創発ブレサガ番外編008


創作発表版ブレイブサーガ


「やっぱり、あの子に教えてもらうのが良いのかなあ」
 天農との組み手で熱を帯びた身体を冷ますかのように、腕を組みながらゆっ
くりと廊下を歩くシンヤは、共に闘う仲間である、月守悠羽を思い浮かべる。
 特殊な呼吸をベースとした格闘術、真島流破鋼拳の使い手にして、恐らく人
類屈指の格闘能力を有するであろう悠羽の力量は、教えを乞う相手として不足
などあるはずもない。
 だが、
「でも、相手は年下の女の子なんだよなぁ」
 同時に胸の内に浮かぶ事実が、思いがけず言葉になって廊下に溶ける。
 こういった事に年齢や性別など関係無い、そう頭では理解している。
 とはいえ、全てを無条件で受け入れる事の出来ない複雑な心情もまた、自身
で理解している。
「ああ、ほんと、どうしようか……」
 出口の見えない難問に、廊下の真ん中で足を止めて考え込むシンヤ。
 天農との組み手で何かを掴んだとはいえ、それだけでは足りない。
 更なる一歩を踏み出すためにも、悠羽の力は必要不可欠である。
 だが、それを素直に受け入れる事の出来ない心理が大きな壁となる。
 結局、思考は堂々巡りのまま、時間だけが過ぎていく。
「おい」
 ――素直に月守さんに教えてもらうのが一番だけど
「おい!」
 ――それとも、他の人に聞いてみようか
「シカトすんなコラ!」
 ――いや、やっぱりここは月守さんに
「うわぁ!」
 世界の終わりまでかけても答えを見つけられそうにない思考の泥沼に浸かって
いたシンヤは、不意に訪れた浮遊感に、驚きの声を放つ。
 同時に意識を引き戻したシンヤは、視界の天地が逆になっている現実を認識し、
その中で、間近に迫った床と、黒の革靴と赤のヒールを捉える。
「ようやく気付きやがったか」
 天地が逆になったシンヤの頭上から聞こえるのは、呆れの色を含んだ、力強い
男の声。
「……あ、真島、さんと、ソフィアさん」
 宙に浮いたままの上体を動かし、声の主の顔を視界に収めたシンヤは、そこに
映った者達の名を呼ぶ。
「あ、じゃねえよ坊主。天下の往来のど真ん中で突っ立った挙句、俺を無視しや
がって」
 ノーネクタイの白いスーツを着た声の主、真島烈は、シンヤの右足首を掴む右
手を上下に動かし、シンヤの身体を上下に揺さぶる。
 右腕一本で成人男性を軽々と上下させるという力技を行使する烈だが、その表
情に苦しさは一片も感じられない。
「床にキスするか? それとも人間モップで施設内の美化に協力するか? それ
とも」
「え!? ちょっと、そんな……」
「烈、そこまでにしなさい」
 横から入った声に、烈は一瞬だけ視線を声の方へと動かした後、シンヤをゆっ
くりと床に降ろす。
「ごめんなさいね、シンヤくん。この人、いつまで経っても子供みたいな事ばっ
かりして」
 そう言って、柔らかな笑みと共に、突然の事態の連続に立ち上がる事の出来な
いシンヤに手を差し出したのは、セミロングの金髪を持つ長身の女性、ソフィア。
「す、すいません」
 差し出された手を取り、無事に立ちあがったシンヤは、天地の向きが正常となっ
た中で、改めて二人を見る。
 スーツの上からでも分かる、異常なまでに発達した筋肉と、それを根拠とした
圧倒的な力強さを空気として発している烈と、女優でさえ色褪せて見えるほどの
美貌と、それに見合った気品を有するソフィアの組み合わせは、まさに「美女と
野獣」である。
「それにしても、一体どうしたの? こんな所で立ち止まって」
「それは……」
 恐らくは組織間のミーティングに出席していたのであろう、夫と同じ白のスー
ツ姿のソフィアの問いかけに、シンヤは一つの結論に至る。
 ――そうだ、この人達なら
 悠羽の格闘術の師である烈なら、自分も何も遠慮する事無く教えを乞う事が出
来る。
 加えて、詳しい経歴は知らないが、ソフィアもまた戦闘に関して優れた技術を
持っているという話を聞いた事がある。
 この二人の教えを受ければ、自分はまた一歩先に進める。
 そう確信したシンヤは姿勢を正し、眼前の夫婦に頭を下げる。
「お願いです! 俺に、戦い方を教えて下さい!」
「断る」
「ええ!? 早っ! 即答すぎませんかそれ!?」
 余りにも早い拒絶の言葉に、シンヤは先ほど下げた頭を振り子のように持ち上
げる。
「まあ落ち着けや」
 表情と空気で拒絶の理由を問い詰めるシンヤを手で御した烈は、一息ついた後、
言葉を続ける。
「お前は皆のために最前線で身体を張って闘っている。そんなお前がどういう事
情かは知らんが、俺を頼って来た。それは悪くねえ。破鋼拳は秘密にするような
御大層なもんでもないし、知りたければ教えてやってもいい……だがな」
「だが?」
 烈の言葉の真意が分からぬまま、言葉を繰り返すシンヤは、隣のソフィアが苦
笑している事を視界に捉えながらも、続く言葉を逃すまいと耳を傾ける。
「お前、自分の名前をフルネームで言ってみろ」
「え?相馬、シンヤですけど」
 余りにも唐突な問いかけに、ますます烈の真意が遠ざかっていくと感じながら、
シンヤはその問いに素直に答える。
「そう、お前の名前は相馬シンヤだ。俺はな、お前の苗字が、『相馬』って名前
が気に入らん。だから、お前に何も教えてやらん……ほれ、後ろを見てみな。ちょ
うど来やがった」
 もはや小学生レベルの難癖とさえ思える烈の言葉を飲み込んでいくシンヤは、
烈に促されるまま、身体を後ろへと向ける。
 そこにいたのは、一人の男。
 眼鏡をかけた知性的で端正な顔立ちに、モデルでも十分以上に通用する細身の
肢体を持つ男の名を、シンヤは知っている。
 ――あの人は
 訓練などで負傷した際に何度か世話になった男の名を、シンヤは胸の内で呟く。
 ――相馬、和彦
「こんな所で固まって、何かの儀式か?」
 ほどなくして、シンヤ達の所に辿り着いた和彦は、訝しげな視線を烈に向けた
後、幾分かの憐れみを含んだ視線を向け、シンヤの肩を叩く。
「確か、相馬シンヤ、だったな。そこの未確認廃棄物と三分以上一緒にいたなら、
念入りな消毒を勧める。これは、医師としての忠告だ」
「おい、勝手な事吹いてんじゃねえぞ極道医者。てめえこそ、んな格好で外を出
歩くなんざ、良識とか常識って言葉を置き忘れてきたのか?」
「これから実家に戻るからな。郷に入れば郷に従え、というだろう」
 置き去りにされた形で始まった二人の言葉の応酬を、ただ茫然と眺めるシンヤ
は、和彦の服装に着目する。
 普段は医者らしく白衣を羽織っている和彦だが、今日は上下ともに高級感の漂
う黒のスーツに、中はワインレッドのシャツ、更には髑髏柄の黒いネクタイに豪
華な造りの金の腕時計と、どこからどう見ても一般人には見えない格好をしてい
る。
 それでも、それらを違和感無く見事に着こなせているのは、もはや一種の才能
と呼べるのかもしれない。
 ――実家に帰る時の服装がアレって事は……
 そこまで思考して、他人のプライベートに踏み込む事に躊躇いを感じたシンヤ
は、今の思考を消し去るため、自分と同じく二人の応酬から取り残されている、
ソフィアへと視線を向ける。
「あの、ソフィアさん」
「何かしら?」
 年上の女性が持つ、余裕を感じさせる柔らかな笑みに安心感を覚えながら、シ
ンヤは早速教えを乞うための言葉を告げようとするが、逸る気持ちを自制し、ま
ずはそこに至る道を作るべく、別の言葉を告げる。
「ソフィアさんって、今の組織に入る前は、何をされてたんですか?」
「……どうしたの? そんな事を聞くなんて」
 ソフィアの笑みは変わらない。
 ただ、シンヤはわずかながらに感じ取っていた。
 彼女の発する空気が、確かに変わった事に。
 それも、決して穏やかでは無い方向へと。
「あ、いや、その、ソフィアさんの過去が、少しだけ気になったというか」
「そう、私の過去が気になるのね……」
 慌てて方向を修正しようとするシンヤだったが、自分の言葉が思い通りの効果
を発揮していない事は、誰の目にも明白であった。
「シンヤくん、さっき『戦い方を教えて欲しい』って言ってたわよね」
「は、はい」
 もはや表情だけの笑みでしかないソフィアの顔を直視できないシンヤは、俯き
ながら言葉を返す。
「それじゃ、私が少しだけ教えてあげるわ。そうね、内容は『どんな相手でも三
分で吐かせる拷問法』でいいかしら?」
「え? ご、ごう……?」
「魔女狩りで洗練されたものをベースに、現代風のアレンジを利かせた伝統と格
式のある拷問法よ。シンヤくんには特別に、実際に受けてもらって覚えてもらお
うかしら?」
 言葉と共に、ソフィアは右手を懐に忍ばせる。
「え、え、遠慮します! それはもう全力で!」
 ここに至ってようやく事情を飲み込めたシンヤは両手を思い切り動かして拒否
の意を示すが、その言葉は聞きいれてもらえる事無く、大気の中に混じって消え
る。
「遠慮しなくていいのよ。私の過去を気にしている人がこれを受けると、不思議
と前後一週間くらい記憶を無くすらしいけど、ただの噂だから、ね?」
「いえ! 本当に結構ですから! ソフィアさんの過去なんて全くこれっぽっち
も気にしてませんから!」
「……そう? そんなに遠慮するなら仕方ないわね」
 一瞬にして従来の柔らかな雰囲気に戻ったソフィアは、多少名残り惜しそうな
表情で右手を懐から抜く。
「そういう事だ。明日の夜には戻る」
 それを合図にしたかのように、烈と和彦の会話も終わりを迎え、和彦は烈の横
を通り過ぎようと、再び足を動かす。
「お、そうだ和彦」
 自分の横を通り過ぎた和彦を呼び止めた烈は、シンヤを指差す。
「お前、車で帰るんだろ? なら、この坊主をナイトベースの辺りまで運んでやっ
てくれ」
「ナイトベースなら方向は同じだが、彼の所属は、そこではないだろう」
「あそこにゃ、お姫様の所に遊びに行った悠羽がいるからな。俺の代わりに色々
教えてくれるだろうよ。ついでに、クレイオン辺りに剣の事でも教えてもらえりゃ
上出来だな。お前の機体は剣を使うんだしよ」
「クレイオン、か……」
 自身の格闘能力の向上に固執するあまり、自身の愛機、ファルブレイクの武器
である剣の事を失念していたシンヤは、鋼の身に魂を宿した騎士を思う。
 確かに、剣を学ぶための相手として、これ以上は無い。
 格闘術の方は結局振り出しに戻ってしまったが、もはや悩んでいても仕方ない。
「ほれ、そこの外道眼鏡と一緒に、とっとと行きな。俺はソフィアとイチャつく
のに忙しいんだ」
 言葉が終わらない内に、烈は妻と共にシンヤの横を通り過ぎる。
「すいません、何だか気遣ってもらったみたいで」
「ナイトベースの連中によろしく言っといてくれ。特に高遠の爺さんは、年の癖
に無茶しやがるからな」
 シンヤに背を向けたまま、右手を上げて応えた烈は、そこから数歩歩いた所で、
何かを思い出したかのように立ち止まる。
「坊主。俺から一つ、教えてやる」
 和彦と共に烈達とは反対方向に歩き始めていたシンヤは、その言葉に足を止め、
振り返る。
 ある程度の距離を置いて、獣の力強さを持つ烈の瞳と、真っ直ぐな意志を宿す
シンヤの瞳が交錯する。
「喧嘩ってのはな、相手を先にブチのめした奴の勝ちだ。何があっても、ビビら
ずに前を見て死ぬ気で抗え。そうすりゃ、気付いた時には相手をブチのめしてるっ
てなもんよ」
 最後に力強い笑みを見せた烈は、シンヤの返事を待たずに動き始める。
「何だかんだで、烈は君の事を気にかけているようだな」
「そう……だといいですけど」
 横から聞こえる和彦の言葉に素直に賛同しかねるシンヤに、和彦は言葉を重ね
る。
「名前の事もあって、素直に君と接しようとしないだろうがな。君だけではなく、
烈は他の組織の人間の事にも色々と配慮している。あれでも、組織の長としての
役割は果たしているよ。俺や鉄男、他の皆が烈の下にいるのは、決して伊達や酔
狂ではない、という事だ」
 普段は決して語る事の無い部分を淡々と告げた和彦は、それほど親しくない相
手に胸中を吐露した事による気恥ずかしさからか、眼鏡を懐にしまい、代わりに
サングラスを取り出す。
「少し話が過ぎたな。では、行くとするか。ナイトベースまでで構わないか?」
「お願いします」
 和彦の意外な言葉に、真島烈という人間の一端を垣間見たシンヤは、次に会う
時はどういう話をしようか、と考えを巡らせながら廊下を歩く。
 次の目的地、ナイトベースで待つ勇者の元へ向かうために。


Menu

最新の40件

2010-04-21 2011-01-24 2011-08-31 2010-10-15 2016-06-15 2014-01-21 2013-02-10 2013-02-07 2013-02-06 2013-02-04 2012-07-27 2012-01-08 2011-09-01 2011-08-31 2011-01-27 2011-01-26 2011-01-25 2010-10-15 2010-07-02 2010-04-21 2010-04-05 2010-03-15 2010-02-28 2009-09-26

今日の10件

  • counter: 426
  • today: 1
  • yesterday: 0
  • online: 1

edit