人物紹介 / 蔡エン


蔡琰

女性では珍しく諱、字とも判明している人物。字の方が有名で、旧三国志大戦でも「蔡文姫」名義だった。
本当の字は「昭姫」だったが、晋代になって司馬昭の諱を避けた結果文姫となり、その字が広く知られるようになったといわれる。

結婚相手に恵まれない人物でもあり、最初の結婚相手には早くに先立たれ、
匈奴に連れ去られた後に左賢王・劉豹の側室となっていたが帰国にあたって夫・子供と離別する羽目になり、
帰国後に曹操の計らいで結婚した董祀は法に触れて死刑になりかけている。
流石に三度目の離別は堪えたようで「これ以上夫を奪わないでください」と命乞いをして死刑をとりやめさせている。

演義では夏侯淵戦死を聞き付けた曹操が漢中争奪戦におもむく際、通りがかった文姫の家を訪問する場面に登場する。
そこで蔡邕が残した謎かけを曹操に解かせた。

四大美女ほど認知度はないが中国四大才女の一人に含まれる。その根拠となる才能は以下の通り。
一つは文才。自身の流転と匈奴で生まれた実子との別離に苦悩する『悲憤詩』を作り、蔡邕の蔵書を復元した。
二つは楽才。父の弾く琴の音を聞き分け、切れた弦が何番目だったか正確に言い当てたという。
三つは話術。上述の董祀が死罪になると知り曹操に直談判するが「かわいそうだが令状はもう出してしまった」と難色を示すと文姫はこう反論した。
「殿は一万もの馬をお持ちであり、虎のように優れた戦士が大勢いるはず。
 なにゆえ足の速い騎兵一騎を惜しみ、今にも消える命をお救いにならないのですか」と。
曹操は文姫の言葉に心を動かされ、使者を出して処刑をやめさせたという。

女性の中ではとりわけ豊富な記録が残るとはいえ、それでも晩年の軌跡は不明。
『晋書』には司馬師の皇后である羊徽瑜は母が蔡邕の娘だと書かれ、それが文姫ではないかとする説がある。

今作から蔡琰という武将名になり、名がありながら姓+字という特異な名前のカードは不在となった。
(ただし、呉の孫魯育と孫魯班はシリーズを通じて字(小虎と大虎)が用いられている。小喬・大喬と対にするためか)
しかし、文姫の記録のある『後漢書』は彼女の字を人物名として頻繁に使っており、蔡文姫表記は原文リスペクトだったりする。

現行作においては第1弾魏R版がイラスト担当の伊藤悠先生の代表作「シュトヘル」をモチーフにしたキャラデザがなされている。
ちなみにシュトヘルは過去3.59のコラボにおいても祝融のモチーフとして使用されたことがあり
別武将だが同一モチーフという唯一の例となっている。

コーエー三國志では武将として登場する前の作品(三國志供砲ら、ハンドブックで彼女についての伝が語られている。
「悲しき母」という匈奴に捕らわれてからの運命を語った物語だが、三國志兇任蓮嵌姫」の概念が存在し
(敵国を占領した時に戦利品が手に入る事があり、「美姫」は与えた君主ないし武将の「魅力」が上がる。
 ハンドブックでは「伴侶を得て人間的魅力が深まった」と説明しているが、人道的問題からか後の移植・リメイク作では
 違う物に差し変わったり「魅力」を上げる要素自体が「玉璽(君主のみ100にする)」以外削除されている)、それを説明した物語とも見て取れるのだが。

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