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10 2003年11月4日 ザトミフ包囲陣 稲葉軍橋頭堡

 間耶はパンツァーシュレックを抱えながら、揺れる地面を駆け抜ける。

 「ったく、楽しいロデオだ!俺はカウボーイじゃねぇ!」

 口ではそう言うが、間耶はここにいられることに感謝していた。
 彼女は戦争は嫌いだったが、戦闘は大好きだった。
 
 「おおっとォ!」

 盛り上がりに近づくと、大地が振動する。
 穴から水蒸気が噴き上がった。
 間耶は、探していたものを見つけた。

 「ビンゴォ!ここだ!」

 間耶は這い蹲って盛り上がりを登る。
 泥で顔や軍服が汚れても構わない。
 
 「さっさと、この聳え立つでけぇクソを始末してやる。見てろ」 

 盛り上がりの最頂部まで登り、間耶は工兵用爆薬を放り込んだ。
 
 「ぶっ飛びやがれ!宇宙の果てまで!」

 間耶は左手の中指を立て、右手で信管を作動させた。
 地面が爆発し、泥と湿った土が空高く舞い上げられた。
 
 「間耶・・・凄いな」

 触手と戦っていた舞虎は、その様子に目を丸くした。
 空から爆発部を確認したが、マンティコアの生死は確認できない。

 「お楽しみはこれからだ。ショータイムだぜ、マイコゥよぉ!」

 その言葉通り、地中から傷ついた野獣が姿を現す。
 硬質な紫色の皮膚が泥で汚れ、クチバシがある口からは白い息が大きく吐き出された。
 体から突き出した肋骨は空へと伸び、四本の足が柔らかい地面を踏み締めた。

 「こいつが・・・マンティコア!?」
 「そうだぜマイコゥ。イカした奴だぜ」
 「君の美的センスを疑うよ・・・」
 「美術は単位もらってないんだ。授業出てないからな!」
 「誇れることじゃないぞ!」

 舞虎は高度を下げ、収束手榴弾を投擲する。
 だが爆発も、マンティコアの皮膚はわずかに剥がす程度のダメージしか与えられない。
 
 「確かにイカした装甲だ!だがな!」

 舞虎は左手の魔道具に張られた結界を変化させ、刃を形成する。
 触手を切り裂きつつ急降下し、マンティコアの上に乗った。

 「引いても空かないドアを押すのと同じで、爆発で壊れない装甲は切るだけだ!」

 魔道具をマンティコアの皮膚に突き刺し、血しぶきが上がる。
 舞虎は構うことなく、そこに攻撃を集中させる。
 
 「間耶!何をやってる!早くしろ」
 「サンキュ、相棒!」
 
 舞虎の役割は、マンティコアの注意を出来る限り間耶から遠ざけることだ。
 その間に、間耶が有効打を与える手筈になっている。
 間耶はパンツァーシュレックを構え、マンティコアの頭に向けてロケット弾を発射する。
 狙いは口内。
 召喚獣を倒される時は口内を攻撃されて致命傷を負うパターンが多い。
 元々は映画に出てくる怪物がそのようにして倒されるのを、機転を利かせた兵士が現実でやってみたことが始まりらしい。
 だが、ロケットは口内に直撃せずクチバシをへし折っただけだった。
 マンティコアは痛みに悶え、紫色の血液を流す。

 「クッソォ!注射はお嫌いですかぁ!?」
 「間耶、患者は飲み薬を希望してるぞ!」
 「贅沢な患者だぜ・・・ったくよォ!」
 
 マンティコアの動きは止まらない。
 爆薬で大きなダメージを負ってはいたが、絶命させるには至らなかったようだ。
 一つしかない眼球に睨まれて、間耶は悪態をつく。

 「見てんじゃねーよ、タコ」

 金メッキのルガーで目を潰すと、マンティコアは悲鳴を上げた。

 「やべっ」
 「馬鹿か君は・・・。怒らせてどうする!」

 触手の一撃をを回避した舞虎が、間耶の傍らに着地した。
 全身にマンティコアの返り血を浴び、魔道服も顔もべっとりと紫色に塗れている。
 
 「目を潰されたら、誰だって怒るぞ!」
 「怒る前に痛がるんじゃねぇか?」
 「どっちでもいい!自分でピンチに陥ってどうする!」

 二人が非建設的な口論を続けているうちに、目を潰された野獣は反撃に転じようとする。
 背中が盛り上がり始め、マンティコアが雄叫びを上げた。

 「撃ち出すつもりか!?」
 「その前に殺るだけだ!ハイヨー!・・・あ・・・無理だ」

 二人の前に、触手の群れが迫っていた。
 前だけでなく、いつの間にか後ろにも伸びてきている。
 間耶と舞虎は触手に囲まれ、互いに背中を合わせた。
 
 「どうする?」
 「あー、わからねぇ」
 「いい答えだ」
 「魔法少女って奴は、こういう時どう行動するよ」
 「まずはチャンスを待つ。冷静にな」
 「そいつはいいぜ・・・」
 
 触手が一斉に襲い掛かった瞬間、銃撃がそれを引き千切った。

 「なんだ!?」
 「チャンスだ。行くぞ!」

 間耶が視線を向けると、ハーフトラックから兵士たちが降りてくるのが見えた。
 先ほど彼女が指揮し、戦った寄せ集め部隊の連中だ。

 「准将、無茶しないでください!」
 「我々もお供します!」

 年若い兵士たちは口々にそう言い、触手を薙ぎ払っていく。

 「馬鹿野朗共が!・・・へっ、ありがとよっ!」
 「チャンスは逃さん。購買の焼きそばパンを買うのと同じで、冷静に・・・!」

 舞虎は一気に間合いを詰め、マンティコアを一回転して蹴り上げる。
 残っていたクチバシが全てへし折れ、地面に突き刺さった。

 「いいぜマイコゥ!よっしゃ、ぶっ放せ!」
 「了解です!パンツァー・マヤ!」
 「その名前はやめてくれ。恥かしいじゃねぇかよ」
 「あなたは僕たちの英雄なんです!」

 兵士たちは手持ちの火力を全て、マンティコアの口部周辺に集中させる。
 その間に舞虎は、マンティコアの背中に狙いを定めた。
 先ほど間耶が投げた爆薬で負った傷だ。
 
 「いっけぇぇぇぇ!」
 
 舞虎は大きく振りかぶり、マンティコアの種子部に魔道具を投擲した。
 円形になった結界が弾頭を切り裂き、誘爆させる。
 背中が大きく抉れ、マンティコアの悲痛な叫びが木霊した。
 
 「見せ場だ!行くぜ!」
 「はい!」
 「ありったけ、ぶち込む!」

 間耶と、兵士たちはパンツァーシュレック、パンツァーファウストを一斉に発射する。
 何発かが口内に入り込み、パンティコアの体が揺らいだ。
 
 「処方完了!ご健康をお祈りしてますゥ!」 
 
 間耶が中指を立てて言うと、マンティコアの体から光が迸った。