人物紹介 / 曹爽


曹爽

曹一族の重鎮・曹真の子。
曹叡とは皇太子の頃(つまり曹丕の治世)から仲が良かったらしい。
曹叡崩御の際、大将軍に任命され、司馬懿と共に後継ぎである曹芳を託され、事実上の最高権力者の一角となる。
「剣履上殿」(剣を帯び、靴を履いたまま宮殿に上っても良い)
「入朝不趨」(皇帝のいる宮中では、人臣はその場を憚り小走りに走ることが礼儀とされたが、免除される)
「謁賛不名」(たとえ皇帝からであっても、実名を呼ばれることが無い)
という三大特権を与えられる別格中の別格扱いを受け、年長の司馬懿を父のように敬い、共に国政の中枢を成した。

……とここまでは良かったのだが、何晏ら側近に持ち上げられたこともあり、次第に欲が顔を出す。
曹爽は曹芳を支える両輪のもう片方である司馬懿を、太傅という事実上の名誉職に祭り上げ、
政治の現場から遠ざけることで実質的な独裁者として君臨しようとした。
しかし司馬懿と曹爽では実績に差がありすぎたため、司馬懿の絶大な軍事的影響力を奪うには到底至らず、
功を焦った曹爽は蜀討伐の軍を起こすが、王平らの頑強な抵抗と蜀の険しい地勢の前に惨敗。
無謀な軍事行動と何晏たち佞臣の横行で国は乱れに乱れた。

司馬懿はこの頃、老齢と病気を口実に隠居を装い事態を静観。
曹爽の配下が見舞いに来た時も重病のふりをし(認知症を装ったとも)、曹爽一味の油断を誘った。
そして249年1月、曹爽が兄弟たちと共に皇帝の墓参りに付き従い留守にしたわずかな間に、司馬懿は洛陽の兵馬を従え、城門を閉ざしクーデターを起こした。
(ゲーム『三國志孔明伝』では司馬懿のクーデターも描写されているが、そちらでは曹爽兄弟は巻狩りに出かけた事になっている)
この時点では皇帝が手元にいることもあり、己の権限をフル活用すればまだ曹爽兄弟にも勝機はなくもなかったのだが、あろうことか曹爽は
「俺が富貴でいられるならば降伏してもよい」
などというボンクラ発言をかまし、さらに司馬懿から「軍籍解任すれば罪は赦す」と持ち掛けられた事もありあっさり降伏。

(因みにその上記の発言の際、曹爽の知恵袋と云うべき配下の桓範から「征西大将軍・曹子丹(曹真)は誠に立派な御方であった。
だが、貴様等兄弟(曹爽兄弟の事)は豚か子牛から生まれたのか? 貴様等のせいで族滅の憂き目に逢うとは思いもしなかったわ!!」と嘆き、言い捨てられている。
本作の曹爽のイラストのバックに豚の兵士が描かれているのは、そうした逸話が元になっていると思われる。)

もちろんあの司馬懿がそんな口約束を馬鹿正直に守るはずもなく、曹爽は身柄を完全に軟禁され、その後謀反の疑いにより三族皆殺しの極刑に処され生涯を終えた。
これにより曹氏は大いに勢いを失い、魏の国政は司馬氏に掌握されてゆくこととなる。
その最期まで付きまとったボンボン気質により、己のみならず曹氏一門にとどめを刺してしまった男である。