丁夫人の妹であり、それぞれ曹操と夏侯淵に嫁いでいることから、曹操と夏侯淵は義兄弟ということになる。
ただし大喬・小喬をそれぞれ娶った孫策・周瑜とちがいこの点が語られることは少ない。
史実の夏侯淵の妻は太祖内妹つまり曹操の妻の妹と書かれるのみで、いったい誰の妹なのかわからないため話題にしづらいのも確か。
姉を丁夫人とされるのは推測であって確定的な根拠はない。
もっとも、曹操が夏侯家の出身であるという通説には異論も存在するため、血縁以外で曹家と夏侯家を繋いでいた、
という点においては重要な存在と言えよう。
(実際、曹操の陵墓が発見された際に曹操の末裔とされる人物と夏侯一族の末裔とされる人物のDNA鑑定をしたところ、血縁関係が認められないという結果が出ている)
カード裏には7人の息子がいたと記されるがこれは正史の話で、演義では夏侯覇・夏侯威・夏侯恵・夏侯和の4人しか登場しない。