JOLT氏『ゾイド∞2on2 第9話 Image of Future』


 筐体の向こうに消えた姉妹がカードとコインを挿入しているであろう時間、 シロウもクロウも無言のまま微塵も動こうとはしない。  画面には、強制対戦台のみCPUステージ間に流れる演出が表示されている。 「君達への挑戦者は現在いない。次のステージにスキップするも良し、挑戦者 を30秒間待つも良し。好きにしたまえ!」  ジャッジマンが腕を組み、斜め見下ろし視点で見得を切る。

 同時に、反対側の画面では空き筐体のみに流れる演出が表示されていた。 「さあ、挑戦者はいないか?カモォーン!」  ジャッジマンが胸を張り、片腕で大げさにジェスチャーを繰り返している。  姉妹は席に着いたが、わざとコインもカードも入れずにしばし待つ。

 『The Rebersi』側では、ジャッジマンが冷静に言い放つ。 「残り15秒だ。挑戦者がいない場合、残念だが、ゾイドバトル連盟の用意し たウォリアーと戦ってもらうことになる。では、カウントダウンを開始する」  ジャッジマンの目に『10』が表示され、数字が減っていく。

 『Valkyrie of Blue Eyes』側では、ジャッジマンが 必死の形相で叫んでいる。 「……カモォーン!…カモォーン!カモォーン!カモォーンッ!」  姉妹は、コインとカードを持ったまま動かない。  ジャッジマンの目に『10』が表示され、数字が減っていく。 「カモォーンッ!……何故?どうして?何故何故、ホワーィッ!」  錯乱状態のジャッジマン、その目の表示が『1』となった瞬間、姉妹は間髪 入れずカードを挿入し、コインを投入した。

 『The Rebersi』側の画面ではジャッジマンが誇らしげに胸を反 らし、遥か彼方を指差す。

「おめでとう!挑戦者が現われたようだ!では、新たなバトルフィールドを設 定する。至急移動してくれたまえ!」  やがて画面は暗転し、『挑戦者が現われました』のメッセージが表示された。

「ありがとう!挑戦してくれて本当にありがとう!」  『Valkyrie of Blue Eyes』側の画面では、ジャッジ マンが泣き叫びそうなリアクションの後、冷静を装って遥か彼方を指差す。 「では、バトルフィールドに案内しよう。君達の勝利を心から願っている!」  やがて画面は暗転し、『待機中』のメッセージが表示された。

「……早く乱入してあげればいいのに」  たしなめているような口調のルカだが、可笑しくて仕方ないといった表情。 「ダッテ、このイベント、何度見てモおもしろいのですヨ」  ルーシアは、その容姿には似合わないニヤニヤ笑いを浮かべている。 「……もう、意地悪なんだから」 「サテ、緊張モほぐれましたシ、ガンバルですヨ!」 「……うん、勝とうね!」  戦士の表情に戻った姉妹は、レバーをゆっくりと握った。

 双方の画面と観戦用モニターに、対戦カードが表示される。

『The Rebersi』 PN・Shilow大尉  ZN・Urano Earth(BL) PN・Klow大尉    ZN・Dark Aegis(SL)    VS 『Valkyrie of Blue Eyes』 PN・Lucier大佐  ZN・Navy Whirlwind(SC) PN・Luka大佐    ZN・Flicker Buckler(SL)

「はは、まったく粋な計らいだね」 「……ああ」  表示されたステージを見た瞬間、シロウが笑みを浮かべる。  だが、クロウは固い表情のまま、短く同意しただけだった。

「アハ、ジャッジマンの演出ですかネ?」 「……決着を付けなさい、って事なのね」  シロウと同じく、ルーシアも画面を見ながら楽しげな表情を見せる。  だが、ルカは逆に厳しい表情を強め、レバーを握り直した。

 4体の獅子が降り立ったのは、ペイヴォン岬。  そう、初対戦と同じステージ。  獅子達が咆哮を上げる中、ジャッジマンの高らかな声が岬に響く。 「バトルモード承認!フィールド内スキャン完了!バトル・フィールド・セッ ト・アップ!ラウンドォーッ・ワンッ!レディー・ファイッ!」  ジャッジマンの腕が振り下ろされると同時に、獅子達は駆け出した。

 開始と同時にブレードを瞬くように煌かせつつ、白と蒼の獅子が近付く。 「オレがルーシア……さんに向かうよ、クロウ。当分は援護いらないからね」 「おい、シールド貫通武器が多い俺の方がSC担当じゃないのか?」  クロウは、自分の考えとは違う開幕の動きに反論する。 (……いや、戦術にすり替えて要請を拒否したいだけなのだろうな)  そこまで考えて、この状況でも冷静に自己分析が出来る自分に冷笑した。  そんなクロウをチラリとも見ず、シロウは言葉を返す。 「SCのは、BFと同じ荷電シールド。オレ達は通る武器なんて持ってないよ」 「何?しかし、それならなおさら……」 「正直、オレは足止め程度だね。でも、負けてもクロウに補ってもらえるはず」  『The Rebersi』結成以来初めて、シロウが負けを口にした。

「おいコラ、人をアテにするな」  思わずそんな皮肉が出たが、それが激励するつもりなのか、それとも本気で 困惑しているのか、当のクロウにも分からない。 「そんなに負けるつもりはないよ。ただ、シールド同士で相討ちしても、ね」  そう、SCは荷電粒子Eシールドなのに対してBLはノーマルシールド。  攻撃力に100の差があるのだ。  単純に10回相討ちしたとしても、1000近くの差が開いてしまう。 「だから、出来る限り差を広げないように努力してみるよ、っと!」  その台詞が終わるか否か、弾かれたような……いや本当に弾かれた音が響き、 BLとSCは同時にダウンした。 「これで1回目。それにね、SL同士ならクロウの方が貫通武器多いし、ね」  そこで、初めて気が付いた。  普段なら、対戦前の表示で気がつくべきであった。  しかし、対戦慣れした相手である事、そして心の動揺が見逃していた。  ルカが操る碧い獅子、それが自分と同じシールドライガーである事を。 「ルカさんのSLは展開味噌だから、クロウのDCが有利なはず。勝てるさ」  言いながらシロウは心持ちゆっくりとレバーを回し、後方に位置するルカの 展開味噌による追い討ちが着弾するギリギリで、無敵時間を発動させる。  その目の前には、すでに立ち上がったSCがいた。 「ルーシア!シールドとブレード同士の対決は先に起きると……こうなるよ!」  楽しそうに声を上げながら、シロウはブーストを吹かし右トリガーを引く。  荷電粒子Eシールドを突き抜け、BLのブレードがSCを斬り裂いた。 「あう、ズルイのですヨ、シロゥ!」 「ずるいもなにも、当然の戦術だよ。覚えてもらわないとさ!」  容赦なく、シロウは8味噌と超近接の追い討ちを入れる。  そこにルカから弾幕が飛来するが、DCの対物理Eシールドが受け止めた。  いや、20mmだけが貫通し、黒き獅子の装甲に火花が散る。  そこをさらにSCのブレードが狙うが、DCはシールドガードで反撃。

 またも転倒したSCに、クロウはDCSと3連の追い討ちを叩きこむ。 「あう、クロウさんもズルイのですヨ!」  カウンターを食らって転倒ばかりのルーシアは、駄々っ娘のように嘆く。 「……シロウさんに戦術は教わったんじゃなかったの?身体で何度も」  呆れたような呟きと共に、ルカがリズミカルにトリガーを引く。  さらに近接で追い討ちを入れようとしていたDCが、展開味噌と125mm をモロに受けて転倒した。  その隙にSCは立ち上がり、今度は正確にBLのシールドを避け、ブレード をHITさせる。  そして先程のお返しとばかりに、転倒したBLに超近接の追い討ちを入れた。 「ルカ姉サン……。身体で何度も教わるっテ、なんだかエッチなのですヨ」 「ル、ルーシアちゃん!経験って意味よ、経験!」 「ソレも、なんだかエッチなのです」 「も、もう!実戦で対処法を覚えたって意味よ!」 「アハハ、冗談ですヨ」  対戦中に、天然系漫才を突然発動。  しかし、姉妹の操作は乱れることなく、蒼と碧の軌跡は草原を疾る。  主の未来を掴み取るため、全力を尽くす獅子の姿は美しく輝いていた。

「すまん、油断した」  BLとDCは立ち上がり、とりあえずHPを等分する。 「まだHPは有利だよ。とにかく、早めにルカさんを足止めしておいて。そう すれば援護も出来ないはず。で、出来る限り削る。ただし、基本は回避ね」 「……分かった」 「オレは、基本的にシールド相討ち狙い。隙があればブレード狙ってみるよ」  ステップで弾を避けつつ、白と黒の軌跡は草原を疾る。 「大丈夫。作戦通りに進めば、オレたちは負けない」  自信に満ちたシロウの口調に、一抹の不安が混じっているのを感じる。

「……ああ」  意味を理解しながらも、それを無理やりに押し込めてクロウはレバーを捌く。  しかし、黒き獅子の姿は雄々しさを失いつつあるように見えた。

 BLのブレードを、SCはシールドガードで受け止め、転倒させる。 「さすがルーシア、学習能力が高いね!」 「シロウに、いつまでも負けてられナイですカラ!」 「なら、これはどうだい?」  起き上がったBLが、段差を利用してSCのシールドを飛び越える。 「エッ?」  着地したBLはHBをかけ、背後からハイデンとショックカノンを放つ。  転倒したSCに、8味噌と超近接の追い討ちコンビネーションが刺さる。 「あうあう、マタそんなズルイ事!」 「BLに出来る事は、ほとんどSCにも出来るんだよ!ルーシア、覚えて!」  拗ねるような声のルーシアに、楽しげに返すシロウ。  蒼と白の獅子は、まるでダンスを踊るかの様に動き回る。  そのステップは、次第に激しくなっていった。  まるで、演舞の型を教わる師弟のごとく。

 普段のクロウなら、シロウとルーシアの雰囲気に気がついたであろう。  しかし、今のクロウにそんな余裕はなかった。 (……く!強い!)  碧のSLから放たれる弾幕は的確にタイミングをずらしてあり、シールドを 展開せねば防御しきれない。  そして、展開した瞬間に20mm、解除した瞬間に125mmが飛んでくる。  こちらはDCSを装備している都合上展開しっぱなしという訳にもいかず、 展開味噌のダメージもわずかながら蓄積していく。  そして、黒の獅子から放たれるDCSや20mmは全て回避されていた。

 ステップの硬直に合わせて撃っているつもりだが、タイミングが合わない。  普段のクロウなら一度仕切り直すところだが、闇雲に撃ち続ける。  その結果は、ほぼ一方的にダウンを奪われるまで続いてしまった。 「く、なんてやりにくい戦い方だ。……待てよ、この戦術は!」  思わず上げた声に、筐体の向こう側から返答が返ってくる。 「……そうです、クロウさん。これは、あなたの戦い方です」  落ち着いた声で、ルカが告げる。 「まさか、今までの戦いで俺の戦術と技術を習得したのか?」  驚愕と動揺を隠そうともしない、いやできないクロウ。 「……どうです、自分の影と戦う気分は?」 冷酷な口調で、ルカが淡々と問う。  返答することもできなかったが、クロウの心は叫びを上げていた。 (勝てない!この戦い方をされては、こちらは勝てない!)  パワーアップされたとはいえ、元々、クロウのDCSは趣味装備と言われて 長かったシロモノ。バランスの悪い武装なのは、根本的に解決されていない。  さらに、DCS−Jにこだわるために装備した20mmもEN兵装。  EN回復をカノンで向上させ、誤魔化して使用していたのが現実なのだ。  それに対し、ルカの装備している展開式ミサイルポッドは、初期から優良装 備と言われてきた逸品。EN効率がいいとは言えないSLには理想的な兵装だ。  20mmと125mmを装備しても、EN兵装の同時発射がない以上問題は まったくない、特にルカのような支援メインの戦い方には。  そして、支援には最適なOP、3D−Mレーダーがその能力を何倍にも上げ ている。今回は支援ではないが、その射角の広さが有利に働いていた。 (完璧に、対Dark Aegis対策を施している!勝てるわけがない!)  救いを求めるように情報を求め、残り時間とHPを視線に入れた瞬間。  クロウは、防御……回避……いや『逃げ』に転じた。  その瞬間、クロウの中で一つのものが崩れた。  『信』が。

 ……BLとSCがシールドの相討ちで倒れた瞬間、残り時間が0になった。  ジャッジマンが登場し、大げさに片手を振り上げる。 「バトル・オーヴァー!ラウンドォ・ワンッ!ウィナァーッ!」  『The Rebersi』の文字が画面一杯に表示される。  ギャラリーは歓声に包まれた。 (おいおい、100勝目リーチだよ!) (このままの勢いなら、確実じゃねーの?)  しかし、一部のギャラリーは違和感を感じていた。  何かが、いつもとは違う感覚を。  そして、話題の二人は無言であった。勝利への期待など欠片も感じられない。  むしろ、追い詰められたような、そんな雰囲気すら漂わせている。  逆に、対戦相手である姉妹は自信と気迫に満ちていた。 「……ルーシアちゃん、どう?」 「ダイジョブですヨ、ルカ姉サン。今度ハ、負けないのですヨ」  心配げなルカに、確信を持った笑顔でルーシアは答えた。 「こっちも今のままなら、確実に勝てる自信があるの」  幾分、失望を含んだ声でルカが返す。 「ソレなら、とりあえず次をイタダキなのですヨ」  画面では、ジャッジマンがさらにテンションの上がった様子でバトル開始 を告げる。 「ラァウンドォ・ツゥーッ!レディーッ・ファイッ!」  その声を合図に、姉妹の瞳は冷酷な戦乙女のものへと変貌した。

 2ラウンド目も、序盤は変わらない展開のように見えた。  しかし、時間が過ぎるにつれ、ギャラリーの動揺が激しくなっていく。  ルーシアのSCが、シロウのBLとほぼ互角の戦いを繰り広げているのだ。  いや、むしろシールドダメージの差で若干リードすらしている。  そして、SL同士の戦いは……ルカがリードしていた。

 なんとか距離を取ろうとするクロウのDCに、撒きミサイルがかする。  HBした瞬間、20mmがシールドを抜け漆黒の装甲に突き刺さる。  もちろん反撃も試みるが、遠距離の射撃などほとんど当たらない。  残り30秒で動かざるを得なかったのは『The Rebersi』だった。

「くそっ!」  やみくもに距離を詰めようとするDCに、容赦なく弾幕が降り注ぐ。  実弾の展開味噌はシールドで防ぐが、20mmは当然直撃した。  それでも直進をやめない黒の獅子に、ルカは125mmを発射する。  弾速の速い125mmは、シールドでは展開までのラグで防御できない。  辛うじてステップで避けたDCは、再度シールドを展開してSLに迫る。 「……こちらにも、シールドはあるのですよ」  失望を隠そうともせず、ルカは両トリガーを引く。  DCSの1本と20mmがシールドを貫通するが、碧き獅子は倒れない。  目の前に広がるのは、絶望の淡い輝き。 「そんな事は分かっている!こいつは俺の相棒だ!最初からのな!」  クロウの必死の叫びと共に、黒き獅子はシールドの寸前で宙を舞う。  DCがSLの背後に着地した瞬間、クロウはレバーを内側に倒しながら右ト リガーを引いた。 (これなら、相討ちでもダメージは段違いだ!いくらかは取り返せる!)  『相討ちでも』、『いくらかは』、この思考がすでに負けている事にクロウ は気がついていない。  普段の彼なら、このような言葉は思考に入らないはずなのだ。 「どうだ!」  反転した黒き獅子は、シールドの輝きを放ちながら突進する。  しかし、ルカは冷静にレバーを操った。  SLはシールドを展開したまま、ステップでDCの右近接を避ける。 「何ぃ!」

「……軸がずれていては、ステップで回避できますよ」  ルカは呆れたように呟き、回避しきったのを確認し、両トリガーを離す。  シールドが掻き消え、SLの光る爪がDCに食い込む。  しかし、かろうじてガードが間に合ったらしく転倒はしていなかった。  SLは容赦なくバックステップし、125mmを叩きこむ。  それでも執拗に接近戦を挑もうとするDCに、ルカはバクステからレバーを 開き両トリガーを引いた。  白い波紋がDCの足元に輝く。 「これで、接近する気力が失せますよ。シールド・リフレクト!」  波紋が消え失せ、黒き獅子は巨大なシールドに弾き飛ばされた。  それも、通常の投げ程度の距離ではなく、はるか彼方へと。  DCS一筋であったが故に、存在を知ってはいたが失念していた。 「く!特殊投げか!だが、SDするはずだ!」  頭を掻きむしる様にレバーを回し、ようやくDCは立ちあがる。  しかしその頃には、SLはさらに距離を開けていた。  斜めバクステを繰り返し、弾幕を張りつつSDからの回復を待つSL。  完璧なまでに基本的な動きをされ、もはやクロウになす術はなかった。  いや、そう思い込んでいた。相棒への、自分への『信』を喪った彼は。

 ようやくブレードからの追い討ちでリードを取ったBLだが、シロウは相方 のHPを見て勝利の可能性が絶望的なのを思い知らされた。  残り時間は15秒、トータルHPの差は4000以上。 (ここは、これしかない!これなら、勝てる!)  起き上がったSCと軸を合わせると、シロウは躊躇いもなくレバーを開き、 左トリガーと両トリガーを引いた。 「行けぇ!ブレード・ツイスター!」  白き竜巻が、主の意思を乗せて荒れ狂う。 (これをHITさせて、……ギリギリ逆転だ!)

 しかし、同時にルーシアもレバーを開き、両トリガーを引いていた。 「コチラも、ブレード機体なのですヨ!ソレも、7本!」  SCの、全てのブレードとブースターが展開し、眩い輝きを放つ。 「行くですヨ!Seven Blade Attack!」  蒼き獅子は、煌く刃を振りかざして飛翔し嵐を巻き起こす。  一瞬の後、白き竜巻と蒼き嵐が激突した……。

「……クロウさん。失望させないで下さい」  絶対零度と表現してもいい冷酷な口調で、ルカが言い放つ。 「……何だと?」  そのルカらしからぬ物言いに、クロウの怒気、いや覇気がわずかに復活する。 「……あなたは、私の憧れでした。……目標でした」  しかし、その表現が過去形である事に、クロウの中で自虐的な諦めが戻る。 「……そして、何よりも、いつか肩を並べて歩きたい人」  だが、冷酷なメッキを支えきれず、ルカの声は悲しみを帯びていく。 「だから、諦めないで!あなたのパートナーは、ゾイドは諦めてない!」 「…………!」  クロウの瞳に、少しずつ力が戻っていく。 「私は、全ての力をぶつけています!あなたに教わった、全てを!」 「ルカ……さん……!」 「だから、あなたも全ての力で私にぶつかってきて!お願い、クロウ!」  ルカの魂の叫びに、クロウの瞳に以前と同じ、いやそれ以上の輝きが宿る。 「俺は、相棒を、自分を信じていなかった。……だが、今は違う!」 「クロウ!」 「俺は、全てを信じている!相棒を!自分を!……自分の想いを!」  その瞬間、『信』を得た黒き獅子は、弾かれたように草原を駆け出す。  待ち焦がれた、主の復活を喜ぶかのように。

 ギャラリーの中で、一組の夫婦がどちらともなく笑顔を見せる。 「……ドウやら、乗り越えタみたいですネ」 「まったくもう、不器用なんだから、二人とも♪」 「Yes!マッタクですネ」  アレックスとレミの笑みが、苦笑へと変わる。 「そこが、可愛いのだけど♪」 「ソレもYesですネ」  かと思うと、微笑ましいといった笑みへと変化する。 「さて、アナタは、どちらが勝つと思うの?」 「……正直、分かりませんネ」 「あらら、何よそれ〜」 「ルミは?」 「……実は、わたくしも分からないのよね♪」  二人は、顔を見合わせて笑う。  そして、観戦用モニターへと視線を戻した。  自分たちが愛した者たちの、最後の決着を見届けるために。

「……さすがに、強いですね」 「君の師匠だからな、俺は。いくら弟子が優秀でも、負ける訳にはいかんよ」  動揺を悟られまいと冷静さの鎧をまとい直すルカだが、立場は逆転していた。  自信を、冷静さを、そしてなによりもいつもの皮肉を取り戻したクロウは、 『強さ』を身につけている。  距離を詰めてくるのは変わらないが、先程とはレベルが遥かに違う。  シールドをまったく展開せず、全てをステップとダッシュで回避している。  そして、SLのステップ硬直に合わせ、的確に20mmとDCSを撃ちこむ。 「……っ!」  辛うじてDCSの1本だけは避け、反撃に125mmを撃ち返そうと一瞬シ ールドを解いたSLに、狙い済ました3連衝撃砲が全弾命中する。

「……ああ!」  ルカの悲痛な叫びと同時に、碧き獅子はついに衝撃に耐えきれず転倒した。 「ルカ、君が見てきた俺は、全てを出し切ってはいない。本当の俺はな……」  SLに追い討ちをまったく入れず、DCはSLを飛び越え、背後に着地する。 「射撃は才能があるから多用しているだけ、本当は近接バカなのだよ!」  起き上がったSLにシールドを展開し、真っ直ぐに突っ込んでいくDC。 「……私、負けません!」  対抗してSLもシールドを展開する。これが相討ちならばこちらの勝ちだ。  残り13秒、両者が接近して触れようとする瞬間。 「俺は、勝つ!」  クロウは勝利を確信した笑みを浮かべ、黒き獅子は宙を舞った。 「……!」  ルカの脳裏に、先程のシーンが浮かぶ。  反射的にレバーを内側に倒し、次いで外側に開き、両トリガーを引く。  しかし、そこにはシールドを解除しながらバックステップするDCがいた。 「あ、ああ!」  悲痛な叫びを上げるルカの目の前で白い波紋が輝き、そして消える。  ギリギリ届くかと思われたが、DCはさらにバックステップして避ける。  クロウはレーダーを視界の端に捉え、着地と同時にロックを切り替える。  そして、使い慣れた操作を最速で完璧に入力した。  自分が惚れ込み、何を言われようとも変えなかった機体、変えなかった装備。  今まで、何度もの危機を乗り越えてきた切り札。  碧き獅子の目前で、わずかに身じろいだ黒き獅子の砲門が輝きを増していく。 「近接は、格闘だけじゃないのだよ!DCSマックスファイアー!」  黒獅子の砲門から二条の閃光が迸り、樹木を、そして獅子を包み込んだ……。

 ……白き竜巻と蒼き嵐は衝突し、両者は吹き飛んだ。  残り時間は12秒、その瞬間、ルーシアは勝利を確信する。

(セブンブレード・アタックなら、相討ちでもダメ勝ちなのですヨ!)  しかし、視線をわずかに上げると、HPゲージはSCの方が減っていた。 (ナゼですカ?確かに相討ちでしたノニ!)  次いで、視線を右に移してダメージ表記を見、愕然となる。 (ブレードのHIT数が少ナイ!ソレに、コノ多数の細かいダメージは何?)  BLのHPは500しか残っていないが、SCのHPも残り300ほど。  SLのHPは2000以上、DCのHPは1000程度。 (デモ、残り時間ハ10秒以上あるのですヨ!コノまま……)  それは、本当に一瞬の思考であった。  SCが宙を舞い、地面に叩き付けられる、ほんの僅かな時間。  あえてレバーを回さないルーシアの視界を、眩い閃光が埋め尽くす。 「きゃあうっ!」  突然の事態に目が眩らみ、ルーシアは悲鳴を上げる。 「さすが!ナイス援護!」  快哉を上げるシロウの声が、ホワイトアウトの中でも事実を推測させる。  ようやく視力が戻った時、画面には黒煙を吹き上げる蒼き獅子が映っていた。  隣の筐体では、碧き獅子が地に伏せ黒煙を上げている。  そして、終わりを告げる使者、ジャッジマンが誇らしげに現われた。  見得を切り、高らかに勝者を指差す。 「バトル・オーヴァー!バトォール・オゥール・オーヴァー!ウィナーァッ!」  全ての視線が集まる中、『The Rebersi』の文字が表示された。

 歓声が上がる中、二人の画面には『プラチナメダルを獲得しました』のメッ セージが表示されている。  負けなしで100勝した者だけが入手できる勲章。  それが発見され、条件が判明した時、周到な自演か狩り師しか入手できない と、全国から開発者への非難が発生した。  (ガチの)トップランカーで、この勲章を持つ者は今までいなかった。

 しかし、『The Rebersi』は実力で最高の勲章を手に入れたのだ。  二人は、しばし勝利の余韻に浸りながらカードを回収する。 「とりあえず、おめでとう。それと、ありがとう、だね」 「……おいおい、そんな素直な台詞を聞かされると不安になるじゃないか」  相変わらずの皮肉に苦笑するシロウだが、真顔になって続ける。 「最後だからね。素直にもなるって」 「……最後?」  冗談だった『不安』が心の奥からせり上がってくる。

「あうう、負けちゃったのですヨ」  全身の力が抜けきったとばかりに、ルーシアがシートからずり落ちる。 「……ごめんね、最後に気迫負けしちゃった」  ルカには、誰よりも分かっていた。最後に勝負を分けたのは、意思の違い。  ルカは『負けない』だったのに対し、クロウは『勝つ』だった。 「……あの人は、未来を見ていた。……私は、見えてなかった」  自嘲気味に呟くルカに、ルーシアは優しく微笑む。 「ソンナ事、ないのですヨ」 「……?」 「ルカ姉サンは、未来が欲しくて戦ったのですヨ。ダカラ、同じなのですヨ」 「……ルーシアちゃん……」  ルカの瞳が、感謝の想いで溢れる。 「デモ、SL一筋ノ人には、浮気性ノ人デハ勝てなかったのですヨ」 「ルーシアちゃん、それキツいよぉ……」  しかし、続く台詞でルカはガックリとうなだれ、ルーシアは笑う。 「サテ、ゾイドの決着は付いたのですヨ。今度は……」 「……うん、みんな応援してくれてる。だから、頑張る」  ルカは決意の表情を浮かべると、反対側の筐体へと歩き出した。  最高のプレゼントを期待する子供の表情で、ルーシアが続く。

 シロウは筐体から立ち上がり、姉妹を迎える。 「うん、これが最後だ。今から、みんなにも説明するよ」  姉妹の表情から決意を感じ取り、シロウは声を張り上げた。 「みんな、本当にありがとう!オレ達は無敗で100勝、全国で初めて、実力 でプラチナメダルを獲得したゾイド乗りになれた!」  満場の拍手を手で制し、シロウは続ける。 「で、ここで重大な発表があるんだ。……オレは、いつも考えていたんだ。ク ロウと一緒に戦うのは最高だよ。でも、ライバルとしても戦ってみたいって!」 「な!……」 「だから、宣言する!『The Rebersi』は今日で解散!」  クロウが詰め寄ろうとするが、その腕を、肩を、口を、夫婦が押さえる。  シロウの言葉に大きなどよめきが上がり、何人かが同じ質問を発する。 「「「「「じゃあ、シロウとクロウは、誰と組むんだ?」」」」」  その問いを待っていたかのように、姉妹が前に出る。  ルーシアに促され、多数の視線に晒されながらも、ルカが口を開いた。 「……『Valkyrie of Blue Eyes』も、今日で解散です」  決して大きな声ではなかったが、全員が言葉の全てを理解した。 「……ルーシアちゃんは、シロウさんと一緒に」  ルーシアはシロウに抱きつき、二人はそっと唇を合わせる。 「……そして、私は……、私は……」  突然の展開に固まったままのクロウの肩を、アレックスが上から押さえる。  さらに、間髪いれず、膝裏に膝頭を押し付ける。  その瞬間、ルカはクロウへと駆け寄る。  膝が曲がったクロウの顔が、頬を染めたルカの目の前に下がってくる。 「……クロウさんと、……クロウと一緒です!」  その言葉を言い終わると同時に、ルカはクロウに唇を重ねた。  その日一番の歓声が、『Zircon』に響き渡る。  新たな未来の予想図が、それぞれのキャンバスに描かれた瞬間だった……。