絡まれている少女
少年は今現在厄介事に巻き込まれていた。
彼に大きな非はない。彼は朝妹に起こされ、妹の作った朝食を食べ、妹に「あ、兄さん寝癖がついていますよ」と言われながら髪を整えられ、そして登校してきただけだ。
一部の属性の人々からは万死に値する朝の光景だが、少年の前にいるのはそのような属性とは縁遠そうな人達だ。
彼の前にいるのは偉丈夫という言葉が似合いそうなガタイの良い黒人達の姿。
学生が通学路に使うような住宅街に強面の黒人がいるのは謎だが、少年にとってはもはやどうでも良いことだ
しかし、相手を威圧するような存在を前にしても少年は動じた様子を見せない
幼馴染の少女に言わせれば、"もはやトレードマーク"となっている気だるげな表情を相手に向けるだけだ
彼がそのような落ち着いた態度を取れるのは少年の肝が据わっている・・・からではなく、黒人達の態度のおかげだ。黒人達はその見た目とは想像もつかない紳士的な態度で少年に話しかけている。
『少年。どこで聞きかじったかは知らないが、そんな低俗な言葉は使うべきではないな。』
『・・・どうもすみません。小さい女の子が誘拐されかけているのかと思い、つい無礼な言葉を使ってしましました』
妹がせっかく整えたショートの髪を掻きむしりながら少年は日本人なまりが全く抜けていない英語で答える。
黒人達の態度はあくまでも紳士的だ。しかし、だからといって彼らが怒っていないかというと、そういうわけでもない。
彼らの会話はしっかり成り立っている様に聞こえるが、少年の方は英語が得意というわけではない。お世辞にも流暢とは言えない発音と不完全な語彙力を使って
少年は一定の距離-叫び声を上げ、逃げ出すことができそうな距離-
『サイ(PSI)。夜には帰ってこい』
黒人達は少年の態度に根負けしたのか、それとも騒ぎになるのを嫌ったのか。懐からお札(少なくとも夏目さんではない)を少女の手に半ばむりやり握らせ、退散した。
サイと呼ばれた少女は黒人達から受け取った紙幣を強く握り締め、数歩歩いた後、一瞬だけ振り返ったがすぐに前を向くと何も言わずに去っていった。
少年が何も言わずにその後ろ姿を見送っているいると彼の後ろの看板の影から2人の少女が出てきた。
2人とも同じ制服を来ているが、胸に着けているリボンの色が違う。
ありがとう
「何あの子。助けてあげたのにお礼も言わないの?」
「知り合いなんだろ。俺達がやったのはただのお節介。」
「そして、自分から厄介事に首を突っ込んだ挙句、人に押し付ける凶悪な女が言える台詞ではない」
黒人達は気づかなかったが、彼らに暴言を吐いたのは少年ではなく、この黒髪の少女だ。
彼女は黒人達に罵倒の言葉を浴びせると、彼女の隣にいたもう一人の少女を曲がり角に連れ込み黒人達から隠れたのだ。
その曲がり角に連れ込まれた少女は申し訳なさそうに少年の横に並ぶ。
「あ、あのごめんなさい兄さん。逃げる様な事をしてしまって」
「別に気にしてない。」
少年は言葉の通り、気にしていないとばかりに少女の短いポニーテールを指先で弾く。
少女はショートポニーを揺らしながらはにかむように笑う。
自分の行いを許してもらえたことより少年にかまってもらえる事が嬉しいようだ。
「あ、そう?なら気にしないことにするわね」
「お前は気にしろ主犯者」
「そんなことより」
「話聞けよ。」
「あの子。聖痕があったわね」
「ていうことはデザイナーチャイルドか?でも、この町のことを考えたら別におかしいことじゃないだろ」
「まあ、この町は遺伝子操作に寛容な人達が多いからね」
聖痕。本来はキリスト教の信者達の体についている傷の事を言う。この傷の原因は科学的に説明できず、神の行った奇跡の顕現とみなされているため聖痕と呼ばれる。 しかし、彼女の言う聖痕はそういったファンタジックな存在でなく、科学的に説明できる人為的な現象である。 それは証。親から受け継いだ遺伝子
「別にこの町の事を考えたらおかしいことじゃないだろ。」 「まあ、そうなんだけどね。ただ・・・」 「なんだよ」 「まあ、いいや。それより早く行きましょ。遅刻しちゃう」 「諸悪の根源が何か言ってる」
「」 無邪気な笑顔を浮かべるロングヘアの少女に少年が噛み付く。少年の冷たい振る舞いにも少女は涼しい顔だ。 「まあまあ、兄さん。ああなんだかんだ行って竜姫お姉ちゃんも悪いとは思っていますから許してあげてください」 少女が椿と読んだ少年の腕に抱きつく。それなりに強く抱きついたのでボニーテール少女の豊かに育った胸が潰れる。 「愛歌。胸が当たってるから離れろ」 「当ててるんです」
「その妹メモって大丈夫なのか?」 騙されているんじゃないのかというニュアンスを込めて椿は尋ねる。 「大丈夫かって何ですか。私の知る最高の妹さんから頂いたメモなんですから大丈夫に決まっています。」 椿のもっともな質問に少女は心外だと頬を膨らませて返す。彼女なりの怒ってますよ〜というメッセージだ 「最高の妹ってなんだよ・・・」 椿の頭には誰のことかという疑問より先にそういった疑問が浮かぶ。 妹の将来に一抹の不安を感じながら歩を進める。 それから約10分後、家を出てから合計で30分位かけて目的地である学校に到着する。 「どっかの誰かさんのせいでギリギリだな」 「はい。ごちゃごちゃ言わずにクラス発表見に行くわよ」 椿の皮肉もどこ吹く風と聞き流し校門へ入っていく。 「新入生はもうクラス分かってるんだっけ?」 「はい。私は1-Dです。良かったら遊びに来てください」 「気が向いたらな」 「むー。それって絶対来ないパターンですよね。まあ、いいです」 ポニーテールが揺れる。彼女は新生活を楽しみにしているらしい。 (楽しめるのならそれが一番) 「椿。さっさと行くよ」 「あいよ」 声に応え、竜姫の跡を追う 織田椿。高校2年生 彼にとっては決して心躍ることのない新生活が始まる。
そして、この 少女は少年の恨みがましい視線を受けても涼しい顔だ。 「つまらなかったわ。もっとも荒れるかと思ったのに。知ってる?mother fuckerって黒人が白人に支配されていた時に母親しか相手がいなかった事が由来なんだって。」 「全てのメディアで禁止用語となっているスラングを何度も使うんじゃねえ。神経を疑われるぞ。」 「大丈夫。ほら私は顔は天使だし」
「自覚のある美人ほど面倒な奴はいねえな」
「昔は1年にも満たないうちに亡くなるのが大部分だったから」
彼は善人でもなければ、優しくもない
「目覚めた?」 「何の話だ」
「もう。だらしないよ。もっとも身嗜みも整えて。そのデフォになってる顔も高校デビューを狙えば?」
「この顔は生まれつきだ」
「高校デビューって、普通入学する時に狙うものじゃないのか?」
彼ら二人は高校2年生。れっきとした在学生である。もし、高校デビューという言葉が当てはまるとしたら二人の数歩後ろを歩いている少女のほうだ。
「ははは。それでは、私は高校デビューを狙った方が良いですか兄さん?」
短い
入学式
「」
去年一年間使った下駄箱とは違う二年生用の下駄箱を使う クラス発表の結果、椿と竜姫は同じクラスになったが、2人はそれが当然であるかのように受け止め、感慨にふけることはない。 「今年もよろしく」と一言交わしただけだ。 そんな倦怠期の夫婦のような2人の会話は
「皆さんご存知の通り、私達デザイナーチャイルドは基本的に一般の方々の大会に出場することはできません。」 「しかし、競い合う事はできずとも、刺激を与え合う事はできると思います。」 「この出会いが」
椿の不眠症が発症。窓越しに深夜の会話を行う
部活調査
愛歌と竜姫の二人の会話。才能が無いのは当たり前で、諦めて、妥協して生きて行くことが普通のこと。でもやっぱりそれは悲しいことなんだよ。
デート
誘拐
再開
ああ、そっちね。どういたしまして。でも気絶させちまったからなぁ、持って帰んの大変じゃない?