「今週の土曜だぞ。覚えているだろうな?」
「もち。2時にフミキリのところ。そっちこそ覚えてるよね。」
「もち。10年の1度の彗星EMAの大接近。誰が忘れるもんか。」
「僕だって。」
あの頃、僕たちはお互い何の蟠りもなくはしゃぎあっていた。
そう、その日が来るまでは。
《おことわり》
この物語はフィクションです。劇中に出てくる人物、団体、場所および天体現象などは全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。
「はぁはぁ」
僕は夜の闇の中、走っていた。誰かから逃げてるわけでもましてや悪夢を見てるわけでもない。単に友達との約束に遅れそうだから急いでるだけだったりする。
僕の名は奥里空(おうりそら)。小学5年。
で、今は夜の2時。懐中電灯片手にフミキリに向かっているところだ。
本当ならこんな時間に外出するのは許して貰えないのではと勘ぐられるかもしれない。けど今日は特別なんだ。ちゃんと親の許可も取ってある。なぜならこの約束がここでの、そして”僕”の、最後の思い出になるのだから……。
とか言ってるうちに望遠鏡を担いだ人影が見えた。十中八九、約束相手だ。
斐湖流(ひこながれ)。同じく小5。去年の秋にここ香川県木田郡へ引っ越してから初めて出来た友達だ。
流も僕も星の話題が大好きで、そのおかげて他の誰よりも仲良くなることが出来た。
出逢って8ヶ月しか経ってないのだけど、生まれた時からの友達の様だと僕達だけでなくまわりのみんなも言っている。
「ごめんごめん、準備に手間取った。」
「空、おそい。2分遅れー。」
そう言って振り向いた流が僕には一瞬息を呑んだように見えた。
「ん?どしたの?」
「い、いや。なんかすごい荷物だと思ってな。」
あっ、そんなことか。よかった。
「まあ、お菓子とかカイロとか星座図鑑とかいろいろ持ってきたからね。それより天気のほうは大丈夫なの? なんか曇っているけど」
「大丈夫らしいぞ?いまこのラジオで聞いたけど彗星が見える頃にはちょうど晴れ目が射すってさ。」
「じゃあ、ダイジョブだね。」
「ということで、準備するか。」
「うん。」
僕達はそれからフミキリ脇の土手に望遠鏡を設置し、晴れ間が射すのを待った。彗星が降るのは2時35分、約30分後だ。
準備も済み、ただ待つだけになった僕達に不意に沈黙が襲った。
「なあ。空?」
沈黙を破ったのは流からだった。
「なに、流?」
「明日、引越しするってほんとか?」
「……、うん。」
引越しが決まったのは急な話だった。もう何回も引越ししているから慣れていると言うと嘘になる。本当はここへ来るのが最後の引越しになるはずだった。だから僕も進んで友達になったのに……。
「そっか。どうしてだ?」
「えっ……」
「……、まあいいか。」
理由は言えない。流にだけは知っていて欲しいとも思う。けど絶対に知られたくないとも思う。だから僕は黙っているしかなかった。でもそれを無理に聞こうとはしない流が僕にはとても優しく思えた。
「でも、さびしくなるな。」
「うん……」
さびしい。僕は僕のことを知る人のいない場所へ行かないといけないから。
「今度は何処へ行くの。」
「わかんない。どこか遠くかもしれないし、案外近くかも知れない。」
本当は知っている。今日父さんに教えた貰った。でも言えない。
「そっか。星がよく見えるところならいいな。空が綺麗なところ。」
「う、うん……」
僕のことじゃないのはわかっているけど流が言った言葉にちょっとどきどきしながらそう答えた。
「ついたら手紙書いてくれよ。俺も書くから。」
「……。出すことは出来ないかもしれないけど、書くだけなら……。」
住所がばれてしまうといけないからから。
「そっか……。」
「ごめん……。」
怒ってるのかと思った。だからごめんとしか言えなかった。
「気にすんなよ。空のせいじゃないんだろ?」
僕のせいだ。僕がこんなことになってしまったから。だから……
「ごめん……。」
「……そうだ。」
「どうしたの?」
「じゃあ、約束しよう。」
「えっ?」
思いもよらない言葉だった。引越しのことを黙ってた、そして今も嘘をついてる僕と約束。本当かと耳を疑った。
「だから約束。10年後の今日、ここでこの時間二人でもう一度、彗星EMAを見よう。
もしも今日見えなくてもその時に一緒に見ようぜ。」
「……、うん。そだね。」
多分、10年後、流には僕のことは分からない。でも嬉しかった。だから約束した。親友との最後の約束、そして”僕”として最後の約束を。
「じゃあ、指きりだ」
「うん。」
「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます。指切った。」」
「約束だ……」
「うん……」
《後書きというかなんちゅうか》
この作品、実は少年少女文庫の第2掲示板にある『春 詩 音(作:電波妖精さん)』に影響されて、自分も歌を題材にしてなんか書きたいなぁって思ったのがきっかけです。
で、構想を練ってるうちに『転校後の出会い』を書いた作品は割とあるけど、『転校直前の別れ』をクローズアップした作品は見かけないなぁって思い、この作品が出来ました。
一応、『転校前の友達との繋がり』をテーマとした続編(しかも長編)を考えてます。
お眼汚しかもしれませんがそちらの方も良ければどうぞ。
あれから10年……。
俺は約束どおり、10年後のその日、あの時のフミキリに2時に来ていた。
あいつが約束を忘ているハズがないのはわかっているが、本当に来るかどうか不安だった。
あいつはまだ来ない。そういえば確か10年前も遅れて来たな……。
「ごめんごめん、準備に手間取っちゃった。」
「そら、おそいぞ。2分遅れ。」
そう10年前と同じ言葉を言って振り向いた先に、10年前と同じように大げさな荷物を背負って息を切らしてるそらがいた。
そう、『空』ではなく『そら』。
後で聞いた話によるとそらは10年前、あの日の数日前からに徐々に女の子になっていったらしい。
それは10年経った今でも原因不明の事で、戻る可能性があるかどうかも謎だそうだ。というか医者はとっくの昔にさじを投げたらしい。
そしてそらの家族は世間体を気にしてこの町を引っ越した。
そらも俺にそのことを知られるのを、いや、そのことを知る事により俺がそらを嫌いになることを恐れて何も言えなかったらしい。
俺はそれを知ったとき怒った。それまで生きていた中で1番怒ったと思う。
俺を信じて欲しかった。それぐらいで壊れる友情じゃないと信じて欲しかった。
いきり立つって俺は文句を言った。「もう一生口を利かない」ともいった気がする。
すると、そらは泣き出した。
あれはずるい。
あの顔で泣かれたらこっちが悪いみたいじゃないか。
実際あれから当分の間、そらの泣き顔が離れずこっちから謝ったぐらいだ。
まあ、そのあともいろいろあったけど結局のところ俺たちはいま付き合っている。
「……れ、…流、お〜い、ながれ〜。」
「うわっ!?」
思い出から舞い戻った俺の目の前にそらの顔があった。
「な、なんだよ。」
いきなりのアップに俺は思わず顔を赤くして背けた。
「それはこっちの台詞! いきなり黙り込んでどうしたのさ?」
「いや、その荷物。あの時もそんな大げさな荷物を背負ってたなぁって思い出してな。」
「あはは、そういえばそうだったね。」
「懐かしいよな……。」
「うん、そだね……。」
その日、俺たちは手を握りあって空を見上げた。
強く強く、もう離れ離れにならないように……
――大丈夫だよ、もう離れたりしない。これからはずっと……
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。」
静粛の中、満天のそらがそこにはあった。
綺麗でとても澄んだ、雲ひとつない、満天のそらが
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