専門的には認知の歪み」といった言い方をしますが、自動思考として出てきたものはそれはそれで仕方がないことですし
クライアントの生活や人生の一部なのですから、それを「歪みを正す」「修正する」といった見方をするのではなく、
さらに別の思考を足して【認知の幅が広げる】、【認知的な柔軟性を高める】ことを目的とする、そのために使えるツール
の一つが「認知の歪みリスト」です。
「歪んだ認知」(認知的歪曲)という言葉を使うのは、思考を分類するために便利だからなのですが、
ネガティブな考えが実際その通りである場合もあります。
思考を分類することは、その思考を否定したり誤りを正したりすることと同じではありません。
思考パターンを同定できれば、それに対して何らかの技法を適用することができます。
本によって,考え方のくせ(認知の歪み、または認知的歪曲)の各パターンのなまえが違っていますが、自分でやりやすいなまえのものを使うことができます
バーンズ博士は10種類にわけました。だいたい10種類の思考パターンで書いてある本が多いと思います。細かく分けてあるものもあります。
同じ思考に複数のパターンがみられることもよくあります。
10のパターンはそれぞれ完全に独立したものではなく互いに重なり合っている部分がありますので、あまり厳密に分類することにこだわる必要もないと思い ます。
参考程度でもよいでしょう。
「認知の歪み」リスト参考サイト
感情状態だけにもとづいて結論ないし推論してしまうこと。 (例:「私はこう感じた、だから私はこうなのである」)
1回だけ、あるいはごくわずかな経験で得られた事実から、より広い意味を もつまちがった結論にいたってしまうこと。
「過剰な一般化」の極端なもので、明らかに否定的な出来事や経験の印象が 極端に 増幅されてしまうこと。(例:「もしパニック発作がきたら私は すべてのコントロールを失って気が狂ってしまう[あるいは死んでしまう]」)
複雑な、あるいは連続的な結果を、訳もなく両極端に分けてしまうこと。 (例:「これは成功するか完全に失敗するかのどちらかだ」)
自分自身に対して、かたくなに基準を指示したり、外の出来事に対して実際 には無理なくらいにコントロールできるはずだと思いこんで、命令的な言い方 をすること。
早まった、あるいは誤った悲観的な考え方。あるいは昔失敗したのだから今度も 失敗するはずだと予想してしまうこと。「(自己成就的)予言」ともいわれる。
他人の考え・意図・あるいは動機に対して、否定的に推論すること。
人あるいは物事の好ましくない特徴によって、その人や物事を決めつけてしまう こと。(例:「私は係にまちがって選ばれてしまった、だから私はまちがった 人間だ」)
ある出来事・状況・行動などに際して、それが特別に、あるいは個人的に、自分の 否定的な面を示していると考えてしまうこと。
ほかに中立的あるいは肯定的な情報があるのに、それを思い出したり見定めることを しないで、望ましくない、あるいは否定的な出来事・記憶・暗示などにばかりに焦点 をあててしまうこと。
快くない考え・感じ・出来事などを、途方もなく克服できないものだと誤認して、 積極的に抑圧したり避けたりすること。
心拍、動悸、呼吸困難感、ふらつき、うずき、といった内的な刺激を、決定的に 破局的な出来事、たとえば心臓発作、呼吸困難、循環虚脱などが襲ってきたと考えて しまう傾向のこと。
証拠が少ないままに思いつきを信じ込む
灰色(あいまいな部分)に耐えられず、物事をすべて白か黒かという極端な考え方で割り切ろうとする
自分が着目していることだけに目を向け、短絡的に結論付ける
自分が関心のあることは拡大して捉え、反対に自分の考えや予測に合わない部分はことさら小さくみる。
「こうすべきだ」「ああすべきではなかった」と過去のことをあれこれ思い出して悔んだり、 自分の行動を自分で制限して自分を責める
少数の事実を取り上げ、すべてのことが同様な結果になるだろうと結論付ける
何か悪いことがあると自分のせいで起こったのだと自分を責めてしまう
その時の自分の感情に基づいて、現実を判断する
自分で否定的な予測を立てて自分の行動を制限してしまい、自分の行動を制限するものだから、予測通りに失敗してしまう。 その結果否定的な予測をますます信じ込み、悪循環に陥る。
十分な根拠がないのに、他人の考えを自分が知っていると思い込んでしまうこと。 例:「彼は私のことを負け犬だと思っている」
物事がますます悪くなるとか、危機が迫っているというように将来を予測すること。 例:「私はその試験に失敗するだろう」「私はその仕事に就けないだろう」
すでに起こってしまったこと、またはこれから起こりそうなことが、あまりにも悲惨で、自分はそれに耐えられないだろうと考えること。 例:「もし私がそれに失敗したら、大変なことになるだろう」
自分や他人に対して、大雑把でネガティブな特性をラベルづけしてしまうこと。 例:「私は嫌な人間だ」「彼は不愉快なやつだ」
自分や他人が努力して成し遂げたポジティブな結果を、些細でつまらないことであると決めつけること。 例:「彼女が私によくしてくれるのは、単に私の妻だからということである」 「こんなに簡単に出来たのだから、たとえ成功と言ってもそれは大したことではない」
物事のネガティブな側面ばかりに注目し、ポジティブな側面にはほとんど目を向けないこと。 例:「ここにいるのは、私のことをよく思っていない人ばかりだ」
たったひとつのネガティブな出来事を基準にして、全てを同じようにネガティブであると考えてしまうこと。 例:「いつもこんなことばかりだ。どうせ何をやっても失敗するのだ」
出来事や人々を“全か無か”という極端な視点でとらえること [#qd178cc1] 例:「私は皆に拒絶されている」「時間を無駄にしてしまった」
物事を、単に“どうであるか”という視点からでとらえるのではなく、“どうであるべきか”という視点から考えること。 例:「私は上手くやるべきだ。さもないと失敗者になってしまう」
ネガティブな出来事の責任はすべて自分にあると不適切に考え、他の人たちや他の事物の責任や原因を考慮に入れないこと。 例:「私がちゃんとしなかったから、結婚生活が破たんしたのだ」
自分のネガティブな気分の原因を他人に帰属させ、自分の責任を認めようとしないこと。 例:「私がこんなふうに感じるのは、彼女のせいだ」「私の問題は、すべて両親にある」
自分より出来る人ばかりに注目し、彼らと自分を比較することによって、自分を劣っていると決めつけること。 例:「彼女は私よりも成功している」「その試験では、皆、私より出来がいい」
今できることに目を向けるのではなく、「自分はもっとうまくやれたはずだ」というように過去にとらわれてしまうこと。 例:「あの時もっと努力していたら、今よりもっといい仕事に就くことができたのに」「あんなことを言うべきでじゃなかった」
「もし…だったら?」とあれこれ自分に問うが、どのような答えにも満足できないこと。 例:「ええ。でも、もし心配になったら?」「もし息ができなくなってしまったら?」
その時の気分や感情に基づいて現実を解釈すること。 例:「こんなに落ち込んだ気分なのだから、結婚生活が上手くいくはずはない」
自分のネガティブな思考に矛盾する証拠や考えを一つも受け入れようとしないこと。 例:「私は愛されない」と信じる人は、誰かがその人をすいているというどのような証拠も受けつけず、 その結果その人は、「私は愛されていない」と信じ続ける。 例:「そんなことは本当の問題じゃない。もっと根深い問題があるはずだ。そしてもっと重大な原因があるに違いない」
自分自身や他人、出来事などをありのままに説明したり受け入れたり理解したりするのではなく“白か黒か” (あるいは“善か悪か”“優れているか劣っているか”)といった視点から決めつけてしまうこと。 例:「どうせ自分は大学の成績が悪かった」「「テニスを始めても、どうせ上達しないだろう」 「あんなに彼女は上手くいっているのに、私は全然ダメだ」