JOLT氏『ゾイド∞2on2 ナイト・オブ・フォーチューン』


 湯気の立ちこめる、広めの風呂場。  その扉が開き、湯気の中から、二人の人影が顔を出す。 「ふう、良い湯だったね」 「まったくだ、温泉と銭湯以外でゆったりと浸かれたのは始めてだ」  シロウとクロウは、濡れた髪をガシガシとバスタオルでこする。  遥か時空の彼方で、何人かがズッこけたような気配がした。

「すまないな、風呂まで頂いてしまって」 「気にしないでくださいね♪浴衣のサイズもなんとか合ってますわね♪」 「OH!シロウもクロウも、ヨク似合ってますネ!」  名前のとおり、シロウは白をクロウは黒を基調とした浴衣に着替えていた。 「しっかし、オレはともかくクロウに合う浴衣があったのがビックリだよ」 「偶然ですわよ♪アレックスのお友達が使っている分ですの♪」 「ふーん、なるほど、ね」  意味ありげなシロウの口調に、ホホホと笑うルミ。 「オ待たせしましたですヨ」 「……ご、ごめんなさい、髪が乾くのが遅くて」  そこへ、先に入ったはずの姉妹がようやく現れた。 「ふえー……」 「む……」  シロウとクロウ、二人の動きが止まる。 「ド、ドウかしましたですカ?」 「……あ、あの、何かおかしいですか?……」  怪訝な顔を見せる姉妹。 「あ、ごめん。つい見とれちゃってたよ」  いつもとは違い、艶やかな黒髪を後ろでアップにしたルーシア。  輝く金髪をストレートに流しているルカ。  お揃いの淡い水色の浴衣をまとった姿は、単純に可愛いの一言に尽きた。

「モ、モウ!シロウさん、オ世辞ばっかリ!」 「オレはいつでもストレートかつ正直なんだけどね。可愛いじゃない」 「……」  姉妹は、相変わらず直線的なシロウの感想に頬を染める。 「うむ、世の中の男性の9割は振り向くだろうな」 「おいおい、残り1割はなんだっての?」 「世の中には、10歳以上は女性じゃないとか、30以下は魅力のないガキだ という嗜好の輩もいるって事だ」  いつもの皮肉屋な表現に、姉妹の顔が軽くひきつった。 「相変わらず、素直じゃないことで。で、アンタはどっちなんだい?」 「……9割の方だ」 「最初から、見とれたって白状すればいいのに」 「俺は素直じゃないからな」  口調は変わらないままだが微妙に顔の赤いクロウを見て、姉妹は微かに笑み を浮かべる。 「サテ、始めましょうかネ!」 「そうですわね♪では、かんぱーい♪」  いつのまにか用意されたグラスには全員分の黒ビールが注がれ、夫婦はすで にグラスを掲げていた。 「オ、オ父さん!早過ぎですヨ!」 「……普通、クロウさん達が一番先だと思うのですけど」  グビグビとビールを喉に流し込む両親を、姉妹は呆れ顔で見ながら抗議する。 「いや、そうでもない。当主が音頭を取るのが普通だからな」 「単に、乗り遅れたオレたちが遅いってだけだと思うよ」  動揺することもなく、置かれたグラスを持ち上げるシロウとクロウ。 「というわけで、こちらで改めて乾杯しないかな?」  シロウが、姉妹へとグラスを手渡し、自分のグラスを取り直す。 「ア、それイイですネ!賛成なのですヨ!」

「……は、はい。それでは……、乾杯」 「「「かんぱーい」」」  楽しげにグラスを合わせる4人。 「OH!ナカマハズレですネ……」 「アレックスが焦るからですわよ……」  その後ろでは、夫婦がイジけていた。

 宴会というほどの騒ぎも無く和やかな雰囲気で進んでいく中、確実に空き瓶 の量は増えていく。  当然、アルコール分は人間に蓄積されるわけで、分解能力にも限界がある。  飲み会とはある意味、自覚なしのチキンレースとも言えよう。 「ふニャ〜……」  最初の脱落者は、ルーシアだった。  シロウの肩に頬を乗せたかと思うと、そのまま崩れ落ちる。 「おっと!」  シロウは咄嗟にルーシアの後頭部を支え、自分の膝へ下ろす。 「おーい、しっかりしろー、目を覚ませー」  結果がわかっているのか、シロウは投げやりな口調でルーシアを揺り動かす。 「うニャニャ〜……ニャ〜」  やはり、ルーシアは幸せそうな表情で目を覚ます気配はなかった。 「まいったなあ。ルミさん、ルーシアさんの部屋ってどこですか?」 「……2階ですわ♪ネームプレートついてるので、一目瞭然ですわよ♪」 「それなら、わかるでしょ。放り込んできます」  シロウはルーシアを、いわゆる『お姫様だっこ』で抱え上げる。 「うニャ……」 「どっこいしょっと。……こういう言い方がオッサンになったって実感するん だよねえ、まったく」  ブチブチと言いながら、シロウは庭からリビングへと消えていった。

 その影を見送ってから、ルカがクロウに切り出す。 「……あ、あの、クロウさん。例の物、一応できています」 「ほう、早いな。もう少しかかると思っていたのだが」 「……ま、まだ、細かい修正は必要だと思いますけど。……そ、それ、それで、 実際に見ていただけますか?」 「そのへんは、俺はセンスないから任せたと思うが?」 「……い、いえ。や、やっぱり、見てもらわないと。イ、イメージが違うとか は、じ、実際に見て、そ、それで修正しないと、わ、わからないですし」 「ふむ、それもそうか。では、見せてもらえるかな?」 「……は、はい。で、では、わ、私の部屋へ……」 「ん?PCならリビングにもあったと思うが?」 「……あ、あの、……き、共用ファイルには、い、入れてないので……」 「なるほど。……それでは、すまないが、しばらく席を外す。夫婦水入らずで 飲ってくれ」  ルカはクロウを案内しながら、庭から出ていった。  クロウがリビングから消えるのを見届け、夫婦は笑顔でハイタッチ。 「さすが、わたくしの娘♪いざと言うときの行動力はピカイチね♪」 「YES!昔、ボクがルミに陥落した時ト同じAuraガ出てましたネ!」 「ふふ、今もあのオーラは出せるわよ♪」 「OH!Dangerous Sexiness!」  夜の庭で、夫婦のシルエットが重なった……。

「ふう、ここか」  ようやく2階へとたどり着いたシロウは、「瑠詩亜」と書かれたプレートが かかったドアを開ける。  足を踏み入れた瞬間、部屋に明かりが点った。 「へえ、オートスイッチの照明なのか。いいなあ」  部屋を見渡してみれば、窓枠近くにベッドが置いてあるのが目に入った。

「どっこらしょっと。……またかよ、まったく」  ルーシアをベッドに横たわらせ、シロウは自分の台詞に顔をしかめる。 「しかし、なんていうか、女のコらしいとは微妙に距離のある部屋だね」  淡いブルーで統一された部屋に置いてある物で目に付くのは、ぬいぐるみや クッションといった、一見女のコ趣味な物体だが……。 「LZのぬいぐるみも、ジェネシスのクッションも発売してたっけ?自作?」  よく見れば、本棚にはゾイド関連の本やキットが所狭しと並んでいる。 「本当に、ゾイドが大好きなんだな、ルーシアさんは」 「うニャニャ……ニャ〜」  シロウは、机から椅子を引き出すとベッドのそばに腰掛けた。

「……こ、ここが、私の部屋です」  3階の「流香」と書かれたプレートがかかったドアの前で、ルカが止まる。  一瞬ためらった後、ルカはドアを開け、クロウを誘った。 「ほう、綺麗な部屋だな。女性らしい、清潔感がある」  落ち着いたホワイトで統一された室内は、アクセントとして花やぬいぐるみ が置かれ、いかにも女性らしい部屋といえた。  ちなみに、ぬいぐるみはゾイドではなく、イルカが中心。 「……あ、ありがとうございます」  顔を真っ赤にしたルカは、慌ててノートPCを起動させる。  いくつかのフォルダを開き、目的のファイルが表示された。 「ほう、これか」  クロウは品定めをする鑑定家のように画面を凝視する。  そんなクロウを、ルカは不安げに見つめる。 「……ど、どうでしょうか?」 「ここまでイメージ通りだと、逆に怖いぐらいだ。最高の出来だな」  満足げな笑みを浮かべるクロウに、パッと輝いた笑顔を見せるルカ。 「よかった……」

「おいおい、泣くことはないだろう」  画面に表示されているのは、トランプの絵札のような絵柄。  ただし、黒地のSLと白地のBLが描かれている。 「す、すいません。安心したのと、あまりに嬉しかったので……」 「ルカさんの腕は、君達のステッカーを見ている以上、信用している。だから 依頼した。意見することなどないと信じていたさ」  言いながら、クロウはそっと涙をハンカチでふき取ってやる。 「……あ、ありがとうございます」 「例をいうのは、こちらの方だ。正直、今までのオセロ盤そのままのステッカー は悲しかったからな。さりとて、俺たちは絵心はゼロだ」 「……でも、あのオセロ盤も綺麗にできていたと思いますけど」 「それはそうだろう。手抜きだろうがなんだろうが、一応プロの作品だからな」 「……え?」 「友人に、ゲーム会社の社員がいてな。グラフィッカー担当で入ったはずが、 能力を見抜かれてディベロッパー、要はバランス調整役にされたやつなんだが」 「……その方に依頼したのですか?」 「ああ。締め切り間近だったらしく、あの程度だったがな」  苦々しげに、クロウは口元を歪める。 「……で、でも、勝手に私なんかのものと変えていいのですか?」 「ああ、かまわんよ。あれはシロウが依頼したものだ。文句は言わせん」 「……それって、どういうことですか?」 「あのバカタレは、勝手にチーム名を決めやがったのだよ。ステッカーも、す でに発注済みだった。だから、今度は俺が勝手に変えるまでだ」  本気の口調のクロウに、困ったような笑みを浮かべるルカ。 「……お二人って、仲がいいのか悪いのか分かりませんね」 「ん?」 「皮肉の言い合いしてたりするわりには、戦闘だと息がピッタリなんですよね」  ここまでストレートな評価には、クロウも苦笑するしかない。

「まあ、友人というよりは悪友だからな」 「そう言えば、戦闘中も結構言い合いしてますよね」 「やはり、丸聞こえか。どちらも指揮官タイプだからな。それも現場指揮官」 「私達は、一応ですけど上下関係しっかりしてますからね」 「そのへんは、さすがに姉ってところか」 「まあ、そんなところですね」  ルカはクスッと笑う。 「正直、他のパートナーを捜そうかと考える事もあるぐらいなんだがな」  クロウにしてみれば何気ない一言だったのだろうが、ルカの動きが止まる。 「ん?どうした?」  下を向いていたルカが正面を向いた時、その瞳は決意に満ちていた。  前人未到の扉を開ける、挑戦者のように。 「……私では、ダメですか?」 「何?」 「私を、クロウさんのパートナーにして下さい」 「お、おい」 「ルーシアちゃんなら、賛成してくれると思います。シロウさんも」 「し、しかしだな」 「あの二人なら、新しいパートナーにも困らないと思います。いっそ、二人で 組んじゃうかも知れませんし」  静かながらも気迫に満ちた雰囲気を漂わせるルカ。  押されながらも、クロウは考え付く限りの反対理由を挙げる。 「俺の戦術は知っているだろう?君をオトリにしたり、見捨てるかもしれんぞ」 「勝つためには必要だと思います。勝てるのなら、一向にかまいません」 「だいたい、時間帯が合わない。平日も休日も夜遅くまでは無理だろう?」 「クロウさんと一緒なら、両親は許可くれると思います」  全てに反論し、一歩も引かないルカ。  後がなくなったクロウは、言語ファイルの一番奥から言葉を引っ張り出した。

「……なぜ、そんなに俺のパートナーになりたい?」  言葉の途中で、クロウは後悔に顔を歪めていた。  予想していたとはいえ、それは禁断の言葉。パンドラの箱。 「分かっていただけてないのですか!それとも、わかっていながら……!」  ルカの瞳に、大粒の涙が溢れ出す。  ギリギリで洪水を止めていた堤防が、小さな傷で決壊する。  そんな光景がクロウの脳裏に浮かんだ。  たまらなくなり、ルカを抱きしめるクロウ。 「……すまない。だが、言わせたのは君だ、ルカ。そして俺は、どちらのパー トナーにもなれない。なるわけにはいかない」  その言葉にルカは、クロウの胸に顔を伏せ、声を殺して泣くしかない。 「シロウも、ルーシアさんも、この件を話せば喜んで了承してくれるだろう。 だが、だからこそ、俺はできない。友人を、自分の都合で見捨てる様な事は。 ルカにも、同じ事はして欲しくない。だから、今まで通りでいてくれ。妹で」  ルカを軽く突き放し、クロウはドアへと向かう。 「……クロウさん!」 「もし、それができないのなら……もう会わないほうがいい」  クロウは、苦渋に満ちた口調で言い放つとドアを閉めた。  放心した様な表情のルカの頬を涙が流れ、窓からの風が水滴を揺らす。  モニターに映る白黒の獅子は、何も言わずに床の水滴を眺めていた……。

 ルーシアの部屋の窓にも、ルカの嗚咽が聞こえてくる。  耐えきれなくなって、シロウは窓を閉めた。 「……あのバカ野郎!」  シロウは、荒げた声で悪態をつく。 「オレを、ルーシアさんを大事に思うのは嬉しいさ!でも、お前とルカさんが 幸せにならなきゃ、意味がないだろう!友情より愛情を選びやがれっての!」 「……シロゥさんハ、友情ヨリ愛情選ぶのですカ?」

 後から、か細い声が聞こえる。 「あ、ごめん。起こしちゃった?」  近づいたシロウに、ルーシアはベッドから上半身だけを起こし、しがみつく。 「ズット、起きてたのですヨ。動けなかったダケなのですヨ」  シロウの胸で顔を見上げ、瞳を潤ませるルーシア。 「お、おいおい!」  わずかに視線を下げれば、乱れた浴衣から白い胸元が見える。  ささやかなふくらみだが、酔いもあり軽く染まったその肌の鮮やかさは、か なり危険、いわば最終兵器クラスの誘惑。 「答えテ下サイ。友情ヨリ愛情選んでくれるのですカ?」 「ル、ルーシアさん?」 「ワタシ、最初ハ、友情だったのですヨ。アナタといるト、楽しいのですヨ。 時間が早く感じタ。次に会えるのが楽しみデシタ」 「ルーシアさん……」 「デモ、これハ友情じゃないです!友情ナラ、帰る時悲しくナラない!アナタ の顔見るダケでドキドキしない!アナタとズット一緒にいたいッテ思わない!」 「……」 「答えテ、シロゥさん。友情ト愛情、どちらヲ選ぶですカ?」  一瞬とも永遠とも分からぬ静寂の後、シロウは明るい表情で答えを告げた。 「ん、両方選ぶ」  間髪いれず、ルーシアの唇に自分の唇を重ねる。 「!」  予想外の事態に、ルーシアの思考は停止する。  1分はたっただろうか、ようやくシロウがルーシアを開放した。 「ハァ……」  上気した顔で、焦点の合わない瞳を向けるルーシアにシロウは告げる。 「オレはストレートだから、ストレートに行動して、言うよ」  一泊置いて、クロウの口から魔法の言葉が紡がれる。

「愛してる、ルーシア。オレと付き合ってくれ」  その言葉に、今度はルーシアがシロウの唇を奪う。  そして、涙を拭って笑顔で答えた。 「シロゥ、ワタシも愛してます。付き合って下サイ」 「うん、これからは恋人だ。でも、対戦中は戦友だけどね」 「モチロンですヨ。……今度カラ、ワタシが勝ったらキスしてくれますカ?」 「いいよ。ただし、オレが勝った場合はキスしてもらおうかな?」 「ソレじゃ、賭けにナラないのですヨ」  笑いながら、二人はまた唇を重ねた……。

「後は、あいつらがくっつければOKだね。チームはそれから考えようか」 「エ?」 「野郎の友情と姉妹の感情、それに男女の愛情が両立できるでしょ?」  その言葉に、ルーシアが嬉しそうな笑顔を見せる。 「大体、クロウが変な意地張るから悪いんだよね。死ぬほど好きなくせにさ」 「エ?デモ、そんな素振りは……」 「鈍く見せていたのは、途中からは意地の演技。最初は地だったろうけどね」 「ソ、ソだったのですカ?気ガつかなかったのですヨ」 「ルカさんが好きなのは当然。クロウはルカさんにとって運命の騎士だしね」 「運命ノ騎士?」 「そう、運命の夜に出会った、運命の騎士なのさ」 「何ですカ、ソレ?」 「憶えてないのかい?10年程前の七夕の夜」 「……ア!」 「クロウは、きっと同一人物だとは思ってないのだろうけどね。鈍いから」  呆れた表情を見せるシロウに、ルーシアがクスッと笑う。 「ソレじゃ、シロゥも運命ノ夜ノ、運命ノ騎士なのですヨ。アノ時ハ、ワタシ もシロゥもいましたカラ」

 その台詞に、シロウはそっぽを向いて答える。 「なるべくなら言いたくなかったんだよね。思い出されると思ってたから」  照れくさそうに、シロウは続ける。 「会って2日ほどで、オレ、思い出したんだ。けど、過去の美化された思い出 なんかで好きになって欲しくなかった。今のオレで好きにさせたかったんだ」 「シロゥの意地っ張りサン。ワタシは、ドチラのシロゥも大好きなのですヨ」  シロウの胸に顔を埋め、ルーシアは幸せそうな声を紡ぐ。 「いや、オレが昔からルーシアが好きだったっていうと、ロリコンみたいだし」 「ア、ソレはそうかもですネ」 「あっさり言わないで……。まあ、胸はさほど変わってないだろうけどさ」 「シロゥ!ちょっとハ成長してるのですヨ!」 「信じられませんね。直に見た事ないしねえ」  ムキになるルーシアに、軽い台詞で返すシロウ。 「……そんなニ信じられナイでしたら、見て下サイ……」  ルーシアは立ちあがり、スルスルと浴衣の帯を解き、浴衣を床に落とす。  そこには、下半身をわずかな布で覆っただけの、黒髪の女神が立っていた。 「……」  言葉もなく、見つめるだけしかできないシロウ。  そのまま、二人にとって永遠とも思える時間が過ぎていく。  最初に静寂を破ったのは、ルーシアだった。 「……シロゥなら、イイですヨ」 「!」  その言葉に呪縛が解かれたシロウは、ルーシアへと近づく。  恥じらいながら目を閉じたルーシアに、シロウは浴衣を着せ掛けた。 「シ、シロゥ?」 「酔いに任せちゃいけないよ、ルーシア。心を、もっと通わせてから、ね」  その言葉に、ルーシアの頬が真っ赤に染まる。 「イイのですカ?オトコのヒトって、Hなコトしたくないのですカ?」

「したくないと言えば、嘘になるけどね。責任ってものがあるからさ。それに、 過程を楽しんでいこうよ」 「過程?」 「そう。ようやく、友人から恋人になったんだ。恋人から夫婦になるまでを、 ゆっくりと楽しみたくない?オレは、恋愛を楽しんで、そして結ばれたい」 「シロゥ……。ワタシも、楽しみタイのですヨ」 「じゃ、今日はここまで。お休み、ルーシア」  一瞬だけ唇が触れる程度のキスをして、シロウはドアへと向かう。 「オヤスミなさいですヨ、シロゥ」  ドアが閉まり、シロウの足音が階下へ消える。  ルーシアは、ベッドに飛びこんで枕に顔を押し付けた。 「シロゥと、Loveになれたのですヨ!Victoryなのですヨ!」  ベッドでゴロゴロと悶えながら、ルーシアは幸せに包まれていた。

 そのころ、シロウは客間で後悔に悶えていた。 「あーあ、カッコつけすぎたかなあ……」  実際問題、理性と本能の狭間で、紙一重な戦いが繰り広げられていたのだ。  勝利の鍵は、単なる『見栄』だった。 「しっかし、クロウのやつ、寝ないつもりかな?」  布団に潜り込みつつ、シロウがボヤく。 「アイツが寝ないと、朝からの運転が怖いんだけどなあ」  などと言いつつ、浮かんでくるのはルーシアの姿ばかり。  結局、シロウも朝まで一睡もできなかったのであった。

「そろそろ、わたくしたちは寝ますね♪」 「……ああ、すまない。俺は、もう少し飲まさせてもらう」  一人残されたベランダで、クロウはブランデーをあおる。  喉の熱さも、心の冷たさを癒す薬にはならなかった……。