西ユーラシア政変


西ユーラシア政変

ギルバート・デュランダルプラント最高評議会議長が全世界へ向けて政見放送をしたのを発端に起こった政変。反連合感情の根強いザフト駐留下のベルリンを連合軍のデストロイが無差別攻撃を行ったことを放送し(実際はフリーダムがデストロイを撃退したが、映像ではフリーダムは削除されておりインパルスに差し替えられている)、更に戦争の影の暗躍者「ロゴス」の存在と中心人物の詳細を公表し、全世界の反ロゴス感情を煽った。この放送により各地で民衆による武装蜂起が頻発し、中心構成員の半数が弾圧され、ロード・ジブリールと数名の構成員はロゴス本拠地のヘブンズベースへ逃げ延び、徹底抗戦を図った。

コメント

  • ベトナム戦争時の「テト攻勢」を彷彿させる事件。

プチ掲示板

無題

(2006-09-26 (火) 01:28:44)

というかドイツはいつからザフトの軍門にくだったのだろうか?


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