音速の風 二話中編:2004/10/21 00:42 ID:PdlYnHuI トリガーを引いたというのに、GOのキャノンからは何もでてこない。 「な…!?」 「とりあえず、1回寝てもらいました。」 LSの目の前でGOは地に伏していた。 「何故だ!?たかがバルカン程度でなぜGOが倒れる!?」 LSがGOの後ろに回りこむ。 「バルカンだからといって、馬鹿みたいに避けもせず突っ込んでくるからです。転びにくいといっても 限界はあります。だから、LRパルスと硫酸が直撃すれば当然倒れます。…機体性能を過信しすぎた結果です。」 GOがゆっくりと立ち上がる。男の顔が怒りで歪む。 「図に乗るなよ…。こんなダメージ、すぐに返してやる!」 「返せれば良いですね。…あなたの底は見えました。あなたは私に、勝てません。」 両者がブーストを吹かして走り出した。 「…へぇ。上手いな、彼女。ギリギリまで弾を近づけて避けてる。」 クレオはフィルに話を振るが、その視線は画面から離れない。 「だろ?俺も未だにあいつには中々攻撃が当てられないんだ。あいつ、弾が発射したのを音で感じ取るんだ。 で、あとは目で見てギリギリまで見極める。その方法を俺も教えてもらったんだけど、到底無理だね。五感 がずば抜けていいユミにはどってことない事でも、俺らにとっては不可能に近い芸当って訳さ。」 フィルがほとんど息継ぎ無しで解説する。 「…そうか…。だからあそこまで機敏な反応ができるのか。弾のあたり判定まで読みきってる…。 たしかに、最強といわれるだけのことはある。……ん?」 クレオがふとユミの足元を見ると、彼女は足でリズムを刻んでいた。 「……まさか。」 クレオは画面を視界に捕らえながら、ユミの声に聞き耳を立てた。 「空耳でなければ、彼女はジャンプした時カウントを取っていた。もし、俺の考えが正しければ…。」
198 名前:音速の風 二話後編:2004/10/21 00:43 ID:PdlYnHuI 試合は、LSがGOを後ろから追い立てる形になっていた。 「ちぃっ。離せねぇ!!」 LSはGOの動きにピッタリとあわせ、離れようとしない。バルカンもキッチリ撃ち込んでいる。 「さっきから何なんだ。LSの姿がほとんど見えない。なのにHPはどんどん減っていきやがる。 …悪夢を見ているのか、俺は…。」 先ほどからGOはHBを繰り返し、補足しようと試みたが、すぐにLSは視界から消え去っていく。 どこからともなく降り注ぐバルカンと硫酸によって、GOの体力はすでに残り少なくなっていた。 「くそっ!今度こそ!!」 男はブーストを吹かし、間合いを開けた。 「…ワン、ツー、スリー!」 またも、ユミはカウントを口ずさんだ。それと同時にGOがHBする。LSはすぐさまステップし、 GOの視界から消えていった。 「…またか!ちくしょう!!」 男はLSの動きにまったくついていけなかった。姿を捉えることでさえ、ままならなかった。 「これで終わり、です。」 LSからパルスと硫酸が放たれ、的確にGOの背中を捕らえた。緑色の煙が巻き起こり、GOが音を立てて崩れた。 「やっぱり…ね。彼女は試合中、ずっとリズムを刻んでいた。相手の動きのクセを見抜き、タイミングを を計っていたのか。不規則に変化する試合のリズムを寸分の狂いなく読み取っている。さらに、視界外 に敵がいる状態でもHBの滑る音や弾丸の発射音の大小で距離を把握している…。」 クレオの手がじっとりと汗ばむ。闘争本能が沸き立つのが、自分でもわかった。 「研ぎ澄まされた五感を武器に戦うLS使いか…。今までにないタイプだ。」 クレオはポケットから携帯電話を取り出した。 「ん?電話か?」 「ああ…。ちょっとはずす。…すぐ戻るよ。」 クレオは箇体から少し離れた場所で通話ボタンを押した。 「Dr …見つけたよ。」 そう呟いたクレオの顔は、とても喜々としたものだった。
211 名前:音速の風 三話一編:2004/10/21 22:17 ID:PdlYnHuI 「…ふぅ」 一ラウンドを制したユミは、深く息を吐いた。 『…嫌だなぁ。何でこんなに狩り士が多いんだろう。この前も数人いたけど、 この人はまた違う人だ。…もっとクリーンにゾイドができる場所にしたいのに…。』 第二ラウンドが始まろうとしているにもかかわらず、ユミの目はとても冷めていた。 『もっと楽しくゾイドができる環境にしなきゃ。じゃないと…。』 ユミはそこまで考えて、その思いを振り切った。 『今は試合中!気を抜いちゃ駄目!こんな憂鬱な試合、早く終わらせてやる!!』 LSを走り出させたユミだが、視界の端に、先ほど遠征してきたというクレオの姿が映った。 『あの人…。電話?他の台は空いてるのに…。』 視界の脇でクレオを見つつ、ユミは的確にGOを追い詰めていく。 『…あ、話し声、微かに聞こえる…』 「今度こそ!当たれぇ!!」 男が渾身の力を込めて放ったキャノンを、ユミは容易くかわす。 「…ごめ…Dr…た?……」 『? ドクター?病気でもしてるのかな、クレオさん…』 途切れ途切れに聞こえるクレオの会話が、ユミはとても気になっていた。しかし、 LSの方は一撃も当たることなくHP満タンを保持している。ユミは耳に神経を集中させた。 「この辺じゃ……凄腕らしくて……有名……女の子!…」 『…もしかして…私のこと?』 「可愛い子で…小さめでセミロング…」 『可愛い…って…ちょっと、うれしい…かな』 ユミの顔がほんのり赤く染まる。 「…ただもうちょっと胸があれば良かったんだけど。」 『…!!』
212 名前:音速の風 三話二編:2004/10/21 22:18 ID:PdlYnHuI ブチィ!!! 「…あ?なんだぁ?」 男は奇妙な音が聞こえた気がした。画面を見ると、止まることのなかったLSが動きを止めていた。 「…何がなんだかわからんが、今がチャンスだ!」 GOは今撃てる全ての武器を斉射した。 「……潰します。」 ユミが静かに呟いた。その瞬間、避けきれないであろう弾丸の雨を目にもとまらぬ速さで 回避していく。 「!?」 弾丸の雨をかいくぐってくるLSは、ブースト全開でGOに接近していく。 「なんだなんだ、急に接近戦かぁ?悪いが、それなら得意分野だ!」 GOがLSとの距離を詰める。 「もらったぁ!!」 GOが拳を突き出す。しかし、LSはそれを止まることなくステップで回避する。 「…な!?」 着地したLSはGOに密着し、爪をすばやく上から振り下ろした。 「LSの左!?何故そんなものが当たる!!」 わめき散らす男だが、ユミは一言も言葉を発せず画面を睨みつけている。 LSの動きは止まることはなく、起き上がったGOを執拗に攻め立てる。機体の性質上、立場は逆の はずなのだが、GOは防戦一方に回っている。はたから見れば、それはとても滑稽な試合だったのかもしれない。 「…あの動きは、やばいなぁ…」 フィルがぼそりと呟く。この店の常連客の数人も、あのLSの動きに見覚えは合った。 「…なぁ。ここにいる奴で、ユミになんか言ったか?」 フィルが周囲に声をかける。その場にいた全員が首を横に振った。 「俺らじゃない…。ってことは…」
213 名前:音速の風 三話三編:2004/10/21 22:18 ID:PdlYnHuI 「……え?な、何?」 箇体のそばに戻ってきたクレオは、哀れみの視線を一身に受けてたじろいだ。 「…なぁ、クレオ…。」 フィルがクレオに歩み寄ってきた。 「お前さぁ、ユミのこと電話で話したりとかしてなかったか?」 「…おぉ!?よくわかったなぁ。確かに話してたよ。」 「…なんて?」 「可愛くて、強くて、背が小さくて、胸の小さい…。」 クレオの言葉が発せられた瞬間、妙な威圧感があたりを覆い尽くした。 「…あぁー、やっぱりね。」 フィルが諦めたように視線を箇体に移す。見ると、既に試合は終わり、ユミが言葉を発せずに こちらを睨んでいる。その視線の先にはクレオがいた。 「…えー…と…もしかしなくても…貧乳って……禁句…?」 クレオが恐る恐るフィルに訊ねた。 「まぁ、その通り。家族の女連中であいつだけそうだから、コンプレックス持ってるんだよな。 ああなったら、手も足も出せずに一瞬で試合を決められる。かなーり攻撃的になるんだ。あれこそ、 ホントに敵なしって感じ…。」 フィルがポン、とクレオの肩に手を置く。 「まぁ、ガンバレや。」 フィルはクレオを静かに送り出した。フィルを含め、その場にいた全員のクレオを見る目は、まるで 死刑執行前の囚人を見るような哀れみの目だった。 「はやく、席についてください……!」 ユミが静かに、吐き捨てるように言い放つ。クレオの背筋を、ゾクリと何かが這いまわったように 震え上がった。しかし、普通なら気圧されるであろうこのプレッシャーの中で、クレオはなぜか平然としていた。 「NGワードって訳か…。まぁ、謀らずして相手の本気を引き出せたわけだし、結果オーライ…なのかなぁ?」 試合後に何かやられるのではないかという不安にかられ、クレオの肩が落ちた。
214 名前:音速の風 三話四編:2004/10/21 22:19 ID:PdlYnHuI 「まぁ、だからって、手を抜く気はないけどね。…さぁ、やるか。」 クレオの闘気があたりを支配していく。ユミの放つプレッシャーに、それは負けていなかった。 「…あいつ、すっげぇ…」 このプレッシャーの中で平然と歩くクレオを見て、フィルが感嘆の声を漏らす。 「…ん? クレオ? ……クレオ…ねぇ……まさか!!」 フィルの目が急に見開かれる。思い出したのだ。クレオという名の伝説の存在を。 「あいつが…あのキングなのか?」 一人の男の驚愕を尻目に、クレオはユミに乱入した。 「…潰します。」 ユミがクレオに一瞥をくれて、吐き捨てるように言った。 「あー…、ごめんねぇ。まさか気にしていたとは…」 「潰します」 「…いや…だからね?」 「潰します」 「………」 クレオは謝罪を諦めた。対戦マップはウェスタ砂漠だ。 「今更謝ってもしょうがないか…。なら、せめてちょっとだけ本気を見せたげるよ。」 2体の咆哮が狭いフィールドに木霊する。 「…さぁ、いくぞ!!」 「…潰します!!」 まったく異質の闘気がぶつかりあう、ウェスタ砂漠。 今、音速の風が吹き荒れる…。