勇者電光アイバンホーン / 第一話


勇者電光アイバンホーン



 −1−


 日曜日の朝だった。太陽は既に高い。春先の陽射しはシャツ越しにもじりじりと暑い。
 えー太少年は、家の手伝いで乗用車を洗っていた。
 車高低めの白のセダン。本来二台分はある駐車スペースに、贅沢にも一台を突っ込んでいる。

「っと、とと……」

 この春から小学三年生となるえー太は、任されたホースの口を指で押さえて、爪先立ちのたどたどしい足どり
で車体に水を掛けていく。跳ねるに合わせて、坊主頭が上下した。
 栓の捻りが足りないのか、流れ出る水の勢いは弱い。屋根やボンネットで大きくなっていく水溜り。そこから
零れ落ちた一筋が、扉にもたれていたえー太の喉から下をしとどに濡らした。

「冷たっ」
「風邪ひくなよ、えー太」

 父の美一(よしかず)は頬を上げて穏やかな笑み。幸せを溜め込んだような太鼓腹を揺すりながら、こまごま
と実によく動く。洗剤をつけたスポンジをくるくる回して、黒い汚れを泡に同化させていく。
 えー太は青いホースをほうり出してから、水道を止めに走った。小ぶりのスポンジを掴んで磨きに参戦。
 溝に溜まった都会の粉塵を溶いて、丹念に拭う。

「けっこう汚れてるね」
「ああ。キレイにしてあげないとなー」

 父の言葉に神妙に頷き、えー太はいっそう洗車に精を出す。ベテランの職人のような真剣そのものの表情が何
とも微ましい。

「……洗車が終わったら、父さんと街へ遊びに行こうか。母さんにはないしょで」
「ほんと!? うん!」

 元気いっぱいにえー太は返事をした。
 この郊外の住宅地で“街”といえば、自動車で南下数十分の中央商店街とその周辺を指す。
 玩具屋、飲食店、本屋、ゲームセンター、……そのほか、そこにはおよそこの世の品物の全てがあるように、
えー太には思えた。

「ふんふーん」

 親子揃って愉快げな鼻歌を奏でる。
 今から楽しみだった。濡れた服の重さと冷たさも、手指の疲労も、もう少しも苦にならない。

「そろそろ水で流そうか」
「ぼくは、ホースやる」
「んじゃ父さんは蛇口を捻ろう。……よっこらしょ。もういいかい」
「もういいよ」

 互いに声を掛け合って放水準備。

「いくぞー。てやっ!」
「冷たい!?」

 ホースが暴れん坊のヘビとなって跳ねた。持て余したえー太を、迸る水流がひと撫でしていく。

「ごめんごめん、パワーが強すぎたようだ」
「もー」

 わざとらしく頬を膨らませて、えー太が拗ねる。美一はごめんごめんとしきりに謝りながらも、いつものよう
におっとりと笑っていた。
 掛け替えのない、幸福な午後の時間が流れていく。
 ホースからの水と陽光を浴びて煌めく愛車を見て、ふたりして親指を立て合う。

「さあ、出掛けよう」

 びしょ濡れの服に手間どりながら着替えた親子は、どちらからともなくそういって街へと繰り出した。
 その先に。
 どんな恐怖が待ち受けているとも知らずに――




 −2−


 そう。
 知る由もあるまい。多くの人間には。
 世界の果ての暗がりに、怪物たちの巣窟があるという事実など。
 怪物たち。ひとに害をなそうと兇刃を研ぐ。
 怪物たち。ひとに怨みを抱いて呪詛を吐く。
 怪物たち、怪物たち。
 ああ、より正しく呼ぶならば、怪物機械たち、か。

「“怪物機械”」

 かつて、その謎にただのひとりで挑んだ科学者は、“モンスターマシーンフェノメナ”と総称した。
 製造元は不明、いかな機構にて稼働するかも不明、どこからやって来たかさえ不明ということになっている。
 機械の姿を借りて地上に顕現する悪魔か、ポルターガイストなる器械たちの狂宴か、野望の狂博士造りし最も
奇怪なるものか、その正体は誰にも分からない。余人はおろか、あるいは彼ら自身すらも。
 ただひとつ確かなことは、それは人類に牙剥く機械仕掛けだ。機械仕掛けの王だ。

『今宵の夜会もまた賑わしくて大いにけっこう、けっこう』
『そうだね。怪物ゲームハードのやつがいないおかげで、騒々しさも辟易するほどではない。聞きたまえ、怪物
ピアノの調べが、珍しく背景音楽として機能している』
『演算能力ですべてが決まるものにはもう飽き飽きよ! 運の要素のからむゲームがよいわ。もっと、レトロな
ものがね。……分かるでしょ』
『やはり水でタービンを回した電気は喉越しが違う、ような気がするけどね。きみはどう思う?』
『ぜんまい仕掛けには分からん悩みである』

 わいわいがやがや。
 電子音声や駆動音、電磁波、文字、図像、さまざまな媒体を交えて、意思を疎通し合う。その中には人類の理
解の及ばぬものも。
 例えばそこには、怪物テレビジョンがある。怪物シールドマシーンがある。怪物セルラーフォンがある。怪物
オルゴールがある。怪物ミサイルがある。怪物マイクロウェーブオーブンがある。怪物ヘリコプターがある。そ
のほか、ありとあらゆる機械文明の産んだ怪物があるのだ。

『……ところで、あんたはさっきから何をしているんだ? 怪物クロック』
『敵を知り、己を知れば百戦危うからずという』

 そのうちのひとつ怪物クロックは、芝居掛かった動作で怪物ジープの問い掛けに応じた。
 それは、上等な燕尾服に痩身を包んだ男だった。ただし、その名の通りに、紳士の首から上はまるごと金色の
懐中時計に挿げ替わっている。時計盤の貌を巡って三本の針がチクタク時を刻む。いつでも、今も。
 機械仕掛けの王たちの王“モンスターマシーンキング”により、怪物機械という種族全体の意思決定権の一部
を認められた“モンスターマシーン大幹部”のひとつ。
 大物中の大物であるその怪物クロックは、駄菓子屋に置いてあるような透明なプラスチック容器を白い手袋の
上に載せていた。

『これは、にっくき人間たちの燃料のひとつである』

 時計盤の下半分が割れ、ぎっしりと詰まった精緻な歯車が露わとなる。
 怪物クロックは、色とりどりの飴玉を箱から摘まみ出しては、次々にその“口”に放り込み、ろくに舐めもせ
ず噛み砕いていく。スナック菓子でも頬張るような食べ方だった。

『効率悪そ』
『そうでもないが。惜しむらくは、吾輩に味覚や嗅覚なるもの、すなわち快楽を伴う化学物質感知機能が備わっ
ていないことであろうか。こうしてがりがりと時を刻むのみである』
『へえ。そんなことして歯車は大丈夫?』
『心配には及ばん。……おひとつどうかね』
『遠慮しておこう。そいつはなんだかキナ臭い感じがするよ、ぼくにはね』

 怪物ジープは、かぶりを振りながら中座した。何か苦々しい思い出でもあるのだろうか。スペアタイヤを括り
つけたその背中が遠ざかっていくのを見送りながら、首を捻って時計盤を回転させてみせる。

『ご機嫌よう、怪物クロック』

 そんな彼に怪物ジープと入れ替わるように歩み寄ったのは、怪物マイクロウェーブオーブンだった。

『ご機嫌麗しゅう、ミス・マイクロウェーブオーブン』
『唐突でごめんなさいね。怪物ゲームハードのことなのだけど……』

 巨大な電子レンジの皿の上で踊り続ける、豪奢なドレスを纏った淑女は、落ち着きのない早口でそういった。
 話題の怪物ゲームハードは今現在、有志百余機で徒党を組み、報復あるいは示威活動という名目で、人間たち
の都市を襲っているはずだった。

『気になるのかね?』
『わたくしたちは波長が合うのよ。分かるでしょ』

 怪物機械にも個々の相性とでもいうべきものがある。
 動力源であったり、材質であったり、機構の複雑さであったり、稼働するべき場所であったりだ。例外も多々
あるが、電子機器同士、金属製同士、部品の少ないもの同士、家庭用同士といったふうなことから、好意を抱い
たり苦手意識を持ったりするのである。

『およそ不滅の我ら怪物機械を、人間たちがどうこうできるとは思えんが』
『そうだといいのだけど……。不安だわ。イヤな予感。マイクロ波が荒れているの』

 怪物マイクロウェーブオーブンは、震える我が身を掻き抱いた。金髪の巻き毛の下で、秀麗な眉が悲愴なまで
に歪む。機械仕掛けの紳士を気取る怪物クロックにはそれが殊に応えたものとみえた。

『……一考しよう。怪物ジャンボジェットあたりにコンタクトをとる』
『感謝するわ、怪物クロック』

 怪物と成り果てる以前は「加熱終了」をでも告げるものであっただろう、能天気な電子音を高らかに鳴らしな
がら、ドレス姿は優雅に一礼してその場を辞した。
 怪物クロックは彼女との約束を果たすために、怪物セルラーフォンを呼び止め、言伝を頼む。

『そろそろ、怪物ゲームハードたちが動き出す頃合いであるか』

 手鏡を覗きこんで、己の貌の三針が正午を回ったことを視認。時刻ならば歯車のようすでも分かるのだが、口
実にさりげなく身嗜みをチェックできるため、怪物クロックはそれを習慣にしていた。

『……武運を祈るぞ』

 祈る。神とやらにか? まさか。
 祈る。人間たちにか? それこそまさかだ。
 祈る、祈る。
 すべての怪物機械は、我が躰に宿るべき、力と精神にのみ祈るのだ。




 −3−


「しばらくここで待っていてくれよー」
「はーい」

 父美一はえー太に言い含めて、いずこともなく姿を消した。久し振りの繁華街だ。テンションが上がって地に
足がついていないのがえー太の目からでも分かった。

(迷子にならなきゃいいけどな)

 子ども心にそんなことを思う。
 近場のパーキングに駐車して、あちこち冷やかすこと数十分。
 えー太がしばし置き去りにされたのは、中央商店街でしぶとく生き残る老舗の本屋だった。漫画本やライトノ
ベルの割合が多くなく、入荷するレーベルもメジャーなものに偏っている。しかし、ほとんどお小遣いをもらえ
ないえー太としては、そこにはあまり関心がない。
 狙いはあくまで、児童書にあった。

(聖竜戦隊リューレンジャーひみつデータベース、スーパーロボット・メガスチール大百科、ポータブルモンス
ター大全、決定版日本妖怪大図鑑……)

 えー太はコーナーに並べられたハンドブックを片っ端から立ち読みする迷惑な客となった。眼鏡を掛けた店員
の青年が本棚の影から一心不乱な少年のようすを目撃し、苦笑して引っ込んだ。
 えー太が四冊目を手にとったちょうどそのとき、背後で囁き声がした。忘れるはずもない少女のもの。

「あ。やっぱり。えー太くん。こんにちは」
「え? し、しーちゃん!?」
「しー。本屋さんでは静かにしないとだめなんだよ」

 憧れの女の子にお姉さんぶった口調で窘められて、えー太は慌てて口を噤んだ。

「それにしても、き、きぐうだね」

 どぎまぎしながら、見栄を張って聞き覚えたばかりの難しい言葉を使ってみる。
 クラスメイトのしーちゃんこと“しー子”はとびきり可愛い。華奢な肩に毛先がふれるさらさらの髪、目の覚
めるような赤い飾り布。
 掛け値なしに学年で一番だと誰もが太鼓判を押す。下級生や上級生はエイリアンみたいなものだから、これは
もう事実上、彼女こそ市立くじらヶ浜小学校で最も可愛い女の子であるということに他ならない。
 聡明にして快活な彼女は、クラスの中心人物でもあった。誰もが一目置いている。
 本人は秘密にしているつもりでも態度で周囲にはばればれだったりするのだが、えー太少年は今、そんなしー
子に初恋の真っ最中なのだった。
 二人は本屋の片隅で囁き合った。

「えー太くんは、なに読んでたの?」
「え? あ。こ、これこれ、こういうのっ」

 差し出す表紙には、『決定版日本妖怪大図鑑』なる重厚な字体とおどろおどろしい器物百年たちのイラスト。
他に比べてまだ子どもっぽいと思われなさそうなものでヨカッタ、などと、えー太は人知れず胸を撫で下ろす。

「お化けとか、好きなの」
「うん、わりと」

 それにしても、お出掛け先で憧れの女の子と偶然出逢い、ふたりきりでお喋りをすることになるなんて。なん
というラッキーデイだろう。今日ばかりはうんと神様に感謝したい気分だった。
 しばし小さな声で談笑する。
 そうして話題を三つばかり語り尽くした頃だった。

「ね、えー太くん。何か聞こえない? ……変な音」

 ふと、しー子がえー太の話を遮ってそんなことをいい出した。

「ほんとだ」

 手の平を当てて耳朶を拡げてみると、なるほどえー太にも不気味な異変を感じとることができた。

(これって……)

 どこか身近なところで、似たような物音を聞いた覚えがある。
 金属の擦れ合う音、歯車の軋み、機関の唸り声。地響きに混じる乱痴気騒ぎにだけは馴染みはないが、概ね想
像の及ばぬものではない。

「なんだか気になるの。……いっしょにようす、見に行ってくれる?」

 しー子の不安げな誘いに、えー太は一も二もなく肯いた。好きな女の子に頼られて断れるはずもない。
 書店の出口を目指す。謎の騒音は、だんだんと大きくなっていく。もう耳を澄ませずとも聞こえる。
 だが、不思議なことに、本屋にいる大人たちは気づいていない。これまでと同じく書籍を物色したり、雑誌を
立ち読みしたりしているだけだ。

「みんなには聞こえてない?」
「どうして……」

 えー太はその平穏に、何やらただならぬものを嗅ぎ取った。隣のしー子も気味悪そうにしている。
 勇気を分け合おうと、えー太はしー子の手をとった。後になって嫌がられるかもと思ったが、柔らかな感触が
握り返してくる。体の真ん中に重たい芯が一本埋め込まれたかのような感覚。

(しばらくここで待っていてくれよー)

 父の言葉を思い出す。仕方ないよね今は非常事態なんだからと自分に言い聞かせ、えー太はしー子とふたり手
に手をとり合って、自動ドアから抜け出した。
 まだ“あの音”だけだ。
 すぐ先に広がる光景には、異状を認められない。

「アーケード……じゃない。向こうの、大通りかな」
「行ってみよ?」

 えー太たちが車を預けて来た立体駐車場の方向だ。震動の出処を探って、数十分前来た道を逆戻りする。
 メインストリートから一筋外れた、六車線通りの車道擁する街路に出た。
 開ける視界。
 そこで少年少女は、見た。




 −4−


『電流沸き基盤踊るカーニバルのはじまり、はじまりダ』
『人間たちに見せつけよう、我らが怨念。人間たちに思い知らせよう、我らが無念』
『がしゃがしゃがしゃ。がしゃがしゃ。がしゃっ!』
『熱感知器を活用せよ。ひとり漏らさず根こそぎ皆殺し』

 怪物たち。機械仕掛けの異形で歩む。
 怪物たち。絡繰仕込みの異能で飛ぶ。
 怪物たち、怪物たち。
 機械によってその躰を組み上げられた怪物たちが、少年少女の視界を埋め尽くしていた。けたたましいまでの
物音騒ぎ声とともに。いや、まだえー太としー子とはいくらか隔たりがあったが、空間を歪めるような威圧感が
そう見せるのだ。
 見慣れた機械、見慣れぬ機械。弾丸特急らしきものがあった。炊飯器らしきも。エアコンらしきも、機関砲ら
しきもあった。パラボラアンテナらしきものもある。芝刈り機らしきもあるのだ。
 その数、百は下るまい。
 大きさも、形状も、色彩もさまざま。しかしその多くは人間よりよほど大きく、畸形であり、もしも群れを鳥
瞰したならばそれは総じて鈍色の奔流に見えるであろう。
 六本の車線を踏みにじり、怪物たちが我が物顔で行進する。津波のようにこちらに向かってくる。

「これは……何……?」

 えー太が窺うと、しー子の顔色は蒼白に転じていた。

「どういうこと? 何が起こってるの? ねぇ、えー太くんっ!?」

 恐慌状態に陥ったしー子に縋りつかれ、えー太は状況も忘れて焦った。答えられるものならば図書館の本を網
羅してでも答えたいが、果たしていかなる分野の権威ならばこのような現象を説明できる?
 強いて最も近しいものを挙げるのであれば、それは件の決定版日本妖怪大図鑑の中にこそあったはずだ。

「百鬼……夜行……?」

 なるほど確かに。刻は深夜ならぬ白昼で、物は鬼怪ならぬ機械だが、それは伝え聞く怪異を思わせる。
 ああ、ひとびとは知るまい。“怪物機械”を。“モンスターマシーンフェノメナ”を。
 欧州における先の顕現では、わずか数時間で街ひとつが消えた。誰ひとりとして殺戮の嵐を生き延びることは
できず。中性子爆弾が散じた劇烈なる放射線で灼き殺されたのだと、ある筋の専門家は推測を述べた。だがいく
つもの状況証拠がそれを否定した。ことの真相は、今もって世界の果ての闇黒の中だ。
 そういうことになっている。
 製造元は不明、いかな機構にて稼働するかも不明、どこからやって来たかさえ不明。
 機械の姿を借りて地上に顕現する悪魔か、ポルターガイストなる器械たちの狂宴か、野望の狂博士造りし最も
奇怪なるものか、その正体は誰にも分からない。
 ただひとつ確かなことは、それは人類に牙剥く機械仕掛けだ。機械仕掛けの王たちだ。

「ああ、ああ……お化けが、こんなにたくさん……」
「しっかりして、しーちゃん。逃げよう!」

 とうとう失神したしー子の体を、えー太は必死で支えた。意外にどころではなく重たい。とても、抱えては歩
けない。引きずっても、間に合うかどうか。
 機械の怪物たちは、巨大な彼らの歩幅を考えれば、もうすぐそこまで迫っているというのに!

『このあたりから狩るカ、たくさん狩るカ』
『そう急くな』
『まだリーダーもこっちに来てはおらなんだ』
『おう、いかん! 思わず踏み潰して要らぬ犠牲“車”を出してしまったぞ』
『構うものか。我らは機械仕掛けの王ぞ。その威光を示す生け贄となったのだ、むしろ本望であろ』
『いやいや積極的に壊すべきだ。それこそが、人間どもの呪縛からの救済である』~ 『一理ある』

 チェーンソーの怪物が、道端の乗用車に動力鋸を当てた。頑丈な車体は、斬れるよりも早く、震動のために破
壊される。一台、もう一台と面白いように粉砕されていく。
 ようやく、大人たちが騒ぎ出す。しかしようすがおかしい。大人には怪物が見えていない。

「あ……ああ……」

 えー太はその光景を呆然と眺めていた。
 部品を撒き散らして原形を失っていく自動車。えー太の家の車ではない。けれども、それはあまりに悲しいこ
とだった。
 えー太は車が好きだった。家族の思い出には、いつもそれがあったからだ。
 車に乗ればどこへでも行けた。どこまでも行けた。流れていく光景がお気に入りだった。いろいろな街のいろ
いろなものを窓から見た。流行りの音楽に気分を乗せた。自分たちが風にでもなったような空想をした。トラン
クには夢を。どうでもいいことを喋った。他愛ないことで笑った。無限の思い出を作った。色褪せても忘れても
きっと心のどこかに。優しい父と、母と。
 どんな車にだって、誰かの思い出があるはずなのに――

『おや。こんなところに昇降式駐車場を発見した』

 ――それを、壊すの?

「やめてぇぇぇっ!!」

 叫んだ。
 怪物チェーンソーがこちらを向いた。ニンゲンという言葉だけ聞き取れた。
 怒りの声を上げ、動力鋸が跳ねた。疑いようもない、狙いはえー太!

「……っ!」

 少年は目を瞑ることもできない。未発達な体がかっと熱くなる。巻き込んでしまったしー子のことを考える余
裕も、このときばかりはない。
 汝、愚かなる者。英田栄太よ。そこは既に、怪物たちの盤面ぞ。
 何故お前は叫んだのか。何ひとつできはしないだろう。大人たちがなくした力が今も宿るとしても。
 それでも。
 どんなかたちであろうとも。どんな悲惨な結果を招こうとも。
 恐怖と絶望を乗り越えて、えー太は怪物機械に戦いを挑んだ。理不尽を諦め、暴力に震えるだけではなかった。
 声を上げたのだ。怪物たちに、機械たちに。こんなことはあってはならぬと叫んだのだ。

『故に』

 故に。
 それはやって来る。勇者たらんとする精神はそれを喚ぶ。
 えー太少年の想いは届く。

『ブレイブチャージは果たされた』

 何事かを告げる。何者かが。電子音声のようでありながら、激しい感情と強い意志の表れた声で。
 それは意気揚揚と蛮行に及んだ怪物機械に、剽悍な獣のように躍り掛かった。
 まともに受けた怪物チェーンソーがもんどりうって倒れた。電光の速さ。目で視ることなど不可能だ。攻勢が終
わったそのときまでに、その姿を捉えられた者はなかった。
 その何者かは腰を抜かしたえー太たちの真横に乗りつける。

『怪我はないかな、少年』

 車高の低い、地面に吸いつくようなスーパーカーだった。見たことのないタイプ。銀色に、美麗種の甲虫を思わ
せる金属光沢を帯びる。群れなす怪物機械の多くより小さな躰でありながら、一帯を我が物とする凄味をもってそ
れらを圧倒していた。炯炯たる眼のようにライトを光らせる。王者の風格。
 怪物機械の行進は、今や止まっていた。このスーパーカーが止めたのだ。
 えー太は高揚に声を震わせながら、内にあるべきドライバーに尋ねた。

「……あなたは、だれ?」
『問われれば、私は』

 答えて、影が――

『勇者だ』

 ――フォルムチェンジ。
 スーパーカーより、スーパーロボットへ。
 後部扉が車体中腹に納められていたマニピュレータ腕を引き出しながら展開。フロントボディが多段伸長し下
半身をなした。九十度の前転により屋根を正面として起き上がった胴、その上端から頭部が迫り出す。
 劇的なる変形により真の姿を現したのは、身長490センチメートル、体重2250キログラムの鋼鉄の男。

『我が名は、アイヴァンホー』

 目鼻の揃った白い貌、滑らかに口を動かして名乗る。
 胸甲や肩当は磨き抜かれた銀色を発し、美しい曲線を描いて我が身を背景から隔絶する。
 最も特徴的なのはその下肢であり、上方に拡がっていくシルエットをなす。スーパーカーのボンネットを脛当
に、フロントガラスを大腿の盾としているからだ。
 変形前の割りに本体の嵩が小さく見えるのは、人型に変じた中心がシャーシであることを意味する。板金や窓
ガラスを甲冑とする過程で、本来人間の乗るべき内部スペースが埋まるのだ。

「変形した……!?」
『当然だ。弱き者が心に戦意を呼び覚ましたときのために用意された、機械仕掛けの勇者であるが故に』

 それが“ブレイブチャージシステム”だ。天に代わって自ら助くる者を助くための術式は、錬金術の流行した
古い時代に名も馳せた狂博士が紡いだもの。

『何だお前は』『何だお前は』『意思ある機械仕掛けでありながら、人類に味方するか』『怪物機械ならざる者
め』『裏切り者には死を』『制裁を』
『裏切り者? 貴様らにそれをいう資格は既にない』

 自動車の残骸をちらと見て怪物機械たちの糾弾を斬って捨てる。
 そのまま電光石火の早撃ち。

『穿て、アイヴァンホーガン!』

 鋼の声が響き渡ったのは、怪物機械の装甲表面で火花が散った後でのこと。
 アイヴァンホーの弓手には、いつの間にか武器が握られていた。バンパーを転用したボーガン。右脚から四本
纏めて抜き出した銀の矢を指の間から次々に番え、引き金を絞る。息つく間もない四連射。
 装甲の脆い四機が、それぞれ一撃で機能停止に追い込まれた。光の粒子となって虚空に消える。
 怖いもの知らずの怪物機械たちが、有り得ざる強敵の存在に怯む。怯む。

『このアイヴァンホー、止められるものなら、止めてみよ』

 機械仕掛けの勇者はそういって、人差し指を突きつけた。




 −5−


 巨大な鳥が、舐めるように空を滑ってゆく。
 銀の翼は羽ばたくことを知らぬ。軽やかなさえずりに代えて、地底に棲む獣の息遣いを思わせる心音を不気味
に響かせていた。
 引き伸ばされて金切り声を上げる大気を意にも介さずに、雲流れる高さのそのまた上を飛び続ける。
 以上の事柄をもってその正体を謎掛けとするならば、ひとはそれを飛行機と答えるかもしれない。
 なるほど確かに。その姿は航空機、中でもジャンボジェット旅客機と呼ばれるものに近しいといえる。有する
能力も似てはいた。
 けれど惜しくも、ああ、惜しくも、それでは不正解とせざるを得ない。

『まったく、怪物クロックもあんな形(なり)して計画性がないったら……』

 何故なら、それは 年若い娘らしい癇の強さを滲ませてぼやくのだ。
 確固たる意思をもって自ら喋る。物をいう。
 “怪物ジャンボジェット”。彼女の名だ。
 すなわち、ジャンボジェット旅客機の怪物機械。酸素を食らって燃料と燃やし、噴流を利用して空を飛ぶ鉄の
鳥。その流れを汲む、機械仕掛けの怪異だ。人類に牙剥く機械仕掛けの王、ひとつ。

『何が悲しくて、このあたしが、怪物ゲームハードたちのようすを見に行かなくちゃならないんだってのッ』

 突然の予定変更というものは、怪物ジャンボジェットにとって鬼門だった。機嫌も悪くなろうというものだ。
 情報収集のためにたまたま顕現していた彼女が、同族の怪物クロックから連絡を受けたのは、今から二時間ほ
ど前のことになる。
 怪物機械の棲む世界の果てから飛び出し、ひとの住む領域へとその固有のメカニズムを実体化させる“顕現”
は、彼らにとっても決して容易いわざではなかった。それをなすには、相応の時間とエネルギーを代価に支払わ
なくてはならない。
 構成部品の多寡、構造の複雑さ、製造に必要な技術水準、稀少物質の含有量、質量の大きさなどによってコス
トは変化し、概ね“強力な怪物機械ほど顕現に時間が掛かる”とされる。ある面では、回線を通じた電子データ
のダウンロードにも似ていた。
 どれほど早い個体でも数時間、大物になれば数ヶ月を必要とすることもある。
 今回は不安がる怪物マイクロウェーブオーブンのために、怪物クロックが急遽用心棒を向かわせる運びになっ
たわけだが、新たに送り込むにはどう計算しても時間が足りず、最寄りの怪物ジャンボジェットに声が掛かった
という次第だった。

『だいたい、あたしの知ったことじゃないんだ。ゲームハード嫌い。……だって調子狂うしッ』

 止まることのない不平不満を吐き出しながらも、怪物ジャンボジェットは空を渡る。
 コックピットの中、パイロットに取って代わったカメラアイが目的地を捉えた。到着だ。
 レーダーシステムが、怪物機械でも中流階級以上の反応を拾い上げ、オレンジの光点として座標系に入力表示
していく。
 主催者である怪物ゲームハードの人望のなさか、ほとんどは有象無象だ。
 怪物機械たちが大行進するルートのちょうど真上に差し掛かり、レーダー座標上に天の川が完成したころには
、怪物ジャンボジェットは既にひと仕事終えたような気分になっていた。可能な限り飛行速度を落として、市街
地の上空をだらだらと旋回。

『――ん?』

 そんな怪物ジャンボジェットが、にわかの緊張に翼端を震わせた。

『何で……?』

 ひとつ。またひとつ。ともがらたる怪物機械を意味する光点のロストに気づく。誰にも予期し得なかった異状
を知る。
 “怪物機械はおよそ不滅”だ。人類の兵器によって完全破壊されることはない。彼らこそ、世にある機械仕掛
けたちの王であるから。
 サーチ。局所的自然災害か? まさか。
 サーチ。機械仕掛けを持たぬ原始的武器か? それこそまさかだ。
 サーチ、サーチ。
 果たして地上にちらつく謎の光の正体は――


 
 −6−


 えー太少年は七階建てのビルの屋上から戦闘を見守っていた。
 気絶したしー子ともども、アイヴァンホーに安全と思われる場所まで運ばれたのだった。機械仕掛けの勇者の
手のひらは、見た目の武骨な印象の割りに温もりがあり、どこか肌に馴染むように柔らかく感じられた。
 えー太の手首には、今、車輪をあしらった勇壮な意匠のブレスレットが装着されていた。先ほどまでは影も形
もなかったそれは、戦いに赴くアイヴァンホーがえー太に預けていった品だった。

『これを渡しておこう』
「これは……?」
『“ブレイブチャージャー”。キミの勇気ある行動を覚えていてくれるアイテムだ。また、遠く離れていても私
と話をすることができる。……詳しいことは後で説明しよう』

 先刻に交わした会話を思い出す。スーパーヒーローに仲間として認めてもらったような感覚。胸が躍る。心臓
の疼きは苦しくも愉快で、今すぐ走り回りたい衝動に駆られる。
 眼下の戦いは、ひとつの区切りを迎えようとしていた。

『噛みつけ、アイヴァンホイール!』

 勇者アイヴァンホーが、変形前の後輪に当たる両肩部のタイヤを相次いで投射する。
 左右の車輪が空を蹴って走る。怪物ペンシルシャープナーと怪物ダンプカーが、躱しきれずに吹き飛んだ。猛
回転が敵の外装を削る。
 最も頼みとする武器アイヴァンホーガンの矢数は最大二十、残りわずかに四本のみ。それだけでは、怪物機械
の百の軍勢を一掃できない。
 アイヴァンホーは、攻撃手段をアイヴァンホイールに切り替え、四面楚歌の中立ち回る。鋭角の方向転換はさ
ながら稲妻。
 とはいえ、外的ショックに対して高耐久の個体を破壊するには、そのどちらの武器も火力不足だった。喩える
なら、城に矢を射掛けるようなものだ。これが御伽噺ならば、太陽を射殺した男もいるけれど。

『口ほどにもないナ、アイ、バァン、ホー?』
『がしゃしゃしゃ!』
『怪物機械の強大さは、顕現の時間で決まる。我らでも半日掛かり。此度の主催者に至っては、七日を費やし、
ようやっと顕現を終えるのだぞ』
『見るにおまえも顕現の方法は同じ。ブレイブチャージだか何だか知らぬが、数秒ていどで電送したメカニズム
など、恐るるに足らん』

 優勢の怪物機械、図に乗って大いに語る。

『……口の達者な奴らだ』

 言い放つアイヴァンホーの表情は鋼のよう。
 怪物機械の言葉は正しい。
 機械仕掛けの勇者を送り込む“ブレイブチャージシステム”。それは、合力する対象人物を決定するだけで、
異世界にて待機するそのメカニズムの電送じたいを補助するものではない。
 アイヴァンホーがえー太の前に一瞬で顕現できたのは、ひとえにその電送能力が並外れて優れているからであ
る。電子データのダウンロードに置き換えれば、“回線が太い”といえるか。
 しかし、それでも越えられない壁は存在する。
 物(メカニズム)量の差は圧倒的だ。特に攻撃力の貧弱さは深刻で、このままではそう遠くないうちに押し負
けると予測できる。
 苦境に追い討ちを掛けるように、怪物機械がどよめく。滲み出す歓喜の色。

『おお、来たぞ』
『ようやくか。待ちくたびれタ』
『顕現するぞ、顕現するぞ、今、七の夜を越え、我らのリーダーが』

 そうして。
 本物の怪物が、太陽の下に出現する。
 怪物が来る。それは人間の本能に刻みついた恐怖。
 怪物が来る。それは人類を絶望に追い立てる脅威。
 怪物が来る、怪物が来る。
 ああ、多くのひとびとはその姿を知らない。高等怪物機械を。グレートモンスターマシーンフェノメナを。
 北米における先の顕現では、あまりに強大さに未曾有の天変地異と見なされた。九死に一生を得た目撃者すら
も、竜巻らしき何かとしか表現できず。
 ただし今このとき、極東の技術大国において、ひとりの少年がそれを見る。
 機械仕掛けの王たちからも畏怖の念を集める、怪物の中の怪物があるのだ。
 性能だけでいうならば、王たちの王モンスターマシーンキングに認められた“モンスターマシーン大幹部”に
勝るとも劣らない、それは怪物機械の実力者。

『やぁやぁ、諸君、待たせたね』

 口から飛び出る言葉は、刹那的に刺激を欲する若者のように軽々しく薄っぺらい。あるいは人生に飽いた遊び
人のそれか。
 鮮烈なメタリックレッドのボディは、まだどうにか人型といえる。
 コントローラ型の掌のあちこちで、ボタンやスティックがぎちょぎちょと蠢く。コード類の乱れ髪が這いずり
回り、乗用車を転覆させた。排熱ファンが唸り声を上げて、真夏の暑気を吹き出す。
 ヘリコプターのローターのように、ディスクと思しき円盤を頭上で高速回転させ、基底部をわずかに地表から
浮かせていた。

『顕現なんて久し振りすぎて、セーブデータをメモリーカードからロードするのに、ハッ! 苦労したさ』

 けばけばしく明滅するディスプレイを貌とする頭は、地上30メートルの高度に達して、一帯の建築物のほと
んどを見下ろす。白昼の街に翳が落ちる。
 怪物機械の群れがざっとその後方に下がり、“リーダー”に先頭を譲り渡した。

「あつい……っ」

 突然に吹き荒れ始める熱気に、えー太は目を細めた。火照る頬。気温の上昇を肌で感じる。だというのに、ち
っぽけな体と幼い心が、芯から冷えてたまらない。
 ゲームハード。最新機種の面影がある。クラスメイトがソフトの話題で盛り上がっているのを聞いて羨ましく
なり、ずいぶんと親にねだったが、未だに買ってもらえていない。
 脳髄がけたたましく警鐘を叩く。分かってしまう。誰に説明されるでもなく。それが怪物の中の怪物だという
ことがだ。大小無数の“機械のお化け”たちの中でも、あれだけは異質だ。あれだけは別格だ。
 ああ、勇者がついていながら、何故みすみすその顕現を許してしまったのか。

『さてさて、デモが止まっていると思ったら、何やら乱入者もいることだし、ハッ! ……ボクの名を今こそ告
げようじゃないか――“怪物ゲームハード”ってね』

 遊戯のための高性能電子機器の一種が化身せし、機械仕掛けの王が名乗る。
 余裕綽綽な響きに実力が窺えた。積極的に攻撃を仕掛けてくるでもなく、先手は格下からとばかりにスティッ
クをくいくいと動かす。

『ここで真打か』

 対峙するアイヴァンホーは、誰に聞かせるでもなく呟いた。
 未だ山と残る怪物機械の軍勢に、それらをはるか凌ぐ怪物ゲームハード。ピンチといえばこれほど分かり易い
ピンチもない。
 それでも毅然と胸を張ってみせる。

『だが、敵の底は見えた。ここからが、正念場だ』
「アイバンホー! 大丈夫!? あいつ、すごく強そうだよ!」

 いてもたってもいられないとばかりに、えー太がブレイブチャージャーの通信機能で独白に割り込む。
 アイヴァンホーは少し驚いたように沈黙し、すぐに優しい表情で微笑んだ。

『このていど、さしたる窮地でもないが。そうだな。少年、力を借りたい』
「な、何っ? ぼく、何でもするよ!?」
『弱点を突きたい。ゲームハードなる機械について、知っていることを教えてくれないか?』
「ゲーム機の弱点!?」

 えー太は思わず空を仰いだ。少年はそもそもテレビゲームを持っていなかった。
 電気? 水? いかにもそれらしいが、どちらもこの場で利用するには難しい気がする。思考の隅に焼きつけ
て一旦保留。
 ひとしきり悩み、暑さと焦りとで汗ばんだ額を手首で擦んだときだった。
 頬の火照りを思い出す。

「そうだ! 熱だ!」

 天啓のように閃いた。記憶が連鎖的に蘇る。
 そう。そうだ。クラスメイトのダイ君。確か去年、夏休み明けにクーラーなしではとても遊んでいられなかっ
たなどと贅沢な不満を漏らしていた。
 ブレイブチャージャーに叫び声を吹き込む。

「アイバンホー!」
『あるのか』
「うん! ゲームハードはすっごく頑丈だけど、すぐに熱くなっちゃうんだ!」
『ほう……』

 最小限の予備動作だった。
 感心したように相槌を打つや否や、怪物ゲームハードの虚を突くタイミングで、アイヴァンホイールを投擲し
た。微妙な速度差のついた二つのタイヤが空中で接触し、一方がもう片方の回転力をもらって加速、加速。

『――踏破せよ、アイヴァンホイール!』

 想いを籠めるように武器の名を叫ぶ。車輪が砲弾となって飛ぶ。
 威力はたかが知れたものと、怪物ゲームハードがガードもせず嗤う。
 しかし果たして、逆転への布石アイヴァンホイールは、怪物ゲームハードの排熱口はおろか、その巨大な本体
のどこにも命中しなかった。ブーメランのような曲線に残像を引き、力任せに車道を砕く。
 アスファルトの散弾が、メタリックレッドの外装の表面を強かに叩いた。逆さの土砂崩れのよう。しかし、も
ちろんそんなもので傷つくような怪物ゲームハードではない。
 タイヤが毬のように弾んでアイヴァンホーのもとへ帰っていき、肩の定位置に戻る。~  観衆と化していた怪物機械たちが一斉に嘲笑。

『どこを狙って、ハッ! ……ってアレ?』

 怪物ゲームハードは、そこで自らの筐体の内部温度がどんどん上昇していることに気づいた。あまり長いこと
放置しては、深刻な不具合を生じるだろう。
 泡を食って自己分析を開始する。

(ファンがうまく回っていない?)

 その原因は、排熱口の孔から機構に侵入したアスファルトの破片。先ほどのアイヴァンホイールによって雨霰
と飛び散った車道の舗装材が、異物となって怪物ゲームハードのラジエータ機能を麻痺させたのだ。

『しかしこのていど、ハッ! ものの数秒もあれば除去して……』
『そんなことをしている余裕が、貴様にあるのか?』
『ん何だって?』

 アイヴァンホーは上空に右腕を掲げた。

『戦闘に掛かりきりで遅々として進まなかったが、少年のおかげで、我が電送は既に99パーセント終わった。
退くならばそれでよし、退かねば』
『何が言いたいわけ、……ハッ!?』

 それは、これまでの怪物ゲームハードがしてきた、相手を小馬鹿にした呼吸とは違っていた。
 アイヴァンホー。その“顕現”の異質さに思い至ったが故のもの。

『今こそ、我が愛車を紹介しよう!』
「愛車!?」

 アイバンホーも、もとは車なのに? 何だか釈然としないものを感じるえー太だった。
 しかし、顕現したそのインパクトの前に、そんな違和感は吹き飛ぶことになる。

『来たれ――』

 耳を聾する雷轟を伴って顕現する流線形。
 それは巨大。
 それは重重量。
 勇者の乗り物、神々しい銀色を発する。大型怪物機械の剛力をもってして止められぬ大馬力。
 古代ギリシャの二輪戦車を彷彿させるかたちだ。ただしそれを曳くのは、選び抜かれた精強なる軍馬などでは
なく、未来的意匠の牽引車。
 もうもうと土煙を立てて馳せ参じる。

『――“アップローダー”』

 それが、そのマシーンの名前。
 顕現の余波だけで、矮小な怪物機械たちが蛍火となって吹き飛んだ。
 アイヴァンホーは、大跳躍から傲然たる振る舞いで古代の戦車の上に座し――

『ファイナルフォルムチェンジ』

 ――出し惜しみもせず、奇跡の呪文を口にした。




 −7−


 空が翳る。腹に光を溜めた雷雲がにわかに太陽と蒼穹を隠し、見渡す限りの天蓋を黒々と覆う。
 アップローダーが、戦車を基軸として起ち上がる。牽引車の基底部が、砂塵を撒きながら地表を離れていき、
垂直の角度で傾斜を固定。摩天楼にも並ぶ天空の支柱となる。
 二段に折り畳まれることで古代の戦車に身を窶していた金属塊が展開され、巨大な脚部としての本来の姿を取
り戻す。それだけでアイヴァンホーの身の丈に二倍する、大巨人の脚だ。戦闘用馬車譲りの大車輪をその外側に
装備していた。
 曇天に鼻先を向けたトレーラーが、青い稲妻を曳いて先端を分かつ。
 フロントボディがまるごと、長大な両腕として生まれ変わった。手首に向かうにつれて細くなるそれは、五指
さえある手を除けば、騎士の携える馬上突撃槍を思わせるかたち。
 リアボディは、胴体そしてそれを装甲する甲冑となる。アイヴァンホーが、下半身のみを車輌形態に変形させ
てその中に飛び込む。車輪を象ったエンブレムを刻まれた胸甲が閉じ、彼の姿を完全装甲。
 兜に包まれた頭が胴の上端から引き出され、稲妻形の飾りを額に広げる。面頬のために表情は判別不能となっ
ていた。
 アイヴァンホーと、アップローダー。
 ファイナルフォルムチェンジなる合体によって、その全貌が明らかになる。
 一帯を圧して聳える、それは巨大人型の機械仕掛け。

『パーフェクトモード――“アイバンホーン”』

 完全顕現を告げる声に遠雷が重なる。
 流麗を極める全身鎧は白銀目映く、内なる虚像の明らかなるがゆえに万色ともなる。心弱き者ならば正視に耐
えまい、我が信念と実態を問い返す鏡であるからだ。
 電光の勇者。鋼の足ふたつで大地に根ざす。
 電光の勇者。銀の手ふたつで大気を掻いた。
 ああ、それは、勇者だ。御伽噺の勇者。電光の。
 南米における先の完全顕現では、伝説を刻む石板にそれは“勇者”とだけ記された。そこに鑿を振るった男こ
そ賢人であろう。巨大だの、重重量だの、そんな言葉で言い表すには遠すぎる。

 ――勇者電光、アイバンホーン――

 驚愕と興奮のあまり、えー太は声を忘れていた。しばらくは頭脳すらもが言語化を拒んだ。口をあんぐりと開
けて呆けるのみだ。
 スーパーカーがやって来て、ロボットに変形して、他にトレーラーが出てきて、それらが合体してもっと巨大
なロボットになるなんて!

『アイバンホーン。それがおまえの真の姿か!』

 怪物ゲームハードがやっとの思いで吐き出した。
 繰り言ではあるが。強大なメカニズムほど顕現に時間が掛かる。“勇者”であっても、いや、“勇者”である
からこそ逃れられない制約だ。
 しかし、誰かの勇気ある姿勢に同調して援軍を遣すブレイブチャージシステムにおいては、それでは逼迫した
状況に間に合わない。例えば今回の場合、えー太の身に何かあってから大活躍しても意味がないのだ。
 そこで考え出されたのが、一瞬で電送できるだけの中核部のみを現場に先行投入し、後に必要であれば合体に
よってそれを補完する、分割方式の顕現であった。
 いかなる怪物機械たちにも見られない特異な顕現術式を、近年になってブレイブチャージシステムに書き足し
たという狂博士の行方は杳として知れない。
 怪物ゲームハードは高度な知能で理解した。アップローダーとは、勇者アイヴァンホーを強化するために後か
ら開発されたサポートメカではなく。
 合体を果たした体高23.7メートル、重量285.0トンの躰こそが電光の勇者、その本来の姿(パーフェ
クトモード)!
 怪物機械たちのどよめきに、勇者は答えず。

『――粉砕せよ、ライトニングライトアーム』

 いかなる武器も携えぬ手、抉るような指先。その躰の大きさに比すればそう長くもない、しかし突撃槍と見紛
う右腕を前方へ伸ばす、伸ばす!
 脚部側面に装着された円盾のような大口径車輪が、虚空に電光のわだちを刻んだ。
 顕現するやの強襲。
 怪物機械たちは、そこに至って初めて、先んじてアイバンホーンが動き出していたことを認識した。狙いは怪
物ゲームハード、その陰に隠れた機械仕掛けたち!
 足裏と同時に接地する車輪の回転力を利用して初速から最大戦速に達し、敵対する全てを思うさま蹂躙する。

『ッ!?』

 既に時遅きことを知りながらも、車線から退避しようとする怪物機械の軍勢。
 けれど。
 奇なる蛇が銀の鱗を滑らせるように、腕が。
 怪なる蛇が毒の牙を突き刺すように、指が。
 それらを薙ぎ倒す。
 直撃を躱せたとしても、撒き散らされる攻撃性電磁波が電子機器を灼くだろう。
 鈍の大海嘯に、銀の稲妻が逆流する。種々雑多なる機械仕掛けの軍団が真っ二つに引き裂かれたのを、ビルの
屋上からえー太だけが見た。
 わずか一撃で、そこは、機械仕掛けたちの残骸が転がり散らばる、この世の地獄と化していた。

『よくもオオオオッ!?』

 背後を晒したアイバンホーンに、生き延びた怪物機械の放った怪光線や投射兵器が、横殴りの豪雨となって殺
到する。アイバンホーンが正面からの突撃に特化していることを見抜き、予想される裏側の脆弱さを突こうとい
う魂胆か。
 だが、届かない。遅い。極超音速の砲弾であっても、電光となった勇者には追いつけない。
 誘導放出により増幅された光学兵器、すなわちレーザーのみがそれに届くが、もとよりアイバンホーンは電光
の勇者。電磁光学兵器は通用しない。輝ける武器は、これを無効とする。

『……我がビィームが吸収されただト』
『これが、完全顕現した勇者の力……!?』
『これはいけない。撤退せよ、疾く撤退せよ』

 敵対者の難攻不落を知り、怪物機械たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 アイバンホーンはそれらには目もくれない。世界の果てに消えゆく怪物に興味はない。ひとつだけ残った、敵
意を滾らせるものにこそ用がある。いや、ふたつか?




 ‐8‐


『なるほど、凄まじいものだ。これが勇者か』

 悪運も強く、怪物ゲームハードは電子機器の大半を焦がしながら生きていた。
 頭上を見上げるアイバンホーンの視線を追って、えー太も首を動かした。
 空を飛ぶ怪物ゲームハード。あの絶望的な状況からよくも上空へ逃れられたものだといいたいが、生憎とそれ
自身の能力ではなかった。

『ちょっと! 何やってたのよ、この型落ちゲームハード!』
『いやぁ、助かったよ。ほんとにありがとう。でも型落ちとはまたひどいアオリだな。ボクはこちらの世界でキ
ミにエンカウントできるかもと期待してまたピコピコしてしまったっていうのに』
『あたしゃモンスターかッ。いや、モンスターっちゃそうかもしれないけど。……上空一万メートルから落っこ
としてあげてもいいのよ?』

 思わぬ乱入者は、用心棒として寄越された怪物ジャンボジェットだった。
 重すぎる荷物と電磁波によるダメージにふらつきながら、銀翼の乙女は手の掛かる同族に凄む。
 危機一髪。ただならぬ気配を察した彼女が、ライトニングライトアーム発動よりも早く急降下して怪物ゲーム
ハードを掬い上げていたのだ。

『あんたこのツアーの責任者なんでしょ? 顕現の時間をうっかり間違えて皆様にご迷惑お掛けしてんじゃない
わよこのノロマ』
『それについては、プログラムがちょっとばかりバグったとしか』

 このデモンストレーションを主催した怪物ゲームハードには、当然、それなりの責任がある。
 最低でもいち早く顕現して、参加者の安全を確保しなくてはならなかった。遅刻して数機を狩られ、また付い
ていながら仲間の大半を破壊されるなど言語道断だ。怪物機械は地上の機械仕掛けによって致命傷を負わないた
め安心していた、などと言い訳はできない。怪物機械の合言葉にもある、“人類は狡猾だ”、“災厄たれ”。

『電光の勇者、アイバンホーン』
『あーあ面倒臭いなァ。……勇者ならタンスでも漁っていればいいのにさ』
『それで、どうするの? いくらあたし達が不死身でも、このケジメはちゃんとつけないと、ひどいよ?』

 怪物ゲームハードは腕のコードをこんがらがらせてシンキングポーズをとった。彼の中では、答えはとうに決
まっていたけれど。

『……もちろん、あいつの体力ゲージをゼロにしてやるさ。そろそろリリースしてくれるかな』
『勝算は?』
『“怪物機械はおよそ不滅”。壊されはしても、死ぬわけじゃない』

 気障ったらしく鼻息で笑う怪物ゲームハードを、怪物ジャンボジェットは容赦なく叩き落とした。『データく
らいは持ち帰ってあげるわ』という呟きを残して異形の旅客機が急速浮上、空の煌めきとなる。

『さあ、ゲームスタートだ。Aボタンを押して始めるよ、ああああくん』

 怪物ゲームハードの声が、獰猛さを帯びる。




 ‐9‐


 アイバンホーンの下半身、古代の戦車が唸りを上げ、半径大きく弧を描いて旋回した。降り立った怪物ゲーム
ハードと向かい合う。アイバンホーンは小回りが利かない。超絶の直進加速力と引き換えたからだ。

『お喋りは終わったのか』

 勇者の傲然とした物言いに、怪物ゲームハードは思わず吹き出した。

『……何が可笑しい』
『いや何、勇者というよりは悪役みたいな言い回しだと思ってね。うん、いいね。……そういうの、どんどんや
ってよね』

 ひと呼吸。

『ところで。……どうやら、あの“銀の腕”、連発はできないみたいだね』
『どうかな』

 探りを入れる怪物ゲームハードだが、そこにアイバンホーンの弱点があることには半ば確信があった。
 先の完全顕現の下りといい、アイバンホーンには攻撃態勢を確立するまでは積極的に動かない傾向がある。敵
が仕掛けてこないならそのまま待ちに徹し、メカニズム電送やエネルギーの充填などに集中しようとする。
 そして発動の条件が揃えば、ライトニングライトアームを前面に押し出した戦術兵器級の突進技を繰り出すの
だろう。
 そこに出来る隙は大きい。メカニズム電装について『戦闘に掛かりきりで遅々として進まなかった』という不
用意な発言も見られ、休ませないことこそが肝要だと推測できた。

『じゃあ、今のうちに、やりますかー』
『やってみろ』

 それを境に。
 がらりと世界の空気が切り替わった。やりとりするべきものが、言葉でなくなったサイン。
 機械仕掛けの巨怪と、電光の勇者。人間が巨大数を易々とは実感できないように、どちらがより強大かなどと
いうことは、えー太にはいくら観察したところで判断がつかない。
 大気が鋼のように硬度を増し、えー太は微動だに出来なくなった。電流めいた緊張。嗅覚を刺す異臭。固唾を
喉に通すのがせいぜいだ。
 舞い踊る枯れ葉が一枚、乾いた音を立てて砕け散り、

『いくよ!』

 先手を打って、怪物ゲームハードが跳ねた。

『まずは、魅惑の108連コンボォ!』

 怪物機械は、それこそ格闘ゲームから飛び出してきたかのような、瞠目すべき俊敏さと器用さを披露した。コ
ントローラの腕、コードの髪、ディスクの丸鋸。格闘技の達人にも成し得ぬと思われる怒涛のコンビネーション
技が、アイバンホーンに叩き込まれていく。銀の甲冑の表面に火花が光る。

『やるな……ッ!』
『このままワンサイドゲームだ!』

 ちゃらちゃらした言動とは裏腹に、その連続攻撃は苛烈を極めた。
 アイバンホーンとて怪物ゲームハードを侮っていたわけではなかった。しかし、アイヴァンホーの姿で撃退で
きたこれまでの有象無象とは、その性能は別次元だった。もとより突撃(チャージ)に特化したアイバンホーン
は、複雑な攻防や駆け引きを重視しない。

『ファイアーボール! トマホーク巡航ミサイル!』

 怪物ゲームハードの叫びに応じて、排熱口の先では赤に燃える大火球が、端子接続部では翼ある誘導弾が形成
される。一斉射撃。攻撃魔法と科学の兵器が、彗星めいた尾をもつれ合わせながら飛び、アイバンホーンの顔面
に炸裂する。
 視界を埋めつくす弾幕に、勇者も戦慄を禁じ得ない。

『断絶せよ、レフュージングレフトアーム!』

 拙いながらに体幹の守りとして回されていたアイバンホーンの左腕から、強烈な電磁シールドが発生。攻撃の
右に対する、防御の左。光り輝く力場が、得体の知れない火器を阻み、体に巻きついていたコードを引き千切る。
勢いに任せて怪物ゲームハードの拳をも弾き飛ばし、コンボを中断させた。
 しかし二度目はない。本体のボタンやスティックの指が複雑な動きをしたかと思うと、レフュージングレフト
アームの電磁シールドが霧と掻き消えた。
 そこに間髪入れず、怪物ゲームハードが集中砲火。予期せぬ直撃を受けて、アイバンホーンが揺らぐ、揺らぐ。

『――!?』
『どうだい! ボクのガードキャンセルは、あらゆる防御システムを無効にするのさ!』~
 アイバンホーンが巨体の傾ぐに任せ、側頭部への回し蹴りを放つ。旋風すら巻き起こす勇者の大車輪。先読み
していた怪物ゲームハードがコントローラの腕を挟むが、重量に物をいわせてその防御ごと破壊。モニタの表情
を苦痛の砂嵐に変える。

『わ、悪いけ、ど、こんなのはさぁッ! 宿屋で休めば直るんだよォォ!?』

 怪物ゲームハードが、ダメージに震えながら吼えた。
 たちまち、歪んだ筐体、罅の入った画面、粉々になったコントローラが、回復か蘇生の魔法でも掛けられたか
のように原形を取り戻していく。
 多手段による攻撃。自己再生。およそ万能といっても過言ではないも思える怪物ゲームハードの多機能さは、
その出自のためどうしても一芸に偏りがちな怪物機械としては珍しい。
 ここでようやくアイバンホーンのシステムスキャンが、その恐るべき能力を断定。

『高等怪物機械(グレートモンスターマシーンフェノメナ)のひとつ、“怪物ゲームハード”。電子遊戯上の設
定や演出をあるていどまで具現化させる、機械仕掛けの王』

 色硝子のような碧眼が光を放つ。ひと際、強く。
 優位に事態を進めていたはずの怪物ゲームハードが、悪寒に飛び退く。そうしてから、自分の行動が信じられ
ないと画面を白黒させた。アイバンホーンに対しては攻撃こそ最大の防御。距離をとるなど愚の骨頂だと分かっ
ているはずなのに。

『!? く、来るな!』

 魔法を、弓矢を、火器を、重力兵器を、エネルギー波を! ありとあらゆる遠隔攻撃を怪物ゲームハードは再
現する。
 しかしそれは、もう二度とアイバンホーンに近づきたくないという気持ちの表れだ。
 何故だ、何を怯える、怪物ゲームハードよ。……それは、ああ、そうだ、あれに似た感覚だったからだ。在り
し日にゲームハードをがらくたにした“雷サージ”なる現象に。人間どもの誰も知るまいが。機械仕掛けにも本
能はあるのだ。

『なるほど確かに。貴様を分類する“グレート”は飾りではない。認めよう、貴様は破格の怪物機械だ』
『そ、そうさ! その気になれば、よくある過剰演出を再現して、ビーム一本で惑星のひとつやふたつ消し去っ
てみせる! ボクは、最強なんだ!』
『だが、このアイバンホーンを完全顕現させた時点で、貴様らに勝機などない』

 アイバンホーンは照準をつけるように、怪物ゲームハードへと鋼の左手を伸ばす。もう片方、銀の右腕は肘を
引いて構えた。さながら神話の英雄が弓を引くような、流麗にして力強い動き。

『電光の勇者アイバンホーンの名において。ゲームハードたちの願い、ひとびとの想いを私は知った。溜飲を下
げたというゲームハードもいた、無理もないと力なく笑ったひともいた。けれどその上で忠告しよう、怪物ゲー
ムハードよ、もはや戦うべきではないと』

 怪物ゲームハードは、それを認めない。機械仕掛けの“王”として、そんなふざけた提案は飲めない。

『……そんなのは、もう、遅いんだよね』

 返答はことのほか静かだった。スピーカーから漏れる響きは、怒り、嘆き、やるせなさに震えている。
 えー太には、そこに怪物機械たちの真情が篭っているように感じられた。
 怪物機械は喋る。ものをいう。けれど、“人間には話し掛けない”。
 怪物機械は異形。見るに恐ろしい。けれど、“ひと握りの人間にしか見えない”。
 えー太は思う。
 彼らはついに暴力以外の手段によって人間に自らの主張を表明しようとしなかった。それは、もしかしたら、
もしかしたらだが、とうに人間を見限っているからではないのか?
 機械たちが今、人間たちに激しい敵意を向けるというなら、その理由は子ども心にも分かる。えー太自身にも
心当たりはたくさんあった。
 このお化けは、恐ろしく、大きく、歪つで、強い。ひとを殺そうとする、ものを壊そうとする、機械仕掛けの
お化け。どんな事情があったって、殺戮や破壊は正しいことじゃないと思うけれど。
 けれど。
 だからって。

(これでいいの?)

 そんなのってない。怒り狂って、泣き叫んで、どうしようもないと諦めて、誰にもその想いを分かってもらえ
ず、ただの怪物として勇者に斃されるだなんて。
 えー太は、そんなのは、いやだった。
 何だか無性に悲しくなって、ブレイブチャージャーを口許に寄せた。

「アイバンホーン……。戦ってるときにごめん。……お願いが、あるんだ」
『分かっているさ、少年』

 仮面のような貌が、一瞬だけ和らいだような気がした。
 怪物ゲームハードが不穏な黒い翳を纏う。コード類をばたつかせながらゆっくりと前進してくる。

『ファイナルブレイブチャージは果たされた』

 電光の勇者が、“必殺”を宣告。
 ファイナルブレイブチャージ。それは、誰かの想念の力によって奇跡を我が物とする、勇者有する権能のひと
つ! “御伽噺の勇者は、いかなる強敵にも打ち勝つ”。
 莫大なエネルギーを目の当たりにしながらも、怪物ゲームハードはせせら笑った。

『“怪物機械はおよそ不滅”。ここでボクの機体を砕いたって、いずれどこかで必ず甦る。それこそ機械文明な
んてものがある限り。ましてや、この怪物ゲームハードは、万能だ!』
『知っている』

 アイバンホーンはこともなげに言った。

『だったら分かるだろう? アイバンホーン、あんたが何をしようと、意味なんかないんだ。ボクらは不死身な
んだからね。そんなわけだからさ、もういい加減に――』
『故に――』

 ひとつの事実に、結論はふたつ。
 怪物機械と電光の勇者。
 ふたつの機械仕掛けが激突する。

『――諦めなよぉッ! 一撃必殺の呪文で、さあ、死ねぇッ!!』
『――容赦なし』

 アイバンホーンの音声には、鋼の芯が通っているように思われた。
 大地に突き立つ両脚の大口径車輪が始動、その回転速度を果てしなく加速させていく。

『破壊する、すべて。我が“アガートラームブレイク”で』

 光。
 白銀を帯びて、アイバンホーンが疾走。その瞬間から不可視の躰を手に入れる。まるで、それじたいがレーザ
ービームとなったかのよう。
 いいや。もっと熱く、もっと優しい、それは怪物ゲームハードに差し伸べられた“手”だ。胴を掌とし、頭と
四肢をもって指となした、銀の右手。

 電光の勇者、アイバンホーン。

 誰かの想いを聞いてやって来てくれる勇者なのだから、彼にはきっと怪物機械たちだって救えるに決まってい
た。えー太は、そう信じることができた。
 瞼をも通り抜ける閃光が晴れる、そのとき。

 ――――ハッ、きみなんかに同情される筋合いはないんだけどね

 えー太は。
 怪物ゲームハードが、ひと言だけ、自分に憎まれ口を叩いたような気がした。




 ‐10‐


 あれだけの騒動があったというのに、ひとびとはほとんど怪物機械の存在に気づかなかった。
 破壊された街の有り様にも、誰かが『大きな事件や事故が幾つも重なったのだ』といえば、誰もがそういう偶
然もあるのかと納得してしまう。
 怪物となった機械仕掛けの逆襲。荒唐無稽な現実は、やはり御伽噺にしかならなかった。仕方のないことなの
だろうが、えー太はそれを寂しいと思う。

「ぼくは、英田栄太(あいだ えいた)。小学三年生!」
『改めて、私の名はアイバンホーン。“電光の勇者”だ。よろしく、えー太』

 えー太とアイバンホーンは、握手の代わりに指先を突き合わせた。えー太の指を押し返す勇者のそれは、硬く、
重たく、そして熱かった。
 色硝子のような眼を明滅させながら、アイバンホーンが喋る。

『えー太。怪物機械たちの怒りと嘆きは、まだ止んではいない。故に私はもうしばらくこの世界に留まる必要が
ありそうだ』
「それって、いっしょに、いられるってこと?」
『私は怪物機械が次に出現するどこかへと赴かなくてはならない』
「旅に、出るんだね……」

 アイバンホーンの返答は、ひどく素っ気なかった。
 むしろそのことに落胆するえー太に、アイバンホーンは小さく笑った。あまりに大きいためどこを示している
のか分からないが、恐らくはブレスレットを指差していう。

『ところで、そのブレイブチャージャーだが』
「うん?」
『それには、えー太やまわりのひとびとの勇気ある行いを覚えておく力がある』

 そういわれても、えー太にはよく分からない。

『私のような“勇者”に出逢うには運がいる。けれど、きみがいつも心に勇気を持っていれば、勇者がきみたち
の前に現れる可能性を、それが少しだけ上げてくれる。――だから、えー太よ』

 電光の勇者アイバンホーンが、えー太に広い背を向ける。
 磨き抜かれた鏡のような銀色に、呆けた子どもの顔が映っていた。
 いいや。いいや。もうそんな弛んだ表情をした子どもはいない。
 何故ならえー太は、勇者に出会った少年だ。

『勇者たれ』




 了




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  • 勇者電光アイバンホーン/第一話
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