著名人の見解


これらのブログでコメントを書き込む人へのお願い

  • 自分と意見の合わないブロク主に対し、誹謗中傷を書き込むのだけは絶対にしないで下さい
    それでは瀬尾准教授と同じ穴の狢です
  • コメントはなるべくブログ主の記事に対してだけにしましょう
    他のコメント主とコメント欄でバトルを繰り広げるのはブログ主にとっては迷惑なだけです
  • 一人のネット利用者として、そして一人の社会人として節度のある投稿をお願いします
  • URLの下の記述は要約です
    主要な部分を努めて趣旨が変わらないよう抜き出してありますが、各自なるべく原文を当たるようお願いします

※:敬称略・五十音順

教育者

赤尾晃一(静岡大学情報社会学科准教授)

ttp://gov.main.jp/index.php?ID=30 (4月23日)

  • 書いている中身については,同意できる部分が意外と多い。
    でも,その感想を「誰もが読める」ブログで書こうとは思わない。
    まして,実名で書くのは,相当なリスクだ。
    もっとも,どんなに不快な内容であろうと,「思想の自由」も「言論・表現の自由」はある。
>大学の教員なんか面白くもなんともないご〜〜〜く下らない仕事なんです。
>いきるためにいやいややっているにすぎません。
>もし生保(※生活保護給付金)で確実に収入を保証してくれるなら来月からといわず今すぐにでも辞めますよ。
  • 赤尾が情けなくなったのは,上記の記述。
    瀬尾佳美はなぜ大学教員を続けているんだろう?
    「生活のため」が主目的で大学教員している人はいないと思っていたのに。

ttp://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1026 (5月3日)

  • 瀬尾のブログは“個人的”“裏”と断り書きがあったとしても,“表”の活動と不可分であり,肩書きが明示されたブログである限り,
    所属機関にクレームが持ち込まれることは避けえないだろう。
    青山学院大学の対応は,大学教員という属性を持つ人間には失望を感じさせるものだった。
    大学は「教育・研究の自由」を標榜してきた機関である。
    成員である大学教員の対外的言論行為に対し,学長が謝罪するのは,言論行為の軽さを学長自らが認めているにほかならず,違和感を覚えた。
  • とはいえ,「瀬尾准教授は教育者として適格なのか」という問いかけがクレームに含まれている限り,大学側は検討せざるをえないだろう。
    奨学制度への理解・勤務姿勢・差別意識などについて,看過できない内容を含んでいることもある。
    ただし,大学教員は「研究者」として採用され勤務しているのであり,「教育者」は付随的役割という点に注意する必要がある。
    研究者としての資質は,残念ながら教育者としての資質に結びつくとは限らない。
  • 大学には,非常識な人,世間的基準からみて正義/不正義や善悪の判断基準がずれている人,公平・公正ではない人などが実に多い。
    社会人として不的確と思える行動をとり,「企業では通用しないだろうな」と思える人もいる。
    社会では「絶滅危惧種」「希少種」となった人たちをバラエティ豊かに取りそろえているのが,大学という組織である。
    その点で,瀬尾の言説もけっして意外ではなかった。
    瀬尾のブログのような「異物」を排除して,社会が得るものはあるのだろうか?
    相手をさんざん踊らせておき,その表現をウラで突っ込んで楽しむ――というほうが「お楽しみは続いた」のではないかとも思う。

天羽優子(山形大学准教授/化学者)

ttp://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=8986 (4月25日)

  • カケラほどの同意も同情もできないが(瀬尾に対し)、青山学院大学は教員の学外での発言まで
    学長権限で制限する意思のあることを学内外に示したことになる。
    そのような、本来ならば教員個人が負うべき責任を負い切れると考えているのならば、それは思い上がりであろう。
    しゃしゃり出て謝罪するなど、勘違いも甚だしい。(学長がお詫びをしたことに対し)

ttp://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9008 (4月25日)

  • blogの表現は表現した教員本人が責任を負い、原則として大学が無関係であるという主張に変更はない。
    しかし、当該blogには、仕事の内容そのものについて言及した部分がある。
    そこに書かれた業務内容は勤務先と関わりがあるので、書かれた内容に問題があれば勤務先の管理の及ぶ範囲になる。
    この部分については、大学の方で適宜判断するのが適当である
  • 仕事の内容とは直接関係のない、例えば光市事件の量刑について述べた部分等は、それがひどい内容であったとしても、
    個人的意見論評であるので、大学が関わるべき部分ではないし、この部分については大学が謝罪するのは行きすぎである。

ttp://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9130 (4月27日)

  • 無責任に電凸かました連中がしでかしたことまで、瀬尾氏が引き受ける必要はない。
    今回、瀬尾氏本人以外(大学等)に対して迷惑をかけたのは、その多くが匿名であろうネットイナゴどもである。
  • 瀬尾氏を批判するのならば他にいくらでも方法があるところ、自らの意思で職場に圧力を掛けるという方法を選んだのであるから、
    その分の責任はイナゴどもに直接負わせるのが筋で、瀬尾氏がわびるのは筋違いである。

ttp://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9177 (4月28日)

  • blogの引用部分を読めば読むほど、反感しか持てないのだが、それでも、学外blogの表現を理由に処分するというのなら、
    反対意見を表明せざるを得ない。本音を言えば、守るべき価値ある言論や表現とはとても思えない。
    それでも、教員個人のblogの表現内容は大学とは無関係で教員個人が負うもの。
  • 電凸を繰り返している輩がまだいる。
    こんな時期に変な前例作るなバカヤロー!!

小田亮(成城大学教授/文化人類学者)

ttp://d.hatena.ne.jp/oda-makoto/20080430 (4月30日)

  • 青山学院大学の学長が謝罪したのは奇妙なこと。
    大学に非難の電話が殺到したかららしいが、学長の見解をホームページに載せるのであれば、
    「当該教員の見解は大学の見解ではなく、また学長個人としてはそのような見解は不適切だと思うが、
    たとえそれが大学の見解と異なっていようと、教員個人が意見を表明する機会を青山学院大学は保証するものである」
    ぐらいのことを載せてほしい。
    大学や学長とは異なる見解の表明でも本学は擁護するなんてことを載せたら抗議の電話を鳴り止ませることは
    できないかもしれないが、よりによってそれを「多大な迷惑をかけた」、「今後このようなことが繰り返されることのないようだとは、
    所属する教員に社会通念に反することを二度と述べさせないということか? それは研究するなということなのか?
  • 私は瀬尾さんの見解を「愚劣な言論」だとは思わない。
    正義=裁きにおいては「子供の命は0.5人」とか「いや無垢な子供こそ2人と数えるべきだ」といったように、数えて比較するのは当然のこと。
    瀬尾さんのブログ自体は読んでいないが、他のブログに引用されているのを読む限り、その問題は蓮っ葉な文体にある。
    ユーモアもない(そのくせご本人はユーモアのつもりの)単なる蓮っ葉な物言いはいかがなものかというのが正直な印象。

高野光平(茨城大学人文学部講師)

ttp://d.hatena.ne.jp/konohe/comment?date=20080428

  • 勤め人が所属を明らかにしてブログを書くということは、文責の100%を自分に帰することができないということ。
    サラリーマンならこんなことは自明の理だが、大学教員は一思想家としての「個」のアイデンティティが
    勝っている場合が多いので、この意識が希薄になることがある。
    言論の自由はブログでも守られるべきだが、一方で職場の仲間や先輩に対する「配慮」は個人の中で両立可能、
    処理可能なものであることは言うまでもない。
    大学研究者ブロガーは「勤め人が自らの所属を明らかにした状態でブログをやっている」という基本的な条件を想起し、
    その条件の中で最大限に面白い言論を目指すことを再確認する契機になった事件。

小谷野敦(東京大学非常勤講師)

ttp://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080506 (5月6日)

  • 私立であろうと国立であろうと、准教授である以上、大学の専任職というのは優遇されているので、
    大学へ苦情を持ち込んでも、もちろん筋違いではあるのだが、言論弾圧になるかどうか疑わしいのが実情である。

町村泰貴(北海道大学教授/法学者)

ttp://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/04/blog_1fcc.html (4月26日)

  • 彼女の基本姿勢は、オンとオフとを区別して、オフでは思いっきり本音を言いたいというところだったのだろうが、
    その区別を尊重することなく、職場やゼミ学生にまで攻撃の手を広げる輩の存在を少々甘く見すぎていたというところだろう。
  • 言論の自由には責任が伴うのだから、当該発言者自身が批判にさらされることは甘んじて受けるとして、
    所属組織をことさらにあげつらったり暴いたり、所属組織に抗議したりするのはお門違いであろう。

ttp://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/04/blog_55f5.html (4月29日)

  • 青山学院大学は瀬尾准教授のブログ記述に対する評価を明確にすることは許されよう。
    それだけではすまないという判断に至ったのであれば、瀬尾准教授の行動のどこがいけなかったのかを明確にした上で、
    他の構成員の表現の自由や学問の自由に萎縮効果が生じないように極力努める必要がある。
  • 大学の教員が教育者としての適性があるかどうかを、その言動で評価することは当然という考え方に対する反論は難しい。
    しかし、大学の教員に対して表現行為を自粛しろというのは「もう「大学」の名には値しないのである」。

宮原千周(都城工業高等専門学校教員)

ttp://www.senshu.jpn.org/modules/xeblog/?action_xeblog_details=1&blog_id=175 (4月27日)

  • mixiのニュースでは、幼児の命を0.5人とカウントしたとのことで批判が集まっているが、
    それ以外にも問題の有りすぎる発言のオンパレードで、とても引用する気になれない。
    正直なところこの人が大学の教員をしているということが信じられない。
    書かれているも酷いが、それよりもひどいのが謝罪の方法を根本的に間違えているということ。
    こんな人が『リスク理論入門―どれだけ安全なら充分なのか 』という書籍を出版しているのだから世も末だ。
    リスク管理が出来ない人間の書くリスク理論入門を評価する奇特な人間がどれだけいるのだろうか。
  • しかし、もっと僕が残念だったのは実験発覚後の青山学院の対応だ。
    瀬尾氏の言動は軽はずみだが、大学をあげて謝罪する必要などあったのだろうか。
    今回の件は、私人として書いたブログ上での行為であり、そこは青山学院としては、
    「私人としての瀬尾氏の行動を雇用主である青山学院は管理する義務はない。
    学院長ではなく個人の立場としては不適切な発言が多かったと思うが、
    教員として採用したことについては間違えていなかった。ゼミはもちろん授業も十分な指導であった。」
    ぐらいのことを言えばよかったのだ。
  • もちろん瀬尾氏のブログを読んで不快に思った人は、それはそれでまっとうな人間の感覚だと思う。
    だがそれを大学側がしゃしゃりでて、代わりに謝るのはやりすぎだ。

弁護士

小倉秀夫(東京弁護士会所属)

ttp://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/05/post_b9e0.html (5月6日)

  • マスメディアに代表される既得権者がネットを敵視している云々という言い方をするとネットでは受けが良いのだろうが,
    実際のところ,マスメディアやコンテンツ産業のライツ部門以外の人々でネットを特に敵視している人というのはそうそう見かけない。
    むしろ,ネットの側からの現実社会への敵意があまりに強いので,現実社会は,これとどう付き合っていこうか
    考えあぐねているというのが実情に近いように思う。
  • 瀬尾准教授の一件も,実名と所属を明らかにし「現実社会の側の人間」と認識されたが故に,「打ち倒すべき敵」扱いをされてしまったわけで,
    あの程度の発言が匿名掲示板や匿名ブログに投稿されていたとすれば,むしろその削除等を申請する側が攻撃されかねないのが実情である

落合洋司(東京弁護士会所属)

ttp://d.hatena.ne.jp/yjochi/20080429#1209400679 (4月29日)

  • ここまで書くか、と唖然とするような内容で、研究者、教育者としての資質、能力に
    根本的な疑問をもたれても仕方がない、という印象を、率直に言って受けた。
    大学は、研究機関であると同時に、教育機関でもあって、私立大学であっても、
    税金を原資とする私学助成金が投じられているのだから、こういった人物が堂々と教鞭をとっている、
    ということになれば、所属大学の姿勢が問われ、抗議も受ける、というのは、当然のこと。
  • ブログの怖さ、一旦やってしまったことの取り返しのつかなさ、といったことを痛感させる出来事。

山口貴士(東京弁護士会所属)

ttp://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2008/04/post_7c51.html (4月26日)

  • おそらく電凸でもして、「上司を呼べ!」みたいな対応を求めた人がいたのだろうが、大学当局は毅然とした対応をすれば良かった。
    プライベートなブログの内容について学長が謝罪する理由も筋合いもない。
    「人間の廃物利用」呼ばわれされた人ならともかく、第三者が大学に圧力をかけるのも大学がそれに屈するのもどうかと思う。
    自由な議論を重視すべき大学のとるべき対応とは思えない。
  • 問題となった瀬尾佳美准教授の記事のうち、無神経、不見識ないしは差別的としか言いようがない表現はあるものの、
    当該記事の論旨について全体としてみれば、賛成するかどうかは別として、傾聴に値する一つの見識を述べていると思う。
    私は、光市の事件は無期相当事案であったと思うので、死刑相当事案ではないという准教授の論旨が的外れだとは思わない。

ttp://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2008/04/post_7c51.html (同記事・4月27日補足分)

  • 瀬尾准教授のブログのその他の記事については、私の記事は言及していない。
  • 青山学院の「今後このようなことが繰り返されることのないよう努めてまいります。」というのは、大学当局による検閲の予告か?
    大学がこんなことを公然と発表することの問題性をマスコミが取り上げないのが不思議だ。

その他

荒井和行(書道家)

ttp://pub.ne.jp/Indianinkworld/?entry_id=1357229 (4月26日)

  • 瀬尾佳美先生の個人ブログを読んで思うことは、文章に品がない。
    汚い、多分文章を読んで「嫌な思い」をする人がほとんどなのではないか。
    それは、常に個人攻撃に近く、たとえそのとおりでも、言い方があるだろう。
    この人物には、先見性も物事を客観的に見る尺度がない。
    こんな人物が青学の准教授だから学生も良い迷惑なものだ。

ttp://pub.ne.jp/Indianinkworld/?entry_id=1358589 (4月26日)

  • 元になったと思われるブログが入り口でパスワードを要求される様になって閲覧できなくなった。
    当たり障りのない本人のブログに炎上の顛末が多少書かれているが、はっきり言って反省していない。
    こういう人は、絶対反省しないというのは通り相場だから、その通りだった。ついでに言うと、人の助言も聞かない。
    自分で調べてからと言うのだろうが、分からなければそのまま。全く始末が悪い人種だ。
    いわゆる学校秀才の典型で、今まで随分と見たなあと言うタイプ。
    先生のブログを色々読むうちに、何やら独りよがりというか、底の浅い思考だと言うことがよく分かった

いしかわじゅん(漫画家)

ttp://ishikawajun.com/

  • 光市だけではなく、彼女はいろいろ酷い発言が多い。
    こんな愚かな教師に教えられる青山の学生も可哀想だ。
    よく今まで教師なんか続けてこられたのか、それが一番不思議。

金田直之(株式会社ニューズウォッチ社長)

ttp://voice.fresheye.com/lcat/2008/04/post_500.html (4月29日)

  • 我々は自分では気付かなくても、どこかしら歪んだり、病んでいたりすることはあるかもしれないし、
    ブログで何を書こうと自由である。
    そういう前提でかなりハードルを下げて、瀬尾准教授のブログを読んでみても、この異常性には、戦慄さえ覚える。
    瀬尾教授のコメントで一貫しているのは、生命に対するリスペクトの欠如、人間に対する共感の欠如だ。
  • 瀬尾教授のブログが、特異な個人的問題であるならば、別に深刻に考える必要はないだろう。
    ただ、昨今の殺伐とした事件報道などをみると、こういう瀬尾教授的な感性を共有する人々が、
    現代社会には多く存在するのではないかという懸念を否定できない、もやもやした気持ちでいる。
    皆、ある意味まともなのだし、普通に大学教授だったり、会社員だったりするのだ。
    そういう普通の人間が、ある日突然何かをきっかけにして、暴発する。
    そういう恐ろしい社会に我々は生きているのではないか?と感じている。

唐沢俊一(評論家)

ttp://www.tobunken.com/diary/diary20080426120634.html (4月26日)

  • たしかに、この瀬尾という青学の准教授の意見はカスである。
    高等教育を受けた人間によくある、自分は他の人間とは違う高等な人間〜というエリート妄想の典型のように思える。
    だが、個人のブログ内にある個人の意見をたたきつぶすこと、大学に通報して謝罪させることが果たして順当な行為なのだろうか。
  • 一部の人間の単なる不快、単なる不安だけで、表現の自由、思想信条の表明の自由を制限しようということがいかに危険であり、
    反近代的な行為であるかを、児ポ法廃案を訴えている人々は縷々、述べている。
    この女性の発言には、誰一人被害者はいない。
    利益を損ねられたという者がいない(いるとしたら、こんな馬鹿にうちの子供を教えさせているのか、と怒る青学生の両親くらいか。)。
  • 児童ポルノ同人誌の制作・販売が表現の自由なら、この准教授のブログだって表現の自由なのである。
    「私の自由は死んでも守るが、他人の自由はその限りではない」というのであれば、その人間の発言の説得力は大きく落ちる。
    オタクたちはいま、試されているのかも知れない。

ttp://www.shakaihakun.com/vol076/03.html (5月16日・村崎百郎との対談形式)

  • それ(1.5人換算)も一つの考え方ではあるんだけど、どうもこの人、「無学な大衆とは違った考え方ができる自分はエライ」
    的なエリート志向が強すぎて、その勘違いっぷりが見ていて笑える。
  • ただ、「子供を0・5人とは何事だ」って怒ってる連中はバスに乗るとき、子供料金があることを侮辱だと怒るか?
    中絶だって立派な殺人行為なのに、それが罪に問われないのは、胎児が人間扱いされてないから。
    そういう問題には何にも発言しないで、この准教授にだけ怒るのは筋が通っていない。
  • 「司法は単なる復讐代行みたいじゃないの」みたいなことを書いているが、法治国家の司法が「復讐代行」じゃなかったら、いったい何だ?
    司法は秩序維持のためにも「普通に生きてる人たちが、マジメにやっていくのがバカバカしくなるような判決」を易々と下してはいけない。
    (これは村崎百郎の意見)

中野満(株式会社美粒 代表取締役社長)

ttp://beryu.livedoor.biz/archives/50959995.html (4月29日)

  • ネットとは、実に恐ろしいものである。
    あきらかに、時代は急激に変化している。ひとりひとりの不特定多数の力が、世論を形成するようになっている。
    青山学院大学国際政治経済学部の准教授が、たとえ、個人的なブログだろうが、これを公にしたら、問題がでるのは当然である。
    こうゆう考えを持った人が、教鞭をとり、学生を指導するのである。青山学院大学の尊厳が疑われるのである。
    その発言の要旨をみたが、これは、確かにとんでもないことをいっているのである。
    これが、どこかのおばちゃんのたわごとのブログであれば、毒舌をいうおばちゃんね、ですむのである。
    このような発言を青山学院大学の准教授という肩書きをもつ人の立場から発信すれば、どのようなことが起きるか想像できたはずである。
    もし、分からなかったのなら、あまりに、ネットの怖さを知らなさ過ぎる。
  • それにしても、個人のブログとはいえ、発言の自由だとはいえ、これはひどすぎる。
    いつの世でも、言葉には、配慮が必要なのである。
    公になる言葉には、つねに、違う立場の人に対しての配慮、その言葉によって、傷つく人がいるかどうかを考えたほうがいいのである。

松本肇(特定非営利活動法人 法曹大学理事長)

ttp://blog.houso.com/?eid=758833 (4月29日)

  • 中学や高校でも習う「日本国憲法下では人はみな平等」ということをご存じ無いようです。
    この大原則をご存じであれば、乳幼児のことを0.5人なんて言えるはずありません。
    統計的に事実なら、学者らしく、その数字の根拠をきちんと示すべきです。
    0.5という数値が正しいなら、新生児の50%は死亡することを証明しなければなりません。
  • もちろん、准教授には表現の自由があります。学問の自由もあります。
    だから、いかような思想をお持ちであったとしても、私は自由だと思っています。
    しかし、学者なのに科学的な事実に基づかない署名記事(大学名・職位付)を書いたのであるなら、
    それはもう学者としての資質を問われても仕方のないことだと思います。
    2ちゃんねるの匿名記事は誰も信頼しないけど、大学の教員が書いた記事は、それなりの重みが出てくるでしょう?

吉田猫次郎(経営コンサルタント)

ttp://nekoken1.blog108.fc2.com/blog-entry-696.html (4月29日)

  • 山口県光市の母子殺害事件判決について、青山学院大学の准教授のブログがネット上で、批判の集中砲火を浴びている。
    ところで、わたしは、瀬尾准教授と、ちょっとだけ関わりがある。
    お会いしたことは一度も無いが、2004〜05年頃にメールのやりとりを2−3回と、そのメールの一部をわたしのホームページに
    一部抜粋して掲載させて頂いたのと(今も残っている)、拙著『連帯保証人』(宝島社)という本を執筆した際に参考資料として
    瀬尾助教授の連帯保証人関連の研究サイトの一部を引用させて頂いたことがあるのだ。
    また、うちの関係者が瀬尾准教授に激しく叩かれ、メーリングリストを除名されたこともある。
    それだけに、今回の騒ぎは、非常に興味深く読ませて頂いた。
    長文になると思うので、わたしのコメントは、次号でまとめて書いてみたい。

ttp://nekoken1.blog108.fc2.com/blog-entry-697.html (4月30日)

  • 青山学院大学について:わたしは青山学院大学にはちょっとした親近感というか憧れがあった。
    今でも、青山学院大学には「いいイメージ」が強く残っている。
  • 2ちゃんねるについて:1999年頃から2ちゃんねるを見ている。
    何だかんだ言っても、2ちゃんねるという存在そのものに「真実」が内包されていると思うし、存在意義も利用価値も高いと思う。
  • 言論の自由について:言論の自由を主張するからには、自分の言葉に責任を持てなければならない。
    自由なことを書くのはいいけど、その結果、何が起きても、自分で責任をもつこと。
    他人に不快感を与えるようなことを書けば、当然その報いが来る。
  • 瀬尾准教授とのかかわりを回想してみる:(これは直接原文を当たってください)
  • 今回のニュースを見て:多くの皆さんと同じように、記事全文とミラーサイトを読んで、正直、とても不愉快になった。
    これを書いたのが准教授であろうがなかろうが、正直いって、同じ血の通った人間の発言とは思えない。
  • わたしは瀬尾先生に対して、個人的な嫌悪感は持っていない。正直にいえば、全く嫌悪感がないといったらウソになる。
    でも、お会いしたことがないわけだし、共通する研究テーマのようなものもあったわけだから、少なくとも、全人格を否定することはできない。
    ブログの一連の書き込みは確かに読んでいて胸くそ悪くなったけど、瀬尾先生がそんな根っからの冷血人間だとは思いたくない。
    願わくば、今回の騒動ならびに今後下されるであろう大学側の処分が、瀬尾先生にとって良いクスリになってくれることを祈りたい。