スレssまとめ1


ID:bKac02CH0氏のss

ドアの前に立ってノックを2回。
「姉さん、入るよ?」

「…うん」
向こうの返事を確認してから、俺はトレイを片手に持ち替えてドアを開けた。

見慣れた部屋は相変わらず暗い。
学習机の上は本や化粧品や文房具が乱雑に置かれているが、床の上は不気味なほどに綺麗でホコリさえ落ちていない。
隅の炬燵の上にはモバイルが開かれていて、見ているページは2ch。
コタツに脚を突っ込んでいる灰色の姉さんがいた。
「ごめんね、毎回ごはん持ってきてもらって」
またこの台詞だ。正直ごめんねは飽きた。
「別に、飯食った後だし。また自殺スレでも見てたの?」
「あはは、しばらくそんな予定なんて無いよ」
姉さんは苦笑いで俺からトレイを受け取った。
こうして見ると、姉さんは普通の女性にしか見えない。
マンガで見るようなひきこもりキャラは表情が乏しかったり肌が荒れていたり太っていたりするものだが、この人にはそういう外見の特徴が一切当てはまらない。
俺が話し掛ければちゃんと応えるし、笑ったり怒ったりもする。
机の上には「スキンケア」とか書かれてる薬品もあるし、その、顔も普通にかわいいと思う。胸がちょっと貧相だけど。
外に出たって全然恥ずかしくない人間のはずなんだが、
姉さんは俺以外の人間と接触するのが嫌いらしい。
前に父さんが無理矢理部屋に入ろうとしたときは気でも狂ったかのように物を投げつけた。
以来父さんと母さんは姉さんを「臭いものにフタ」みたいに扱っている。
それは何の解決にもなっていないのだが、二人とも真面目に考えた上でそうすることにしたのだから俺も文句は言えない。
かといって、この件をこのまま置いておくのは良くないと思う。
袖から覗く姉の左手首を見るたびに、俺は焦燥感にかられるのだ。

「えと…あのさ」
「え? ああ、どうしたの姉さん?」
「じーっと見られると、ちょっと食べにくいかなー、なんて」
「え、ああごめん!」

恥ずかしくなって、急いで部屋から出た。
後ろ手でドアを閉めてから、もたれかかってため息をつく。これも、いつものとおり。

ID:bKac02CH0氏のss 2

うちの朝ご飯は、俺と母さんと妹との3人で食べる。
「そしたらスロットが止まって当たりになってさ、マムシドリンクがもう一本出てきたんだよ? もーみんな大爆笑!」
「へぇ、それで全部飲んだの?」
「ううん、ちょっと飲んだけどなんか変な味だったから残りは大地の栄養にしたよ」
「食い物粗末にしたら祟られるぞ」
「あんなの食べ物にカウントしないって!」
相変わらずこいつは朝っぱらからアッパーだ。箸が転がってもおかしい年頃、とかいうやつだろうか。
「ところで二人とも、ゆっくり食べるのはいいけどそろそろ出なきゃならないんじゃない?」
母さんに言われて俺たちは時計を見た。7時50分。
「うわ、ほんとだ。兄さん、ちょっと急がないと遅れるかもしれないよ?」
「いや、俺どうせ2限からだし。急いで着替えてこいよ」
「え? じゃあ何でこの時間に起きてるの?」
……。流石にこのへんで我慢が出来なくなった。
気が付いたらヤツの頬に右手が伸びている。避けようとする頭部を左手で完全にロックした。
「お・ま・え・が! ひとが熟睡してるところを天空×字拳で起こしたんだろ?! ぇえ?!」
「痛い痛い痛い! ブラコンの兄さんに爽やかな朝を提供してあげる妹の心遣いなんですー!」
「不必要だそんなもん! …ほら、さっさと支度してこい」
「えーんおかーさーん、おにーちゃんにいじめられちゃったよー」
「ほら、早く支度してきなさい」
「がーん!」
妹はオーバーなリアクションを取った後、「どうせわたしは橋の下の子ですよー」などと呟きながら巣に戻っていった。
「やれやれ…」
世界は平和になった。
「じゃあ俺もうひと眠りしてくるから」
「何言ってんの、どうせ起きられないんだからやめなさい」
「睡眠時間の7分の1を奪われた俺の身にもなってくれ…」
「いいじゃない、健康で」
「ゆったりした朝ならもうちょっと気分が良いんだけど、朝から格闘技喰らうとなぁ…」
「そりゃ悪ぅございましたですー」
トントン、と闇の帝王が階段の上から舞い降りてきた。
「ねえ、どうせ二度寝して遅刻するならさ、一緒に学校行こうよ?」
「嫌だ」
ちっとも反省の色が見えていない。
「あら、いいじゃない。一緒に行ってきなさい」
「はあ?」
「そうだよー。早起きは三文の得でしょ?」
「三文ってどのくらいの価値かお前知ってんのか? 睡眠時間のほうが高価で崇高なんだよ」
「いいから早く支度してきなさい」
「早く支度してきなよ」
母さんと妹が虐めるよ。
「はいはい俺も行ってきますよ橋の下の子ですからッ!!」
階段をドスドス鳴らす以外に八つ当たりする方法が思いつかなかった。

「ほら、置いてくよー?」
優雅に顔を洗っている俺にそんな声が聞こえる。
一人で行けとか言えないあたり、あいつが言ったように俺がブラコンだっていうのもあながち間違いじゃないかもしれない。
「はいはい、騒ぐなって…。んじゃあ行ってきます」
「行ってきまーす!」
…その年で毎朝親に腕振ってるのは流石に痛いと思うが。
「はいはい、気をつけてね」
母さんも小さく手を振ってるあたり、これは遺伝なのかもしれない。
外に出ると、朝の爽やかな陽と風が不健康な俺を浄化しにかかってきた。
このまま消えてしまうかもしれない。
「兄さん、腕広げて何やってるの?」
「深呼吸」
「早起きっていいでしょ?」
「こうしないと目が覚めないだけだって」
「またまたそういうこと言ってー」
反応するほど体力が残ってないので流すことにした。

ちらりと自分の家を見る。
日本の住宅事情を象徴する三階建て、三階の窓は俺の部屋で二階の雨戸の締められた窓は
「―――――また見てる」
「え?!」
耳元で底冷えした声がした気がして、驚いて振り返った。
「ほら、はやく行こうよ兄さん。遅刻するよ?」
「え? あ、ああ」
「……もー! ちゃんと目ぇ覚めてるの?!」
妹は俺の腕をガッチリ掴んでずんずん歩き出した。
「やめろって! 放せ、恥ずかしい!」




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