ふぇんりる氏 第一章:キャスレート・フォレストの攻防


ここ、キャスレート・フォレストはガイロス帝国とゼネバス帝国の境界域にあり、20メートルを越す大樹がところどころ生い茂げる森林帯だった。昼間でも暗い巨大な広葉樹の森林帯だが、日が落ち獣の鳴き声が満ちる闇が訪れたときは更に視野が限られる。その闇の森にカモフラージュシートを被った2つの巨大な影が潜んでいた。この星での最も汎用されている機獣兵器ZOIDSだった。一方は蒼いアーマーに金色の突起を何本も持つ4足獣、もう一方は背部に大型スラスターを背負い、金色のラインと爪を持った2足の赤竜だった。蒼い獣―ライガーゼロイクスver.XBは「伏せ」の格好をしており、赤竜―バーサークフューラーシュトルムは頭部の操縦席を地表近くにまで下ろしており、そこには彼らの操縦者らしき、2人の男女の人影が在った。シュトルム操縦席には男と女が狭苦しく座っていた。男は女を後ろから抱き、片手は彼女のノンスリーブの脇部分から豊満な胸に挿し込まれており、舌は女の首筋を這っている。男は舌を止め、
「情報部の情報が正しければ、まもなくこの辺りを通る筈だ。AJR(アンチジャマーレーダー)には出ないか?」
 と、女に聞く。
「アッ、駄目、あちらに見つからないように…HPRJ(高性能レーダージャマー)を掛けながらじゃ…、レーダー精度は落ちるわ。アツ…、チョッと、待っ・て…来た…わ」
 AJRには、光点が4つ右前方から左前方に向かっていた。
「タイミングが悪いな。まぁ、続きは終わってからの楽しみにするか‥‥、行くぞ、ティア!」
 男はシュトルムの操縦席からイクスver.XBの操縦席に飛び移った。女―ティアは乱れた服を直しながら、
「ホント、あなたの言うとおり、タイミング悪いわね。ブレイズ…」
 と、一人つぶやいたが、男―ブレイズの耳には届かなかった。

ゼネバス帝国軍所属の機獣隊所属の4機は闇夜の森林地帯を進んでいく。
前衛にLRBCと8連ミサイル、4連ショックキャノンと小型レーザーを装備したゴジュラス2機、後衛に2連パルスレーザー、ビームガトリングユニット、10連装自己誘導ロケットランチャーを装備したアイアンコング2機がスクエアフォーメーションで周囲を警戒しつつ進軍していたが明らかに隙だらけだった。これだけの重機体を相手にするにはそれなりの部隊が必要だし、レーダーにはノイズがあるが、敵機らしい光点は見られなかった。
『磁気嵐のせいか、レーダーの調子が悪い。とりあえず、今のところ敵機はいないようだ。流石に、この重装騎士団に攻撃を仕掛ける馬鹿はいないか‥‥。奇襲を恐れて深夜に移動せず、叩き潰したほうが効率良いのになぁ』
『まぁ、上の人間は無駄な消耗は避けたいのだろう。俺ら下っ端には関係ないか』
『違いない、ハッハハ…。さっさと駐屯地に着いて酒でも飲みたいぜ!』
 油断をしている4機の機獣を見つめる2対の光点があった。ブレイズのイクスver.XBとティアのシュトルムだった。そして、彼らは知らなかった。彼らのレーダーはジャミングされ、会話はティアの機体のマルチチャンネルレシーバー(MCR)に聞き取られており、同時にブレイズにも聞こえていたこと、を。
『あいつら、完全に油断しているわ』
 ティアが囁く。こちらのように聞き取られている恐れはないだろうが、 作戦中の彼女は声を抑えるのが癖だった。
「よし、俺が潜行して奇襲を掛ける。目標は左のキャノンコングを斬る。先に荷電粒子砲でゴジュラスを1匹以上沈めてくれ。後は残りを1機づつだな、荷電粒子砲を俺に当ててくれるなよ」
『了解!それよりも手早く攻撃してね。こちら1機じゃ長くは持たないわ』
 ティアはブレイズの指示に答える。ブレイズは、
「了解、善処するよ」
と返し、無線を封鎖し、大きく迂回しつつ相手の後ろに潜行する。その姿はまさに獲物を見つけて忍び寄る肉食獣の様だった。ティアはブレイズのイクスver.XBが敵機の後ろに回りこんだのをレーダーで確認して手前のゴジュラスに向けて木々の陰から拡散荷電粒子砲を撃つ。
光の渦は木々をなぎ払い、手前のゴジュラス1匹のわき腹を溶解し、各坐させた。
『クソー!システムフリーズだ!!』
パイロットが脱出するのが見えた。全ての敵機がティアのシュトルムに向き直る。
『荷電粒子砲か!レーダーには映っていないのに‥‥』
『とりあえず敵は1機だ。遊んでやれ!』
 敵はこちらが1機だと思い、シュトルムに向かう。シュトルムは木陰を盾に少しずつ 下がりながら攻撃を細かいステップで回避する。装甲に幾条かの光線が突き刺さり溶解し、右側のエクスブレイカーがロングレンジバスターキャノンを受け、取り付けステーから吹き飛ぶ。
『馬鹿め、1機で奇襲を掛けたのが間違いだったのだよ。沈め!』
 ブレイズはそのセリフを聞いてニヤッとした。1機がやられて状況が見えていないこの状況は彼の得意な奇襲にもってこいだった。溜めていた力を放つように、イクスver.XBは一気にブーストダッシュすると、間合いを詰める。当初の獲物―アイアンコングが振り向くが、一瞬早く蒼い旋風が走った。
「遅い!!」
 イクスver.XBが展開したクロスブレードがアイアンコングの四肢を斬り裂く。
『何―ぃ!』
『シュナイダーか?!いや、違う。「蒼いイクス」か?!』
 アイアンコングのパイロット達の動揺が伝わるが、ブレイズは気にも留めず、瞬時にハイパーブレーキを掛けてイクスver.XBのクロスブレードを収納すると、2連パルスレーザーガンを横にステップし、避けながら接近し、もう1機のアイアンコングにすれ違いにショックキャノンを叩き込む。アイアンコングの胸部に当たり、衝撃でアイアンコングの体勢が崩れた。その一瞬にイクスver.XBは相手の背後に回りこみ、爪で引き裂こうとしたが、アイアンコングはダッシュで逃げる。イクスver.XBは追いかけながら、エレクトロンドライバーの電撃を背後から叩きつけた。
『甘く見るな!』
アイアンコングは転倒せずに耐え、ハイパーブレーキで向き直り、拳を叩きつけてきた。
イクスver.XBはダッシュの慣性をまといながら左にステップしてかわし、空中で ハイパーブレーキを掛け、アイアンコングの左側を取った。すぐさま身構えると、 背中に背負うエレクトロンドライバーを突き刺し、アイアンコングを吹き飛ばす。
更にエレクトロンドライバーから稲妻を撃ち、アイアンコングの機能を止めた。
『駄目だ!脱出する』
 2機のアイアンコングのパイロットも脱出するのを確認すると、イクスver.XBは 次なる獲物を探した。

『貴様だけでも落とす!!』
ゴジュラスはイクスver.XBの出現に戸惑っていたが、寮機のアイアンコングが向かって いったのを確認すると、手近のシュトルムに再度狙いを定めダッシュしながら、LRBCや8連ミサイルなどを使い、再度攻撃を仕掛けていく。しかし、味方が落とされた動揺の為か、攻撃は単純になっていた。シュトルムはステップと木陰を利用して濃硫酸砲や、ウェポンバインダーなどを使いゴジュラスの装甲を削っていく。今度は後退せずにその場で留まりながらだ。
そして痺れを切らしたゴジュラスが強引に踏み込んではいけない範囲に踏み込んだ瞬間、 『やぁあー!』
ティアの気合とともに、シュトルムはステップしつつ残った左シールド内蔵のエクスブレイカーでゴジュラスの中枢部を突き刺し、その動きを止めた。エクスブレイカーを抜くと、巨獣は前のめりに倒れた。戦闘不能になった機体を捨てるようにゼネバス兵は逃げて いく。幾ら彼らの足が速くとも、生身の人間の足では拠点に戻るのに半日はかかるだろう。
今回の任務は敵戦力の削減が目的なので敵兵は気にも留めず、倒した獲物を足元に2機の機獣は勝利の雄たけびを上げた。

間もなく、空が明るみ始めると同時に、ビル=ジャモンらの駆る回収作業専用の グスタフとその護衛部隊のセイバータイガー3機が到着し、手早く撃破した4機の 回収をしていく。ブレイズ達の任務は回収隊に撃破した4機を引き渡し、駐屯地への 護衛に加わることに変わった。ひとまず戦闘場所から20kmほど離れた森が開けている広場で、護衛部隊と交替で哨戒に立つことでやや遅い朝食をブレイズ達は摂ることができた。
「これで今月は12機目か。良い戦績だな。だが、撃破したのは良いが、今度は自分達が落とされるということは無いように、な」
 回収班の隊長であるビルは笑いながらブレイズとティアにコーヒーを勧め、同時に携帯食を手渡す。
「フフッ、まだ落とされないわよ。それより応急処置は確実に、ね。 整備不良で落とされたら怨むわよ!」
 ティアは携帯食を受け取りながら、ビルを脅すが、彼は気にも掛けないように、
「ハハ、あんたみたいな美人だったらありがたいね。でも、そこまで無能じゃないぜ! 任せておきな。ただ、エクスブレイカーは手持ちが無いんで我慢してもらわないと、な」
 ビルは飲んでいたコーヒーの残りを干すと、手早く作業に戻る。
ブレイズのイクスver.XBは2連パルスレーザーガンを数発食らった以外は被弾をしていなかったが、最初に標的になったティアのシュトルムは装甲に傷や焦げ跡が無数に在り、また右側のエクスブレイカーが全損していた。戦闘に支障が無い程度の応急処置が数人の作業員によって施されていた。