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2 二〇〇三年一月二十二日 学園島南部 オターキングラード戦域上空

 <<こちら第四擲弾兵中隊!これ以上は無理です!>>
 <<四方八方敵だらけだ!畜生!増援はまだか!?>>
 
 悲鳴に似た敵の無線を聞きながらも、三枝ユウキは大して動揺もしなかった。
 似たような、いやそれ以上の修羅場は幾つも潜ってきている。

 <<青中隊、聞こえるか?>>
 「こちらチェルミナートル1。良好です」
 
 鹵獲品の携帯式無線機から送られた司令部の声に、ユウキは淡々と答えた。
 チェルミナートル―――抹殺者の意味―――それが彼女のTACネームだ。
 六枚の滑空翼で戦場の空を飛ぶ彼女の下では、稲葉軍と白石軍の激戦が繰り広げられている。

 <<砲撃で敵は弱まっている。トドメを刺せ。適度にな>>
 「了解。これより戦闘に入ります」

 ユウキは一つ深呼吸した後、背中の滑空翼を翻して地上へと降下していく。
 十七歳の年齢でありながら、その端麗な外見は大人びた印象を与える。
 体は白と緋色を基調にしたローブ―――彼女たち魔法少女が体内に有するマナを変換させることで装着する強化外骨格―――には天使のそれに似た、六枚の翼が備えられている。
 ローブを着用することによって、彼女たちは戦闘機の機動性と、戦車の火力と装甲を兼ね備えた兵器へと変わるのだ。

 「先に戦車を潰す!」

 ユウキは眼下を走る戦車に狙いを定めた。
 長砲身の奴が一番危険だと、ユウキはこれまでの経験で知っている。
 戦闘は物量で勝る白石軍が押しているが、練度と技術に勝る稲葉軍の戦車隊は、驚くべき制度でT34を葬っていく。
 一台の四号戦車を撃破するのに、平均して三台から五台の白石軍戦車が失われていた。

 「沈め・・・ッ!」

 ユウキは腹部に装備した重魔道砲を四号戦車へ向けて放つ。
 体内から直接放出されたマナが迸り、激しい光と共に光閃が広がった。

 <<アムゼル3、弾薬に誘爆するぞ!脱出しろ!>>
 <<アムゼル7、駄目だ!爆発する!>>

 射線上にいた二両の戦車は、日光に晒されたチョコレートよろしく溶解する。
 ユウキはそれを見て、気を引き締めた。
 
 「気を抜いたら、自分もああなるわ・・・」

 言い聞かせるようにして、ユウキは言葉を並べた。

 <<敵の中にエースがいるぞ!対空戦闘!>>
 <<もう高射砲なんて残っていないぞ!>>
 <<フライパンでも何でも投げろ!>>

 敵の無線と同時に、ユウキの周囲に対空砲の弾幕が展開される。
 ユウキは無意識のうちに、周囲に結界を張って防御した。
 稲葉の機甲部隊とやらはどれだけ叩き潰されても戦意を失わないらしく、これでもかと猛烈な砲火を打ち上げてきた。

 「派手に歓迎してくれちゃって・・・」

 八十八亶蘯曜い猟招發任眇らわない限り結界は破られないが、それでも目の前で小さい爆発が連続して起きるのを見せられるのは気持ちのいいものではない。
 大口径弾が近くで破裂するたび、ユウキはグラつく。 

 「うわっ!」

 ユウキは強烈な衝撃を受け、思わず姿勢を崩した。
 すぐにマナの噴射で姿勢を制御し、眼下を見回した。
 すると、白石軍から奪ったらしい対戦車ライフルを背負った稲葉軍の歩兵が数名、走り去っていくのが見えた。
 
 「いや・・・やめとこ」

 ユウキは彼らを殺すことはできたが、少し考えてやめた。
 もしここで彼らを殺そうと殺すまいと、オターキングラードでの戦いは十中八九白石軍の勝利に終わるだろう。
 戦力差は二倍から三倍―――"大砲鳥"でも来ない限りひっくり返されることは無い。 

 「甘さが抜けないわね、私も。あっ、エネルギーが・・・」

 先ほど戦車に向けて放ったマナの量は些か多すぎたようだった。
 ユウキは単体で空を飛び、戦車を破壊することも容易い。
 ただ、長時間の戦闘ができないことが大きな弱点だった。
 
 「マズいんだけど、ガス欠じゃあねぇ・・・」

 ユウキは無線を切り、戦域から少し離れた土手の上に着地した。
 敵の姿が見えないことを調べ、もしものために、そこら中に落ちている稲葉兵や白石兵のヘルメットを集める。
 両手に抱えて土手に歩いていき、棒にヘルメットをかけた。

 「これでよし、と」

 ユウキは土手の上や、向こう側からはよく見えない位置にヘルメットを掛けた棒を刺しておく。
 こうしておけば、狙撃されて死ぬ可能性は幾分減る。

 「こんな姿見られたら報道部が泣くわね」
 
 ユウキはそう呟いて、チョコレートの欠片を口に放り込んだ。