人物紹介 / 魯粛


魯粛

演義では呉と蜀の同盟維持の為に右往左往し、関羽との交渉も失敗するといった損な役回りだが、
正史では軍事・政治・外交全てで活躍した重鎮であり、孫権陣営でも周瑜に次ぐほどの知将・戦略家。
しかもその戦略は、荊州を抑えて曹操に抵抗しうる戦力を蓄えたのち、
孫権自ら帝王を名乗れという当時の価値観からしたらあまりに大胆不敵なものであったと言う。

裕福な家に生まれながら家業に興味を示さず、若い頃から施しを好み、狩りや武術・兵法の勉強に明け暮れ、
その我が道を往く大胆さゆえ「魯家に狂人が生まれた」と陰口を叩かれたという乱世の申し子。
彼の豪胆さを表すエピソードとして、孫権に仕える前の頃に周瑜が魯粛の家を訪れ兵糧の無心をすると、
倉一つ分の米をまるごと与えたという話が知られている。
後に周瑜が亡くなると後釜として孫権に重用されるが、その性格ゆえか堅物の張昭には嫌われていたらしく、
張昭は孫権に魯粛を重用しないよう諫言していたという(聞き入れられなかったが)。

「名前の読みが同じ人物」として孫堅と孫権の話はよく知られているのだが、
彼の死後に生まれた息子も魯淑といい、日本語では同じ「ろしゅく」になっている。

正史と演義での扱いが全く異なるというのは前述の通りだが、各種創作においてもこの影響が尾を引いており、
横山三国志では孔明と周瑜の間で謀に利用される情けない姿で描かれ、
三国無双では近年になってようやくプレイヤーキャラに昇格したものの、それまではモブとしてすら出番がなく、
大戦シリーズにおいても初期はUCかつ地味な性能での登場と、いずれもイマイチパッとしない。
最近は再評価が進みその活躍に見合う描写で描かれる事が増えてきているが、まだまだ演義のイメージは拭いきれていないようである。