1979 / 08 / 09 福島万弥(当時5歳、女)栃木.足利市


1971〜1980

福島万弥

1979年8月3日(金曜)、栃木県足利市の5歳女児が自宅近くの八雲神社境内で遊んでいるうちに行方不明となる事件が発生。6日後の8月9日、渡良瀬川近くでリュックサック詰めで全裸のまま遺棄されている女児の遺体が発見された。リュックサックは市内の業者の特殊仕様によるもので数十個しか売られていなかった。
父親の譲さんを現場に同行して確認してもらったところ、「顔は崩れていてよくわからないが、頭の髪型から万弥に間違いない」と、自分の娘であることを認めたため、遺体をリュックサックごと宇都宮市の国立栃木病院に運び、午後9時頃、K警察医の執刀で解剖を行い、死因を究明した。

小学校入学を待ちきれない妻の両親が買ってくれたランドセルが待つ自宅に遺体を連れ帰ると、涙があふれた。妻が作るお弁当をうれしそうに保育園へ持っていく笑顔が浮かび、「あの時、手を引いて帰っていたら」。

事件でできた心の溝を埋められず、譲さん夫婦は離婚。万弥ちゃんの母親.まり子さんは2004年に48歳の若さで急死している。いつまでも万弥ちゃんの死を惜しみ、犯人逮捕を待ち切れないようにして逝ったという。父譲さんは、と娘が一緒に眠れるようにと願いを込めて墓を建てた。

2008年5月5日放送の特別番組開局55年報道特別企画ACTION「日本を動かすプロジェクト」第2弾の『バンキシャ』でも取り上げられた。譲さんはその際の取材で、事件後初めて遺体発見現場を訪れた。これまで近くには来てみたが、やはり足が向かなかったという。
万弥ちゃんが遺体で発見された現場は、誰かしらの手によって小さなお花畑になっていた。

栃木県警は足利事件で逮捕した犯人を万弥ちゃん事件などでも再逮捕したが、宇都宮地検が「犯行を立証する決め手がない」として不起訴処分とした。2009年に再びDNA鑑定を行うも新たな証拠は検出されなかった。

その後「事件を忘れよう」と思った時期もあったというが、同一犯の可能性が浮上したことや、妻も亡くし、事件を語り継げる人間が自分しかいないことなどから、2011年に5つの事件が同一の犯の可能性がある北関東女児連続誘拐事件の家族会参加を決意した。譲さんは「事件の真相を知りたい。必ず真犯人に天罰を与え、安心安全な地域にしてほしい」と話している。

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