人物紹介 / カク昭


郝昭

諸葛亮の北伐に対し、陳倉城を守りきり蜀軍を敗退させた名将。

諸葛亮の第二次北伐で、陳倉を攻めることを予測していた曹真の命を受けて陳倉城を改築し、守備を固める。
予想通りに陳倉城を包囲されると、城攻めに来る蜀軍を数千の寡兵で守り抜き、二十数日を耐えきる。
結果として蜀軍の兵糧が欠乏したことと、魏の援軍が迫ったことで諸葛亮も撤退を余儀なくされている。

生前は墓を暴いて材木を戦争のための資材に利用していたことなどから、臨終に際して息子の郝凱に
手厚く葬るのは死者のために無用だ。わしが死んだら今着ている服のまま埋葬せよ。
生者のために居場所があるのであり、死者に居場所などあろうものか。
ここは先祖代々の墓からは遠いので、お前の好きな場所に埋葬しろ
と遺言している。

演義でも諸葛亮の数々の奇策を退ける堅守を発揮するが、籠城中に重病に伏してしまい、
それを知った諸葛亮に陳倉城を急襲され落城、重体の郝昭は落城の報を聞き憤死してしまう。
また魏側も郝昭の重体に伴い、適任者不在として後任を派遣せず陳倉から撤退する、という流れになっている。
諸葛亮に負けたのではなく病に負けたという印象すら抱かせる一幕であり、
演義では他にこれといった記述がないにもかかわらず、その強烈な印象で存在感を発揮している名将である。
曹真や郭淮が凡将のような扱いになってしまっている中、魏将の中ではかなり良い扱いを受けていると言えなくもない。

光栄の『三國志孔明伝』ではプレイヤーが選択肢をどう選ぶか、という事で難易度が激変する「陳倉の戦い」の敵将として存在感を発揮する。
郝昭自身は「病を患っている」という状況なので毎ターンダメージを受けるが、
史実通り「大軍で攻める」を選択すると、決死の防戦と張郃の援軍の挟み撃ちを喰らい苦戦を強いられる事となる。
史実に反して「少数精鋭で攻める」を選択した場合、張郃の援軍も間に合わないため、安心して戦う事が可能。
ただし自軍も諸葛亮を含めた6部隊(魏延・姜維は陽動のための固定メンバーであり、戦闘に参加はできないので本当の意味で6部隊)で戦わねばならず、真の意味での少数精鋭で挑まないと返り討ちにされる危険性もある、とゲームならではの「選択の妙」を味あわせてくれるからだ。

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