【回答】
清の時代より,ドイツ製兵器は多数中国に配備されています.
モーゼルの拳銃,小銃などはその時代から国産化されていたりするわけで,そう言う意味では,中国の方が日本よりもドイツと関係が深かったのです.
国民党になってからも,フォン=ゼークト将軍率いるドイツの軍事顧問団が,蒋介石に深くコミットしており,中国の資源と引き替えに,ドイツから武器を輸出していました.
当時の国民党軍には独から軍事顧問が派遣されて居り,独軍事顧問は独商社HAPROと癒着していたので,HAPROは各種独製兵器を輸出して中国兵器市場に大きなシェアを誇っていました.
ナチスドイツ政府としても,資源小国の日本よりも,資源を供給してくれる中国の方に,好意を持つ人も多かったわけで.
で,供与兵器の中には,I号戦車,He-111Aなどの当時の最新兵器も含まれていたりします.
(ちなみに,空軍はイタリアの影響が強かった)
日中戦争が始まったときに,それを調停しようとして,ドイツのトラウトマン公使が関与したのは,それだけ影響力を有していたからです.
また,支那事変時にはまだ独は同盟国ぢゃありません.
日独伊三国同盟が結ばれたのは1940年.
中国にはモーゼル社の工場のほかに,チェコのブルーノ社などの工場も存在しており,小銃の組み立てがおこなわれていました.
ちなみに中国は小銃だけでなく,ヘルメットや手榴弾もドイツ製のものを多用しています.
日清戦争のときの清国海軍の定遠,鎮遠もドイツ製.
【回答】
主力小銃はそんなに単純に切り替えられる存在ではないよ(苦笑).
中国軍といっても国民党軍や共産党軍,その他軍閥とか雑多な装備で戦ってる.
輸入兵器のコピー生産もしていたし.
全てが米式装備の部隊は,逆に少なかった.
モーゼル銃は日中戦争〜太平洋戦争を通じて使われています.
米軍装備は供給されはしていますが,歴戦の師団は前線に出されることが多く,それらはフォン=ゼークト将軍らの軍事顧問団によって育成されたために,ドイツ式の武器体系から米軍式の武器体系に切り替えることが遅れました.
これら精鋭師団に関しては,戦争末期から戦後に掛けて改変が行われましたが,米軍式装備への習熟度が足りず,為に国共内戦に戦力たり得ず,国民党軍が敗北した原因の一つとなっています.
米軍式装備を配備した師団は,後方の師団で,それも精鋭ではありません.