スレssまとめ4


スレssまとめ3

ID:T3W1eclq0氏(◆kqOEd9QMkY氏)のss

 鈴が鳴るのを待っている。
 姉の部屋の入り口、ドアにもたれかかるようにして座っている。
「お兄ちゃん、暇なの?」
 階段を上がってきた妹が呆れたように僕に言った。親子丼の美味しそうな薫りが僕の鼻をくすぐる。
「あ、もうそんな時間だっけ?」
 はぁ、とタメ息をつくと妹はお盆を床に置き、僕の隣に座り込んだ。
「なんだよ」
 じーっ、と睨むように僕を見て、妹は、「知らない」、顔を背ける。
 まったく、うちの女どもは訳がわからない。僕は胸の中でため息をつく


 姉が引きこもるようになったのは3ヶ月ほど前からだ。詳しい理由は知らない。明るく、快活な人だった。小さな頃から僕は玩具のように扱われ、下僕のように従わされ、人形のように気まぐれに可愛がられた。
 だから、信じられなかった。家族皆がそれぞれにショックを受け、それぞれの方法でどうにか或るレベルまでは立ち直り、「日常」を「普通」に回していくことに慣れ始めた頃、姉は完全に誰とも口をきかなくなっていた。
 同時期、僕は修学旅行に行き、そこでその鈴を見つけた。淡い緑色の、硝子で出来た小さな鈴。子供の頃に姉が創作した童話を思い出していた。


「お姫様は言いました」窓を向いたまま、こちらを見ようともしない姉に向かって僕は物語る。「王子よ、わたしの願いはひとつだけ。もし、それを聞き届けてくれるのなら、わたしは今宵こそ貴方の妃になることを誓います」
 お姫様は気まぐれで我がままで、しかも嘘つきでした。王子はそれを十分に知りながら(何しろ今まで騙された回数ときたら、お城にいる人間みんなの両手の指でも数え切れないほどなのです)、優雅に微笑んで頷きました。
「その願いとは?」
 お姫様は侍従に鈴を持って来させると、手に取り、王子の目の前に掲げました。
「この鈴が鳴ったら、必ずわたしの元にやってくること」
 王子は拍子抜けしたように暫く口がきけませんでした。
「……それだけ、ですか?」
「そう」お姫様の唇が奇妙なかたちに歪みました。「それだけです」
「わかりました」王子は胸を叩いて、「たとえ何が起ころうと、必ずや貴方の元へと参ります」
 いままでの無理難題――「ゴンゲゲ鯨を捕獲せよ」やら「眠りの国の薔薇を持ち帰れ」やらに比べるとそれはいかにも容易く王子には思えたのです。少なくとも実行可能には見えました。
 早い喜びに浮かれる王子は、だから、気が付きませんでした。お姫様の自分を見つめる表情に。どこか遠いものを見ているような哀しい瞳にも。
 まったく。


 夜。お姫様に近い部屋を、城の家来を買収して手に入れた王子はひたすらに耳を澄ませていました。徹夜の覚悟です。彼の運命はまさにこの夜にありました。
 りん、
 鈴が鳴りました。1回。本当に微かでしたが、王子はすぐ部屋を飛び出すとお姫様の元へと向かいます。やっと、やっと、やっと。走るリズムに己の呟きを重ねるようにして王子はお姫様の寝室へとたどりつき、ドアを開きます。
 最初に感じたのは夜風の冷たさでした。ばさばさ、とカーテンが風にはためいています。ベランダへとつづく窓は開け放されています。
 予感にかられ、王子は駆け出しました。お姫様の表情を思い出しました。「馬鹿な」知らず、そう口にしていました。ベランダから下を見て、眼を瞑りました。鈴が鳴りました。地面に転がり、風に吹かれ、鳴っていました。
 王子はためらいませんでした。
 
 翌朝、城は大騒ぎになり、王様と王妃は泣きはらし、「何故」を繰り返しました。「何故、心中なんて?」
 お姫様と王子は手を繋いで果てていたのでした。お姫様の奇行に慣れていたはずの人々もこれには首をかしげました。それでも、どうにかそれらしい理由をつけ、彼らは死を受け入れると日常に戻っていきました。
 彼らの豪華な墓には自国から他国から民衆から様々なものが哀悼の証に送られましたが、その中にあの鈴はありませんでした。何処にも見つかることなく、あの夜、鈴は消えました。


「奇妙な話だよね」僕は一息つくと姉を見る。姉はやっぱり黙っている。「だから、覚えてた」
 鈴を取り出す。りん、と鳴らしてみる。
「僕だって、誰かの――」さすがに「王子」は恥ずかしい。
「まぁ、おーじもどきには慣れる、と、思う」イントネーションを変えて言ってみたが、耳まで真っ赤になってしまった。呼吸を整え、つづける。
「だから、その、受けとってくれないかな。呼んでくれれば必ず駆けつけるから。何かちょっとした用があったら、鳴らしてよ」
 机の上に置いて、逃げるように部屋を出た。
 妹がHGの真似をするゴリラでも見るような目で僕を見ていた。
「……もしかして、聞いてた?」
「王子もどきってナニ。王子じゃないの?」
 羞恥に染まった僕は唸り声しか出せなかった。
「まったくもう」かぶりを振り、「いいけど。お兄ちゃんらしくて、いいけど」
「何か言いいたそうだな」
「べっつにー」
 妹は階段を下りていこうとして、振り返った。
「お兄ちゃん、」真面目な顔だった。「もしかして、お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと……」
「な、なんだ」
 妹は僕の顔を怒ったような泣き出す寸前のような表情で見つめたあと、
「……なんでもない」
 そう言うと、今度こそ1階へと向かった。


「で、今に至るまで一度たりとも鈴は鳴ってないんだよね?」
「……ああ」
 僕は頷く。姉に見捨てられたような気がしていた。胸の底に亀裂があった。そこから覗き込んだ暗い穴には果てがなかった。
「あのね、わたしが予言してあげる」妹はふふん、と笑う。「きっと、永遠に鈴は鳴らないよ」
 どうして、その言葉を飲み込んだ。妹の真剣な瞳が僕を捕らえていた。
「お兄ちゃん、怖いんでしょ?」
 答えられない。事実だったからだ。
「変わっちゃったお姉ちゃんと向き合うことが。自分の存在を無視されることが、まるで自分のことなんて見ていなくて、別のどこかを、何かを見つづけてるお姉ちゃんとどう接したらいいのか。
 でも、怖いのはわたしもだよ。お母さんも、お父さんも。
みんな、みんな、怖いの。怖くて仕方ないの。それを隠してるだけなんだよ。でも、でもね、いちばん怖いのは誰か考えたことある? ねぇ、お願い、わかるって、言って」
 ひとりしかいない。鈍器で頭を殴られたようだった。僕は、馬鹿だ。「――ごめん」
「それはわたしに言うべき言葉じゃないよ」
 妹は少し黙り、つづける。
「お姉ちゃん、きっと嬉しかったと思う。子供の頃に自分がつくったお話を誰かが覚えていてくれて、そのお話通りに自分を助けようとしてくれる人がいるんだもん。でも、やっぱり」
「――怖い」
 うん、と妹は頷く。
「鈴を鳴らせば、きっとお兄ちゃんは来る。来て欲しいけど、でも、それはお姉ちゃんが拒んでいる世界を呼びよせることでもあるの。
 あのお話、どうしてお姫様が死んじゃったか、わかる?」
 僕は少し考えてから首を振った。


「わたしは、わかる。お姫様はね、鈴が鳴る前に王子に来て欲しかったんだと思う。鈴が鳴ろうが鳴るまいが関係ない、俺はずっとお前のそばにいる、そう言って欲しかったんだと思う」
 でも、王子は来なかった。
「ただ、その時がくるのを、待ってるだけだったから。お姫様にとって、自分の出した試練はきっと賭けでもあったのね。その底にある問いを王子が正しく見出し、そして答えを導けるかどうか。
 死ぬことはきっと前もって決めていて、それを王子ならもしかしたら変えてくれるかもしれない、来てくれるかもしれない、そう、夢見ていたんじゃないかな。現実の臨界に立って、お姫様に残されたのはその夢だけだったのかもしれない」
 妹は顔を上げた。
「ねぇ、男でしょ? 男なら、お姉ちゃんの背中を押してあげてよ。何回拒絶されたっていいじゃない。どう思われたっていいじゃない。それができるのはお兄ちゃんしかいないんだよ?だから――」
 泣きじゃくる妹の肩を抱きよせる。
「わかった」僕の胸のあたりに妹の涙が染みていく。「ありがとう」
 妹は頷いた。いつか、子供のとき、泣いていた僕をこうやって姉が慰めてくれていた。
「大丈夫」
 そう穏やかな声でささやかれ、その温もりの中、僕はいつだって泣きやんだ。
 ドアを見つめる。掌を握りしめ、開く。繰り返す。
「――大丈夫」
 僕は言った。妹は、うん、と小さな声で返事をするとゆっくり身を離した。眼をしばたたかせ、微笑む。
「頑張ってね」まっすぐに僕を見て、最高の笑顔で、「王子様」


 鈴を握りしめるようにして、姉は眠っていた。夢を見ているのかもしれない。目元に涙が滲んでいた。
――男なら、押してあげてよ。
 華奢な背中。いつのまに、こんなに脆くなってしまったんだろう。布団に手を伸ばし、目を閉じる。息を吸う。
 大丈夫。
 僕はおはよう、と言う。姉が起きて、夢から覚めて、そのあともまた夢に似た世界に閉じこもろうとしても、僕はそばにいる。
 おはよう。僕はノックをして、あなたの場所へ向かいます。今日も、明日も、きっと、これから先も、ずっと。だから、
 おはよう。
 この世界に、また新しい朝が、来ます。


◆kqOEd9QMkY氏のss

 雨に濡れた手紙。
 切手もなく、宛先もないその淡雪色の便箋を僕は姉の枕元にそっと、置いた。
 夕方になって降り出した雨は激しさを増していたがカーテンに閉ざされたこの部屋には、その音はどこか別の世界から聞こえてくるようで、どこか現実感がなかった。
 子供の頃、夜中、風に乗って隣り町の祭り囃子が届いていたが、それに似ている気がした。
 姉のベッドの脇に佇み、耳を澄ませていた。遠い、何処かの囃子を聞いていた。

「どーしたの?」
 風呂上りの髪にドライヤーをかけながら、妹が僕に声をかける。
「ん、何が?」
「暗い顔してる」
 そうかな、笑ってみせながら僕は自分の顔を触る。頬を撫でる。髭の剃り残しにいまさら気づく。
「あまり、溜め込まないでね」
 ドライヤーのスイッチを切り、妹が顔を寄せた。洗い立ての髪からリンスの良い薫りが僕の鼻をくすぐる。
「なんか、お兄ちゃんってときどき共感しすぎるっていうか、影響受けやすいから。悩みがあったら、遠慮せず、この頼りになる妹にぶつけてみなさい」
 後半は冗談ぽく、笑いながらだったが、真剣に僕のことを心配してくれているのはわかった。
「おっけー」僕は笑って頷く。「ちゃんと相談するよ」

 ドアをノックする。返事はない。いつものことだった。部屋に入る。姉は起きていた。
「おはよう」声をかける。「ご飯、持ってきたよ」
 茶色の毛布を体に巻くようにして、姉はベッドに腰かけ、床を見ている。
 勉強机にお盆を置き、
 「じゃあ、行ってきます」
 登校の挨拶をし、背を向けた。
「……て」
 振り返る。姉はまだ下を向いたままだったが、さっきまでは固く結ばれていたはずのその唇が微かに開いていた。
「どうして?」
 僕は答えない。右の拳が痛んだ。煙草の押し付けられたあとがそこにあった。時代遅れなんだよ、心の中で呟いていた。
「姉さんのせいじゃない」
 はっきりと言った。
「馬鹿な奴らのせいで、姉さんが苦しむことなんてない」
 応えはない。それでも良かった。沈黙がつづき、姉の言葉が震えた。僕は動けなかった。上級生にリンチされた痛みより、女たちの嘲り笑うような声を浴びせられるより、どんな傷よりもその言葉は僕を震わせ、打ちのめした。
「好きだったんだよ」
 うん、としか言えなかった。
「本当に、本当に好きだったのに……」
 泣いていた。唇を噛み、肩を震わせていた。姉のために上級生に喧嘩を売ったときの倍以上の勇気を振り絞り、抱きしめた。
 かける言葉を見つけることは、もう、できなかった。







 否定することだけしか知らなかった。
 何を拒んでいるのかも、その理由も、自分自身に確とした答えを見出せずにいるくせに、「違う」と、その言葉しか知らないみたいに、繰り返していた。繰り返しながら上辺だけは取り繕って笑っていた。
 あの人に出会ったのはそんな日々の中でのことだった。
 眼鏡をかけていて、背が高くて、自分というものをちゃんと持っているようで、羨ましかった。眩しかった。
 付き合いたかったんじゃない、と思う。ただ気持ちを伝えたかった。かなわないとはわかっていた。
 困ったように笑い、わたしの手紙を受け取ったその人は「ごめんね」と優しい声で言った。
「いいんです」
 だから、わたしも笑顔で返した。

 雨。この部屋に雨が入り込んでくることはないのに、耳の底に響く。取り囲まれて、逃げ場がないような気がする。耳を塞ぐ。何も聞きたくない。何も何も何も何も何も。
 
 
「噂になってるよ」
 友人(その頃はまだ友達だと思っていた)からその話を聞いたのは数日後のことだった。
「葉澄とホテルに入るの、4組の竹下が見たって。みんなに言いふらしてる」
 唖然とした。そんなはずはない。あの告白以来、学校以外でわたしはあの人に会ったことなんて、一度もなかった。
 否定し、説明したが、本当に信じてくれたのかは疑問だった。
 咲奈に呼び出されたのはその日の放課後だった。
「なに人の男に手ぇ出してんだよ、バカ」
 その手にある封筒を見てわたしはすべてを理解した。あの人は、葉澄先生は、彼女と、もう付き合っているーー。
 読み上げられていくわたしの手紙をその場にいる皆が笑い、はやしたてた。
 クラス中のほとんどの女子が集められていた。頭の一部では、わかっていた。~  クラスのリーダー的存在である咲奈が、日ごろから疎ましく思っていたわたしをこの機会に徹底的に貶めるよう画策したということも。自分の彼氏に言い寄ったわたしに嫉妬していることも。独占欲の強い、わがままな人だというのはわかっていた。
 だけどーー
 視界の隅に、それが映らなければ、きっと耐えられた。
 その人が、
 憧れた人が、
 好きだった人が、
 感情のない瞳で、なじられ、いたぶられるわたしを見ていることに気がつきさえ、しなければ。
 瞬間、すべてが壊れてしまった。
 わたしの中にはもう何もなかった。たったひとつ、世界に対抗するための、ただひとつの「違う」という否定の言葉も、そこにはなかった。
 虚ろな、黒い穴に落ちていくようだった。

 雨。わたしは布団にもぐったまま固く目を閉じる。眠りさえすれば、この嫌な音を聞かなくてもすむ。何も見なくてすむ。何も、
 思い出さなくてすむ。







 祭りが終わったのを知ったのは境内に辿りついてからのことだった。
 泣きだす寸前の幼い僕に、姉は「大丈夫」と決まり文句を告げると、後片付けを始めている露天のお兄さんに何か話しかけた。
 強面のお兄さんは僕の方をちらりと見たあと、口の中で何事かを呟いた。たぶん「しょーがねーな」とでも言っていたんだと思う。
「ほれ、坊主」放り投げられたそれをどうにかキャッチする。「やるよ」
 風車だった。良かったね、というように姉は微笑んでいる。2人でお兄さんに礼を言うと、静まり返ったお寺をゆっくりと歩いた。
 夜風に、風車が回る。
 ーーからから、というその音を、聞いた気がした。

 目を覚ます。上級生たちはもう立ち去ったあとだった。立ち上がろうとして、痛みにうめく。
 顔はやめとけ、顔は、と煙草を吸いながら誰かが言っていた。そのぶん、腕、腹、背中、太もも、と顔以外のあらゆる部分を痛めつけられた。
「ーー優しいことで」
 唾を吐く。美咲という、姉のクラスメートの指図だろう。ご丁寧に根性焼きまでしていってくれた。噂の真偽を確かめようとしただけなのだが、間違いない。
 糞野郎、地面を殴りつける。悔しかった。堪らなかった。何より、
「あれくらいのことで引きこもるなんてねーー」
 そう、侮蔑に満ちた声で言い放った女の、その言葉が憤ろしかった。
 体を引きずるようにして家までの道をたどる。
 絆創膏でも買おうと思ってコンビニに入り、それが目に入った。
 いつかの、風車の回る音を聞いた気がした。
 淡い、雪のようなその白い手紙と便箋を購入すると、コンビニの前に腰かけた。
 その淡雪色の手紙に、僕が書いたのはたった一言だけだった。

「……何も聞かないの?」
 姉の部屋。降りしきる雨の音は、まだやみそうにない。僕の腕の中で、姉はそう、聞こえるか聞こえないかの声で訊ねた。
「いいよ」僕は抱きしめる腕に力をこめる。「姉さんが、ここにいてくれるだけでいい」
 返事はない。どうしたんだろう、と思うまもなく、姉は声をあげて泣いた。初めてのことだった。いままで、姉は声を殺して泣いていた。
「ど、どうしたの?」
 慌てる僕に姉は激しく首を振った。僕はそのまま彼女が落ち着くのを待ちつけた。
「……ねぇ」しばらくして、くぐもった声が「大きくなったんだね」
「え!?」
 意味がわからなかった。
「あんなに小さかったのにね」
 穏やかな声。
「ーーうん」
 2人で、互いの子供時代を思い出していた。その先には僕たちがいた。鈴が、風車が、それぞれの形で、それぞれの時代の僕らを繋いでいた。

「でも、ごめん」
「なにが?」
「手紙。濡れないようにしたんだけど、傘持ってなくて。読みにくかったんじゃないかな、と思って」
 突然の夕立ちだった。手紙をかばうようにして家まで走ったが、どうしようもなかった。
 奇妙な音がした。くっくっ、と久しぶりに姉が笑っていた。
「読みにくいも何も、一行だけしか書いてなかったじゃない」
「そうだけどさ」
 嬉しくて、でも、それを何故か隠すように僕は拗ねてみせた。
「ーー嬉しかったよ」
 頬に熱いものが触れた。それが何かを気づく前に、姉は顔を隠していた。赤く染まった彼女の耳を見つめながら、僕の顔も同じ色に染まった。
 あの日、あの遠い夏の夜、雪の色の風車を手にした僕は姉に結婚を申し込んだのだった。
「まったくもー」言葉の割りに嬉しそうな姉は、身をかがめると僕の頬に口付け、「ありがと。じゃあ、いつか、迎えに来てね」
 そう言った。
「迎えに行くよ」
 僕は言った。手紙に書かれた言葉をなぞるように。
「うん」姉は顔を伏せたまま、「来てくれた」
 気が付けば雨はやんでいた。僕らはやがて、体を離すと、少し照れくさくなって顔を背けた。
 カーテンの隙間から光が洩れ、射し込む。
「やんだね」
 ぽつりと姉が言った。
「うん、明日はきっと晴れるよ」
 僕の言葉に姉は微笑みを返し、「うん」と、小さく、しかし、しっかりとした声で、そう答えた。




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