6 2003年11月4日 ザトミフ包囲陣内 白石陣地
「稲葉の魔女さん、会えて嬉しいよ」
魔法少女は胸に手を当て、深く頭を下げた。
茶色みがかった髪で、中世的な顔つきは精悍な印象を受ける。
少しだらしの無い印象も受けるが、それが飄々とした雰囲気を生み出している。
舞虎の方も特に感情を露にするわけでもなく、堂々とした口調で返した。
「彼氏じゃなくて…弟だ」
「それは失敬」
後ろに一歩下がり、魔法少女は舞虎に詫びた。
「僕は白石第四魔法師団第二十二中隊長。真紅美月(しんく・みつき)。以後、お見知りおきを」
「中隊長自らご出陣か。ご苦労なことだな」
「指揮官は常に最前線に立つものじゃないか。それに、中隊と言っても人手不足でね」
「奇遇だな。私も一人で一個中隊だ!」
舞虎はライフルの引き金を引く。
撃ち出された徹甲弾が防御結界に当たり、弾き飛ばされて泥中に突き刺さった。
宙を舞う三月は、嬉しそうに微笑む。
「惜しい。あとコンマ数秒早ければ!」
「手練か。厄介だな」
舞虎は、三月が今までの素人とは違うことを短い時間の中で把握していた。
白石の魔法少女の多くは戦争に関しては素人だ。だが時に、修羅を潜った生き残りがとんでもない奴に変貌することがある。
時に稲葉軍をたった一人で壊滅させたりするのはそういった類だ。
もし白石が平均以上の指揮系統を有していたならば、とっくに学園島の西は赤い波に覆われているだろう。
「稲葉の魔女と戦えるとは、僕も幸運だよ。行くぞ!」
「おしゃべりだけは一人前だ!」
「僕にとってはどこも大して変わらない」
舞虎の放った弾丸を三月が長刀で弾き返し、がら空きになった体を狙って投げられたクナイを結界で防ぐ。
ラティの弾丸も至近距離で放たれているにも関わらず、一発とて当てることができない。
「いい反射神経だ」
「驚いたかい。クールビューティ?」
「お褒めの言葉ありがとう。生憎、女性にそう言われても嬉しくはないが」
舞虎の心拍数が上がっていく。
魔法少女は変身することで、常人ならざる能力を手に入れることができる。
それは舞虎だって同じだ。彼女の場合は魔道服で上乗せしている分もあるから、その辺に転がっている魔法少女より能力は上だった。
だが時に、稲葉で言う華菱有紀のようなイレギュラーが戦場には現れる。
個人で十倍の敵を叩き潰し、戦局を変えてみせる存在が。
「楽しませてもらっている、稲葉の魔女さん!」
「減らない口だな、どこのおしゃべりの家系に生まれた!」
美月の剣を銃で防ぎ、銃身を使って受け流す。
至近距離で撃たれた銃弾が三月の剣に当たり、金属片を撒き散らした。
「あ・・・血・・・」
破片で切れた頬から滴る血を手で取って舐め、美月の顔が紅潮する。
「楽しいよ。とっても楽しいよ、ああ楽しい!とっても楽しい!久しぶりだ、この痛み・・・この感触・・・」
三月は剣を構え、白い歯を見せて笑った。
瞬時に距離を詰め、剣を振り下ろす。
「素晴らしいよ!君はァッ!」
狂気じみた笑顔で、三月は襲いかかる。
浴びせられる銃撃をことごとく回避して、斬撃を繰り出す。
舞虎の反撃を押し潰して、前へと進む。
「この痛み、この緊張感!たまらない!持って行かれそうだ!」
「そのまま火星にでも飛んでいけばいいんじゃないか」
「君との戦いはエヴォリューション!まさに進化だ」
三月はただ純粋に戦いだけを楽しんでいた。
強い敵と戦い、全力でぶつかり合う。それだけで素晴らしいこと。
だから戦争の行方も、どちらかが勝つか負けるかなんて些細なものに過ぎない。
「君がいるから、ここは光に溢れている。君から漏れる光が、私の心を真っ赤を照らす!」
「真っ赤に燃えてくれるとありがたいんんだがな・・・ッ!」
舞虎の銃弾を避けて距離を詰めた美月が、鍔迫り合いながら微笑む。
「君との戦いはファンタスティックだ!」
「では夢から出てくるな!」
ラティが弾かれ、舞虎は姿勢を崩した。
そこを狙って、三月の剣が振り下ろされる。
「もらっ・・・」
「てなぁぁぁい!」
剣撃を避けた舞虎は、その勢いのまま三月を投げ飛ばす。
投げ飛ばした先は、弾薬やドラム缶が山積みされた一角。
三月がそこに突っ込むと、紅蓮の火柱が空を赤々と照らした。
「これでくたばっただろう。全く、どうしてこの島は変人ばかりなんだ・・・」
舞虎は手で顔を拭い、ショカコーラを口に放り込んだ。
そして滑空翼を展開し、マナを噴射して飛び立った。