河原林研究室>>ワンマン的日記>>ワンマン的覚書(中間報告会前夜)
現在とは、考え方が違うかもしれないが、当時のまま残す。2009/10/27
テーマ | RoboCup? Soccer Simulationにおけるワンマンエージェントの設計と評価および混合時のチームパフォーマンス分析 |
中間報告を前にして、少し整理をつけてみる気になったので、メモる。
本研究テーマのキーコンセプトとなるワンマンエージェントとは、そもそもなんだったのか?
回帰する意味も込めてもう一度思い出してみる。
推敲しきってないので、読みにくいです。
このテーマに行き着くまでの議論を直線的に説明するのは、(文章力的にも)困難だろう。
(以下、かなり主観的な議論である恐れがある。)
現在、RoboCup? Soccer Simulationでとられているエージェント設計では、『チームがサッカーというゲームに勝つこと』を設計者が頑張って実現しようとしている。つまり、チーム全体の構想が(設計者の脳内/前提に)あった上で、エージェントの設計が行われている。これは、エージェントの役割(FW/MF/DF)やフォーメーションと言った形で、表現される。
すなわち、協調プレー(※協調を意図して設計されているエージェントからなるチームのプレー)を実現するために、設計者は知恵を絞って、エージェント設計を行っている(はず)。
一方で、(時間的には遡るが)
エージェントとは、本来、自分の利益を最大化するために行動を決定するものではなかったのか?
なぜ、‘マルチ’になったとたんに協調をしなければならなくなるのか?
もっと自由に動いていいんじゃないか?
、とマルチエージェントによる問題解決の利点をあたかも無視するような疑問も同時に抱いていた。
本研究においてキーワードとなるものをとりあえず列挙してみる。
適度に新出順(下に行くほど新しい)
ほぼ無定義語として用いていた。チームっぽいプレー。
対義語は、(直感的には)ワンマンプレー。しかし、これは、論理的には、(チームプレーの)補集合と同値ではない(だろう)。
(そもそも、対義語ってのが、補集合ってことでもないのかもしれないが…)
ワンマンエージェントによるプレー。
他のエージェントと協調せずに(必要条件)、自分ですべてをやっているように見えるプレー。
チームプレーと同義。
『俺がしたいから、する』というDesire(欲求?欲望?)をもったエージェント
(読み)デザイアー
主体(エージェント)を突き動かす何らかのエネルギー。
行動より前に顕れる。
(または、協調を意図して設計されているエージェント)
チームプレー/協調プレーをする(ことが期待される)エージェント。
“設計者が"、(他のエージェントと)協調行動をすることを期待して設計したエージェント
“設計者が"、(他のエージェントと)協調行動をすることを期待せずに設計したエージェント
(協調行動をしないことを期待したエージェント)ではないことに注意。