人物紹介 / 孫皎


孫皎

兄・孫瑜の死後に軍権を継ぎ、荊州戦までにおける孫家一門の筆頭となっていた。
官位で考えても呂蒙より高い位に就いており、孫権軍の筆頭でもあった。

財を惜しまず施しを好み、諸葛瑾などインテリたちとの交流を欠かさず、
有能な部下は積極的に取り立てるなど配下の面倒見も良かったとされる名将。
また兵が孫皎のために敵地から美女を攫ってきたことがあったが、孫皎は美女に新しい衣服を与えて送り返し、
民には無闇に手を出さぬよう兵たちを指導したと言う逸話も知られる。
しかし武人らしく豪放が過ぎる一面もあり、酒の勢いで裏書の通り自分より年上の甘寧に喧嘩を売ってしまった、という事も。
この時の甘寧の怒りは相当なもので、呂蒙の部隊に転属させろと願い出るほどであり、
さすがにマズイと思った孫権が、孫皎とも仲の良かった諸葛瑾を通じて窘めている。
孫皎が素直に謝ると甘寧もすっぱり水に流し、以後は親しく交流するようになったと言い、根は武人同士気の合うコンビであったらしい。

荊州の戦いでは、当初呂蒙と同格のトップとなっていた。
しかし赤壁で周瑜と程普の不仲から軍の結束が乱れた過去を挙げて呂蒙が反発したため、大将の座を降りている。
それでも後詰の任務を忠実にこなし、関羽捕縛にも大きく貢献したとされているが、戦後程なくして病死してしまっている。
軍権は弟の孫奐が継いだ。

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