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2 2003年11月2日 ザトミフ近郊 稲葉校防軍第12戦車師団司令部

 泥まみれになった少女・・・と言うには随分男前な二人が憲兵に連れてこられた様子を、野島芳次(のじま・よしつぐ)は目を丸くして眺めていた。
 
 「ああ君、下がってくれ」
 「ハッ、少将殿」
 
 憲兵を外に追い出すと、野島は苦笑混じりに言った。
 恰幅の良い壮年の男は、かつて西方公国が行った領地拡大戦に参加した後、今は教員として稲葉学園に来ている。
 彼だけではなくかなりの数の軍人、退役軍人が教師という肩書きで学園に在籍し、上級将校や教官として日々を過ごしていた。
 空軍には、教師だけで編成された1084飛行隊というアグレッサー部隊も存在するのだ。
 
 「随分大変な道程を経てやってきたようだね。その様子は」

 間耶は悪態をつきながら肩を竦める。
 "おやっさん"の愛称で親しまれる将軍は理由を尋ねた。
 
 「憲兵に喧嘩を吹っ掛けたのかい?」
 「まさか。俺は喧嘩は購入しても販売はしない主義です」
 「毎回、君の愚行に付き合わされる私の身にもなってくれ」
 
 自転車を借用した間耶と舞虎の二人は、モトクロスのコース如く悪路と化した道を進み、途中で脱走兵と勘違いされて追跡された。
 結局憲兵に捕らえられ、二人が自らの身の潔癖を証明するのに一時間もかかってしまった。

 「何、愚行もたまには必要だろう」
 
 冗談交じりの野島の言葉を鵜呑みにした間耶が、腰にを当て、さも偉そうにする。

 「ほらマイコゥ、おやっさんもそう言ってるぞ」
  
 舞虎は切れ長の目を細めて反論する。

 「お前はいつもだ!」
 「カッカするなよ。生理こねーのはわかるけど」
 「やかましい!余計なお世話だ!」

 痴話喧嘩の内容が聞くに耐えないものになりつるあることを察した野島は、本格的な罵り合いに発展するより先に自分から口を開いた。

 「まあ腰掛けてくれ。口喧嘩させるために呼んだわけではないからね」
 「あ…すみません」
 「失礼しました」
 
 二人は椅子に腰掛け、机に置かれたコーヒーを啜る。
 
 「本物だぜマイコゥ。代用じゃねぇ」
 
 前線ではなかなか飲めない逸品に舌鼓を打つ間耶を横目に、舞虎は野島に視線を向けた。

 「それで、御用とは何でありましょうか?」
 「先の攻勢で白石の主力が壊滅したのは、君らも知っているね」
 「ええ。間耶も私も参加してはいませんが」
 
 2003年の八月十九日から二十一日にかけて、稲葉は白石に傾きつつあった戦局を打開するための大攻勢に出た。
 『ローゼンライン作戦』、『ツンデレ作戦』、などと幾つかの名称で呼ばれたこの戦いは巨大な白石前線突出部を左右から挟撃すると見せかけ、正面から押し潰す作戦だった。
 白石のお株を奪うようなやり方で開始された攻勢は稲葉の大勝利で終わり、白石の主力部隊はここで息の根を止められた―――というのは、稲葉報道部のプロパガンダだ。
 実際のところ稲葉は作戦に参加させた装甲師団のうち三割を再生不能に追い込まれ、航空戦力にも少なくない被害を受けた。
 撃破した白石軍も、内訳は通常兵器を装備する部隊が大半だった。白石虎の子である魔法軍のほとんどは戦局が破綻する前に後退を終えていたらしい。
 もっとも間耶は六月の攻勢で負傷し本校で療養、舞虎もアグレッサー部隊の一人として伊沢空港近辺にいたから、どこまでが真実なのかはわからないのだが。

 「君の友人は随分活躍したそうじゃないか」
 「姉貴っスか?ああ・・・」

 野島の言葉に、間耶はうんざりしたような表情になる。
 大攻勢で如月ノエルSS中佐率いる総統直属のエリート部隊はやりたい放題に敵を叩き潰したらしい。
 もっとも間耶の所属する校防軍の中には彼らを戦争狂と称する奴も多いが、武装SSという組織自体が影多いものだから仕方ない。 
 間耶自身、ノエルのことは軍人として尊敬していても、プライベートではただの変態としか印象が持てない。

 「どうした間耶?ノエル中佐がどうしたんだ?」
 「マイコゥ。お前は姉貴の歪みっぷりがわかってねぇ。奴はシャワー室で同性の股間に手を伸ばすような女だぞ」
 「どうして稲葉には変人が多いんだ・・・」
 「おめぇだって結構変人してるぜ」

 そうこうしているうちに野島はパソコンを立ち上げ、スクリーンに地図を映し出す。
 稲葉の強みは白石より十年進んでいると言われる技術だ。
 特に情報端末、電子機器は他の追随を許さず、稲葉では個人単位での連絡を携帯電話を用いることによって可能にしている。
 砲撃にしても、偵察機から座標位置が記されたメールが管制機へと送られ、それが地上部隊に転送されることで的確な砲撃を行うことができた。
 ただ携帯電話もパソコンも渡良瀬川から西側の稲葉側地区なら問題無いのだが、東側では万能では無い。
 電波の中継拠点が必要だし、ケーブルも引っ張ってくる必要性もあった。

 「さて、これを見てくれ。上層部は自分の流したプロパガンダに溺れたようだ」
 
 野島はスクリーンの前に立ち、説明を始めた。
 剣に巻かれた二匹の龍―――稲葉の校章が表示された後、学園島南部地域の地図が展開された。
 地図の南側がクローズアップされ、両軍の戦力配置が映し出された。

 「四日前だ。ザトミフ地区を進んでいた我が軍の兵士四千人が白石の奇襲攻撃を受け、包囲されてしまった」
 「指揮官は大馬鹿野朗もいいところですよ。制空権があって、あちらさんよりいいオモチャ持ってるのにヘマやるたぁ」
 
 間耶は肩を竦める。
 稲葉の将校は、彼女も含め誰も彼も前線に出たがる傾向があった。
 それを否定する者、肯定する者のどちらも真っ当な意見を言うものだが、前線の下士官にしてみれば無能な将校が勘違いして先頭に立つのは狂気以外の何物でもない。
 稲葉が敗北、もしくは全滅するパターンは、将校が先頭に出て死に、指揮系統を失った下士官が混乱のうちに始末されるというものだ。
 せめて古参軍曹の一人でもいれば状況は好転するだろうが、生憎稲葉には優秀な人材が減りつつあった。階級だけを上げても、経験や実績はついて来ないのだ。

 「空軍は何をしていたんです?」
 「現在こちらの航空戦力は激戦続く中央部及び北部に多くが割かれている。南部の空は閑古鳥さ。制空権があっても、飛ばす飛行機がね」
 
  学園島の制空権は、基本的には稲葉が掌握している。
 とは言え全土をカバーするには数があまりにも足りず、元々一騎当千主義の稲葉空軍は新米パイロットの育成をないがしろにしている面が見受けられていた。
 それに稲葉は本校や西側同盟校の防空も担わなければならず、全ての機体を東部に送り出すわけにもいかなかった。
 稲葉にとって幸いだったのは緒戦の段階で白石空軍が壊滅的打撃を被り、現在は練度の低い擬似人格人形の飛行隊が大半を占めているということだった。
 ホウ機魔法少女隊という手強い相手もいるのではあるが、こちらも少数であるため条件は同じだった。
 
 「せめて有紀と愉快な仲間たちがいりゃあ、簡単なんですけどね」
 「誰だって個人で一個航空艦隊に匹敵するパイロットを手放したくは無いだろう」
 「この前まで航空師団だったぞ。これ以上強くなってどうすんだよ。白石に同情するぜ」
 「ははは。それで現在、包囲部隊を救出するために急いで戦力をかき集め、早急に解囲作戦を実行する運びとなった」
 
 間耶は鋭い目を細めて、野島に問うた。
 彼女に初めて会った人間は皆、悪ふざけの過ぎたお調子者と思うだろう。
 それは決して間違いではない。
 彼女のそんな面は、クラスメイトや生徒たちの間でも好かれている。

 だが戦場での間耶は、戦時任官とは言え腕一本で准将にまでのし上がった兵士だ。
 その戦いぶりから、パンツァー・マヤの愛称で兵士たちから絶大な支持を得ているのだ。
 
 「戦力は?」
 「戦車二個師団がすぐに使える。君に指揮してもらいたい」

 戦車二個師団と聞いても安心できないのが今の稲葉だ。
 戦車を持たない戦車師団に、降下した経験の無い降下猟兵師団があるのだから。

 「戦車は何台ありますか?」
 
 野島は特に感情を込めるでもなく、淡々と答えた。
 
 「パンターが半ダース、弦罎四台。突撃砲が十二台」
 「泣きたくなるほど充実した編成っすよ、おやっさん」

 思っていたよりまともだったので、間耶は嬉しそうだった。

 「すまんな。手は尽くしたんだがな…」
 「OK。やってみます。やれるかじゃなくて、やる!」