9 2003年11月4日 ザトミフ包囲陣 稲葉軍橋頭堡
「なんだありゃ」
「ロケット?」
「アホ毛に聞いてみろよ」
兵士たちが興味深げに見ている一方で、間耶はそれが何であるかに気付いた。
ゆっくりと開いた口から、煙草が地面へと落ちていく。
打ち上げられたのは、黒い菱形の物体。
「畜生!あれはマンティコアだ!なんで奴がここにいるんだよ!」
「なんだって!?マンティ・・・」
「クソックソックソッ!携帯よこせ!」
困惑する舞虎に構わず、間耶は出せる限りの声で携帯から全ての味方に叫んだ。
「地上にいる奴らは今すぐ塹壕か戦車の下に隠れろ!空軍の飛行機、お前らは早く高度を上げろ!」
地上の兵士たちは間耶の指示に、すぐに反応した。
兵士たちの中には、間耶に対する強い信頼が宿っていた。
間耶と一緒にいれば、例え地獄にいても自分たちは必ず勝てるんだ―――と。
戦車は塹壕の上で停車し、その下の空洞に兵士たちが隠れ、負傷兵に肩を貸した者が滑り込む。
だが空軍の方は、彼女に苦言を呈した。
<<こちらファルケ1、我々への指揮権限はあなたにはありません!>>
「権限もへったくれもねぇ!早く高度を上げろ!早く!」
<<駄目です。指揮系統に混乱が生じます>>
「バッキャロー!死ぬぞ!指揮系統ってレベルじゃねぇぞ!」
飛行隊長の言葉はこれ以上ないほどの正論だった。
最高階級とは言え、空軍と校防軍の指揮系統は別なのだ。地上部隊に間耶がいるように、空軍にもAWACSがいる。
間耶だってそれぐらいのことは理解できてはいたが、今は細かいことを言っている場合ではない。
それだけ、打ち上げられたものは危険な代物なのだ。
<<高度を上げた方が良くありませんか?>>
<<隊長、指示をお願いします>>
<<ファルケ1より各機。AWACSへ指示を・・・>>
空軍機が指示を受けられないまま、打ち出された"何か"が、空中で炸裂する。
爆炎の中から伸びたレーザーが、稲葉空軍機を串刺しにしていく。
新米パイロットたちは回避機動もできないままレーザーに貫かれ、操縦不能になった機ごと地面へ叩きつけられた。
<<こちらファルケ3、操縦不能!主翼が!主翼がぁ!>>
<<隊長、応答してください!隊長!?>>
<<どうなってる、レーザーだと?>>
<<AWACS!AWACS!聞こえないのか!?>>
空軍機は編隊を乱して逃走を始める。
もしここに白石のホウ機でもいたならば、カモにすらならない。
「地上部隊は今いる場所からすぐに下がれ。コーヒーブレイクしてろ」
携帯を切った間耶の口元に白い歯が覗く。
体の中にあるアドレナリンタンク、そのバルブが全開になる。
気付いた時には、間耶は装備を整え始めていた。
ベルトに手榴弾を差し込み、パンツァーシュレックを背負う。
「何やってるんだ間耶」
「あの化け物をぶっ殺すんだよ。お前は下がれ」
興奮と殺意に満ちた間耶の目を見て、舞虎は彼女の肩を掴んだ。
「自分の立場を弁えろ!君は・・・」
「准将だぜ。マイコゥ」
間耶はきっぱりと言い切った。
彼女は人が死ぬのを見るのが嫌いだが、戦いを好む感情もあった。
戦うのが嫌いならここにはいない。内勤士官となってドーナツでと食っていればいいのだ。
現に今彼女の心臓は、とてつもなく強大な相手と戦える興奮に満ち溢れていた。
矛盾していると間耶は思うが、彼女は兵士と言うより戦士なのだ。
「おい間耶!」
「なんだ!」
舞虎は少々呆れたような表情を見せ、肩をすくめた。
「何をすればいい?猪突猛進は良くないぞ」
「OKマイコゥ。あの化け物はマンティコア、シャワー室のノエル姉貴並みに最悪な召喚獣さ」
「母体はいないのか?」
恐らく、魔法少女が使うことができる最大の破壊力は召喚獣だと稲葉では推測されていた。
異なる世界から異形の怪物を呼び出し、破壊の限りを尽くさせる。必要なのは魔法少女個人のマナだけで、大掛かりな器具もいらない。
もし小規模な潜入部隊によって運用されたら稲葉軍戦線そのものの破綻に繋がりかけないのではあるが、生憎白石における魔法少女運用に関しては明るい面が少なかった。
小規模部隊による破壊活動の有効性は、白石から転向者及び小田原学園所属の魔法少女で構成されたコマンドの戦果によって証明され、稲葉軍にとって恐怖の対象でもあった。
ただ召喚獣最大の弱点は、召喚者(母体と称される)が近くにいなければ暴走を始めることであり、また母体が殺められると召喚獣もまた姿を消すことだ。
「いねぇんだ、あれには」
マンティコアには母体が存在しない。間耶が第三次オターキングラード攻防戦の際マンティコアと戦った際、間耶たちは必死で母体を探したが見つけることができなかった。
情報部はマンティコアは複製物か何かであり、真のマンティコアと母体はどこか別の場所にいると憶測を立てていたが、間耶はそれを、あながち嘘ではないと思っている。
間耶はマンティコア以外に、母体無しの召喚獣を見たことがないのだから。
「あのレーザーは何だ?」
一通りマンティコアの説明を終えると、舞虎が質問した。
「MIRVって知ってるか?マイコゥ」
「複数個別誘導再突入体か?」
「お詳しいな。そんなもんと考えてくれりゃいい。あの菱形の弾頭が打ち出され空中でボカン、ぶちまけられたレーザーが飛行機を叩き落すって寸法だ」
「地上部隊には効かないのか?」
「よくわからねぇけどレーザーは地上に到達する頃には威力を無くしてるんだ。だから歩兵はくたばるが、戦車の装甲は貫けない」
「また随分と微妙なものを使ってるもんだ・・・白石は」
「言うなよマイコゥ。完璧な兵器なんて、存在しないんだ」
間耶と舞虎は拳を合わせ、互いの健闘を祈った。
「わかった。陽動はこちらに任せてくれ」
「死ぬなよ。てめぇに死なれたら、目覚めが悪いんだ。生きて帰ったらメシおごってやるぜ」
「君に心配されるほど落ちぶれちゃいない。約束は守らせるぞ」
「上等!行こうぜ」
間耶はパンツァーシュレックを背負い、と工兵用爆薬を携えて駆け出した。
目的地は、不自然に盛り上がった地面だ。そこにマンティコアがいる。
「全く、困った司令官殿だ」
舞虎は飛び上がり、間耶の足取りを追った。
准将が単独で召喚獣に挑むなんて馬鹿げているにもほどがある。
ライトノベルの方がまだ現実味がある話だ。
だが、それこそが間耶が信頼される理由であり、味方を勝利へと導く原動力だということを舞虎は知っている。
「死ぬなよ・・・間耶」
ぽつりと呟いた時、泥の地面から触手が伸び、舞虎へと向かってきた。
舞虎はクナイを投げ、触手を切り落とす。
紫の血液が頬を染める。
下を走る間耶から、激が飛んだ。
「マイコゥ、ボケッとすんな!つかまるなよ!」
「安心しろ。嫁入り前だ、誰にも触らせん!」
急機動を繰り返して触手を跳ね除ける相棒の姿に、間耶は親指を立てた。
「いいぞ。清きは乙女のステータスってな!」
「おしゃべりしないで早く行け!」