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中性浮力(1)

 「中性浮力は大事なスキルだ」と、皆、口をそろえて言います。しかしながらなぜ大事なのか、どうしたら身につくのかの説明を求めると、「慣れれば出来るようになる」という曖昧な返事しか返ってきません。昭和の時代に「先輩の仕事を見ておぼえろ」「自分で考えろ」と言って教えていたダメな上司そのものです。
 ダイビングスキルは物理学、化学、生理学、心理学などなどですべて説明がつきます。何となくの感覚で教えているインストラクターは昭和のダメ上司とかわりありません。中性浮力こそ理論を理解して、その理論を実践することで上達するスキルです。
 そもそも中性浮力とは何でしょうか? 「浮きも沈みもしない状態」と答える方が多いように見受けられます。ガイドですら、このような回答をします。感覚でしか理解していない証拠です。中性浮力とはダイバーの比重がまわりの海水の比重と同じになる状態のことです。比重が同じですので、何もしなければダイバーの体はその場にとどまります。無重力状態と同じことです。そして少しの力で上下前後左右に移動し、慣性で移動し続けます。体が水平になった状態であれば上下の移動は水の抵抗ですぐに止まります。水平移動は体が流線形になっていると一回のフィンキックでかなりの距離を進みます。中性浮力がとれている状態では、ほんの少しの力で移動し、止まっているときは体を動かす必要はまったくありません。ほとんど体を動かさないので体力を使いません。呼吸の量や回数も減ります。疲れないし、エアーの消費も抑えられます。
 では中性浮力を実現するには、どのようにしたら良いのでしょうか? 比重を論理的に考えます。まわりの海水よりもダイバーの比重が大きくなれば沈みます。逆に比重が小さくなれば浮いていきます。そして比重差が大きいほど早いスピードで浮いたり沈んだりします。比重は体積と重さで決まります。算数の式はともかくとして、重さが変わらずに体積が大きくなれば比重は小さくなります。あるいは体積が変わらずに重さが軽くなれば同じように比重は小さくなります。すなわち体積が大きくなるあるいは重さが軽くなると比重が小さくなりますので、ダイバーの体は浮いていきます。沈む理論はこの逆です。体積が小さくなるか、重さが重くなるかすれば沈みます。これが浮き沈みの理論になります。そして重さが増えても体積も同じように増えていけば、あるいは重さが減っても体積も減れば比重はかわりません。重さと体積の関係はとても重要です。これが理解できないと中性浮力の理論を理解することはできません。
 中性浮力を実現するための基礎スキルは自分自身の体がが浮き気味なのか、沈み気味なのかを水中で気づけるようになることです。正しい状態がわからなければ調整できません。フィンキックはもちろんのこと手足の動きをすべて止めて、呼吸も止めます。ほんの二秒くらい我慢してください。中性浮力がとれていれば深度に変化はありません。体が沈みはじめたり、浮きはじめたりすれば中性浮力がとれていないことになります。深度計を見ながらおこなうと確実です。
 沈み気味ならば比重を小さくし、浮き気味ならば比重を大きくします。水中で重さの調整はできないので、体積で調整するのが基本です。比重を小さくする場合はダイバーの体を大きく、比重を大きくする場合はダイバーの体を小さくします。ではどうやってダイバー自身の体の大きさを調整するのでしょうか? このときに肺を使います。肺にエアーを入れれば胸が膨らみ体が大きくなります。逆に肺からエアーを出せば小さくなります。
 沈む動作を止めたいときは息を吸い、浮いていく動作を止めたいときは息を吐く。肺の大きさを調整することで体がピタリと止まるポイント、すなわち中性浮力がとれる状態を見つけます。中性浮力は肺の大きさで実現する。これが中性浮力の基本スキルです。
 きっと質問があることと思います。「中性浮力が実現できる肺の大きさがわかったとしても、呼吸をすれば肺が大きくなったり小さくなったりするので、中性浮力が崩れてしまいませんか?」です。そのとおりです。実は比重が変わっても、実際に浮きはじめたり、沈みはじめるまで二秒ほどのタイムラグがあります。センシティブに浮いたり、沈んだりするわけではないので、肺の平均の大きさが中性浮力になる大きさとすれば大丈夫です。すなわち普通に呼吸しているときの平均値のことです。
 体が浮いていくときはインストラクターから「息を吐きなさい」と水中で指示されていたことと思います。その理由が理解できたことでしょう。息を吸ったときに浮いていくのは肺にエアーが入ったからではなく、肺が大きくなり体全体の体積が増えるからだということも理解できるはずです。
 中性浮力を実現する方法が理解できたら、次は中性浮力を崩す方法を覚えます。中性浮力を崩すとはどういうことでしょうか? 中性浮力を保った状態から浮いたり、沈んだりする動作です。ここまでの流れを理解していれば頭で考えるのは簡単です。体の体積を大きくすれば浮かびます。すなわち肺にエアーを入れたら浮かび、息を吐いたら沈みます。フィンキックで水深をかえるのは急いで潜航する必要があるときだけです。それ以外はフィンは使わずに肺だけで深度を変更します。これが正しい上下移動の方法です。具体的には中性浮力を保った状態から水底に着底するとき。着底した状態から離脱する(水深をあげる)ときです。息を思いっきり吐いて着底し、肺に思いっきりエアーを入れて水底から離脱します。水深が変化するまで二秒間のタイムラグがありますので、ほんの少しだけ呼吸を止めて我慢します。フィンキックをしないで着底したり、離脱できるようになれば砂を巻き上げることなく着底や離脱が出来るようになります。フィンは水平状態を移動するために使うものであり、水深の変更や維持は肺でおこないます。中性浮力を理解するということは正しいダイビングスタイルを実践できるようになることです。
 講習でフィンピポットを練習したことと思います。息を吸えば体が起き上がり、息を吐けば体が沈む練習です。理屈もわからずやらされたことでしょう。ここまで読んだ方ならばフィンピポットの練習は肺の大きさにより浮いたり沈んだり、一定の水深を保つ(中性浮力)の練習だということが理解できるはずです。本来はここまで丁寧に説明したうえで中性浮力の講習をおこなわなければ基本的なところが理解できず、何となく中性浮力っぽいことができるダイバーにしか育ちません。
 肺で水深を調整する、中性浮力を実現することができたならば、次はBCDの使い方を覚えます。BCDという命名がよくありません。浮力を制御するデバイスなどと言われると、浮力、すなわち浮上したり、沈んだりするために使う器材だと誤解してしまいます。中性浮力も浮き沈みも肺でおこなうのが基本であり、BCDは補助的な役割でしかありません。
 中性浮力をとろうと肺に思いっきりエアーを入れて、肺活量限界まで肺を膨らませます。それでも沈んでいく場合にBCDを使います。BCDを膨らます、すなわち体積を増やすことで肺で対応できない量の体積をBCDで増やします。その後はふたたび肺で調整します。このとき、肺の大きさの平均値で中性浮力がとれるようにBCDの膨らみ具合を調整するのが理想です。なかなかうまくいきません。膨らませ過ぎた場合はエアーを抜いてみます。最初のうちには吸気ボタンを一押し、二押しで、少しづつ膨らませていくようにします。器材と水深がかわらなければ、中性浮力をとるためにBCDに入れるエアーの量も同じです。入れた量(ボタンを押した回数)をおぼえておけば、効率よく一回の操作で適正値を入れることができるようになります。「何度も潜ればできるようになりますよ」という言い加減な教え方をするのではなく、理論を理解する方向で教えなければいつまでたっても上達しません。
 浮上してしまうときは逆の操作です。肺の中を空にしても浮上が止まらない場合に限りBCDからエアーを抜きます。このときに抜き過ぎると沈んでしまいますので、排気ボタンを一押しか二押しにしておきます。排気ボタンを押すときは左手でインフレーターを高く掲げてエアーの出口が一番高く海面を向くようにします。左肩を少し上にあげると上手くいきます。あわてると正しい姿勢ができず、いくら排気ボタンを教えてもエアーが抜けないことになります。浮上が止まらないと焦ってしまい、何度も排気ボタンを押してしまいます。浮上が止まるまで二秒間のタイムラグがあります。あわてずにじっと我慢します。フィンキックで水深を下げて時間稼ぎをするのも有効です。浮上速度がどんどん上がってしまう場合は排気スピードが追い付かない、あるいは器材故障が考えられます。緊急事態ですので排気ボタンを押し続けます。稀に間違って吸気ボタンを押すダイバーがいます。レンタル器材を使うときは潜航前にボタンの違いを確認する習慣をつけておきましょう。
 中性浮力と水深調整は肺でおこない、BCDとフィンは補助的な役割です。水中で常にインフレーターを手にもち、水深がかわるたびにインフレーターを操作するダイバーを見かけることがあります。もうおわかりですね。悪い見本です。これは講習のときにインストラクターがBCDを水深調整するものとして教えてしまう、あるいは誤解を招くような教え方をしたことが原因です。また常にフィンキックで水深を維持するのも間違いです。そもそも中性浮力がとれていないことになります。
 ここから実践編にはいります。ダイビングでは最初から最後まで中性浮力を保つのが理想です。海水の比重はかわりませんので、ダイバーの比重を海水と同じになるよう一定数値を保つことを目指します。あらためて比重が変化する要因を考えてみます。比重は体積と重さ決まります。すなわち体積あるいは重さが変化すると比重がかわることになります。体積が変化する要因はみっつあります。一番は肺です。肺で体積を調整し浮き沈みや中性浮力をコントロールするのは先に書いたとおりです。そしてBCD。肺で調整できないときにBCDにエアーを入れたり、出したりしてコントロールします。残るひとつがウエットスーツです。ウエットスーツは水中だと水圧で中の気泡がつぶれて薄くなります。薄くなることにより体積が減ることになります。水圧は水深でかわりますので、水深によりウエットスーツの体積は大きくなったり小さくなったりします。ウエットスーツだけではありません。BCDに使われている背あてのクッションも水中だとつぶれますので体積が減ります。水圧でつぶれる素材を多く使っているBCDは水深変化で体積が大きく変化することになります。ウエットスーツにしろ、BCDの素材にしろ、体積の変化は理論通りの動きをします。海面では最大体積であり、深度が下がるにつれ体積が減っていきます。比重を一定に保つためには深度により減った体積を何等かの形でおぎなうことになります。このときにBCDを使います。深度により減った体積分だけBCDを膨らませば、全体の体積は一定に保たれることになります。逆に水深があがることによりウェットスーツや素材が元の体積に戻っていくのにあわせてBCDからエアーを抜いて全体の体積を調整します。これが正しいBCDの使い方です。ウエットスーツ内の気泡がつぶれるから浮力がなくなると教えるインストラクターやガイドが多いですが、正しくは体積が減るからです。中途半端な教え方は誤解を招くことになります。
 比重のもうひとつの要因、重さを考えます。水中でダイバーの重さが変化することがあるでしょうか? ひとつだけあります。タンクです。正しくはタンク内のエアーです。陸上で生活していると空気に重さがあると意識することはありません。しかしながら空気にもちゃんと重さがあります。空のタンクと200気圧のタンクでは2kgくらい重さが違います。すなわちタンク内に充填されているエアーには2kgの重さがあるわけです。水中でエアーを吸えば、それにあわせてタンク内のエアーが減っていきます。と同時に、少しづつ軽くなっていくわけです。エクジット時の残圧にもよりますが、最初と最後では1-2kg重さが減ることになります。ここで本題である中性浮力の話にもどります。体積同様、重さが減れば、その分、増やしてやれば比重を一定に保つこと、すなわち中性浮力を維持することができます。しかしながら水中で使ったエアー分だけのウエイトを足していくというのは現実的ではありません。そこで別の方法で減ったエアー分の重さを補い、比重を一定に保つ手段をとります。比重が体積と重さで決まるのは何度も説明したとおりです。重さが減った場合、体積も減らせば比重はかわりません。数式で確認したい方は比重の計算式を調べてください。水中で体積を減らす方法は簡単です。BCDからエアーを抜けば、膨らみが減るので体積が減ります。これがBCDのもうひとつの正しい使い方です。
 ここから先は適正ウエイトを理解してからでないと、一連の流れを理解することができません。先に適正ウエイトを説明します。

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